ベトナム産と書いてあっても、実質的な製造国が中国なら原産地は「中国」のままで、申告を誤ると500万円以下の罰金リスクがあります。
チャイナプラスワンとは、製造業を中心に、中国に集中していた生産・調達拠点を維持しつつ、もう1カ国(または複数国)に拠点を分散させるリスク管理戦略のことです。日本語では「中国プラス1」とも表記されます。
「中国から撤退する」という意味ではありません。これが基本です。
中国事業を継続しながらも、中国への過度な依存がもたらすリスクを軽減するために、ベトナム・インド・タイ・メキシコ・インドネシアなど第三国へ機能の一部を移管または新設する戦略です。具体的には、製造拠点の一部移転、調達先の多様化、物流・配送ルートの複線化などが含まれます。
通関業従事者にとって重要なのは、この戦略が「貨物の出荷国」を変えることではなく「製造・加工の実態国」を変えるものだという点です。出荷地と原産地は別の概念であり、この区別が通関実務の根幹に関わります。
チャイナプラスワンという言葉自体は、2000年代前半から存在していました。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)騒動で中国工場の操業停止を経験した日本企業が増えたことや、2005年の反日デモによる生産障害が引き金となり、「一国集中リスク」への意識が高まりました。その後、米中貿易摩擦が激化した2018年以降、そして2020年のコロナ禍によるサプライチェーン混乱を機に、大企業から中堅企業まで幅広く検討・実行されるようになっています。
| 時期 | 主な背景・きっかけ |
|---|---|
| 2003年〜 | SARS流行・反日デモによる操業停止リスクの顕在化 |
| 2010年代 | 中国の人件費・原材料費の高騰(2010年製造業平均賃金は2000年比で約3倍) |
| 2018年〜 | 米中貿易摩擦・25%追加関税の発動 |
| 2020年〜 | コロナ禍によるグローバルサプライチェーンの大規模混乱 |
| 2025年〜 | トランプ政権の相互関税・迂回輸入取り締まり強化 |
つまりチャイナプラスワンとは、単なる流行語ではなく、20年以上かけて積み上がってきた企業の合理的判断の集大成です。
参考リンク(チャイナプラスワン戦略の背景・意義をPwC Japanが詳細に解説)。
地政学リスクの高まりで見直されるチャイナプラスワン戦略の意義 | PwC Japan
移転先として最も選ばれているのはベトナムです。PwC Japanの調査(2023年)によれば、中国国外への移管先として日本企業の46%がベトナムを第1位に挙げています。次いで日本国内(40%)、タイ(25%)、インドネシア(21%)、マレーシア(18%)と続きます。
なぜベトナムが人気なのでしょうか?
労働力の確保しやすさと、日越EPA・RCEP・CPTPPなど複数の有力なFTA/EPA網が整備されていることが大きな理由です。ただし、2025年にトランプ政権が発動した相互関税では、ベトナムに当初46%という高い税率が設定されたため(その後交渉で引き下げ)、「ベトナム一択」戦略のリスクも露わになりました。
通関業従事者として各移転先国の実務ポイントを整理すると、以下のようになります。
移転先が増えると、取引相手の国が増えるということです。通関業従事者が対応すべき書類の種類・言語・制度がすべて変わってきます。中国向け・中国からの実務で積んだ経験が、そのまま通用しない場面も多く出てきます。知識のアップデートが必要です。
チャイナプラスワン戦略の広がりは、通関業従事者にとってビジネスチャンスでもあり、リスクでもあります。まずビジネスチャンスの側面から見てみましょう。
移転先が増えるということは、新たな国との輸出入申告が発生するということです。中国一国との取引しかなかった荷主が、ベトナムとインドと中国の3カ国を同時に使い始めると、通関申告の件数そのものが増加します。実際、国際フォワーダー業界では、アジア新興国向け・アジア新興国からの貨物取り扱いが2020年以降に大幅に増加しているという報告が複数あります。
一方で業務の複雑性も同時に高まります。
例えば、以前は中国一国との取引で管理すれば足りていた原産地証明書が、移転先ごとに異なる証明書フォーマット・発行機関・申請手続きに対応しなければなりません。ベトナムからの輸入にRCEPを使う場合はForm RCEPの原産地証明書、日ASEAN包括的EPAを使う場合はForm AJの証明書が必要です。これらを正確に区別して管理することは、実務レベルでは決して小さな話ではありません。
さらに複雑さを増しているのが「複数の船荷証券(B/L)への対応」です。例えば中国とベトナム両方から製品を仕入れている場合、輸送ルートの違いにより書類のフォーマットや取り扱い港が異なります。通関業者として1つの荷主の貨物を管理するだけで、以前の2〜3倍の書類処理が発生するケースも珍しくなくなっています。
加えて、HS分類の確認難度も上がります。移転先で最終工程だけを行い、中国で作った部品を組み立ててベトナム産として輸出する形態の場合、その製品のHSコードが変わるかどうかは製造工程の詳細に依存します。関税分類変更基準(CTC)を満たすかどうかを確認するためには、荷主の製造工程について踏み込んだ情報収集が必要です。これは通関実務の負担を直接的に増やします。
参考リンク(JETROによる日系企業のASEAN相互関税対応状況の詳細レポート)。
日系企業の相互関税への反応 米国関税措置のASEANへの影響(2)| JETRO
ここが最も重要です。チャイナプラスワンの文脈で、通関業従事者が今最も注意すべき問題が「迂回輸出(transshipment)」に関連した原産地虚偽申告リスクです。
迂回輸出とは、中国で製造した商品を第三国(ベトナム・タイ・メキシコなど)に一度送り、そこから最終仕向け地(米国など)に輸出することで、高関税の対象国からの輸出を「回避」するやり方を指します。米国では、2025年にトランプ政権が司法省・国土安全保障省が連携する「貿易詐欺対策タスクフォース」を立ち上げ、この種の関税回避に対する取り締まりを急激に強化しました。
具体的な罰則を確認しておきましょう。
ここで重要な点があります。「知らなかった」は免責にならないということです。
関税法では、正確な申告を行う「合理的な注意義務」が輸入者に課されています。通関業者も委託を受けて申告を行う立場として、荷主が提示した書類の内容が実態と乖離している場合には、それを鵜呑みにして申告することのリスクを認識しておく必要があります。
実際に問題となりやすい典型的なパターンは次の3つです。
税関の事後調査で発覚した場合、仕入契約書・製造工程書類・インボイスなどの提示を求められます。証明できなければ過去数年分にわたる未納税分と追徴課税を課されるリスクがあります。一発で大きな損失につながる問題です。
参考リンク(JETROによる米国の関税回避取り締まり強化の最新動向)。
関税回避の取り締まり強めるトランプ米政権、「迂回輸入」が焦点に | JETRO
参考リンク(日本の関税法における原産地虚偽申告の罰則を弁護士が解説)。
原産地に関する虚偽申告のリスクと罰則 | 有森FA法律事務所
ここまでのリスクを踏まえたうえで、通関業従事者として実務上とるべき対応を整理します。チャイナプラスワン戦略の波に飲み込まれないための、具体的なアクションです。
まず最も優先すべきは「原産地実態の確認体制の構築」です。荷主から提出される書類が「どこで作ったか」の実態を正確に反映しているかを確認するプロセスを設けましょう。チェックすべき項目は、製造工程書(製造フローや使用部材の原産国を含むもの)、原産地証明書の発行機関・有効期限・記載内容の整合性、インボイスに記載された原産地と実際の製造国の一致、の3点です。
次に重要なのが「FTA/EPAの最新状況の把握」です。チャイナプラスワン移転先として頻出するベトナム・タイ・インドネシア・インドについて、日本との間で現在どのFTA/EPAが発効しているかを整理しておきましょう。
| 移転先国 | 日本との主なFTA/EPA | 原産地証明書フォーム |
|---|---|---|
| ベトナム | RCEP・日越EPA・AJCEP・CPTPP | Form RCEP / Form VJ / Form AJ など |
| タイ | RCEP・日タイEPA・AJCEP | Form RCEP / Form JT / Form AJ など |
| インドネシア | RCEP・日インドネシアEPA・AJCEP | Form RCEP / Form JIEPA など |
| インド | 日印EPA(RCEPには非加盟) | Form CEPA(インドのみ独自フォーム) |
| メキシコ | 日墨EPA(USMCA対象外) | 日墨EPAの様式 |
複数のFTA/EPAが適用できる場合、どれを選択するかで享受できる関税削減効果が変わります。荷主との協議の際に選択肢を提示できると、通関業者としての付加価値が上がります。
次に押さえておくべきは「税関の事前教示制度の活用」です。原産地の判断に迷う場合は、税関に対して事前に原産地の取り扱いについて照会できる「事前教示(事前裁定)制度」を積極的に活用しましょう。書面での回答を保存しておくことで、後日の調査への対応力も高まります。
また、荷主が行っている製造工程の情報・証拠を定期的に取得し、原産地管理台帳として社内に整備することも有効です。申告の根拠となる記録が残っていることが、事後調査への最大の備えになります。
チャイナプラスワンの波は、通関業務の「量」だけでなく「質」も問い直しています。正確な知識と確認体制が差別化の武器になります。
参考リンク(税関による原産地証明に関する制度・手続き・様式見本)。
原産地基準・証明手続/様式見本 : 税関 Japan Customs
あまり語られない視点があります。それは「チャイナプラスワン疲れ(China+1 Fatigue)」とも呼ばれる現象です。
2024年から2025年にかけて、欧米企業を中心に「チャイナプラスワン戦略を検討したが、コストや手間の複雑さに疲弊して計画を縮小・棚上げした」という動きが観察されています。調査会社の分析によれば、2024〜2025年にかけて一部のドイツ系バイヤーの92%が「中国+1社」から調達している一方で、その体制を維持・管理するコストへの不満も高まっています。
コストが高くつくのです。複数の国から調達する体制を維持するには、輸送・保管・書類管理・コンプライアンス対応など多くのコストが発生します。「リスク分散のためのコストが、リスクそのものより大きくなってしまう」という逆説的な状況も起きています。
この「チャイナプラスワン疲れ」の中で、通関業者はどう立ち位置を変えるべきでしょうか。
単なる「申告代行業者」から、「貿易コンプライアンスの相談役」へとポジションを移すチャンスがここにあります。荷主にとって最も面倒なのは、移転先ごとに異なる原産地規則・書類・関税率を把握して正確に管理することです。通関業者がそこを「代わりに整理・管理してくれる」存在であれば、荷主にとっての価値は大幅に上がります。
具体的には、荷主の調達先ごとの原産地・関税率・FTA活用可否を一覧化した「チャイナプラスワン対応レポート」を定期的に提供するといった取り組みが考えられます。通関申告だけではなく、その前段階の情報整理を担う存在になることで、競合他社との差別化が図れます。
チャイナプラスワンは、通関業者にとっての試練であり商機です。知識と対応力でその両面に応えることが、これからの通関業者に求められています。