EUを離脱した英国と日本との間で2021年1月1日に発効した日英EPAは、日EU・EPAで築いてきた恩恵を継続させるために締結されました。特恵関税を受けるには、原産地規則をクリアすることが絶対条件です。しかし実務では「どの基準を使えばいいのかわからない」「EU拡張累積って何?」という声が後を絶ちません。ここでは原産地規則の全体像を、実務に即した視点で整理します。
日英EPAは、内容の大部分を日EU・EPAベースで構築しています。これはブレグジット(英国のEU離脱)後も、日系企業が享受してきた貿易上の利益を途切れさせないためです。
原産地規則の章は大きく「原産地規則(第A節)」「原産地手続(第B節)」「雑則(第C節)」、そして品目別原産地規則(PSR)の附属書から構成されています。基本的な原産地の判定方法や証明制度は日EU・EPAとほぼ共通です。
ただし、完全に同一ではありません。いくつかの品目ではPSRが日EU・EPAより緩和されており、再確認が必要な分類番号も存在します。具体的には第11.01項・第16.02項・第19.01〜19.05項・第61〜62類(衣類)・第84〜85類(機械・電機)・第87.01項(自動車)などが対象です。
繊維製品(第61〜63類)については、日英EPAで「関税分類を決定する構成部分」という概念が導入されました。これが日EU・EPAとの最大の違いの一つで、衣類の表地のうち面積が最も大きい構成材料のみを基準に原産性を判断できるため、実質的に条件が緩和されています。つまり日EU・EPAより条件が優しくなっているということですね。
実務上の最初の一歩として、まず自社製品のHSコードを確認し、税関の「原産地規則ポータル」でそのPSRを確認するところから始めましょう。
参考:日英包括的経済連携協定 原産地規則(税関)の概要ページ。PSR検索や解説書へのリンクがまとまっています。
PSR(Product Specific Rules of Origin:品目別原産地規則)は、非原産材料を使って製造した産品でも原産品と認めるための「実質的変更基準」です。PSRは3種類に分類されます。
① 関税分類変更基準(CTC)
HSコード(関税番号)が変わることで「実質的な変更があった」と判断する方法です。CC(2桁レベルの変更)、CTH(4桁レベルの変更)、CTSH(6桁レベルの変更)の3段階があり、要求される変更のレベルが異なります。CTHが最も多く使われます。
例えば、大豆(HS:1201)を中国から輸入して日本で醤油(HS:2103)に加工した場合、HSコードが4桁レベルで変わるのでCTHを満たし、醤油は日本原産品として認められます。これが関税分類変更の考え方です。
② 付加価値基準(VA)
日英EPAでは、非原産材料の割合がEXW価格の40%以下(MaxNOM方式)であること、またはFOB価格に占める原産地付加価値が65%以上(RVC方式)であることが条件です。どちらかを満たせばOKです。
自社製品に占める輸入材料の価格割合を把握しておくことが前提になります。計算が必要な基準ですが、関税分類変更が難しい場合の代替手段として有効です。
③ 加工工程基準(SP)
「特定の化学反応を経ること」など、具体的な製造プロセスそのものを要件とするものです。化学品などに多く見られますが、対象品目は限られており、一般的に使う頻度は少ないです。
3つの基準は優先順位なく並列に設定されており、どれか一つを満たせば原産品と認められます。同じ産品でも複数の基準が選べる場合があるため、自社に有利な基準を選択できます。これは使えそうです。
参考:PSRの基本的な考え方と各基準の計算方法が体系的に解説されています。
日英EPAには「EU拡張累積」という独自の仕組みがあります。これは、EU加盟国の原産材料や生産行為を、日英EPAの目的において英国(または日本)の原産材料・生産行為とみなして扱えるという制度です。
EU離脱後も英国とEUのサプライチェーンを維持したい企業のために設けられました。英国は多くの原材料をEUから調達しているため、この規定がなければ日英EPAの原産地基準を満たせない産品が続出するという問題を解消しています。
ただし、EU拡張累積には重要な条件があります。
対象産品は食品・農産物(第2〜4類、第7〜8類)から繊維・衣類(第50〜63類)、化学品・機械(第25〜97類)まで広範囲にわたります。例えば、EU産のトマトを使って英国で製造したトマトケチャップを日本に輸出する場合、EU拡張累積によりそのトマトを英国原産材料とみなすことが可能です。
累積が使えるかどうかで原産性の判断が大きく変わります。サプライチェーンを精査してから基準を選ぶことが大切です。
参考:EU拡張累積の仕組みと対象品目(附属書3-C)が具体例とともに解説されています。
日英EPAでは、第三者機関(商工会議所など)による証明書発給制度は採用されていません。自己申告制度のみです。この点は日EU・EPAと共通ですが、慣れていない方には注意が必要です。
自己申告制度とは、輸出者・生産者・輸入者のいずれかが、協定で定められた文言を商業上の文書(仕入書など)に記載して申告する仕組みです。書類が少ない分、申告の責任は申告者本人が負います。
輸出者・生産者が自己申告する場合の必須記載事項
原産性の基準コードは「A:完全生産品」「B:原産材料のみから生産」「C1〜C3:PSRの各基準」「D:累積」「E:許容限度(デ・ミニミス)」の5区分です。Cの後の数字で関税分類変更・付加価値・加工工程のどれを使ったかを示します。
申告書の有効期間は、1回限りの輸送の場合は作成日から12か月、複数回輸送の場合も12か月です。英国への輸出の場合、1回限りの輸送に限り2年間有効となり、日EU・EPAよりも長くなる点が特徴です。
そして重要な「20万円ルール」があります。1件の輸入申告に含まれる課税価格の総額が20万円以下の場合、原産品申告書の提出を省略することが可能です。少額取引では手続き負担が大きく軽減されます。
申告に使用するHSコードはHS2017年版です。これが条件です。最新版のHS2022ではありませんので、間違えると原産性基準の適用自体が誤りになるリスクがあります。必ず確認しましょう。
参考:日英EPAで用いる自己申告の様式と記載要領の全文です。
原産地規則には、実務でよく見落とされがちな「救済規定」が存在します。知っているかどうかで対応が大きく変わります。
許容限度(デ・ミニミス/ドロー・バック除外)
PSRを満たさない非原産材料が含まれていても、その割合が一定の閾値以下であれば原産品とみなすことができる規定です。関税分類変更基準(CTC)のみで使用でき、付加価値基準(VA)では使えない点に注意が必要です。痛いですね。
一般品目の場合、PSRを満たさない非原産材料の価額が産品のEXW価格の10%以下であれば許容されます。繊維(第50〜63類)については、重量比10%または価額比8%という別の許容限度が設けられています。
直送条件(積送基準)
原産地規則を満たした産品であっても、第三国を経由して輸送した場合は原産性を失うリスクがあります。これが直送条件(積送基準)です。
第三国を経由する場合に原産性を維持するためには、①経由国での積み替えが荷卸し・再積み込みや良好な保存状態を保つために必要な作業の範囲に留まること、②産品が経由国の税関管理下に置かれること、の2つを満たす必要があります。通過国の通関書類などでこれを証明します。
日英間の輸送で第三国(たとえばEU加盟国の港)を経由する場合、この直送条件を意識しておくことが必要です。EU経由で英国に輸出するルートは一般的ですが、そのまま何も考えないでいると原産性を失ってしまう場合があります。直送条件の確認が基本です。
また、日英EPAには「原産性喪失を引き起こす作業(不十分な変更作業)」も明示されています。単純な混合・小分け・包装といった作業は原産性付与に当たらないため、こうした工程しか行わない加工では原産品とは認められません。
参考:原産地規則の概要と不十分な変更作業の一覧が体系的にまとまっています。
EPA・原産地規則ポータル(税関 Japan Customs)