回路配置利用権を侵害した物品を輸入しても、関税法上の「輸入差止申立制度」は使えません。
回路配置利用権は、半導体集積回路(IC)の内部にある「回路素子と導線の配置パターン」を保護する知的財産権の一種です。スマートフォン、家電製品、自動車の制御システムなど、現代の製品はほぼすべて半導体チップを内蔵しており、その配線パターンの設計に膨大なコストがかかります。
この権利が誕生した背景には、1984年のアメリカにおける「半導体チップ保護法(Semiconductor Chip Protection Act)」の制定があります。それを受けて日本でも1985年(昭和60年)に「半導体集積回路の回路配置に関する法律(半導体回路配置保護法)」が成立し、翌1986年から施行されました。法律自体はすでに約40年の歴史を持ちます。
重要なのは、この権利が特許権・実用新案権・意匠権・商標権の「産業財産権4種」とは別カテゴリに分類される点です。特許庁が掲載する「スッキリわかる知的財産権」のページでも、回路配置権は産業財産権の外側にある権利として明示されています。つまり産業財産権ではないのです。
では、既存の特許法や著作権法ではなぜ保護できなかったのでしょうか。特許法は「技術的なアイデア」を保護するものであり、回路配置という配置パターン自体を直接守ることは難しい側面があります。著作権法は表現を保護しますが、工業的・機能的な配置パターンとの相性は必ずしも良くありませんでした。この「どちらでもカバーしきれない領域」を専門に守るために作られたのが半導体回路配置保護法です。
保護の対象は、「半導体集積回路における回路素子およびこれらを接続する導線の配置」(法第2条2項)と定義されています。トランジスタ、コンデンサ、抵抗器といった部品が基板上のどこに配置され、どのように導線でつながれているか、その全体のレイアウトが保護対象です。つまり机の上の設計図や仕様書ではなく、実際にチップの中に焼き付けられた物理的な配置パターンが守られます。
特許庁「スッキリわかる知的財産権」:産業財産権4種と回路配置権の位置づけを図で確認できます
回路配置利用権を取得するためには、経済産業大臣に対して申請を行い、財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)が審査を行います。ここで特許と大きく異なるのは、「新規性」「進歩性」「先願」といった要件が審査されない点です。
特許出願では先行技術との比較、進歩性の判断など、審査に数年かかることもあります。しかし回路配置利用権の登録審査は、申請書の形式確認と申請者資格の確認が中心です。結果として、申請から設定登録通知が届くまでの期間はおよそ1週間以内とされています。これはスピードが非常に速いですね。
審査が早い反面、却下された場合に不服申立ができない点は注意が必要です。ただし新規性が求められないため、要件を整えて再申請することは認められています。
申請には以下の書類・物品が必要となります。
登録費用は1件につき1万8千円(設定登録の申請手数料)とされています。特許出願の費用が数十万円規模になることも多いのと比べると、比較的低コストで権利化できます。これは使えそうです。
なお、申請できる時期には重要な制限があります。「創作者またはその承継人が、申請日から2年以上遡った日以前に業として回路配置を譲渡・輸入などしていた場合は申請できない」と定められています(法第3条)。つまり、製品を市場に出してから2年が経過してしまうと申請権利を失います。開発した時点での早期申請が原則です。
SOFTIC(財団法人ソフトウェア情報センター):回路配置利用権の登録業務の詳細と申請フォームの確認ができます
回路配置利用権が発生すると、権利者は以下の行為を業として行う独占排他的権利を持ちます。
ここで非常に重要な点があります。回路配置利用権は特許権とは異なり、「絶対的な独占権」ではなく「相対的権利」として位置づけられています。
どういうことでしょうか?特許権は、第三者がまったく独自に同じ発明をたどり着いたとしても、先に権利を持っている側が侵害を主張できます。しかし回路配置利用権では、「他人が独自に創作した回路配置の利用には効力が及ばない」と法第12条で定められています。この点は著作権の考え方に近いです。
要するに、コピーや模倣には権利を行使できますが、独立して同じレイアウトを開発したなら権利侵害にはならないのです。実際、半導体設計の世界では同じ機能を実現する回路配置が複数の会社で独自に開発されることもあり、この「相対的権利」という設計は実態に合ったルールといえます。
また、解析・評価のためにリバースエンジニアリングで登録回路配置を複製することも、権利侵害にはなりません(法第12条)。競合他社が自社製品を分析する目的で使用しても、法律上は問題なし、ということです。
存続期間は設定登録の日から10年、更新は不可です。特許権は出願から20年、商標権は登録から10年ですが商標は更新可能です。回路配置利用権には更新制度がなく、10年で権利は完全に消滅します。半導体技術のサイクルが速い分野特性を考慮した設計とも言われますが、長期間の保護が必要な場合は戦略的な対応が必要です。
原健三国際特許事務所「半導体集積回路配置法とは?」:日本・米国・中国など各国の制度比較が詳しく解説されています
関税に興味がある方にとって、ここが最も重要なポイントです。
関税法第69条の11第1項では、「特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品」を輸入してはならないと定めています。つまり、回路配置利用権を侵害する半導体チップを含む製品の輸入は、関税法上も明確に禁止されています。
しかし、実務上の手続きに大きな落とし穴があります。他の知的財産権(特許権・商標権・著作権など)では、権利者が税関長に「輸入差止申立書」を提出することで、侵害物品が発見された際の認定手続きを求めることができます。これを「輸入差止申立制度」と呼びます。
ところが、回路配置利用権についてはこの申立制度が適用されません。厳しいところですね。
回路配置利用権の権利者が取れる対応は、「輸入差止情報提供」という別の手続きです(関税法第69条の12)。これは申立制度ではなく、「税関が参考にする情報を提供する」という位置づけです。実際には、提出した証拠等を審査した結果、侵害の事実を確認できないと判断された場合には、情報提供が受理されないこともあります。
| 制度 | 対象権利 | 手続の強制力 |
|---|---|---|
| 輸入差止申立制度 | 特許権・商標権・著作権など | 申立後、税関が認定手続きを開始(強制力あり) |
| 輸入差止情報提供 | 回路配置利用権のみ | 税関が参考情報として活用(確認できない場合は受理されないこともある) |
さらに、輸出差止の観点でも同様の制限があります。他の知的財産権侵害物品は「輸出してはならない貨物」としても規制されますが、回路配置利用権侵害物品の輸出は規制対象から除外されています(一部法令解説による)。つまり輸出の水際取締りにおいても、他の権利と比べて保護が手薄な状態といえます。
故意に侵害物品を輸入した場合の刑事罰は、関税法第109条に基づき10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金またはその両方です。法人には3億円以下の罰金が適用される場合もあります。ただし、関税法の罰条では「回路配置利用権のみを侵害するものを除く」という記載があり、罰則適用の範囲についても他の権利と扱いが異なる場面があります。
税関「回路配置利用権を侵害する物品の輸入差止情報提供制度について」:情報提供手続きの実務的な流れが解説されています
輸入ビジネスにおいて、回路配置利用権の侵害リスクが生じやすい商材があります。電子基板を含む機器全般、スマートフォンのアクセサリ類(内部に独自ICを搭載したもの)、産業用制御モジュール、低価格の半導体チップを使用した電子部品などがその代表例です。
特に注意が必要なのは、「外見上は正規品と区別がつかない模倣品」です。半導体チップは目に見えないほど小さく、製品を分解・分析しなければ内部の回路配置が正規品からコピーされたものかどうかは判断できません。そのため、「知らずに侵害品を輸入してしまった」というケースが生じやすい分野でもあります。
こうした侵害リスクを輸入前に確認する手段として、SOFTICの回路配置原簿(登録情報)を参照する方法があります。登録情報は一定の範囲で公開されており、仕入れを検討している半導体チップやモジュールが日本で登録された権利と関係するかどうかの初期調査に活用できます。
また、特許情報プラットフォーム「J-PlatPat」は特許・商標・意匠の検索に広く使われていますが、回路配置利用権の登録情報はSOFTICが別途管理しています。J-PlatPatで調べても回路配置利用権は出てこない、という点は実務上の落とし穴になり得ます。この点だけは覚えておけばOKです。
さらに独自の視点として注目すべきなのが、「リバースエンジニアリングの合法性」が輸入ビジネスに与える影響です。回路配置利用権は、解析・評価目的のリバースエンジニアリングを合法と認めています。これは、海外メーカーが日本の登録回路配置を分析し、そこからヒントを得て独自設計を行った製品を輸入した場合、その製品が必ずしも侵害品にならない可能性があることを意味します。つまり「似ている」だけでは権利侵害の主張が通らないのです。
輸入ビジネスの実務では、仕入れ先との契約書に「知的財産権非侵害の表明保証条項」を盛り込むことが有効なリスクヘッジになります。万が一侵害品と判明した場合でも、契約上の損害賠償を仕入れ先に求める根拠を確保できます。仕入れ先の信頼性確認と契約の整備、この2点をセットで進めるのが基本です。
ミプロ「輸入ビジネスと知的財産権の基礎Q&A(改訂版)」:輸入実務に直結した知財リスクの考え方が網羅されています(PDF)