同じHSコードの製品でも、輸出先のEPA協定が違うだけで品目別規則が丸ごと変わり、関税コストが数十万円単位でズレる可能性があります。
EPA(経済連携協定)の特恵税率を使う前提として、輸入貨物が「原産品」であることを証明しなければなりません。原産品として認められる条件には主に3つあり、その中で最も実務的に重要なのが「実質的変更基準を満たす産品」です。
実質的変更基準とは、第三国の材料(非原産材料)を使って生産された場合でも、最終産品がその材料から「大きく変化」していれば原産品と認められる、というルールです。たとえば、アメリカ産の大豆(非原産材料)を日本に輸入し、日本で醤油を生産した場合、材料と産品の間には明らかに大きな変化があります。この変化を与えた日本が原産地として認められる、という考え方です。
重要なのは、この「大きな変化」の判断基準が品目ごとに異なるという点です。つまり基本です。品目別に定められた具体的な実質的変更基準のことを「品目別規則(PSR:Product Specific Rules of Origin)」と呼びます。PSRは各EPA協定の附属書に収録されており、日本が締結しているTPP11(CPTPP)、日EU・EPA、RCEP、日ASEAN協定など、それぞれの協定で内容が異なります。
| 原産品の種類 | 概要 | 主な対象 |
|---|---|---|
| 完全生産品 | 生産が1か国で完結している産品 | 農水産品・天然資源 |
| 原産材料のみから生産される産品 | 締約国の原産材料だけを使って生産された産品 | 完全国産部材を使う製品 |
| 実質的変更基準を満たす産品 | 非原産材料を使っても「大きな変化」があれば原産品 | 工業製品全般(最も多く使用) |
グローバルサプライチェーンが一般化した今、部品や原材料を複数の国から調達するのは珍しくありません。そのため、3つの中で「実質的変更基準を満たす産品」が実務で最も使用頻度が高くなっています。これが原則です。
PSRの具体的な内容を確認するには、税関が提供している「原産地規則ポータル」の品目別原産地規則検索ツールが便利です。HSコードと協定名を入力するだけで該当するPSRを調べられます。
参考:税関 原産地規則ポータル(品目別原産地規則検索ツール)
https://www.customs.go.jp/searchro/jrosv001.jsp
品目別規則(PSR)に定められる実質的変更基準には、主に3つの類型があります。それぞれ判定のアプローチが全く異なり、どの基準が使えるかは品目と協定によって決まります。
① 関税分類変更基準(CTC:Change in Tariff Classification)
最もよく使われる基準です。非原産材料のHSコードと、生産された最終産品のHSコードが「一定以上」異なる場合に、実質的変更があったとみなす考え方です。変更の幅には次の3段階があります。
| 略称 | 内容 | HS桁数 | 厳格度 |
|------|------|--------|--------|
| CC(類変更) | 材料と産品でHSコードの2桁(類)が異なること | 2桁 | 厳しい |
| CTH(項変更) | 材料と産品でHSコードの4桁(項)が異なること | 4桁 | 中程度 |
| CTSH(号変更) | 材料と産品でHSコードの6桁(号)が異なること | 6桁 | 比較的緩い |
直感に反するかもしれませんが、変更の幅が大きいほど(CC>CTH>CTSH)規則としては厳格です。なぜなら、類変更を要求される場合、材料と製品が根本的に異なる品目群に属している必要があるからです。一方、号変更だけで足りる場合、HSコード6桁の最後の2桁が違えば基準を満たせます。厳格さが逆に感じられますね。
実際の例で確認しましょう。TPP11において「時計バンド(HS9113.90)」の品目別規則は「他の類の材料からの変更(CC)」、つまり類変更が要件です。一方「パソコン(HS8471.30)」は「他の号の材料からの変更(CTSH)」、号変更で足ります。生産に使うCPU(8542.31)や液晶(8471.60)など部品のHS号が最終産品と異なれば基準をクリアできるということです。これは使えそうです。
② 付加価値基準(VA:Value-Added method)
締約国内での生産によって付加された価値が、一定の割合(閾値)以上であれば実質的変更があったとみなす基準です。原産資格割合(RVC)とも呼ばれます。計算方式は主に「控除方式」「積上げ方式」「重点価額方式(TPP11)」などがあり、EPAによって使用できる計算式が異なります。典型的な閾値は40〜55%程度です。
🔢 控除方式の計算式(代表例)
$$\text{RVC(%)} = \frac{\text{FOB価額} - \text{非原産材料の価額}}{\text{FOB価額}} \times 100$$
閾値を上回ることを立証するのが目的なので、正確な実値を出す必要はありません。これが条件です。
③ 加工工程基準(SP:Special Processed)
締約国内で特定の加工工程(化学反応、蒸留、重合、紡績など)が施された場合に、実質的変更があったとみなす基準です。HSコードの変更や付加価値の数値ではなく、「何をしたか」という工程の内容で判断します。繊維製品・化学品・医薬品などの品目で多く採用されています。
参考:税関 EPA原産地規則マニュアル(各基準の詳細が掲載されています)
https://www.customs.go.jp/roo/origin/epa.pdf
ここが実務担当者が最も見落としやすいポイントです。意外ですね。同じ製品・同じHSコードであっても、輸出先の国が変わり適用するEPAが異なれば、品目別規則(PSR)の内容がまったく変わります。
実際の例を見てみましょう。「電気式モーター(HS8501.31)」のPSRを協定別に比較すると以下のようになります。
| 協定 | PSRの内容 |
|------|-----------|
| 日タイEPA | CTH(項変更)または VA40% |
| 日EU・EPA | CTH または VA55%(FOB)または VA50%(EXW) |
| 日インドEPA | CTH かつ VA40% |
注目すべきは日インドEPAです。他の協定が「CTC または VA」という選択肢を与えているのに対し、日インドEPAでは「CTC かつ VA」と両方の充足を求めています。つまり、CTHを満たしていても、VA40%をクリアできなければ原産品と認められません。これは厳しいところですね。
また付加価値基準の閾値も、日タイは40%、日EU・EPAは55%(FOB基準)と大きく異なります。15ポイントもの差は、利益率の薄い製品では死活問題になりかねません。複数市場へ輸出する企業が仕向国ごとにPSRを個別確認しないまま、同一の生産プロセスで対応しようとすると、一部の協定では特恵税率が取れなかったという事態が起きます。
さらに、EPAの数自体も増えています。日本は現在20以上のEPAを締結・発効しており、RCEP(2022年発効)によってASEAN・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランドをカバーする協定が加わりました。それぞれの品目別規則を個別に管理する必要があるのです。
実務対策として、輸出先の国とHSコードを軸にPSRを一元管理する台帳を作成し、仕向国変更や品目追加のたびに確認するフローを社内で整備することが重要です。税関の品目別原産地規則検索ツールと並行し、JETROが提供するEPAの原産地規則情報も活用できます。
参考:JETRO EPAの活用(原産地規則の概要と協定別解説)
https://www.jetro.go.jp/theme/wto-fta/epa/
品目別規則(PSR)をすべての材料で完全にクリアできなくても、一定の条件下で原産品と認められる「例外・救済規定」が設けられています。これを使いこなせるかどうかで、EPA活用の可否が変わることがあります。
デミニマス(僅少の非原産材料)規定
関税分類変更基準(CTC)を満たさない非原産材料が製品に含まれていても、その量や価額が一定のしきい値以下であれば、「例外的に原産品とみなす」という規定です。たとえばRCEP協定では、CTCを満たさない非原産材料の総重量が産品の総重量の10%以下であれば、この規定が使えます。
ただし注意が必要です。デミニマス規定は関税分類変更基準(CTC)が適用される品目においてのみ使える救済措置です。付加価値基準(VA)が単独で設定されている品目には原則として適用されません。デミニマスだけは例外です。したがって、PSRの基準タイプを正確に把握したうえで判断することが必須となります。
累積ルール(累積)
複数の締約国で行われた生産や原材料を、一体として原産地判断に組み込める制度です。たとえば、A国の原産材料がB国に輸出され、B国でさらに加工されて最終産品となった場合、A国の材料をB国の原産材料とみなして原産性を判断できます。これを「モノの累積」と呼びます。
RCEP協定では、この累積の仕組みが15か国(ASEAN10か国+日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランド)の間で使えます。東南アジアにサプライチェーンを持つ企業にとっては、累積ルールを活用することでRCEP特恵税率の取得に大きく近づける場合があります。
また一部のEPAには「生産行為の累積(full cumulation)」があり、締約国内で行われたすべての加工・作業を考慮に入れることができます。これは「モノの累積」よりさらに広い概念で、欧州圏のFTAで多く見られます。
例外規定を活用する手順としては、「①PSRを確認する→②CTC型かVA型か確認する→③CTCが満たせない材料がある場合デミニマスの計算をする→④それでも難しい場合は累積ルールが適用できる協定・国の素材を使えないか検討する」という順番で考えるのが実務上スムーズです。確認する、という行動1つで数十万円の差が出ることもあります。
参考:日本関税協会 原産地規則コンメンタール(実質的変更基準の例外規定の詳細解説)
https://www.kanzei.or.jp/sites/default/files/pdfs/report/roocom_020300.pdf
ここまで解説してきた3つの基準(CTC・VA・SP)は、品目によって「いずれか1つを満たせばよい(OR条件)」のか「すべてを同時に満たさなければならない(AND条件)」のかが分かれます。これが基本です。この違いを見落とすと、PSRをクリアできていると誤解したまま原産地証明書を作成し、事後確認で特恵税率を否認されるというリスクが生じます。
AND条件の典型例は、日ASEAN協定の特定品目に見られる「関税分類変更基準(CTH)かつ付加価値基準(VA40%)」という規定です。両方を同時に満たす必要があるため、たとえばCTHをクリアしていてもVA計算で39%しか達成できなければ原産品として認められません。痛いですね。
一方、TPP11(CPTPP)の多くの品目は「OR条件」が多く、たとえば「類変更または付加価値RVC35%(積上げ)または45%(控除)」のように、複数の選択肢の中から有利な基準を選べる設計になっています。これを活用すれば、原産性証明に必要な書類や計算の負担を最小化できます。
実務上の具体的な判断ステップは次のとおりです。
なお、PSRの判定にあたって使用する非原産材料は「産品に直接組み込まれ、または産品に直接加工されて形を変える材料」が対象です。生産工程のはるか上流にある粗原料まで遡って証明する必要はなく、あくまで最終産品に直接使われる材料が起点になります。ただし、品目別規則の記載によっては上流の素材まで確認するトレーシングが求められるケースもあるため、協定文書を正確に読むことが不可欠です。
AND条件かOR条件かの確認漏れは、EPAの関税メリットを丸ごと失う原因になります。事後確認で特恵税率を否認された場合、差額分の関税を遡及して追徴されるリスクがあり、金額によっては数十万円から100万円単位の追加負担になることもあります。OR条件なら問題ありません。しかしAND条件を誤認していた場合のダメージは相当大きいため、PSRの初確認には十分な時間をかけることを強く推奨します。
参考:税関 日本のEPA原産地規則の概要(協定別の規定方式の違いが一覧で確認できます)
https://www.customs.go.jp/roo/origin/epa_roo.pdf
ここまでの内容を踏まえ、実際にEPA特恵税率を使う際の実務上の確認ポイントをまとめます。EPA特恵税率の活用は、単に「原産地証明書を取得すること」ではなく、「PSRを正確に理解したうえで証明できる状態を作ること」が本質です。
原産地証明書等の提出が不要な特例
課税価格が20万円以下の少額貨物については、原則として原産地証明書等の提出が不要です。これは実務上の大きな時間節約になります。ただし、AEO輸入者の場合や特例申告貨物は別途規定があるため、個別に確認が必要です。
自己申告制度の利用
TPP11(CPTPP)・日EU・EPA・日米貿易協定では、第三者機関が発行する「原産地証明書」ではなく、輸入者・輸出者・生産者による「原産品申告書等」の自己申告が採用されています。これは原産地証明書の発行手数料や発行リードタイムを省ける点でメリットがあります。ただし、原産品申告書に加えて製造工程表・総部品表・価格表などの根拠書類の整備が必要であり、事後確認(税関による輸入通関後の確認)に備えて書類を保存しておく義務があります。
事後確認リスクへの対応
EPAの事後確認では、輸入通関後に税関が産品の原産性を確認します。確認の結果、原産品であることが立証できない場合は特恵税率の適用が否認され、差額の関税が追徴されます。このリスクに備えるためには、PSRの根拠となる書類(BOM・工程表・サプライヤー証明書など)を5年程度保存しておくことが現実的な対策です。
PSRの確認作業は複雑に見えますが、対象品目が絞られていれば税関の原産地規則ポータルを使って短時間で調べることができます。取引量の多い品目から順番にPSRを整理していくと、管理の全体像が見えやすくなります。
参考:税関 原産地規則のいろは(原産地基準・手続の基本を日本語で網羅的に解説)
https://www.customs.go.jp/roo/origin/gaiyou.htm
参考:EPAビジネス実務検定 原産地規則と原産地手続事始め(PSRの3基準を初学者向けに解説)
https://www.epakentei.jp/useful/rulesoforigin