普段使っているパソコンを海外出張に持ち出しただけで外為法違反になることがあります。
「旅具通関」という言葉を聞いて、旅行者が土産物を持って帰る手続きだと思っている方は少なくありません。しかし実態は異なり、出国する旅行者や出張者が手荷物として貨物を輸出する際に認められた「簡易通関制度」です。関税法基本通達67-2-7に明確に規定されており、通常の商業貨物と同様に輸出申告が必要な立派な通関手続きです。
旅具通関が適用される対象は主に4つあります。第1に「携帯品」、第2に「職業用具」、第3に「引越貨物」、第4に「輸出免税物品・託送品」です。海外出張で展示会にサンプルを持ち込む場合や、営業デモ機材を携行する場合は、この旅具通関の範囲内であれば、通関業者を通じた正式な業務通関よりもずっとシンプルな手続きで済みます。
では「30万円」という数字がどこから出てくるのか、整理しておきましょう。携帯品については「1品目につき3個まで」が旅具通関の基本範囲です。3個を超える場合は、その総価額が30万円程度以下であることが条件となります。この30万円は「程度」という表現が使われており、厳密に30万0000円で線引きされるわけではありませんが、実務上は30万円を超えたら一般通関(業務通関)へ切り替えると覚えておくのが安全です。
30万円が条件です。
ただし、この「30万円」が適用されるのは商業貨物の場合に限られます。無償の商品見本や宣伝用物品については、別の基準が設けられており、こちらの上限額はなんと60万円相当以下となっています。同じ手荷物で持ち出すサンプルでも、「販売目的の商品」と「無償で配布するサンプル」では上限額が2倍も違うのです。意外ですね。
この違いを理解せずに「とにかく30万円以内にすれば大丈夫」と思っていると、無償サンプルを複数持ち出す場合に本来は不要な業務通関を手配してしまい、余計な手間とコストが発生することになります。知ってると得する知識の典型例といえます。
税関の公式情報によれば、旅具通関の範囲は次のとおりです。
| 区分 | 旅具通関の上限額 | 主な対象 |
|---|---|---|
| 商業貨物(売買目的) | 30万円程度以下 | 展示会出展品・販売用サンプル |
| 無償サンプル・宣伝用物品 | 60万円程度以下 | 無料配布カタログ・展示用見本 |
| 職業用具 | 上限額の規定なし | パソコン・測定機器・カメラ等 |
| 携帯品(私用) | 3個超で30万円程度以下 | 衣類・化粧品・書籍等 |
「職業用具」欄に注目してください。パソコンやカメラ、測定機器など本人の職業に使用するものは、金額制限の規定が別途設けられておらず、用途が明確であれば旅具通関で持ち出せます。ただし、後述するように外為法の規制品に該当する場合は別途許可が必要になりますので、安易に「職業用具だから大丈夫」とは言えないのも事実です。
旅具通関に関する公式情報はこちらで確認できます。
税関カスタムスアンサー(旅具通関扱いをする輸出貨物):
https://www.customs.go.jp/tetsuzuki/c-answer/keitaibetsuso/7204_jr.htm
旅具通関の大きなメリットは、通関業者を通さず出張者本人が手続きできる点です。しかし「本人が手続きできる」イコール「何も準備しなくていい」ではありません。ここで手続きの流れを整理します。
まず、出国当日に空港の搭乗カウンターでチェックインする前に、出発ロビーにある税関窓口を訪れます。業務用サンプルや商業貨物を持ち出す場合は、「輸出・輸入託送品(携帯品・別送品)申告書(税関様式第5340号)」を2部作成して提出することが必要です。これが基本の流れです。
口頭申告で済む場合もあります。パソコンのような職業用具を出張で持ち出すだけであれば、口頭による申告で通関が完了するケースがあります。しかし口頭申告には大きな落とし穴があります。記録が一切残らないため、帰国時に税関員から「この機材はどこで入手しましたか?」と質問され、証明できずに困る場面が生じます。最悪の場合、帰国時に「新たな輸入品」と判断されて関税や消費税を求められることもあります。厳しいところですね。
そのリスクを避けるためには、出国時に申告書を提出して税関印のある控えを受け取っておくか、「外国製品持出し届」を活用するという選択肢があります。製造番号や型番をインボイスに書いておき、帰国時に同一品であることを証明できる状態にしておくことが、余計なトラブルを防ぐ最善策です。
申告の際に準備する書類は以下のとおりです。
インボイスに「No Commercial Value」と書くだけで十分と思っている方がいますが、価格の記載は省略できません。これが原則です。無償であっても「SAMPLE, NOT FOR SALE」などの文言と合わせて参考価格を必ず記入してください。
また、申告書の提出タイミングにも注意が必要です。チェックイン後に税関に行こうとすると、荷物をすでに預けてしまっていて現物確認ができないケースがあります。チェックインよりも先に税関窓口に寄ることが鉄則です。
申告書様式は事前にダウンロードして記入しておくと当日スムーズです。
税関様式第5340号のダウンロードはこちら:
https://www.customs.go.jp/kaisei/youshiki/form_C/C5340.pdf
旅具通関で30万円以内に収まっているから問題ない。そう考えているビジネスパーソンほど、外為法(外国為替及び外国貿易法)違反のリスクにさらされていることがあります。「30万円」は関税法上の旅具通関の上限額であり、外為法に基づく輸出管理とは別の話だからです。
具体的なケースを見てみましょう。海外の技術会議に参加する出張者が、社内で毎日使っているサーモグラフィーカメラを手荷物に入れて持ち出そうとしました。価格は25万円程度。旅具通関の上限30万円以内なので問題ないと思われましたが、出発前日にサプライヤーに確認したところ「このモデルはリスト規制品に該当します」という回答が来ました。輸出令別表第1または外為令別表に掲載されている規制品であれば、価格が30万円以下であっても経済産業大臣の輸出許可が必要になります。
つまり「30万円以内 ≠ 無条件で持ち出しOK」ということです。これだけ覚えておけばOKです。
外為法違反に対するペナルティは非常に重く、刑事罰として最大10年以下の懲役、または1,000万円以下の罰金が個人に科されます。違反者が所属する法人にも最大10億円以下の罰金が課されることがあります。さらに、3年以内の輸出禁止という行政制裁も別途あります。「知らなかった」は通用しない世界です。
ただし、リスト規制品であっても「少額特例」が使える場合があります。
普段から社内で使っている機材が規制品である可能性は、決して低くありません。測定機器、サーモカメラ、暗視装置、精密工具など、研究・製造・営業の現場で使われる機材は要注意です。海外出張が決まった時点で、持ち出す予定の機材を洗い出し、自社の輸出管理部門かメーカーへ該非判定を依頼するのがベストな対処法です。
外為法違反のリスクについて詳しく知りたい方には、経済産業省の輸出管理の入門資料が参考になります。
該非判定や輸出管理についての公式解説(経済産業省):
https://www.meti.go.jp/policy/anpo/seminer/shiryo/anpo_level1_kako.pdf
持ち出す貨物の総額が30万円を超えた場合、旅具通関は使えません。この場合は「業務通関」に切り替える必要があります。業務通関は法律上の用語ではありませんが、通常の商業貨物と同様の輸出通関手続きを指し、保税地域への搬入と通関業者への依頼が必要になります。
業務通関の流れを簡単に整理すると、まず出国前に空港内の保税蔵置場(ボンデッドエリア)に貨物を搬入します。次に通関業者が輸出申告を行い、税関の審査・許可を得てから貨物を出国させます。つまり出張の数日前には貨物の手配を完了させておく必要があり、旅具通関のように「当日空港の窓口で済ませる」というわけにはいきません。時間の余裕が条件です。
費用面も変わってきます。通関業者への依頼には通関手数料がかかります。1件あたり数千円から数万円程度が相場ですが、貨物の内容や空港によって異なるため、早めに問い合わせて費用感を把握しておくことが重要です。痛いですね。
また、30万円を超える場合の対処策として「ATAカルネ」という制度も存在します。
ATAカルネを活用すれば、金額が大きくても現地で関税の支払いを求められるリスクを大幅に軽減できます。展示会出展が複数回予定されていたり、高額な機材を繰り返し持ち出す企業にとっては特に有効な手段です。発給機関は日本商事仲裁協会(JCAA)で、申請から発給まで一定のリードタイムが必要なため、出張決定後すぐに手続きを開始することをお勧めします。
旅具通関の超過時に通関業者へ相談する場合の参考として、専門業者のサービスページも確認しておくと、対応の幅が広がります。
ハンドキャリー通関の専門サービス(参考):
https://optec-exp.com/handcarry/column/tax_column/hand/
「30万円を超えると旅具通関ができないなら、複数回に分けて持ち出せばいいのでは?」そう考える方もいますが、これが落とし穴です。経済産業省の事後審査事案の公表資料には、このような事例が明記されています。
分割して輸出した場合、各回の税関申告額がそれぞれ30万円以下であっても、一連の取引の総価額(契約額)が30万円を超える場合には輸出承認が必要になります。つまり「今月は25万円分、来月は25万円分」と2回に分けて持ち出しても、合計50万円の取引であれば規制の対象となり得るのです。これは意外ですね。
逆のパターンも存在します。契約額が30万円を超えていても、実際の輸出額が基準以下であれば規制対象外になるケースもあります。この判断は一概にはできないため、グレーゾーンに入りそうな場合は経済産業省や通関業者に事前確認することが最善策です。
意図的な分割でなくても、管理が甘いと同様の問題が発生します。特に注意すべき状況を整理します。
コスト削減や手続きの簡素化を目的とした安易な分割・過小申告は、刑事リスクに直結します。「金額的に境界線上」と感じた時点で、通関業者か税関相談官に確認することが重要です。税関には各空港に相談窓口があり、無料で相談できます。この制度は使えそうです。
なお、旅具通関の申告を虚偽で行った場合の関税法上の罰則については、税関の公式資料で確認できます。
関税法の罰条(税関公式):
https://www.customs.go.jp/shiryo/batsujo.htm
旅具通関を活用する多くの方が見落としているのが「帰国時のリスク」です。出国時の旅具通関がうまくいっても、帰国時に想定外のコストが発生することがあります。これは業務上のリスク管理として非常に重要な視点です。
海外出張でサンプルや機材を持ち出し、一部を現地で配布・売却せずに日本に持ち帰る場合、帰国時の税関検査で「新たに購入した輸入品」と疑われるケースがあります。特に外国製の高額機材(ノートパソコン、デジタルカメラ、測定器など)は注意が必要です。出国時に税関印入りの申告書控えを保有していれば、「これは日本から持ち出したものです」と証明できます。しかし口頭申告のみで出国した場合、この証明ができません。
つまり対策はシンプルです。出国時に書面申告を行い、税関印のある控えを帰国まで絶対に捨てないことです。これが条件です。
さらに実務的な追加対策として、以下が有効です。
外国製品持出し届については、税関のカスタムスアンサーで詳細が確認できます。
外国製品を持ち出す場合の手続き(税関公式):
https://www.customs.go.jp/tetsuzuki/c-answer/keitaibetsuso/7202_jr.htm
帰国時に関税や消費税が課される事態を避けるためにかかるコストはほぼゼロです。必要なのは「出国前の30分の準備」だけです。これが原則です。帰国後に想定外の課税が発生してから書類を探し回ることに比べれば、事前の一手間が圧倒的に合理的な選択です。
また、海外展示会出展を繰り返す中小企業向けには、東京都中小企業振興公社が無料の貿易相談サービスを提供しています。ハンドキャリーのケースごとの対応方法について専門家(AIBA認定貿易アドバイザー)に相談できます。一度活用してみると、自社に合った通関フローが明確になります。
東京都中小企業振興公社 海外ワンストップ相談(参考):
https://www.tokyo-kosha.or.jp/TTC/column/trade/04.html