「ベトナム向けEPAは申告書に特恵税率を記載するだけで関税が下がる」は間違いで、原産地証明書の不備1枚で追徴課税が発生します。
日本とベトナムの間には、実は2つの異なるEPAが同時に効力を持っています。一つは2009年10月に発効した二国間協定「日ベトナム経済連携協定(JVEPA)」、もう一つはASEAN全体を対象とした「日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)」です。同じ品目でも、どちらの協定を使うかによって税率が異なるケースがあります。
通関業務の現場では、どちらの協定を適用するかを輸入者と事前に確認することが重要です。輸入者が「EPAを使いたい」と言っても、Form AJ(AJCEP用)とForm VJ(JVEPA用)では原産地証明書の様式が異なるため、書類を取り違えると申告自体が無効になります。これは見落とされやすい落とし穴です。
JVEPAはベトナムのみを相手とする二国間協定であるため、原産品であることの認定基準が一部AJCEPより有利に設定されている品目もあります。具体的には、繊維製品やプラスチック製品の一部でJVEPAの方が低い税率が適用されることがあります。つまり協定の選択が節税に直結するということです。
実務上の確認ポイントは3つです。①輸入者がどちらの協定を使って原産地証明書を取得したか、②証明書の様式(Form AJかForm VJか)が申告する協定と一致しているか、③協定税率が実際にMFN(最恵国)税率より低いかです。最後の点は盲点になりがちで、品目によってはMFN税率がすでに0%の場合もあるため、EPA適用の手間が無駄になることもあります。
協定税率の確認には財務省関税局が公開している「実行関税率表」が有用です。HS番号ごとにJVEPA税率とAJCEP税率が並記されています。
JVEPAは2009年の発効時点で、日本側は約92%の品目について即時または段階的な関税撤廃を約束しました。2025年時点では、日本からベトナムへの輸出品の多くでJVEPA税率が0%または低率になっています。一方、ベトナムから日本への輸入についても、農水産品の一部を除き関税撤廃が進んでいます。
重要なのは「段階的削減(Staging)」が設定されている品目です。たとえば特定の水産品や化学品では、2009年から15年以上かけて毎年数%ずつ削減されるスケジュールが組まれています。結論は、毎年税率が変わる可能性があるということです。通関業者が前年の税率をそのまま使い回すと、有利な税率を使い損ねる、あるいは誤った税率で申告するリスクがあります。
AJCEPについても同様で、ステージングリストを毎年確認する必要があります。税関の「JACUSTOMS」ポータルや財務省の実行関税率表では、年ごとの更新データが閲覧可能です。年度の切り替わりとなる4月1日前後は特に注意です。
実務的な対策として、申告する前月の時点で最新の実行関税率表をダウンロードし、前年版と税率に差異がないかをHS番号単位で比較確認する運用を設けているベテラン通関士も多くいます。これは時間はかかりますが、申告ミスによる修正申告の手間と比べれば十分に合理的です。
なお、繊維製品(HS61類・62類)はベトナムからの輸入でも依然として税率が残存しているケースがあります。軽率に0%と判断せず、必ずHS番号で個別確認してください。
EPA関税を適用するためには、輸入品が「原産品」であることの証明が必須です。原産性の判断基準には大きく「完全生産品」と「実質的変更基準」の2種類があります。ベトナムから輸入される工業製品の多くは後者の「実質的変更基準」を使って判定されます。
実質的変更基準には「関税分類変更基準(CTH)」「付加価値基準(QVC)」「加工工程基準(SP)」の3種類があり、品目ごとに異なる基準が定められています。付加価値基準の場合、QVC(域内付加価値比率)が40%以上であることが条件になるケースが多いです。たとえばCIF価格1,000ドルの製品で、ベトナム国内での加工コストが400ドル以上であれば基準を満たします。
あまり知られていない点として、JVEPAには「累積規定」が設けられています。これは、日本とベトナム双方の原産材料を合算して付加価値を計算できる仕組みです。つまり、日本から輸出した部品をベトナムで加工した製品を再輸入する場合、日本原産の部品分の価値も付加価値に算入できるため、QVCを満たしやすくなります。製造業の輸出入が多い場合はこれは使えそうです。
累積規定を正しく活用するためには、輸出者(ベトナム側)が原産地証明書を発行する際に、日本原産材料の調達先と価格を適切に記録している必要があります。通関業者の立場からは、インボイスや価格計算書(コストスプレッドシート)の提出を輸入者に依頼し、付加価値計算の根拠を事前に確認することが重要です。
実際の通関申告では、EPA関税を適用するために輸入申告書の「関税減免戻税コード」欄に適切なコードを入力し、原産地証明書(C/O)を税関に提出または提示する必要があります。書類確認が甘いと、後になって税関から問い合わせが来ることになります。
Form VJ(JVEPA用)で確認すべき主な記載項目は以下のとおりです。
| 確認項目 | よくあるミス・注意点 |
|---|---|
| Box 1:輸出者情報 | 住所や社名がインボイスと一字一句一致しているか確認する |
| Box 8:HS番号 | ベトナム側が使用するHS番号と日本側のHS番号が異なる場合がある(6桁で照合) |
| Box 9:原産地基準コード | WO/CTH/QVC等の記載が判定根拠と一致しているか確認する |
| Box 12:認証機関の署名・印 | ベトナム商工省(MOIT)発行の場合、認証スタンプが明確に押されているか確認する |
| 発行日と輸入申告日 | C/Oは原則として輸出時またはそれ以前に発行されたものが有効。後発行(Back Date)は要注意 |
特に実務でトラブルになりやすいのがBox 8のHS番号の不一致です。ベトナム側が用いるHS分類と日本側の輸入申告HSコードが6桁レベルで一致していないと、税関審査で保留になる可能性があります。原産地基準が条件です。
なお、2023年以降はJVEPAおよびAJCEPでも「認定輸出者制度」の活用が拡大しています。この制度を使えば、認定を受けたベトナム輸出者が自己申告形式でC/Oを発行できるため、商工会議所経由の手続きより迅速です。輸入件数が多い場合は輸出者側への認定取得の促進を検討する価値があります。
EPA関税の適用は申告時に書類が揃っていれば終わりではありません。税関は輸入申告後に「事後調査」を行う権限を持っており、原産性の根拠資料が不十分と判断された場合は追徴課税が発生します。これは厳しいところですね。
事後調査で問題になりやすいポイントは3つです。①原産地証明書の記載内容と実際の製造工程が一致しないケース、②付加価値計算の根拠資料(材料明細・工程費用)が輸出者側で保存されていないケース、③第三国経由で輸送された際の「直送要件」の未充足です。
特に第三国経由輸送の直送要件は見落とされやすいポイントです。たとえばベトナムから中国・上海経由で日本に輸送する際、上海でのトランシップが「税関管理下での保税転送」であることを証明するB/LまたはThrough B/Lが必要です。この書類がないと、原産地証明書が有効であっても直送要件を満たせないとして特恵税率が否認されることがあります。追徴課税の対象になります。
通関業者として取るべき実務対応としては、①輸入申告前に原産地証明書・インボイス・パッキングリスト・B/Lの4点セットを原産地基準と照合して確認する、②付加価値基準適用品目については輸出者に対して価格計算書の提出を必須書類化する、③輸送経路が複数国にまたがる場合は必ずThrough B/Lまたはトランシップ証明を入手する、という3点が最低限の対策です。
EPAの適用可否に迷う品目については、税関への「事前教示制度」の活用も有効です。事前教示では原産地判定の見解を書面で取得できるため、事後調査リスクを大幅に低減できます。申請から回答まで通常30日程度かかりますが、年間輸入量が多い品目については前もって取得しておくことが合理的です。