自由化されたはずなのに、通関料金を値上げ交渉した業者の7割が荷主に拒否されています。
通関料金の自由化とは、2017年10月8日の通関業法改正にともない、それまで設けられていた通関業務料金の上限額が正式に撤廃されたことを指します。それ以前は、1995年に設定された上限金額の枠内で料金を設定するのが業界の慣行でした。改正後は通関業者が自社の判断で自由に料金を設定できるようになりました。これが「通関料金の自由化」の本質です。
ただし、ここに大きな落とし穴がありました。制度上の上限がなくなっても、荷主側の意識が追いつかなかったのです。「通関料はこの程度の金額」という30年分の固定観念が根強く残り、自由化後も旧上限額が事実上の市場価格として機能し続けました。
実際に数字で確認してみましょう。輸出通関の基本申告料は5,900円、輸入通関は18,000円という水準が1995年から変わらず続いてきました。コーヒー1杯が200〜300円程度だった時代に設定された金額です。約30年分の物価上昇や最低賃金の上昇(1995年比で全国平均173%上昇)をまったく反映していないことになります。
改正では料金の自由化と同時に、通関業の営業区域制限も廃止されました。これにより、AEO認定通関業者(税関当局が信頼性の高い業者として認定した事業者)は、貨物の蔵置場所を管轄する税関官署以外の官署に対しても申告できるようになりました。これが「輸出入申告官署の自由化」です。つまり2017年改正は、料金の自由化と申告場所の自由化を同時に実現した、50年ぶりの大改革でした。
注目すべき変化があります。自由化以降、全国の通関業者数は緩やかに増加し、2025年4月1日時点で988者(営業所数は2,042か所)に達しています。特に資本金1,000万円未満の中小通関業者が2016年度比で約1.8倍に増加しており、越境ECのBtoC貨物を扱う新規参入者が増えていることが背景にあります。市場参加者が増えているにもかかわらず、料金は据え置かれた状態という構造的な矛盾が、この問題の核心です。
参考リンク(財務省・通関料金の上限撤廃に関する公式制度解説)。
税関 Japan Customs|輸出入申告官署の自由化について
制度上の自由化から8年が経過した現在も、通関業務料金は実質的な値上げができていません。これほど価格転嫁が難しい背景には、業界特有の構造的な問題があります。
名古屋通関業会が2024年に実施したアンケート調査(166者を対象)では、96%の事業者が「値上げが必要」と回答していました。明確な意思はある。しかし動けないのです。その理由として「取引停止や縮小が懸念されるため」「同業他社が値上げしないため」「旧上限料金が相場として認知されているため」という声が上がっています。
特に深刻なのは、値上げを申し入れた際の荷主の反応です。「値上げを認めてもらえた荷主はほとんどいない」と回答した事業者が72%。値上げが認められたケースでも、「要求額の20%未満しか認められない」と答えた業者が77%を占めました。つまり正当な値上げ交渉を行っても、ほぼ満額は通らないということです。
東京通関業会のアンケートでは、さらに厳しい現状が示されています。荷主に対して値上げを求めた業者の割合は、なんと28.2%と3割以下にとどまっていました。残りの約7割の業者は、そもそも交渉に踏み切れていない状態です。
荷主側も悪意があるわけではありません。「労務費の転嫁に関する協議の場を定期的に設けている荷主はほとんどいない」と回答した事業者が77%に及ぶことから、多くの荷主が問題の深刻さ自体を認識していない可能性があります。
一方で、通関業務にかかるコストは確実に増加しています。EPA(経済連携協定)の拡充により申告書類の種類が増加し、HSコードの判定や原産地証明の確認作業が煩雑化しています。AEO制度に対応するための管理業務、コンプライアンスのためのシステム投資も積み重なります。それでもベースアップを行っている事業者は74%に達しており、料金は上げられないが人件費だけは上げている、という逆ザヤ状態が続いていたわけです。
輸入許可件数は2016年度から2024年度で6倍超に増加(約1億9,000万件)しました。しかし通関業収入はほぼ横ばいのままです。取扱件数が増えるほど業者の収支が悪化するという、働けば働くほど苦しくなる異常な構造が長年放置されてきたことになります。
参考リンク(名古屋通関業会アンケート詳細・カーゴニュース)。
カーゴニュースオンライン|名古屋通関業会アンケート 通関業務料金値上げ「必要」が96%
2025年12月11日、NIPPON EXPRESSホールディングス(NXHD)傘下の日本通運株式会社が、2026年1月1日受託分より通関業務料金を平均約25%引き上げると正式発表しました。対象は各種通関申告業務および保税関連申請で、少額貨物の簡易通関扱いも含まれます。改定は事実上30年ぶりという、業界にとって歴史的な動きです。
日本通運が明示したコスト増の主な要因は3つです。まず、通関料の原価の大部分を占める人件費の継続的な上昇が事業継続に影響を及ぼす水準に達したこと。次に、EPA拡充に伴う適用税率の選択や国際情勢に起因する他法令の確認業務が複雑化していること。さらに、AEO制度維持のための管理業務増加とコンプライアンスのためのシステム費用が増加していることです。同社は「自助努力のみでは吸収が困難な水準」と明言しました。
大きな変化が来ています。今回の動きは日本通運一社の問題ではありません。物流業界では、郵船ロジスティクス(Yusen Logistics)、近鉄エクスプレス(KWE)をはじめとする大手フォワーダーへの波及が確実視されています。DHLやFedEx、UPSなどのグローバルキャリアは世界標準として定期的に価格改定を行っており、逆に日本がこれまで異常に据え置かれてきたという見方もできます。
荷主にとって具体的にどのような影響があるでしょうか。輸入通関の基本申告料が旧来の18,000円ベースから増額されるだけでも、取扱件数の多い企業では年間コストへの影響が大きくなります。たとえば月100件の輸入申告を行う中堅企業の場合、25%の値上げが通れば、年間の通関費用が数十万円単位で増加する計算です。
また、インボイスや書類の不備が今後さらに「コスト増要因」になります。不備が発生するたびに追加手続き費用が発生し、通関遅延による保税倉庫の延滞料金も積み重なります。書類の正確性が、これまで以上に実際のコストに直結する時代に入ったと理解しておくことが重要です。
参考リンク(日本通運の公式料金改定プレスリリース)。
NXホールディングス|通関業務における料金の改定について(2025年12月11日)
通関料金の実質的な値上げ局面に入ったことで、荷主側の対応として注目されているのが「自社通関」の拡大です。これは通関業者に委託せず、荷主企業が自社の通関士を雇用して自ら通関手続きを行う仕組みです。
自社通関のメリットは明確です。外部業者への委託手数料がなくなる分、件数が多いほど費用削減効果が大きくなります。また、自社の輸入品の品目や取引条件を深く理解した担当者が対応することで、EPA適用の最適化やHSコードの精度向上も期待できます。実際に、定型的な貨物の申告については通関業者を介さずに手続きする企業が増えてきているのが現状です。
ただし、自社通関には前提条件があります。通関士資格保有者の採用・育成が必要であり、NACCSシステムへの接続コストや人材維持コストがかかります。AEO認定(特例輸出者・特例輸入者)の取得も視野に入れる場合は、申請手続きと継続的な管理体制の構築が求められます。件数が少ない企業や、複雑な品目を扱う企業は引き続き外部通関業者に依頼するほうが合理的なケースが多いでしょう。
自社通関の可否を判断する目安として、業界では「月間申告件数が200件超」を一つのラインとして挙げる声もあります。それ以下の規模では、自社で通関士を雇うコストのほうが委託料を上回る可能性が高いためです。コストが条件です。
現実的な対策として、外部委託を継続する場合は通関業者との「適正料金」に関する対話を早めに始めることが重要です。財務省関税局は2025年以降、通関業者が適正な料金を収受できるよう荷主への周知・環境整備を進める姿勢を明確にしています。旧上限額が「相場」とされてきた慣習から脱却し、業務実態に見合った価格設定への理解を荷主側から示すことが、長期的なサプライチェーンの安定につながります。
参考リンク(財務省関税局の通関業者・適正料金の環境整備に関する報道)。
カーゴニュースオンライン|財務省関税局 通関業者の適正料金収受へ環境整備を促進
通関料金の「価格正常化」は、2026年を起点にした流れとして捉える必要があります。日本通運の25%値上げはその始まりに過ぎず、今後は他の大手フォワーダーから中小通関業者まで、段階的に料金改定の動きが続くと見られています。「安い通関料」を前提にした物流コスト計算は、すでに通用しなくなっています。
まず荷主企業が取るべき行動は、現在契約している通関業者との料金体系を確認することです。旧上限額ベースの料金表が適用されている場合、近い将来に改定提案が来る可能性が高いと想定して準備しておく必要があります。
次に重要なのが、EPA(経済連携協定)の積極的な活用です。関税削減効果が大きい品目ではEPAを適用することで、通関手数料の増加分を関税節税によって相殺できるケースがあります。通関士1人あたりのEPA申請業務が大幅に増えていることは前述の通りですが、荷主側がEPA適用の判断を事前にしっかり行うことで、通関業者の作業負荷を下げ、コスト増を抑える可能性が生まれます。EPA活用が条件です。
インボイスや輸入書類の品質管理を社内で徹底することも、今後ますます重要になります。書類不備による追加対応は、業者にとって予定外の作業時間を生み、荷主への追加請求につながるためです。書類品質の向上は、お互いのコストを削減する直接的な手段になります。
一方で見過ごされがちな視点があります。通関業者の収益環境が改善されることは、荷主にとっても長期的なメリットになります。適正な利益が確保されてはじめて、通関業者は通関士の採用・教育や、システム投資、コンプライアンス強化への投資ができます。業者が倒産・撤退すれば、荷主は代替業者を探すコストと手間が生じ、急なサプライチェーン停止リスクにもさらされます。「安く買い叩く」構造が、回り回って荷主自身のリスクになるということです。
日本通関業連合会は2025年6月、財務省の後援を得て「EPA関税認定アドバイザー」の養成講座を開講し、93名の通関士を認定アドバイザーとして認定しました。通関業界がサービスの高度化・専門化によって付加価値を高めようとしている方向性は明確です。今後は「安くて早い」から「正確で高付加価値なサービスに適正な対価を払う」という関係へのシフトが、荷主・通関業者双方にとって持続可能な形になっていくでしょう。通関業界全体の健全化が、日本の国際物流の基盤を守ります。
参考リンク(日本通関業連合会・通関業界の課題に関する公式資料)。
国土交通省|通関業を取り巻く環境の変化と課題について(日本通関業連合会資料・PDF)