「LNG燃料船はCO₂をほぼゼロにできるクリーンな船だ」と思っているなら、実は未燃焼メタンがCO₂の80倍もの温暖化効果をもたらしている事実で、通関申告の環境情報も変わります。
LNG燃料船を理解するうえで、まず「LNG(液化天然ガス)とは何か」を押さえておく必要があります。LNGとは、メタンを主成分とする天然ガスを約-162℃まで冷却し、液体にしたものです。この液化プロセスによって、体積は気体状態の約600分の1に圧縮されます。500mlペットボトルの水を液化すると、気体のときの体積600本分が入るイメージです。
液化することで大量輸送が可能になる一方、その極低温という特性がLNG燃料船の船体構造を根本から変えます。重油タンカーが常温で運航できるのに対し、LNG燃料船の燃料タンクは常時-162℃前後という超低温を維持しなければなりません。これは、魔法瓶を船に積んでいるような状態です。
燃料タンクには大きく2種類あります。ひとつは独立型のタイプCタンクと呼ばれる円筒形の圧力タンクで、小型・中型のLNG燃料船によく使われます。もうひとつは球形タンク(モス型)やメンブレン型と呼ばれる方式で、LNG運搬船に採用されてきた技術を燃料タンクに転用したものです。タンクの素材には、ニッケル鋼やステンレス鋼など-162℃の超低温でも脆性破壊を起こさない特殊金属が使われており、製造コストが重油タンクの数倍以上になります。
タンクだけではありません。エンジンも全く別物になります。重油船が単一の液体燃料で動くのに対し、LNG燃料船のエンジンは主に「デュアルフューエル(DF)エンジン」と呼ばれる方式が採用されます。ガスと重油の両方を燃料として切り替えられる構造で、LNG補給ができない港ではバックアップとして重油でも航行できる設計になっています。これは緊急時の対応力として重要な点です。
さらに、エンジンに燃料を供給するためには、-162℃の液体LNGをいったん気化させ、高圧状態にして送り込む「燃料高圧供給システム」が必要です。LNGを約30MPa(メガパスカル)の圧力まで昇圧してエンジンに供給するこのシステムは、ポンプ・気化器・各種バルブ・計測機器などで構成され、コンパクトにパッケージングされています。新造時の船価が従来の重油船より15〜30%高くなる主な理由のひとつが、これらの付帯設備のコストです。
つまり重油とLNGでは、タンク・エンジン・燃料供給システムの三つがすべて異なります。
商船三井グループによるLNG燃料船の現状・優位性・バンカリングインフラの詳細解説(LNG燃料船のデメリット比較含む)
LNG燃料船の推進システムを理解するには、「ボイルオフガス(BOG)」という概念を知っておく必要があります。魔法瓶でも少しずつ中の温度が変化するように、LNG燃料タンクは完全な断熱が不可能なため、タンク内のLNGはごく一部が自然に気化します。この気化したガスがBOGです。
BOGを放置するとタンク内の圧力が上がり続けて危険なため、何らかの形で処理しなければなりません。LNG運搬船では、このBOGを蒸気タービンやガスエンジンの燃料として利用する技術が早くから確立されていました。LNG燃料船でも同様に、BOGをエンジン燃料として再活用することでエネルギーの無駄をなくす設計が取られています。
エンジンの燃焼方式には大きく2種類があります。ひとつは「オットーサイクル(低圧ガス噴射)方式」で、ガスを低圧のまま吸気に混ぜて燃焼させる方式です。構造がシンプルで既存ディーゼルエンジンの改造もしやすい一方、「メタンスリップ」という問題があります。メタンスリップとは、燃えきれなかったメタンガスが未燃焼のまま排気に混じって大気中に放出される現象のことです。
もうひとつは「ディーゼルサイクル(高圧ガス噴射)方式」で、LNGを高圧に昇圧してからシリンダー内に直接噴射する方式です。燃焼効率が高くメタンスリップが少ない反面、30MPa程度の高圧ガス供給システムが必要になるため設備コストが上がります。
ここで通関業従事者にとって押さえておきたいのは、メタンスリップの問題です。CO₂の80倍ともいわれる温暖化効果を持つメタンが未燃焼のまま排出されることは、LNG燃料船の「クリーンエネルギー」という評価に影を落とす要素になっています。国内でも経済産業省のグリーンイノベーション基金事業として、2026年度までにメタンスリップ削減率60%以上の達成を目標とした研究開発が進められています。
日本の商船三井・カナデビア・ヤンマーパワーソリューションズらの共同プロジェクトでは、メタンスリップ削減率98%の達成が報告されており、社会実装は2027年度以降が見込まれています。
IMOはCII(船舶エネルギー効率格付け制度)やEEXI(既存船エネルギー効率規制)の実施を強化しています。LNG燃料船はこれらの規制対応策として採用が急増していますが、メタンスリップが考慮された場合の総合的な温室効果ガス排出量評価が今後の焦点になりそうです。
経済産業省グリーンイノベーション基金事業「LNG燃料船のメタンスリップ対策」研究開発概要(目標数値・実施企業含む)
LNG燃料船への燃料補給を「バンカリング」と呼びます。LNGバンカリングには現在、3つの方式があります。この3方式の違いは、通関業従事者にとって申告形態を理解するうえで直接関係します。
🚛 Truck to Ship(トラック・トゥ・シップ)方式は、LNGタンクローリーが岸壁に横付けし、そこからホースでLNG燃料船に供給する方法です。初期投資が少なく導入しやすいため、日本国内では現在もっとも普及している方式です。2019年に大阪ガスが神戸港で開始したのもこの方式が最初でした。ただし、大型船舶への補給では何十台もタンクローリーが必要になるため、大量補給には向きません。
🏭 Shore to Ship(ショア・トゥ・シップ)方式は、岸壁・桟橋に設置した陸側のLNG貯蔵タンクから直接、係留中のLNG燃料船にパイプで供給する方式です。大量補給が可能で、大型船舶のバンカリングに適しています。大阪ガスは2025年4月から神戸港でこの方式を開始しました。
⛴️ Ship to Ship(シップ・トゥ・シップ)方式は、LNG燃料供給専用のバンカリング船がLNG燃料船に横付けして燃料を供給する方式です。錨地(港外の停泊地)でも補給でき、荷役と同時進行も可能なため、大型外航船への対応に最も柔軟性があります。ただし、専用バンカリング船の建造・運航コストが高く、整備が進んでいる欧州では普及していますが、日本国内では整備途上です。
通関業者にとってこの3方式の違いが重要になるのは、税関への申告区分が方式によって異なるためです。LNGが「外国貨物」として輸入保税地域に搬入されたLNGを外航船に供給する場合には、関税法第23条の「船用品・機用品の積込承認」手続きが必要になります。一方、LNGが内国貨物(すでに輸入許可済みのもの)として供給される場合は、内国貨物積込承認の手続きが必要です。
バンカリングが保税地域をまたいで行われる場合は、関税法第63条の「保税運送」の手続きも絡んできます。重油のバンカリングとは異なり、LNG特有の極低温設備・安全管理の要件が加わる点も確認が必要です。
国土交通省「LNGバンカリングガイドライン」の概要(3方式の安全基準・適用範囲の公式解説)
通関業従事者が特に注目すべき出来事が、2019年3月に実施された関税法基本通達の改正です。これはLNG燃料船の普及促進を目的に、財務省関税局が規制緩和を行ったものです。
改正前の状況から説明します。外航船舶への保税燃料(外国貨物状態のLNG)の供給は「保税運送」として扱われるため、燃料の積込先の船舶が特定されていなければなりませんでした。つまり、複数の船舶にまとめて燃料を補給する「ミルクラン(巡回供給)」が事実上できなかったのです。LNG燃料供給は翌日の急なオーダーも多い業態のため、この制約は大きなビジネス上の障壁になっていました。
改正後は大きく2点が緩和されました。まず、国家戦略特区内における保税船舶燃料の運送において、燃料供給者ごとに一定期間の供給燃料をまとめて申告することで保税運送が可能になりました。ミルクランが実現したわけです。
次に、異なる税関官署間をまたぐ燃料供給でも、同一税関官署内と同じ書類手続きで済むように簡素化されました。これにより、たとえば横浜港(横浜税関本関管轄)から千葉港(横浜税関千葉支署管轄)への保税燃料運送でも、発着地それぞれへの書類提出が不要になりました。実務上の書類作成・提出の負担が大幅に削減されたということです。
これは重要な改正です。
この規制緩和は、横浜市・日本郵船・丸紅などが国家戦略特区ワーキンググループを通じて財務省関税局に提案していたもので、LNGバンカリング拠点としての日本の国際競争力を確保するために実現したものです。シンガポール港をはじめとするアジアの主要港と競争するうえで、手続き面での効率化が急務とされていました。
通関業者としては、LNG燃料供給を行う顧客(LNGサプライヤー・海運会社)から依頼を受けた際、この2019年改正後の包括申告の手続きフローを正確に理解しておくことが、スムーズな業務遂行につながります。
財務省関税局「関税法基本通達等の一部改正について(平成31年3月30日財関第437号)」—LNGバンカリング手続き効率化の公式改正通達
LNG燃料船の増加は、通関業に直接影響を与える業務の新設・複雑化を引き起こしています。ここでは、一般的に語られることの少ない視点を整理します。
まず輸入LNGの税番について確認しておきましょう。LNGは関税率表の第27類「鉱物性燃料及び鉱物油並びにこれらの蒸留物」の中のHSコード2711(石油ガスその他のガス状炭化水素)に分類されます。日本の一般関税率はゼロ(無税)ですが、輸入時には石油石炭税(1.2%相当)や通関手数料が発生します。LNG輸入量は2025年時点でオーストラリアが最多(約39.7%)、次いでマレーシア・ロシアの順となっており、原産地証明書の内容確認も通関業務の重要な作業です。
次に、LNG燃料船の新造・改造部品の輸入申告についてです。LNG燃料船が増えると、超低温対応タンク部品、高圧気化器、デュアルフューエルエンジン関連部品の輸入も増加します。これらは特殊金属・高精度部品が多く、関税分類の判断が難しいケースがあります。特に「エンジン用部品」と「船舶用機器」のどちらの税番に分類するかで関税率や原産地規則の適用が異なる場合があり、慎重な分類判断が求められます。
さらに見落としやすいのが、IMOのCII(Carbon Intensity Indicator)格付けに連動した書類管理の問題です。2023年から導入されたCII格付けは、船舶ごとの実際の燃料消費量をもとに排出効率をA〜Eで格付けするもので、外航船には書類上の格付け管理が求められます。LNG燃料船はこの格付けで有利な評価を受けやすいですが、메타ンスリップが考慮されるようになれば、評価基準が変わる可能性があります。
通関業者が今後直接関与することが多くなる手続きとして、以下の3つが挙げられます。
- 外国貨物状態のLNGの積込承認申告(関税法第23条):外航船への保税LNG燃料補給に必要な申告。2019年改正で包括申告が可能になった。
- 保税運送承認申告(関税法第63条):LNGを保税地域間で運送する際に必要な申告。税関官署をまたぐ場合の手続き変更に注意が必要。
- 内国貨物積込承認申告:輸入済みの内国貨物のLNGを外航船に積み込む場合に必要な申告。
これらの手続きは、LNG燃料供給を行う石油・ガス会社や港湾事業者が主な依頼主となります。LNGバンカリングは今後、横浜・神戸・東京湾を中心に国内各港で拡大が見込まれており、これらの申告業務の需要は確実に増えていきます。
日本のLNG燃料船市場は、2015年に商船三井の国内初就航(京浜ハーバータグ「いしん」)から始まり、2022〜2023年にはフェリーさんふらわあのLNG燃料フェリーや九州電力向けLNG燃料大型石炭専用船が就航するなど、船種・規模ともに拡大が続いています。
ビューローベリタスジャパン「船舶の次世代燃料LNG」—LNG燃料船の国際安全規則IGFコードと日本国内の普及状況の解説
LNG燃料船が急増している背景には、IMO(国際海事機関)による段階的な環境規制の強化があります。規制の流れを時系列で把握しておくことは、業務への影響を先読みするうえで重要です。
2020年1月に施行された「IMO SOx規制」は、船舶燃料油中の硫黄分の上限を世界全体で3.5%から0.5%に強化したものです。これによって低硫黄重油や代替燃料への転換が急加速しました。LNGは液化工程で硫黄分をほぼ100%除去できるため、この規制に対する最も有力な対応策のひとつです。
2023年1月からは、400GT以上の既存船を対象としたEEXI(既存船エネルギー効率指標)規制と、CII(炭素強度指標)格付け制度が導入されました。EEXIは船舶の設計上の燃費性能の基準値を規定するもので、基準を満たさない船舶は主機出力を制限するか、代替燃料への切り替えが求められます。CIIは実際の運航データに基づいてA〜Eの5段階で格付けするもので、D・Eが続く場合は是正計画の提出が義務付けられます。
IMOは2023年の改訂GHG削減戦略において、2050年のネットゼロ目標を明確化しました。具体的には、2030年までに2008年比で国際海運全体の炭素強度を40%改善、2040年までに70%改善するという目標です。
LNG燃料はこの長期目標の「橋渡し燃料(トランジション燃料)」として位置付けられています。最終的な脱炭素はアンモニアや水素などへの転換が必要とされますが、現時点で唯一商業ベースで実用化されている代替燃料はLNGのみです。今後20〜30年にわたり、LNG燃料船の増加は続くと見られています。
通関業務の観点からは、次の点を意識しておきましょう。LNG燃料船の普及は、LNG輸入量の増加(輸入通関件数の増加)、LNG燃料供給設備関連部品の輸入増加(分類判断の複雑化)、LNGバンカリング関連の積込承認・保税運送申告の増加という3方面で業務量を押し上げます。
LNG燃料船はすでに世界で500隻超が就航しており(2024年時点)、発注残を含めればさらに数百隻規模で増加が見込まれます。10年前と比べると就航隻数は10倍以上に膨らんでいます。こうした急拡大局面においては、手続きの知識を事前にアップデートしておくことが、クライアントへの付加価値になります。
なお、LNG燃料船に関連する最新の規制情報や通達は、税関の公式サイトや国土交通省海事局のウェブサイトで随時確認することを推奨します。