貿易赤字が続いても、日本の経常収支は2024年度に過去最大30兆円超の黒字です。
貿易収支とは、一定期間における輸出額と輸入額の差額のことです。輸出額が輸入額を上回れば「貿易黒字」、輸入額が輸出額を上回れば「貿易赤字(輸入超過)」となります。つまり、「貿易赤字=輸入超過」という言葉は同じ状態を指す2つの呼び名です。
日本では財務省関税局が発表する「貿易統計(通関ベース)」と、日本銀行が発表する「国際収支統計(BOP基準)」の2種類が存在します。通関業従事者にとっておなじみなのは、前者の通関ベースです。
財務省貿易統計によると、2024年(暦年)の日本の貿易収支は次のとおりです。
| 項目 | 金額 | 前年比 |
|---|---|---|
| 輸出額 | 107兆912億円 | +6.2%(過去最高) |
| 輸入額 | 112兆7,160億円 | +2.1% |
| 貿易収支(差引額) | △5兆3,325億円 | 4年連続赤字 |
輸出が過去最高を更新しながらも赤字が続いた。これが重要なポイントです。
「輸入が増えているから赤字」という単純な理解にとどまると、実態を見誤ります。2024年の赤字縮小の主因は「輸入額の増加幅が輸出増に比べて小さかった」ことであり、資源エネルギー価格の動向が大きく影響しています。通関統計を読む際には、数量ベースと金額ベースの両面から見ることが基本です。
参考:財務省貿易統計(税関ホームページ)では、品目別・国別の輸出入動向をリアルタイムで確認できます。
財務省貿易統計 Trade Statistics of Japan(税関)
日本が輸入超過に転じた直接のきっかけは、2011年の東日本大震災による原子力発電所の停止でした。代替燃料として液化天然ガス(LNG)や原油の輸入が急増し、31年ぶりとなる貿易赤字が発生しました。その後、2022年度には円安と資源価格高騰が重なり、貿易赤字は過去最大の約21兆7,284億円を記録しています。
貿易赤字を構造的に押し広げている主な輸入品目は以下のとおりです。
貿易赤字の大部分はエネルギー調達コストの問題です。
通関業務の現場では、これらの輸入品目が申告量の大きな部分を占めます。特にエネルギー関連貨物は、申告価格が資源相場と為替によって大きく変動するため、課税価格の算定や統計区分の確認に細心の注意が必要です。輸入超過が続く状況では、こうした高単価貨物の申告頻度・金額が高止まりしやすいことを念頭に置いておきましょう。
参考:経済産業省の通商白書では、貿易収支の内訳と産業別分析を詳しく読むことができます。
「日本は貿易赤字なのに、なぜ外貨準備が豊富で円が一定の強さを保っているのか?」と疑問に感じた方は鋭い視点を持っています。
その答えは「経常収支」にあります。貿易収支はあくまで国際収支統計の一部にすぎず、経常収支は次の4項目の合算です。
日本の経常収支は2024年度に過去最大の約30兆3,771億円の黒字を記録しました。これは、貿易収支が5兆円超の赤字であるにもかかわらず、海外子会社からの配当や海外投資の利子収入などを計上する「第一次所得収支」が38兆円超の黒字を稼いでいるためです。
つまりこうなります。貿易収支の赤字=日本全体の「稼ぎ」の赤字ではない、ということです。
通関業従事者にとってこの知識が直接役立つのは、クライアントへの説明場面です。「なぜ輸入が増えているのか」「貿易赤字は日本経済にとって問題なのか」と問われたとき、経常収支の視点を持っていれば、より正確な説明ができます。また、輸入促進策や規制変更が議論される際も、この構造を理解しているかどうかで情報の読み方が変わります。
参考:国際収支の最新データは日本銀行・財務省が公表しています。
「貿易赤字が続くと円安になる」という一般的な説明があります。これは基本的に正しいですが、仕組みを正確に理解しておくことが重要です。
輸入超過の状態では、海外からモノを購入するために「円を売って外貨(主にドル)を買う」取引が増えます。この「円売り・外貨買い」の需要が、円安圧力を生み出します。逆に、輸出が多い貿易黒字の状態では「外貨を円に戻す」流れが生まれ、円高圧力になります。
ただし、現実はもっと複雑です。2022年度には記録的な貿易赤字が発生しましたが、円安の主因は日米金利差であって貿易赤字そのものではありませんでした。円安が進むと輸入品の円建て価格が上昇し、それがさらに貿易赤字額(金額ベース)を膨らませるという「悪循環」も生じます。
通関業務への具体的な影響として、次の点が挙げられます。
税関では、毎週火曜日・金曜日を基準日として輸入申告に適用する外国為替相場を発表しています。為替が急変動している局面では特に、最新レートを確認することが申告ミス防止の基本です。
参考:税関ホームページで適用為替相場(週次)が確認できます。
通関業従事者の中には「貿易赤字が増えると、輸入業務が減って仕事が減る」と心配する方もいるかもしれません。しかし、この心配は少し整理が必要です。
貿易赤字とは、輸入額が輸出額を上回っている状態です。輸入が多いということは、通関申告件数が多いということでもあります。2024年の日本の輸入総額は112兆円超で、これは日常的に大量の輸入申告が行われている証拠です。貿易赤字が続く局面は、通関業務の「量」という観点では一概に悪材料とはいえません。
むしろ問題は「質」の変化にあります。大和総研は「2022年の日本は約50年ぶりの円安下でも記録的な貿易赤字を経験した」と分析しています。これは、円安が輸出を伸ばすという従来の公式が、産業の海外移転・デジタル化に伴う「デジタル赤字」拡大などによって機能しにくくなっていることを示しています。
「貿易赤字=日本経済の衰退」ではありません。
早稲田大学の研究では「2カ国間の貿易黒字が得で貿易赤字が損というのは言葉のイメージからくる誤解」と指摘されています。ルクセンブルクのように、貿易赤字であっても1人当たり所得が世界最高水準を誇る国は存在します。比較優位に基づいて得意分野に特化し、苦手な分野は輸入で補うという戦略のもとでは、輸入超過は「合理的な選択の結果」でもあるのです。
通関業従事者として現場で求められるのは、マクロの貿易構造の変化を正確に把握し、クライアントの輸入戦略やリスク管理に対して的確な情報を提供することです。貿易赤字の背景にある品目構造・相手国・資源価格・為替動向を複合的に読む力が、業務の質を高める鍵になります。
参考:早稲田大学のコラムでは、貿易黒字・赤字の誤解をわかりやすく解説しています。