「ワシントン条約に違反すると、法人には1億円以下の罰金が科されます。」
生物多様性条約(CBD:Convention on Biological Diversity)は、1992年5月に採択された国際条約です。同年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議(地球サミット)」で署名が開始され、1993年12月29日に正式に発効しました。
日本は1993年5月に条約を締結しています。現在の締約国数は194か国とEUおよびパレスチナ。注目すべき点として、アメリカ合衆国は未締結のままです。つまり、国連主導の環境条約でありながら最大の経済大国が加盟していない状態が続いています。
条約の目的は3つに整理できます。
- ①生物多様性の保全:地球上の多様な生物と生態系を守ること
- ②生物多様性の持続可能な利用:資源を使い続けても枯渇しない方法で利用すること
- ③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(ABS):遺伝資源を持ち出した国と提供した国が公平に利益を分け合うこと
つまり「守る・使う・分ける」の3本柱です。
通関業従事者にとって特に重要なのは③のABSです。ABS(Access and Benefit-Sharing)とは、遺伝資源へのアクセス(取得)とその利益配分の仕組みを指します。この原則が後述する「名古屋議定書」へと発展し、輸出入業務にも関係してきます。
条約事務局はカナダのモントリオールに置かれています。締約国会議(COP)が定期的に開催されており、2022年にはCOP15がモントリオールで開催され、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。COP16は2026年10月に開催予定です。この枠組みは、2030年までに陸・海のそれぞれ30%以上を保護区として確保するという「30by30」目標などを含みます。
生物多様性条約が基礎、が原則です。その下に派生する議定書や関連条約が通関業務に直接影響してきます。
参考リンク(生物多様性条約の目的・経緯・締約国数の公式情報)。
環境省生物多様性情報システム|生物多様性条約について(締約国数・目的・名古屋議定書を含む概要)
「生物多様性条約」と「ワシントン条約」は混同されやすいですが、目的が異なります。違いを一言で言えば、ワシントン条約は「国際取引の規制」、生物多様性条約は「地球全体の生物・生態系・遺伝資源の保全と公正利用」です。
| 条約名 | 採択年 | 主な目的 | 通関への直接関与 |
|---|---|---|---|
| 生物多様性条約(CBD) | 1992年 | 生物多様性の保全・持続可能な利用・利益配分 | 間接的(議定書を通じて影響) |
| ワシントン条約(CITES) | 1973年 | 絶滅危惧種の国際取引規制 | 直接的(輸出許可書・附属書規制) |
| カルタヘナ議定書 | 2000年採択・2003年発効 | 遺伝子組換え生物(LMO)の安全な越境移動 | 直接的(輸出入手続きが必要) |
| 名古屋議定書 | 2010年採択・2014年発効 | 遺伝資源のアクセスと利益配分(ABS) | 間接的(提供国の国内法への対応が必要) |
ワシントン条約は正式名称を「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」といい、1973年の採択、日本は1980年に批准しています。規制対象の動植物を附属書Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの3区分に分類しており、各区分によって輸出入手続きが異なります。
附属書Ⅰに掲載された種(チンパンジー、アジアゾウ、アジアアロワナなど)は商業目的の取引が原則禁止です。附属書Ⅱは取引可能ですが、輸出国政府の管理当局(日本の場合は経済産業省)が発行する輸出許可書が必要。附属書Ⅲは特定国が保護を求める種で、輸出国の許可書または原産地証明書が求められます。
これが基本です。
通関業務での実務的な注意点として、ワシントン条約の規制対象は「生きている動植物」だけではありません。毛皮・皮革製品・漢方薬・象牙製品・はく製・楽器に使われる希少木材など、加工品や製品も対象に含まれます。見た目で判断できないケースも多く、「知らなかった」では通じないのが現実です。
税関はワシントン条約に基づき、年間500件以上の野生生物の違法な輸出入を日本の水際で取り締まっています。また、ワシントン条約該当貨物は通常の税関官署ではなく、指定された官署(各税関本関・成田税関支署・関西空港税関支署など)でのみ輸入申告が可能です。この「通関官署が限定される」という点は業務上見落とされやすいポイントです。
厳しいところですね。
参考リンク(ワシントン条約の対象品目一覧・通関官署一覧)。
税関 Japan Customs|ワシントン条約(対象品目の代表例一覧・通関官署・水際取締りの件数)
カルタヘナ議定書は、生物多様性条約の下の議定書として2000年に採択・2003年に発効した国際ルールです。正式名称は「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」。その目的は、現代のバイオテクノロジーにより改変された生物(LMO:Living Modified Organisms、遺伝子組換え生物)の国境を越える移動が、生物多様性に悪影響を及ぼさないよう規制することにあります。
日本ではこの議定書を国内法として実施するために、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」が制定されています。
LMOの輸出入における主な手続きポイントは次のとおりです。
- 🌱 栽培用種子などの環境放出目的LMO:輸出前に輸入国への「事前通告」が必要。輸入国がリスク評価を行い、輸入の可否を決定する「AIA(事前の情報に基づく合意)手続き」が求められる
- 🔬 食料・飼料・加工用LMO:事前通告は不要だが、書類に「Living Modified Organism」等の表示が必要
- 💊 人のための医薬品として用いるLMO:カルタヘナ議定書の適用除外
輸入側の通関実務では、環境省が所管する外来生物法の「種類名証明書」の提出が求められる場面も出てきます。LMO関連貨物については、農林水産省・環境省・経済産業省・文部科学省など複数の省庁が主務官庁として関与する点も、実務上の複雑さを生む要因です。
違反した場合の罰則も明確に定められています。カルタヘナ法に違反した場合、最も重いものでは懲役1年以下または100万円以下の罰金が行為者だけでなく法人にも科されます。アメリカはカルタヘナ議定書に批准していないため、米国向けのLMO輸出においては手続きが異なります。この点は要注意です。
覚えておけばOKです。
参考リンク(LMO輸出入の手続き・事前通告・AIA手続きの詳細)。
農林水産省|遺伝子組換え生物等の輸出入に関する措置(LMO輸出時の確認事項・締約国の調べ方)
名古屋議定書は、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10、2010年・愛知県名古屋市)において採択された議定書で、2014年10月に発効しています。目的は、条約の3つ目の柱である「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(ABS)」を実際に機能させることです。
ABSとは何でしょうか?
遺伝資源(植物・動物・微生物の遺伝的な素材)を他国に持ち出す場合、その資源を保有する国(提供国)の国内法に従ったアクセス手続き(PIC:事前の情報に基づく同意)が必要になります。そして利用によって生じた利益(製品の開発・特許など)を提供国と公正に分け合う仕組みがABSです。
名古屋議定書の特徴は、「利用国も提供国の法令遵守状況をチェックし、違反があれば罰則を課す」という義務を国際ルールとして定めている点です。つまり利用者は「提供国」と「利用国」の両方からチェックを受けます。
日本では2017年に「ABS指針(遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する指針)」が策定されています。
通関業従事者への影響はどこに出るかというと、直接の通関手続きよりも、顧客企業がどの国からどのような生物資源を調達しているかを把握する場面での重要性が高まります。たとえば、ある国から植物エキスや微生物サンプルを輸入する場合、その国がABS規制を設けていれば、適法に取得された証明がないと後から法的リスクが生じます。「輸入したときは問題なかったが、製品化後に提供国から違反を指摘された」という事例が海外では実際に生じています。
これは使えそうです。
なお、アメリカ合衆国は生物多様性条約そのものを批准していないため、アメリカ原産の遺伝資源の扱いについては生物多様性条約上のPIC手続きが不要とされています(ただし米国内法の確認は別途必要)。この「どの国が締約国か」を把握しておくことが、ABS対応の第一歩です。
参考リンク(名古屋議定書の目的・ABS指針の概要・日本の国内措置)。
環境省|名古屋議定書について(ABS・PICの定義・日本のABS指針の策定経緯)
生物多様性条約およびその関連ルールを「環境問題の話」として切り離して考えている通関業従事者は少なくありません。しかし現場では、次のような「気づきにくい落とし穴」が存在します。
① 楽器や家具に規制対象が含まれている
ギターやバイオリンなどに使われるローズウッドやブラジリアンローズウッドはワシントン条約附属書Ⅰに掲載されています。また、楽器の弓に使われるフェルナンブコ材も附属書Ⅱの対象です。楽器や高級家具を輸出入する際、「材料に希少木材が使われていないか」を確認しないまま申告すると、税関で差し止めになる可能性があります。
② ワニ革や爬虫類皮革製品の確認
ハンドバッグ・ベルト・財布などに使われる皮革素材がワシントン条約の対象となる場合があります。アメリカワニ・シャムワニ・インドニシキヘビなどの皮革製品は附属書Ⅰまたは附属書Ⅱに該当します。輸入する際は輸出国の管理当局が発行した輸出許可書が必要で、これを怠ると無許可輸入として処罰の対象になります。
無許可輸出については5年以下の懲役または500万円以下の罰金、法人には1億円以下の罰金が科される可能性があります。痛いですね。
③ 漢方薬・生薬の成分確認
虎骨・麝香・木香を含む漢方薬はワシントン条約の規制対象です。アジア圏からの輸入貨物に漢方薬や生薬が含まれる場合、成分レベルでの確認が求められます。「漢方薬だから問題ない」と判断するのはダメです。成分に規制対象物質が含まれているかどうかが問われます。
④ ワシントン条約の通関官署は限定されている
通常の輸入通関とは異なり、ワシントン条約該当貨物の輸入申告は指定された税関官署でしか行えません。成田税関支署・関西空港税関支署・各税関本関などに限定されています。この事実を知らず、「いつもの税関」で申告しようとしてトラブルになるケースがあります。
⑤ 「CITES許可書の有効期限は6か月」
経済産業省がFAQで明示しているとおり、輸出国が発行するCITES輸出許可書(または再輸出証明書)の有効期限は発行日から6か月です。この期限内に税関への輸入申告を完了させる必要があります。輸送の遅延などで期限切れになると、再申請が必要になる点を荷主に事前に案内しておくことが重要です。
有効期限の管理が条件です。
このような実務上のリスクを事前に防ぐ手段として、貨物の内容物・素材・原材料を事前に荷主から詳細に確認し、経済産業省や環境省が公開している規制対象リストと照合する習慣をつけることが第一の対策になります。不明な場合は、ワシントン条約対象品目については経済産業省の「野生動植物貿易審査室」に、遺伝子組換え生物(LMO)については農林水産省や環境省の担当部署に事前照会をかけることが確実です。
参考リンク(ワシントン条約対象貨物のFAQ・CITES許可書の有効期限・非該当証明書の扱い)。
経済産業省|ワシントン条約対象貨物の輸出入に関するFAQ(CITES許可書の有効期限・手続きの詳細)