社内規程に沿って貨物を管理するだけで、1日停止で5万件超の荷物が一気に滞留します。
関税法における「改善命令」と「行政処分」は、似ているようで性質がまったく異なります。これを混同しているまま業務に携わると、自社や取引先がどの段階のリスクにいるかを見誤るおそれがあります。
まず「行政処分」とは、監督官庁が法律に基づいて企業に不利益を与える措置の総称です。関税法の文脈では具体的に、①一定期間の貨物搬入等の停止(搬入停止)と②保税地域の許可の取消し、の2種類が行政処分として規定されています。どちらも保税業者の営業上の利益を直接的に喪失させる非常に重い措置です。
一方、「業務改善命令」は、2026年に閣議決定・国会提出された関税定率法等改正案により、新たに創設されようとしている中間的な措置です。つまり現行法には存在せず、これまでは「助言・指導」と「行政処分(搬入停止・許可取消)」という両極端な手段しかありませんでした。
つまり制度設計の空白があった、ということですね。
改善命令は「保税業者が関税法の規定に従い業務を行わなかった場合等に、税関長が規則に定められた業務等の改善に必要な措置をとるべきことを命じる処分」として定義されています。改善命令自体は業者に改善計画の提出・実行を求めるもので、営業を即時に止めるものではありません。しかし改善命令に違反した場合には、搬入停止などの行政処分および新たに設けられる罰則が適用される構造になっています。段階を踏んで厳しくなる仕組みです。
| 措置の種類 | 根拠 | 内容 | 重大度 |
|---|---|---|---|
| 助言・指導 | 現行 関税法基本通達 | 社内管理規定の履行確認と改善促進 | 🟡 軽 |
| 業務改善命令(新設) | 2026年 関税法改正案 | 具体的な業務改善措置の実施を命じる | 🟠 中 |
| 搬入停止(行政処分) | 現行 関税法 | 一定期間の貨物搬入等を停止 | 🔴 重 |
| 許可取消(行政処分) | 現行 関税法 | 保税地域としての許可を取り消す | 🔴🔴 最重 |
なぜこのような改正が必要とされたのかを理解するには、「助言・指導では効果が出ないが、いきなり行政処分は過酷すぎる」という現場の実態を押さえる必要があります。保税業者の中には1日5万件超の輸入貨物を取り扱うところもあり、仮に「1日間」の搬入停止処分であっても物流・業者に与える影響は甚大とされています(財務省資料より)。だからこそ従来は行政処分が発動されにくく、指導だけで終わるケースが繰り返されていたのです。
参考:財務省関税局 保税業者に対する業務改善命令の創設等(審議会資料2-2)
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/customs_foreign_exchange/sub-of_customs/proceedings_customs/material/20251126/kana20251126siryo2-2.pdf
なぜ今このタイミングで改善命令が創設されるのかというと、越境EC(電子商取引)の急拡大が直接のトリガーになっています。TemuやSHEINに代表される中国系の越境ECプラットフォームが日本市場に浸透し、輸入件数が爆発的に増加した結果、保税地域での貨物管理が追いつかなくなっています。
財務省が公表した資料によれば、2024年に全国の税関が差し止めた知的財産侵害物品(偽ブランド品など)の件数は3万3,019件で、昭和62年に公表を開始して以来、過去最多を更新しました。1日平均にすると約90件・3,544点の偽ブランド品が毎日差し止められている計算です。なお2025年も3万1,760件と3年連続で3万件超えという高水準が続いています。
数字が大きいですね。
ただし、税関が差し止めた件数はあくまで「検知できた分」にすぎません。問題は、保税地域での管理が不十分なために「検知されないまま国内に流出した可能性のある案件」の存在です。財務省の審議会資料では、近年発生した保税業者による不適正事案として具体的に以下が列挙されています。
これらの事案はいずれも「社内管理規定を定めることが法令に直接規定されていなかったこと」に起因している可能性があると指摘されています。これが原則です。
法改正では、社内管理規定の法定化(規則化)と、貨物搬出時の確認義務の新設も同時に行われます。つまり「改善命令・行政処分」の話は、業務プロセスの法的義務化とセットで考える必要があります。関税に関わる貿易実務担当者であれば、単に「処分が厳しくなる」という理解だけでは不十分であり、取引先の保税業者が新たにどのような内部規定・確認体制を整備しなければならないかを把握しておくことが実務上も重要です。
参考:財務省 令和6年(2024年)税関における知的財産侵害物品の差止状況(詳細)
https://www.mof.go.jp/policy/customs_tariff/trade/safe_society/chiteki/cy2024/20250307a.html
改善命令・行政処分がどのような流れで発動されるかを把握しておくと、実務で役立ちます。あわせて通関業者に対する「監督処分」の仕組みも整理しておきましょう。
まず保税業者向けの新制度について、2026年の法改正案で想定されているフローは次のようになります。
一方、現行の通関業法における監督処分制度も確認しておく価値があります。通関業者(保税業者とは異なる概念)に対する監督処分の種類は以下の通りです。これが原則です。
注目すべき点は、現行の通関業法上の「業務改善命令」はすでに存在しているという事実です。これに対して、今回の関税法改正で新設されるのは「保税業者向けの業務改善命令」であり、対象が異なります。意外ですね。
処分が発動されるタイミングについて、保税蔵置場の場合の基本的な考え方を確認します。関税法基本通達48-1には具体的な処分基準が規定されており、「関税法の規定に違反した場合」「禁錮以上の刑に処せられた場合」などが処分対象とされています。また関税法上、通関士が関税法の規定に違反した場合には財務大臣(権限委任により税関長)が当該通関士に対して2年間の通関業務従事禁止処分を課せる規定もあります。
なお、法改正案は2026年2月20日に閣議決定され国会に提出済みで、財務省は同年6月1日の施行を目指しています。施行後は関税関連業務に携わるすべての関係者にとって、適用対象・発動要件を正確に理解しておくことが不可欠です。
ここまで保税業者側の視点で整理してきましたが、関税に興味を持つ方の多くは荷主・輸入事業者・個人輸入を行う方々でもあります。改善命令・行政処分の影響が「保税業者だけの話」ではない点を理解することが大切です。
まず最も直接的な影響として、利用している保税業者が行政処分(搬入停止)を受けた場合、自社や自分の貨物がそのまま港湾・空港の保税地域に足止めされる可能性があります。前述の通り、大手保税業者では1日に5万件超の貨物を処理しているケースがあり、1日停止だけで数万件の荷物に影響が及びます。これは痛いですね。
次に、貨物搬出時の確認義務が新設されることで、荷主側にも影響が波及します。輸入許可証等の書類を保税業者に提示する義務が明確化され、書類の準備不備や誤記があった場合のリスクが高まります。「とりあえず荷物が出れば良い」という従来の感覚では対応しきれなくなります。書類管理が条件です。
さらに、越境ECで商品を仕入れている事業者(個人含む)にとっては、取引先・物流パートナーとなる保税業者が改善命令を受けた事実が業界内に知れ渡ることによる取引関係の見直しリスクも考えておく必要があります。
| 影響を受ける立場 | 具体的なリスク・影響 | 対応の方向性 |
|---|---|---|
| 輸入事業者(法人) | 利用保税業者の搬入停止→貨物滞留・納期遅延 | 複数業者への分散利用を検討 |
| 個人輸入・越境EC利用者 | 書類不備による搬出確認NG→配送遅延 | 輸入許可書類の準備を徹底 |
| EC事業者(仕入れ側) | 取引先保税業者の処分情報→取引先信用リスク | コンプライアンス確認の義務化 |
コンプライアンス対応の観点では、取引先保税業者に対して「社内管理規則を整備しているか」「税関の定期巡回にどのように対応しているか」を確認することが、今後の実務では重要になってきます。これが基本です。
特に越境ECで定期的に輸入を行っている事業者は、利用倉庫・フォワーダーの保税地域が改善命令や行政処分のリスクを抱えていないかを事前にチェックする体制を整えておくべきでしょう。財務省・税関のウェブサイトでは行政処分の公表情報が確認できるため、定期的にチェックする習慣をつけることが一つの手段になります。
参考:税関ウェブサイト(行政処分情報・保税関連情報)
https://www.customs.go.jp/hozei/index.htm
ここからは、一般的な解説記事ではあまり語られていない視点を取り上げます。業務改善命令制度の新設は、単なる「違反業者への制裁強化」という話に留まらず、荷主企業のサプライチェーン管理における「取引先審査のKPI(評価指標)」に組み込まれる可能性を秘めています。
現在、大企業を中心にサプライチェーン全体のコンプライアンスリスクを評価・管理する動きが加速しています。日本でも経済産業省が「サプライチェーン上のリスク管理」に関するガイドラインを整備しており、ESG投資の観点からも取引先の行政処分歴は重視されつつあります。
改善命令を受けた事実は考えられます。
つまり今後は、保税業者が改善命令を受けた事実が、取引先企業の調達・物流部門によって「取引継続可否の判断材料」になりうるという構造です。欧米ではすでにC-TPAT(米国税関・商務安全保障プログラム)などの認証制度において、取引先の監督規定への準拠が条件とされています。日本でもこれに近い基準が民間レベルで広がっていく可能性は高いでしょう。
これは使えそうです。
また、個人の輸入申告を行うアマチュア・個人輸入者にとっても、この動きは他人事ではありません。たとえば利用しているECプラットフォームの物流パートナーが改善命令を受けた場合、荷物の搬出確認が厳格化され、これまでよりも通関に時間がかかるケースが増える可能性があります。1件の申告ミスが原因で保税業者の社内確認ルールが厳格化されると、全体の処理速度が低下するという構造的なリスクも理解しておく必要があります。
制度変化を「自社・自分には関係ない」と思って静観していると、気づかないうちに荷物が止まっていた、という事態を招きかねません。改善命令・行政処分の仕組みを理解した上で、実務上の準備を着実に進めておくことが重要です。注意に越したことはありません。
参考:財務省関税局 保税業者に対する業務改善命令の創設等(審議会資料2-1 概要版)
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/customs_foreign_exchange/sub-of_customs/proceedings_customs/material/20251126/kana20251126siryo2-1.pdf