通関後に全損を発見しても、払った関税は原則として戻ってきません。
貿易の現場で「全損処理」という言葉が出てきたとき、それは保険や関税の取り扱いにおいて非常に重要な局面を意味します。全損とは、輸送中の貨物の価値が全て失われた状態を指す言葉ですが、実は大きく2種類に分かれており、それぞれで対応が異なります。
まず「現実全損(Actual Total Loss)」は、貨物が物理的に完全に消滅したか、原来の用途に供することが不可能なほど損傷した状態です。たとえば船が沈没して貨物を引き上げられなくなった場合や、火災で焼失した場合がこれにあたります。この場合、保険会社は保険金額の全額を支払います。
「推定全損(Constructive Total Loss)」は少し違います。貨物は残っているが、経済的に見て全損と判断されるケースです。たとえば沈没した船から貨物を引き上げるためのサルベージ費用が、その貨物の価値を超えるような場合がこれにあたります。現実には物が存在していても、回収するコストが見合わないと保険会社が鑑定した場合に全損扱いとなります。
つまり、全損=物が消えた、とは限りません。
推定全損のケースでは、被保険者(輸入者)が「委付(Abandonment)」という手続きを行います。委付とは、貨物に対する一切の権利を保険会社に移転する代わりに、全損扱いで保険金全額を受け取る手続きです。委付が受理されると、貨物の所有権は保険会社に移り、輸入者はその後の処理責任から解放されます。これは貿易実務においてよく問われる手続きの一つです。
なお、分損(Partial Loss)との違いもおさえておきましょう。分損は貨物の一部が損害を受けた状態で、全損に達しないケースです。分損では保険金は一部しか支払われず、処理の流れも全損とは異なります。
| 種類 | 状態 | 保険金 | 委付 |
|---|---|---|---|
| 現実全損 | 物理的に消滅・使用不能 | 全額支払 | 不要 |
| 推定全損 | 経済的価値がゼロと判断 | 全額支払(委付後) | 必要 |
| 分損 | 一部損害 | 損害割合に応じて支払 | 不可 |
輸入者が全損処理を行う上で、見落としがちなのが「関税をどうするか」という問題です。貿易に関わる人の多くは「全損なら関税を払わなくていい」と思いがちですが、これは通関のタイミングによって大きく変わります。
保税地域にある段階(通関前)に全損・損傷が確認された場合、関税定率法第10条が適用できます。この規定では、輸入申告後の許可前、または輸入許可後も保税地域にある間に変質・損傷等により経済的価値が減少した貨物に対して、関税の軽減または払戻しが認められています(出典:税関カスタムスアンサー1602)。これが「変質・損傷減税」と呼ばれる制度です。
税関カスタムスアンサー「関税の減免戻税制度の概要(1602)」:変質・損傷による減税・戻し税の全制度一覧を確認できます
一方、通関が完了し国内倉庫に搬入された後に損害が発見された場合は話が変わります。この場合、既に納付済みの関税の還付は実質的にほとんど認められていないのが実態です。ジェトロのQ&Aにも「輸入通関が済み、国内指定倉庫に搬入された際に損害が発見された場合、既に納入した関税の還付は実質的にほとんど認められていない」と明記されています。通関後に発見された全損の場合は、関税保険(Duty Insurance)を付保しておくことが損失を防ぐほぼ唯一の手段です。
ジェトロ「輸入者側で貨物の保険を手配する際の留意点」:通関後の損害発見時における輸入税保険の重要性が解説されています
通関前か通関後かが大きな分かれ目です。
減税・戻し税の申請を行う場合、「変質・損傷減税申請書」を税関に提出する必要があります。この書類では、損傷の内容・原因・損傷後の価格の低下率を記載します。損傷後の課税価格をもとに関税を再計算し、正常時との差額が戻ってくる仕組みです。たとえば課税価格100万円の輸入貨物が損傷により50万円の価値しかなくなったと鑑定された場合、関税額は正常時の半分相当に軽減されます。
全損処理において、状況によっては関税が完全に免除・返還される制度が存在します。代表的なのが「滅却」と「違約品等の戻し税」の2つです。知っておくと大きく損失を抑えられます。
滅却(かつ通関前)による関税免除の仕組みから説明します。滅却とは、焼却などにより貨物を原型をとどめない状態に消滅させることを指します。通関前の保税地域にある外国貨物について、滅却を行う場合は「外国貨物廃棄届」に加えて「滅却廃棄承認申請書」を税関へ提出し、承認を受ける必要があります。この滅却が承認されれば、輸入申告も不要となり、関税の納付義務が免除されます。ポイントは、ただ廃棄・解体するだけでは関税免除にはならない点です。スクラップや資源としての価値が残っている場合は「利用価値あり」とみなされ、通常の輸入通関が必要になります。
違約品等の戻し税(関税定率法第20条)は、もう一つの重要な制度です。これは、関税を納付して輸入した貨物が契約内容と相違する「違約品」にあたる場合、輸入時の性質・形状に変更を加えないまま、輸入許可の日から原則6か月以内に再輸出または廃棄(滅却)することで、納付済みの関税の全部が払い戻される制度です。
税関カスタムスアンサー「違約品等の再輸出又は廃棄する場合の戻し税の手続(1604)」:廃棄・再輸出による戻し税の具体的な手続きが確認できます
適用のための主な条件を整理すると次の通りです。
全損または全量欠陥品という状況では、この制度が強力な味方になります。ただし期限は6か月という厳しい縛りがある点には注意が必要です。
実際に輸入貨物が全損・大損傷となった場合、保険金を受け取るまでにはいくつかのステップを踏む必要があります。手順を知らないと、受け取れるはずの保険金を逃してしまう可能性があります。
ステップ①:損害の発見と保険会社への即時通知
損害を発見したら、まず保険会社に報告します。同時に、運送会社(船会社・フォワーダー)宛に書面で損害通知(Claim Notice)を提出することが不可欠です。これは将来的な損害賠償請求権(求償権)を保全するためで、怠ると賠償請求ができなくなるリスクがあります。
ステップ②:損傷品の保管と写真撮影
損傷した貨物は勝手に廃棄したり修理したりしてはいけません。保険会社が調査を行うまでは現状を保持することが原則です。この段階で損害数量・程度・損害原因を記録し、写真撮影を行います。
ステップ③:サーベイヤー(損害鑑定人)の手配
保険会社への通知後、サーベイヤーと呼ばれる検査員・鑑定人が事故現場に派遣されます。サーベイヤーは損害の原因、範囲、損害額の妥当性などを専門的に調査し「サーベイ・レポート(鑑定書)」を発行します。このレポートが保険金支払いの根拠となります。必須の書類です。
ステップ④:保険金請求書類の提出
サーベイ・レポートをはじめとする以下の書類を準備して保険会社に提出します。
全損の場合、推定全損であれば上記に加えて委付通知書・船荷証券正本全通の提出が必要になります。書類の不備は支払い遅延や減額の原因になります。
ステップ⑤:保険金の受け取りと求償
書類に不備がなければ、通常2週間程度で保険金が支払われます。保険金受け取りと同時に、保険会社は輸入者の持つ運送人への損害賠償請求権を引き継ぎます(代位求償)。輸入者はこれ以後、原則として運送人への直接請求はできなくなります。
関税に興味を持つ貿易関係者でも、「関税保険」の存在を知らずに損害を被るケースが少なくありません。これは全損処理においてもっとも意外な盲点のひとつといえます。
関税保険(Duty Insurance)とは、輸入通関が済んで関税を納付した後に貨物に損害が判明した場合、その払い済みの関税額を補填するための保険です。先に述べた通り、通関後に発見された損害については関税の還付がほぼ認められていません。しかし輸入関税率が高い商品では、商品価格の10〜30%を超える関税を支払っているケースもあります。そうした場合に、関税の損失が保険で補填されなければ二重の損失を被ることになります。
たとえば、関税率10%の商品を1,000万円相当で輸入した場合、支払う関税は100万円です。通関後に全損が判明しても、この100万円は戻ってきません。ここで関税保険に入っていれば、その100万円が補填されます。
双日インシュアランス「海上保険用語集」:関税保険を含む外航貨物海上保険の各種付保制度が確認できます
関税保険の保険金額は、実際の関税額を基準として算出されます。東京海上日動の事例では「実際の関税額は輸入納税申告書により確認する」とされており、不着等の場合で関税の支払いがなされなかった分は適用外となっています。つまり、あくまで実際に支払った関税額の補填であり、推測額ではありません。
関税保険は外航貨物海上保険の特約として付帯するのが一般的です。輸入する貨物の関税額が高い場合(たとえば衣類・農産物・電気製品など品目によっては高率のケース)は、関税保険の付保を通関手続きの前に保険会社と検討することをおすすめします。確認するタイミングは、船積前・保険証券の発行段階です。