日米貿易協定を「全品目の関税が撤廃された」と思っていると、実際に輸出入で損を出してしまいます。
日米貿易協定は2019年10月に署名され、2020年1月1日に発効した物品貿易に関する協定です。この協定は世界のGDPの約3割(25.5兆ドル)を占める日米間の貿易を対象にしており、その影響範囲は非常に広いと言えます。
多くの人が「日米で自由貿易協定が結ばれた」と聞くと、関税がほぼゼロになったと想像しがちです。ところが、実態はかなり異なります。日本側が関税を削減・撤廃した農林水産品の関税撤廃率は、TPPの約82%より大幅に低い「約37%」にとどまりました。つまり6割以上の農林水産品の関税は維持されたのです。
つまり全品目が自由化されたわけではない、ということが原則です。
| 比較項目 | TPP11 | 日米貿易協定(2020年発効) |
|---|---|---|
| 農林水産品の関税撤廃率 | 約82% | 約37% |
| コメの扱い | 最終的に削減あり | 完全除外(関税維持) |
| 自動車(日本→米国) | 段階的撤廃 | 「更なる交渉」と明記のみ |
| 工業品(米国→日本) | 大半即時撤廃 | 関税引き下げを行わず |
特に重要なのは、この協定では日本側の工業品に対する関税引き下げが行われなかった点です。日本の工業品の対米輸出に最も影響する自動車については、「関税の撤廃に関して更に交渉する」と協定に明記されただけで、実質的な関税引き下げは先送りとなりました。
この情報を知らずにいると、対米輸出のコスト試算を誤るリスクがあります。特に自動車関連メーカーや部品サプライヤーは、「協定発効後も米国への輸出に関税がかかる」という現実を直視する必要があります。
参考:日米貿易協定発効後の関税率の詳細は税関の公式資料で確認できます。
日米貿易協定の農産品分野における関税率の変化は、食品輸入ビジネスや消費者生活に直結するテーマです。注目すべき品目をいくつか挙げます。
牛肉については、協定発効時の2020年1月時点で38.5%から26.6%へと即時引き下げられました。これはTPP11参加国と同じ水準の適用です。その後も段階的に引き下げが続いており、最終的には9%を目指すスケジュールとなっています。アメリカ産牛肉100gが仮に500円だとすると、38.5%関税時代の関税額は約192円でしたが、26.6%では約133円と約60円の削減になります。これは牛肉200g(約1パック)を買えば実質的に約120円の差額となります。
豚肉については、差額関税制度という独特の仕組みが採用されています。輸入価格が安い場合は不足分の税額を徴収し、高い場合は低率の従価税を適用するという仕組みです。日米貿易協定ではこの差額関税制度が縮減されましたが、完全撤廃には至っていません。
コメだけは例外です。日米交渉において、コメ(調製品を含む)は完全除外とされ、関税削減・撤廃の対象から外されました。日本国内ではコメへの関税は778%相当(実質)に達しており、この「聖域」は今回の協定でも守られました。これは国内農業保護の観点から政治的にも重要な成果と評価されています。
農産品の輸入コスト削減を狙う食品企業や飲食業者にとっては、牛肉の関税率低下は仕入れコストを直接下げる可能性があります。たとえば牛肉を月100万円輸入している事業者の場合、関税率が38.5%から26.6%に下がるだけで月に約11万9000円のコスト削減になります。年間換算では約143万円に達する額です。これは使える情報ですね。
ただし、協定の特恵税率を受けるには「米国産(原産地規則を満たすもの)」であることの証明が必要です。原産地証明を取得せずに通関すると特恵税率が適用されず、損をしてしまいます。
参考:農林水産品の関税削減スケジュールの詳細は農林水産省の資料が参考になります。
2019年発効の日米貿易協定では、工業品に関して日本からの輸出品(特に自動車)の関税問題が「棚上げ」されたことが最大の論点でした。当時、日本の対米輸出の約35%を占める自動車・同部品について、米国側の関税(乗用車2.5%、トラック25%)の撤廃は見送られました。
状況が大きく動いたのは2025年です。トランプ第2次政権は同年4月に「相互関税」を発動し、日本製品全般に最高24%の追加関税を課すと発表。さらに自動車には別途25%の追加関税が上乗せされ、自動車の実効税率は27.5%(既存2.5%+追加25%)に跳ね上がりました。鉄鋼・アルミも50%という水準に達しました。
痛いですね。しかし、その後に交渉が大きく進展しました。
2025年7月23日、日米両国は関税交渉で合意に達しました。主な内容は以下のとおりです。
この合意でポイントとなるのは「MFN税率が15%以上の品目には追加関税がかからない」というルールです。たとえば牛肉は現在の関税率が26.4%で15%超のため、相互関税の上乗せなしとなりました。一方、MFN税率が低い工業品や繊維は、最終的に15%の関税ラインに揃えられることになります。
これが原則です。MFN税率15%未満の品目は最終的に15%に揃う、と覚えておけばOKです。
自動車業界への影響は大きく、トヨタ・ホンダ・日産など日本の主要自動車メーカーにとって、27.5%から15%への引き下げは収益に直結します。関税が下がれば、日本から輸出した車の価格競争力が回復し、米国市場でのシェア維持・拡大につながります。
参考:2025年7月の日米関税合意の詳細は以下の政府資料で確認できます。
日米貿易協定の特恵税率を実際に使うにあたって、最も見落とされやすいのが「原産地規則」の問題です。特恵税率(協定税率)は、「米国産」として認定された産品にしか適用されません。
原産地規則とは何でしょうか?
一言で言えば、「その産品が本当に米国産といえるかどうか」を判断するルールです。たとえば、メキシコ産の原材料を使って米国内で製造した食品が「米国産」と認められるかどうかは、品目ごとに定められた変更基準(CCやCTH)をクリアしているかによって決まります。
日米貿易協定における原産地規則の基本原則は「類変更(CC:2桁HS番号の変更)」が原則です。ただし、品目によってはより細かい「項変更(CTH)」や「号変更(CTSH)」が求められるケースもあり、注意が必要です。
特に酪農品(乳製品)については例外扱いがあり、牛乳・クリーム・バター・チーズ(第04.01〜04.06項)の生産においてデミニミスの規定が適用されないため、注意が必要です。乳製品ビジネスを展開している場合は、品目ごとに専門家の確認が必須です。
この原産地規則の見落としによって、せっかく低率の協定税率が使えるはずの取引で通常税率を適用してしまうケースが現実に起きています。たとえば月100万円規模の輸入で関税が5ポイント余分にかかれば、年間60万円の無駄なコストが発生します。これは注意すれば防げる損失です。
原産地証明の取得にあたっては、日米貿易協定では「輸入者自己申告」方式が採用されているため、輸出者が発行する証明書類(Origin Declaration等)を入手し、輸入申告時に申告する手順が基本です。
参考:原産地規則の詳細な手続きはJETROの資料で確認できます。
2025年7月の日米合意で自動車関税が15%に引き下げられる一方、鉄鋼・アルミニウムへの関税は50%のまま維持されました。この非対称性は、一見して「なぜ?」という疑問を生みます。
鉄鋼・アルミは「通商拡張法第232条(安全保障条項)」に基づく措置であり、貿易交渉のテーブルとは別の問題として扱われてきた経緯があります。米国は安全保障を名目にこれらの関税を維持しており、WTO協定違反の可能性を指摘されながらも継続しています。2025年6月には25%から50%にさらに引き上げられており、現時点では日本だけでなく世界共通の高い壁となっています。
この問題が直撃しているのは、鉄鋼やアルミを使った製品を米国に輸出する中小製造業者です。たとえばアルミ製品を月200万円分対米輸出している中小企業の場合、50%の関税によって米国側バイヤーが負担するコストは月100万円分増加します。これは実質的に「日本産を買う理由がなくなる」水準であり、受注喪失・売上減少という形でダメージが及びます。
厳しいところですね。
一方で、日米合意では「派生品」の扱いにも注目が必要です。鉄鋼・アルミの派生品(ボルト、建設用部材など)については約400品目が追加的に232条関税の対象となる措置が2025年8月に実施されました。これにより、直接の鉄鋼・アルミ製品ではなくても関税の影響を受ける製品の範囲が広がっています。
中小企業が取りうる対応策として、まず自社の輸出品目のHSコードを確認し、232条関税の対象品目リストに含まれていないか確認することが最初のステップです。JETROが提供する「米国関税措置の最新情報」のページでは、対象品目一覧と適用税率が随時更新されています。自社製品が該当するかどうかを確認するだけで、リスクの大きさを把握できます。
また、米国現地での生産拠点の設置・拡充(いわゆる「現地化」)により、232条関税を回避するという選択肢を採る企業も増えています。日米合意の「80兆円の対米投資」の文脈はまさにこれであり、大企業だけでなく中小企業にとっても「米国内で作る」ことが関税回避の有効手段となりつつあります。
鉄鋼50%が条件です。これだけは例外なく現状継続と理解しておく必要があります。
参考:鉄鋼・アルミ派生品への関税拡大の動向についてはJETROの最新ニュースが参考になります。