申立手続に公的費用はかかりません。
輸入差止申立制度は、知的財産権の侵害を防ぐため、権利者が税関に対して侵害品の輸入差止を申し立てる仕組みです。対象となる権利は特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、育成者権、そして不正競争防止法違反物品(営業秘密侵害品など)です。
参考)https://www.jpo.go.jp/support/ipr/kyusai/zeikan.html
申立てを行うには5つの要件を満たす必要があります。
第一に権利の有効性です。
特許権であれば登録されていることが必須です。第二に侵害の事実または蓋然性があることです。現に侵害品が輸入されている場合だけでなく、今後輸入される可能性が高い場合も含まれます。
第三に侵害の事実を疎明する資料の提出が求められます。真正品と侵害疑義品の写真、カタログ、製造元の情報などが該当します。第四に権利者本人または代理人による申立てであること、第五に不正競争防止法違反物品の場合は経済産業大臣の意見書または認定書が必須です。
参考)https://www.customs.go.jp/mizugiwa/chiteki/pages/b_003.htm
全国9税関のいずれか一つに申立書を提出すれば、全国的な取締りが可能になります。申立手数料などの公的費用は一切かかりません。弁理士に依頼する場合の手数料は20万円から25万円程度が相場です。
参考)輸入差止申立・認定手続 - 知的財産に強い野中法律事務所
令和7年上半期の統計では、輸入差止件数は17,249件、差止点数は416,531点に達しました。1日平均95件、2,301点の知的財産侵害物品が差し止められています。中国を仕出しとする貨物が84.3%を占め、ベトナム9.0%、香港1.4%と続きます。品目別では電気製品が点数ベースで最多の28,847点です。
参考)https://www.mof.go.jp/policy/customs_tariff/trade/safe_society/chiteki/cy2025_1/ka20250905.pdf
税関が申立てを受理すると、侵害疑義貨物を発見した際に認定手続を開始します。認定手続とは、輸入貨物が知的財産権を侵害するか否かを税関が判断する手続きです。司法判断を介さず税関自らが侵害判断を行うため、迅速な取締りが可能です。
参考)https://www.customs.go.jp/mizugiwa/chiteki/pages/b_001.htm
認定手続が開始されると、税関は権利者と輸入者の双方に通知を行い、相手方の氏名や住所を伝えます。通知日から10執務日以内(生鮮品は3執務日)に、双方は貨物を点検できます。点検の範囲は貨物の外観等の確認に限られますが、外観だけでは判断できない場合、権利者は見本検査を申請できます。
参考)https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20161012mizugiwanagare.pdf
この期間中に権利者と輸入者は証拠や意見を提出します。税関はこれらの証拠と意見に基づいて侵害の該否を認定します。専門技術的な判断が必要な場合、税関長は経済産業大臣に意見照会を行います。
参考)http://www.ipter.jp/16431865588042
侵害と認定された場合、輸入者は貨物を自ら廃棄したり、侵害部分を除去したり、権利者から輸入同意書を取得するなどの自発的処理が可能です。自発的処理が行われない場合、侵害貨物は没収・廃棄されます。商標権侵害物品と著作権侵害物品以外は、輸出貿易管理令に基づく経済産業大臣の承認を得て積み戻しも可能です。
知的財産侵害物品を輸入しようとした者は、10年以下の拘禁若しくは1000万円以下の罰金、またはこれらの併科という重い刑事罰の対象になります。これは懲役ではなく拘禁という点が特徴的です。
輸入者の法的リスクは極めて大きいですね。
参考)https://www.customs.go.jp/mizugiwa/chiteki/pages/a_003.htm
申立てに基づいて認定手続が開始された場合、税関は申立人に対して供託を命じることがあります。供託制度は、認定手続終了までの間に貨物を輸入できないことで輸入者が被るおそれのある損害を賠償するための担保です。
参考)https://www.customs.go.jp/mizugiwa/chiteki/pages/c_002.htm
供託が命じられるのは、生鮮貨物の場合は原則として必須です。生鮮品以外でも、輸入者の損害が大きいと判断される場合に命じられます。
供託額は以下の合算となります。
参考)輸入差止費用
供託が行われない場合、認定手続は取りやめられ、貨物の輸入が許可されます。つまり申立人が供託できなければ、侵害品であっても輸入されてしまう可能性があるということです。
供託は申立人にとって大きな負担となります。
通関業務従事者の立場では、輸入者が供託制度によって保護されることを理解しておくべきです。特に生鮮貨物の場合、申立人が供託を命じられるため、輸入者の損害リスクは軽減されます。
これは輸入者にとって安心材料ですね。
通関業務で特に注意が必要なのが並行輸入品です。並行輸入とは、真正品を海外で購入し、正規代理店を通さずに日本に輸入する行為です。正規品であっても、一定の条件下では輸入差止の対象になります。
BBS事件として知られる最高裁判例では、並行輸入の適法性を判断する3要件が示されました。第一に、商標権者が製品を輸出した時点で真正品として流通することを許諾していること。第二に、輸入品と国内正規品が実質的に同一であること。第三に、日本国内における商標権者と外国における商標権者が同一または法的経済的に同一視できる関係にあることです。
参考)≪フレッドペリー事件の3要件を検討して並行輸入を適法とした一…
しかし、販売地域制限を超えた並行輸入でも、その制限が品質保証機能と関わりのない販売政策上のものであれば適法とされる例があります。令和2年の東京地裁判決では、フレッドペリー事件の3要件を検討し、代理店契約の販売地域制限だけでは並行輸入を禁止できないと判断されました。
通関業務従事者は、正規品であっても並行輸入品として差止対象となるケースがあることを認識する必要があります。特に、ライセンシーが契約地域外で製造した商品は、商標権者の許諾範囲を逸脱したものとして侵害品扱いになる可能性が高いです。契約違反を根拠に出所表示機能を害するものと判断されるからです。
税関の知的財産ホームページでは、差止申立制度と認定手続の概要が詳しく解説されています。
認定手続中に輸入者が利用できる制度として通関解放制度があります。これはTRIPS協定53条第2項に基づく制度で、一定期間内に侵害の該否が判断されない場合、輸入者の請求により貨物の輸入が許可されるものです。
対象となるのは特許権、実用新案権、意匠権を侵害するおそれのある貨物に限られます。商標権や著作権侵害疑義貨物には適用されません。また、輸入差止申立てが受理されている場合に限り利用可能です。
輸入者は貨物が輸入されることで権利者が被るおそれのある損害を担保する必要があります。つまり輸入者側も供託を求められる可能性があります。通関解放制度の存在により、認定手続が長引くと輸入者に有利になる場合があります。
通関業務従事者としては、輸入者から認定手続の長期化について相談された際、通関解放制度の存在を伝えることができます。ただし対象権利が限定されている点に注意が必要です。
商標権侵害疑義貨物では使えません。
権利者は輸入差止申立てとは別に、輸入差止情報提供を行うことができます。情報提供は申立てよりも簡易な手続きで、税関に対して侵害品の特徴や輸入の可能性を知らせるものです。
参考)https://www.customs.go.jp/tetsuzuki/c-answer/kinseihin/2003_jr.htm
情報提供により、税関は水際での取締りを強化します。申立てを行っていない権利者でも、侵害品の輸入を疑う情報があれば提供できます。税関は提供された情報を活用し、職権で認定手続を開始することも可能です。
通関業務従事者の視点では、申立てが受理されていない貨物でも、税関が職権で認定手続を開始する可能性があることを理解しておく必要があります。令和5年度の統計では、ブランドロゴなし侵害品が差止点数の7割を占めるという報告もあります。見た目では判断しにくい侵害品が増えています。
参考)https://www.customs.go.jp/tokyo/yun/tokyo_chizai_R5_1.pdf
電気製品の差止点数は前年同期比31.4%増加し、品目別で最多となりました。特にバッグ類付属品は前年同期比358.7%増という急増ぶりです。輸入貨物の品目によって差止リスクが大きく異なることがわかります。
これは要注意ですね。
経済産業省が公開する輸出入差止申立て及び認定手続のフローチャートで、手続きの全体像を視覚的に確認できます。
不正競争防止法違反物品の差止申立ては、他の知的財産権と異なる点があります。最も重要なのは、経済産業大臣の意見書または認定書の提出が必須であることです。
この書類がなければ申立ては受理されません。
不正競争防止法第2条第1項第1号から第3号に係る物品が対象です。具体的には周知表示混同惹起行為、著名表示冒用行為、商品形態模倣行為に該当する物品です。
営業秘密侵害品も輸入差止の対象となります。
経済産業大臣への意見照会には時間がかかるため、認定手続が長期化する傾向があります。通関業務従事者は、不正競争防止法違反を理由とする差止申立ての場合、通常よりも手続きに時間を要することを輸入者に説明する必要があります。
また、不正競争防止法違反物品の場合、税関の判断だけでなく経済産業省の専門的見解が求められます。技術的な判断が複雑なケースでは、認定までに数ヶ月かかることもあります。輸入者にとって貨物の保管費用が膨らむリスクがあります。
通関業務従事者は、不正競争防止法違反疑義貨物の場合、早期に輸入者と権利者の間で和解交渉を進めることを提案するのも一つの方法です。認定手続が長引くと双方にとって負担が大きくなるためです。
和解による解決が現実的ですね。