自社が扱う荷物は防衛装備品と無関係だと思っていると、ある日突然に外為法違反で10年以下の拘禁リスクを負います。
防衛省は2023年10月、「防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する法律」(防衛生産基盤強化法)を施行しました。この法律のなかで、防衛装備品のサプライチェーンに潜むリスクを5つの類型に整理し、国として直接把握・対処する仕組みを作りました。通関業に携わる方がまず押さえるべきなのは、この5類型です。
| リスク類型 | 内容 | 通関への影響例 |
|---|---|---|
| ①事業撤退リスク | サプライヤーの倒産・撤退による供給途絶 | 代替調達品の輸入急増、通関書類の変更対応 |
| ②外国規制リスク | 外国政府の輸出規制による原材料・部品の供給停止 | 規制国向け・規制国からの貨物の許可確認 |
| ③懸念部品リスク | 悪意あるソフトウェアが組み込まれた部品の混入 | 輸入通関時の品目・原産地の精緻な確認 |
| ④懸念工程リスク | 製造設備の脆弱性や業務委託先からの情報漏洩 | 製造・加工地の変更に伴う原産地証明書の精査 |
| ⑤外国資金リスク | 外国資本の影響力行使による供給途絶 | 荷主企業の株主構成変化の把握 |
これら5類型はすべて、輸出入の現場において通関業者が実際に関与する場面と直結しています。つまり5類型の理解が基本です。
なかでも「外国規制リスク」は、特定国からの原材料や半導体部品の調達に依存しているサプライヤーが多い現状を反映したものです。中国が2026年1月に対日輸出規制を強化した軍民両用(デュアルユース)品目は、野村総合研究所の試算では年間10.7兆円規模に達するとされており、通関業者が扱う品目に大きく関わります。
防衛省が定めるこのリスク分類を「防衛産業だけの話」として切り離してはいけません。民間の輸出入貨物にも同様の視点が求められ始めていると受け止めましょう。
「プライム企業(防衛省との直接契約企業)だけが調査対象」という認識は、実は間違いです。意外ですね。
防衛生産基盤強化法第8条に基づくサプライチェーン調査は、プライム企業を起点に、その下のサプライヤー企業群へと調査が波及します。防衛装備庁の担当者は取材のなかで「1つの車両が完成するまでには、輸送などの役務提供も含めると民間を含む数万の企業が関わっている可能性がある」と明言しています。
護衛艦1隻で8,300社というのは、東京ドームの収容人数(約5万5,000人)と比較しても想像しがたい規模感です。このなかには、自社が防衛装備品に関わっているとまったく気づいていない企業も多数含まれています。
注目すべきは、輸送や役務提供も対象範囲に含まれる点です。通関業者や国際物流事業者も「役務提供者」として調査対象となり得るわけです。回答は努力義務とされていますが(同法第8条第2項)、調査への不協力が荷主との取引継続に影響するリスクも現実的に生まれています。
防衛生産基盤強化法は「努力義務だから無視できる」という性質の法律ではありません。調査に協力することで補助金認定を受けられる仕組みが並行して設けられており、協力企業にとってはビジネス上のメリットにもなります。今後の実務では「自社は関係ない」ではなく、「どの程度関係があるか」を積極的に確認する姿勢が求められます。
参考:防衛生産基盤強化法に基づくサプライチェーン調査の制度概要(防衛装備庁公式ページ)
防衛装備庁:防衛生産基盤強化法について
防衛省のサプライチェーン対策を理解するうえで、外為法(外国為替及び外国貿易法)との関係は避けて通れません。これが原則です。
外為法は「安全保障貿易管理」として、軍事転用可能な貨物・技術の輸出を規制しています。デュアルユース品(軍民両用品)と呼ばれる品目群がその中核で、ゴルフクラブに使われる炭素繊維がミサイル構造部材に転用されることも、インスタントコーヒーの製造に使う凍結乾燥器が生物兵器の細菌保存に転用されることも、法令の規制対象に含まれます。
通関業者にとって重大なのは、外為法違反は「過失でも対象となる」という点です。仮に「軍事用とは知らなかった」という状況でも、適切な該非判定を実施していなければ責任を問われる可能性があります。罰則は以下のとおりで、重大さがわかります。
「3年間の輸出禁止処分」とは、事業継続が事実上不可能になることを意味します。痛いですね。
通関業者が担う実務としての「該非判定」は、輸出者の責任で行うものですが、通関代理人として申告を代行する立場では、品目に関する専門知識と帳票の適切な確認が実質的に求められます。リスト規制(貨物・技術が規制品目リストに掲載されているかの確認)とキャッチオール規制(リスト外品目でも懸念があれば許可が必要)の両方を理解しておくことが、今後の業務における最低限のリスク管理です。
参考:外為法の罰則と違反事例について詳しく解説されており、通関実務者向けの参考情報が豊富です。
防衛省が令和5年度から令和10年度にかけて計上する防衛力整備計画の事業費は、旧計画の17.2兆円から43.5兆円へと大幅に拡大しました。防衛予算の約8〜9割は国内向け支出であるため、この増加は国内サプライチェーン全体への大規模な発注増を意味します。
この文脈で見落とされがちなのが、「通関業者の立場から経済安全保障リスクを読む視点」です。政府の資料には輸出管理の厳格化が繰り返し言及されていますが、通関業者が日常的に扱う輸入貨物においても、以下のような安全保障上の判断が求められるようになっています。
従来、通関業者は「貨物を正確に申告する」という役割が主でした。しかしここ数年で、「その貨物が誰に渡り何に使われるか」まで意識する責任が急速に拡大しています。これを「通関業務の安全保障化」と呼べるかもしれません。
さくらインターネットが防衛装備庁と約7.5億円のサプライチェーン調査支援契約を締結したことは、デジタル・ITの力でサプライチェーンの可視化が進んでいることを示しています。通関データのデジタル化と照合技術が高度化するほど、申告内容の整合性に対するチェックも厳密になっていきます。これは使えそうです。
今後の実務では、輸出管理コンプライアンスシステムの導入やCISTEC(安全保障貿易情報センター)の提供するデータベースを活用し、懸念取引先リストや規制品目情報をリアルタイムで確認できる体制を整えることが、競合他社との差別化にもつながります。
知識として理解するだけでは不十分です。実務に落とし込むことが条件です。
まず取り組むべきなのは、自社が通関代理を担っている荷主企業のポートフォリオを見直すことです。防衛装備品の製造に関与しているサプライヤー企業や、規制貨物に近い品目を扱う輸出入業者が含まれていないかを確認します。その確認の視点として、以下を基準にするとよいでしょう。
次のステップとして、社内での安全保障輸出管理教育の実施も重要です。経済産業省は「輸出者等遵守基準」(安全保障輸出管理の内部規程整備要件)を定めており、一定規模の輸出入を行う事業者に対してコンプライアンスプログラムの整備を求めています。
実務者向けの学習リソースとして、JETROが公開している「安全保障貿易管理早わかりガイド」は無料で入手でき、通関士試験の補完学習としても活用できます。また、CISTECが実施する「安全保障輸出管理実務能力認定試験」の合格率は約56%(直近データ)で、通関士資格と組み合わせることで貿易コンプライアンス専門家としての付加価値を高めることが可能です。
防衛省のサプライチェーン対策は、単なる防衛産業内部の話ではなくなっています。「護衛艦1隻に8,300社が関与している」という事実が示すとおり、日本の製造業・物流業の広い範囲がこの問題と無縁ではありません。通関業者として「自分は関係ない」と判断する前に、まず荷主企業とその取引品目を安全保障の視点で一度点検してみることが、今後のリスク管理の第一歩になります。
参考:安全保障貿易管理の基礎から実務対応まで整理されており、通関業者の自主管理体制づくりに有用です。