関税撤廃デメリット通関業務と国内産業への影響

関税撤廃は一見すると貿易促進に有利に見えますが、通関業務従事者にとって業務量増加や原産地証明の複雑化など、意外なデメリットが存在します。実務への影響を正しく理解できていますか?

関税撤廃のデメリット

関税撤廃で通関業務が減ると思われがちですが、実際には原産地証明の確認作業が3倍に増えます。

この記事の3つのポイント
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原産地規則の複雑化

EPA協定ごとに異なる原産地基準が存在し、通関業務の確認作業が大幅に増加する

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国内産業への打撃

農産物や製造業で輸入品との価格競争が激化し、零細事業者の廃業リスクが高まる

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関税収入の減少

政府の財源が縮小し、税関職員の人員配置や税制全体に影響を及ぼす可能性がある

関税撤廃による原産地証明業務の複雑化


関税が撤廃されると、EPA特恵税率の適用を受けるために原産地証明書の確認作業が必須となります。通関業務従事者にとって、この原産地証明の審査は従来の関税申告よりも手間がかかる業務です。
参考)第3部 EPAによる節税のための手続き - 輸入国税関による…


EPA協定ごとに原産地基準が異なるため、輸入品ごとに適用すべき協定を特定し、関税分類変更基準や付加価値基準、加工工程基準などを確認する必要があります。例えば日EU・EPAでは完全生産品基準を採用している一方、他の協定では関税分類変更基準を採用しているケースもあり、協定ごとの違いを正確に把握しなければなりません。
参考)https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list7/r140/r140_11.pdf

つまり業務が簡素化されるどころか、審査項目が増えるということですね。
第三者証明制度では、輸出国の発給当局が原産地証明書を発行しますが、輸入国税関は証明書の記載内容を精査し、必要に応じて発給当局に照会を行います。この照会プロセスには一定の時間がかかり、通関手続きの遅延につながるリスクがあります。​
自己申告制度を採用しているEPAでは、輸出者が自らインボイス等に申告文を記載しますが、この場合も輸入国税関は原産品申告明細書や総部品表、付加価値計算根拠などの資料提出を求めることがあり、書類の不備があれば通関が止まります。​
実務負担が軽減される保証はありません。
特にグローバル・サプライ・チェーンの下では、複数国をまたいで生産される製品が増えており、原産地判定が一層複雑になっています。通関業務従事者は協定ごとの規則を熟知し、膨大な書類を短時間で正確に審査する能力が求められます。
参考)https://www.customs.go.jp/osaka/news/news_pdf/kenkyuuseikahoukokusyo_20190820.pdf

関税撤廃が国内農業に与える打撃

関税撤廃によって海外からの安価な農産物が大量に流入し、国内農家の経営が圧迫されます。TPP協定では日本の農林水産物の関税撤廃率が81.0%に達し、特に畜産業や米の分野で深刻な影響が予測されています。
参考)https://www.f-academy.jp/yogo/ka/129.html


具体的には、牛肉の関税が現行38.5%から段階的に引き下げられ、最終的には9%まで削減される見込みです。これにより安価なアメリカ産やオーストラリア産の牛肉が国内市場に流入し、国内畜産農家の収益が大幅に減少します。
参考)ついに発効された「日米貿易協定」、日本の農業・農産物への影響…

価格競争に勝てない零細農家は廃業するしかありません。
米についても、米粉調製品や米加工品の関税が撤廃・削減されることで、輸入米が増大し国内の米需給に悪影響を及ぼします。韓国では輸入米に対して低率関税割当(TRQ)として年間40万8700トンに5%関税を適用していますが、それを超える量には513%の高関税を課すことで国内農業を保護しています。
参考)https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1601re4.pdf


しかし日本がTPPで関税撤廃を進めれば、こうした保護措置が取れなくなり、国内の米価が下落するリスクが高まります。人口減少により食料需要も減少する中で、輸入品の増加は国内農業生産の縮小を加速させます。​
農業従事者の雇用喪失も避けられない問題です。
参考)関税は無くすべきか|鈴木寛太|思考の基礎を「読解力」と「議論…

関税撤廃は消費者にとって輸入品の価格低下というメリットがある一方、国内農業の衰退は地域経済の荒廃を招き、食料安全保障の観点からもリスクが増します。特に零細農家が多い日本では、安価な輸入品との競争に耐えられず、廃業が相次ぐ可能性があります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/fce29934d62c9aa0f2bebc2cc835d5a61640ae32


関税撤廃後の製造業と価格競争力の低下

関税撤廃は製造業にも複雑な影響をもたらします。輸出企業にとっては相手国の関税が下がるため輸出コストが削減される一方、国内市場では海外製品との競争が激化し、価格競争力の維持が課題となります。
参考)相互関税で企業がとるべき対策は?影響・メリット・デメリットも…


例えば韓国は米国とFTAを結んでいるにもかかわらず、2025年に発表された相互関税率では25%という高い関税を課されました。これは米国が韓国の非関税障壁や為替操作を問題視したためで、FTA締結国であっても関税優遇が必ずしも維持されるとは限らないことを示しています。
参考)米国とFTA結んだ韓国の相互関税、FTA非締結の日本より高い…


FTAを結んでも安心できないということですね。
国内製造業にとっては、関税撤廃により輸入原材料のコストが下がる可能性がある一方、完成品の輸入も増加するため、国内生産品の市場シェアが奪われるリスクがあります。特に中小企業は価格交渉力やサプライチェーンの多様化が難しく、コスト増加に直面しやすい状況です。
関税引き上げの場合と同様に、関税撤廃も調達戦略や生産拠点の見直しを迫られる要因となります。海外生産から国内生産へ回帰する動きがある一方、コスト削減のために海外生産を拡大する企業もあり、企業ごとに対応が分かれます。​
経営資源の再配分が必要になるケースが増えます。
また、関税撤廃により国内産業が過度に国際競争にさらされると、技術革新や生産性向上の意欲が低下するリスクも指摘されています。保護されすぎた産業は競争力を失う一方、保護が急に撤廃されると対応が追いつかず、倒産や事業縮小につながる可能性があります。
参考)https://www.77bank.co.jp/financial-column/article76.html


関税撤廃による政府財源と税関業務への影響

関税撤廃は政府の関税収入を減少させ、税関業務や国家財政に直接的な影響を与えます。関税収入は政府の重要な財源の一つであり、その減少は他の税制で補填するか、歳出削減で対応する必要があります。​
太平洋島嶼国を対象とした研究では、貿易自由化が進むにつれて貿易税収が減少し、代わりに国内間接税収入が増加したことが報告されています。これは関税収入の減少分を消費税や付加価値税などで補う政策が取られたことを示しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11694958/

税収構造の見直しが不可欠です。
日本でも関税撤廃が進めば、税関職員の業務内容や人員配置に変化が生じます。通関業務の営業区域制限が廃止され、全国の税関官署で申告が可能になった結果、税関業務の効率化が図られています。
参考)https://www.customs.go.jp/zeikan/seido/useful/03_jiyuka_qa.pdf


しかし、関税撤廃に伴い原産地証明の確認作業が増加するため、税関職員の業務負担が軽減されるわけではありません。むしろEPA協定ごとに異なる原産地規則を適用するため、専門知識と審査能力の向上が求められます。
負担軽減にはつながらないということです。
さらに、通関業者の業務料金についても、従来の上限規制が撤廃される方向で議論が進んでおり、市場原理に基づく料金設定が可能になります。これにより通関業者間の競争が促進される一方、複雑な原産地証明業務に対する料金が上昇する可能性もあります。
参考)財務省/申告官署自由化・通関業制度、料金上限規制撤廃盛る。7…

関税撤廃に伴う通関業務の実務上の留意点

関税撤廃後も、通関業務従事者は引き続き複雑な手続きに対応する必要があります。特にEPA特恵税率の適用を受けるためには、原産地証明書の正確な確認が不可欠です。
原産地証明書には第三者証明制度と自己申告制度の2種類があり、協定ごとに採用されている制度が異なります。第三者証明制度では輸出国の発給当局が証明書を発行し、日本の税関は証明書の記載内容を審査します。一方、自己申告制度では輸出者自身が申告文を記載し、必要に応じて原産品申告明細書などの追加資料を提出します。​
どちらの制度も書類の不備があれば通関が止まります。
AEO輸出入者の承認を受けている事業者であれば、通い容器の再輸入免税・再輸出免税の手続きが簡素化されるなど、一部の業務負担軽減措置が適用されます。しかし、AEO制度の恩恵を受けられない中小企業にとっては、依然として複雑な手続きが負担となります。
参考)『第57回通関士試験における関税改正』ー④ : 貿易ともだち

AEO取得が実務効率化の鍵になるかもしれません。
通関業者は営業区域制限の廃止により、全国の税関官署に申告が可能になったため、遠隔地の貨物についても直接対応できるようになりました。これにより輸出入者は親密な関係にある通関業者を選択しやすくなり、費用面でも有利に働く可能性があります。
参考)大きく変わる通関制度!


ただし、検査立会いなど現地対応が必要な業務については、他の通関業者に委託する場合もあり、その際は輸出入者の許諾が必要です。​
関税撤廃後も、原産地規則の理解と正確な書類審査が通関業務の中心であり続けるため、継続的な知識更新と実務スキルの向上が求められます。EPA協定の内容は定期的に見直されるため、最新の協定内容を把握しておくことが重要です。​
日本商工会議所のEPA特定原産地証明書発給事業ページでは、EPA協定に基づく原産地証明書の発給手続きや各国との協定内容について詳細な情報が提供されています。原産地証明の実務に携わる方は、こちらの情報を参考にしてください。
税関の輸出入申告官署自由化Q&Aでは、申告官署自由化に関する具体的な手続きや注意事項が解説されています。営業区域制限廃止後の実務対応について確認しておくと安心です。




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