フレンドショアリングが進むと、通関書類の種類が増えて申告ミスのリスクが一気に高まります。
フレンドショアリング(Friendshoring)とは、企業や政府がサプライチェーンや生産拠点を、政治的・経済的に信頼できる友好国・同盟国へ移転・拡大することを指します。「フレンド(友人)」と「ショアリング(拠点を置く)」を組み合わせた造語です。
この言葉が世界的に注目されるきっかけとなったのは、2022年4月にジャネット・イエレン米財務長官がスピーチで正式に使用したことです。米中対立の激化、2020年代初頭のコロナ禍による物流混乱、そして2022年のロシアによるウクライナ侵攻という三つの出来事が重なり、「どこからでも安く調達すればよい」という時代が終わりを告げました。
もう少し言葉の系譜を整理しておきましょう。「ショアリング」系の用語には以下のようなものがあります。
| 用語 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| オフショアリング | 低コスト国へ生産を移転 | 中国・東南アジアへの工場移転 |
| リショアリング | 自国への生産回帰 | 米国内への製造工場回帰 |
| ニアショアリング | 地理的に近い国への移転 | 米国からメキシコへの移管 |
| フレンドショアリング | 政治的友好国への移転 | ベトナム・インドへの拠点設置 |
「友好国なら安全」というイメージがありますが、実はこれが落とし穴です。後述しますが、「どの国が友好国か」は政治情勢次第で流動的に変わり、通関実務上の想定が崩れるリスクがあります。これが基本です。
通関業従事者にとって重要なのは、フレンドショアリングは単なるビジネストレンドの話ではなく、「輸入申告書に書く原産国」「適用するEPA協定」「品目分類」が変わってくる現場の問題だという点です。
フレンドショアリングが広がった理由を理解するには、2020年以降の世界的な変化を把握しておく必要があります。三つの大きな出来事が重なりました。
一つ目は米中対立の激化です。米国は中国に対して関税引き上げや輸出規制を強化し、半導体分野では日本・台湾・韓国・オランダにも対中輸出規制への協力を求めました。米中間の貿易コストが上がり、サプライチェーンを組み替える動きが加速しました。
二つ目はコロナ禍による物流混乱です。需要急増と生産停止が重なり、海上コンテナ運賃が一時コロナ禍前の5倍近くに跳ね上がりました。遠距離・単一国依存のサプライチェーンのリスクが経営課題として明確になった局面です。
三つ目はロシアのウクライナ侵攻(2022年)による供給途絶リスクの顕在化です。ロシアからのエネルギー供給が止まり、穀倉地帯での紛争が食糧供給を不安定化させました。いつサプライチェーンが政治的理由で切断されるか分からない、という現実を世界が学びました。
こうした背景から、米国はIPEF(インド太平洋経済枠組み)やUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を活用し、友好国との貿易網を積極的に構築しています。その結果として象徴的な変化が起きました。2023年には、メキシコが中国を抜いて米国への輸出品の最大生産国になったのです(日経アジアほか複数の報道による)。
フレンドショアリングはアジアの先進国にとってコスト負担が大きいという点も押さえておきましょう。三菱総合研究所の試算では、フレンドショアリングによる調達コスト上昇率は主要先進国平均で2.4%とされており、日本・韓国・台湾のコスト上昇率は特に高い水準です。中国・ベトナムからの調達に制約が加わることで、コストの高い国や国内生産への代替を迫られるためです。
参考:三菱総合研究所「グローバルサプライチェーン再構築によるコスト変化」(2023年)
https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20230518.html
コスト上昇が前提となる中、通関士が関税削減のアドバイスを提供できるかどうかが企業にとっての関心事になってきます。旭化成の試算によると、「関税を5%削減できれば、法人税を40%削減したのと同等のインパクト」があるとされています。厳しいところですね。
フレンドショアリングが進むと、通関業務の現場で何が変わるのでしょうか?
最も直接的な影響が出るのは「原産地規則」です。たとえば、これまで中国から輸入していた電子部品が、ベトナムやインドに生産移転した場合を考えてみてください。調達元が変われば、適用するEPA・FTAが変わります。EPA・FTAが変われば、特恵関税の適用条件が変わり、必要な原産地証明書の種類と取得先が変わります。
つまり、輸入申告のたびに確認すべき書類のセットが変化するということです。
原産地証明の確認で特に注意が必要なのが、生産移転先の国がEPA・FTA締約国かどうかというポイントです。たとえば日本は現時点で21の国・地域との間でEPAが発効済みです(2024年末時点)。これらの国々は日本の貿易量の約80%を占めますが、すべての調達先がEPA対象国というわけではありません。
調達先が変わっても、「どのEPAを使えるか」「原産地基準(付加価値基準・関税分類変更基準・加工工程基準)をクリアしているか」を都度確認する必要があります。これが原則です。
さらに注意が必要なのが、「中間財」の原産地です。たとえば中国で製造された部品がベトナムで組み立てられた製品は、ベトナム産として扱えるかどうかが問題になります。単なる組み立て工程だけでは実質的変更とみなされない場合があり、EPA特恵税率が適用されないケースがあります。これは見落としがちなリスクです。
参考:税関「原産地規則のいろは」
https://www.customs.go.jp/roo/origin/gaiyou.htm
原産地の判定を誤ると特恵税率の不正適用となり、後日税関から修正申告・追徴税額の徴収を求められるリスクがあります。フレンドショアリングが活発化する局面だからこそ、荷主企業からの申告内容をしっかり確認する姿勢が通関業者に求められます。
フレンドショアリングに潜む最大の落とし穴のひとつが、「友好国の定義は固定されていない」という点です。これは意外ですね。
Wikipediaのフレンドショアリング記事でも指摘されているように、「軍事的な同盟国が同時に強力な経済的競争相手である場合」もあります。また、「ある国の友好国・同盟国としての地位は時間とともに変化する可能性がある」とも明記されています。つまり、今日のフレンド国が明日もそうとは限らない、ということです。
この問題は通関実務に具体的な形で影響します。たとえば以下のようなケースが考えられます。
実際、2025年には米国が相互関税を発動し、日本に対しても一時24%の相互関税が課される事態になりました。最終的には日米合意により15%に引き下げられましたが(2025年8月7日以降適用)、これは「同盟国」である日本でさえ追加関税の対象になり得ることを示した出来事です。
IMF(国際通貨基金)はフレンドショアリングに関連する貿易障壁が世界の経済生産を2%減少させる可能性があると警告しており、アメリカのGDP減少が1%未満にとどまる一方で、他国では最大6%の減少が予測されると試算しています。
また、WTO(世界貿易機関)も、東西の貿易ブロックに分断が生じた場合、世界の生産量が5%減少すると見積もっています。
フレンドショアリングが「安全圏の構築」に見えて、実は各国の経済ダメージが不均等に広がるリスクをはらんでいる点は、業務上のシナリオ想定として頭に入れておくべきです。
参考:Wikipedia「フレンドショアリング」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0
フレンドショアリングの波は、通関業者に「危機」ではなく「専門家としての付加価値を高める機会」をもたらしています。この視点はあまり語られていません。
2025年3月に国立京都国際会館で開催されたIFCBA世界会議(24カ国・延べ約740名が参加)では、前WCO事務総局長の御厨邦雄氏がこう述べました。「デカップリング・デリスキング・フレンドショアリングなどサプライチェーンが多様化する中、通関業者がサポートしている点は重要。EPAやFTAを推進し、原産地規則の知識を使い、複雑な規制の中でかじ取りしていく重要な役割を担っていく」と。
つまり、フレンドショアリングが複雑化するほど、専門知識を持つ通関士の出番が増えるということです。これは使えそうです。
特に、以下の三つの分野で通関業者の役割が拡大する見込みです。
一方で、業務上の注意点もあります。荷主企業から「ベトナムに移したから今まで通りでいい」と言われた場合でも、EPA適用の可否・原産地基準の充足確認・輸入申告書類のセット確認を改めて行うことが必要です。「移転したから楽になる」とは限りません。
また、こうした複雑な申告業務を支えるデジタル技術の活用も急速に進んでいます。AIによるHSコード自動分類システムでは、分類精度98%以上・分類時間90%以上短縮という実績も報告されています(2025年IFCBA世界会議より)。フレンドショアリングによって品目分類や原産地判定の件数が増える中で、デジタルツールと専門知識の組み合わせが通関業者の競争力を左右する時代になってきました。
参考:日本通関業連合会 会報No.190(2025年5月)
https://www.tsukangyo.or.jp/files/libs/2286/202505151721324430.pdf
フレンドショアリングという言葉をただ知っているだけでなく、それが実務にどう直結するかを語れる通関業者が、顧客企業から選ばれる存在になっていきます。専門知識が条件です。