物品の一時輸入のための通関手帳に関する通関条約(ATA条約)と通関手続きの簡素化

国際ビジネスや展示会で海外に物品を一時的に持ち込む際に便利なATA条約について解説します。通関手続きの簡素化や輸入税の免除など、ATAカルネの活用メリットとは?あなたのビジネスにどう役立てますか?

物品の一時輸入のための通関手帳に関する通関条約(ATA条約)とは

ATA条約の基本情報
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国際的な通関簡素化制度

世界の主要国間で結ばれた条約で、一時的な物品輸出入の通関手続きを簡素化

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ATAの意味

フランス語の"Admission Temporaire"と英語の"Temporary Admission"の頭文字

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対象物品

商品見本、展示用物品、職業用具など、一時的に輸入し再輸出する物品

ATA条約(物品の一時輸入のための通関手帳に関する通関条約)は、1963年に発効した国際条約で、物品の一時的な免税輸入のための共通手続きを採用しています。この条約は国際的な商業活動や文化活動の促進を目的としており、各国の関税制度の調和と統一を図るものです。

 

ATAという名称は、フランス語の"Admission Temporaire"(一時入国)と英語の"Temporary Admission"(一時入国)の頭文字を組み合わせたものです。また、カルネ(Carnet)はフランス語で「手帳」を意味します。

 

日本は1973年にこの条約に加盟し、以来、国際ビジネスや文化交流の場面で広く活用されています。2025年現在、アジア、太平洋、北米、中南米、欧州、中東、アフリカなど世界中の多くの国々がこの条約に加盟しています。

 

ATA条約は主に以下の3つの国際条約で構成されています:

  • 商品見本条約
  • 職業用具条約
  • 展覧会条約

加盟国によっては、これら3つの条約すべてに加盟している国もあれば、一部の条約にのみ加盟している国もあります。そのため、ATAカルネを使用する際には、訪問先の国がどの条約に加盟しているかを事前に確認することが重要です。

 

ATA条約における通関手帳(ATAカルネ)の役割と機能

ATAカルネは、ATA条約に基づいて発行される国際的な通関用書類です。このカルネには2つの重要な機能があります:

  1. 通関書類としての機能

    ATAカルネは輸出入申告書および物品明細書として機能します。通常の輸出入手続きでは、各国で個別に通関書類を作成する必要がありますが、ATAカルネを使用すれば1通の書類で複数国の通関手続きが可能になります。税関ではATAカルネの記載内容と実際の物品を照合し、問題がなければ必要事項を記入してスタンプを押し、許可します。

     

  2. 担保書類としての機能

    ATAカルネは輸入税の担保書類としても機能します。通常、一時的な輸入であっても輸入税相当額の担保金を提供するよう求められることがありますが、ATAカルネがあれば、この担保金の提供が不要になります。これは、各国のATAカルネ発給団体が相互に保証を行う国際的な保証システムによって支えられています。

     

ATAカルネの有効期間は最長1年間で、この期間内に一時輸入した物品を再輸出する必要があります。期間内に再輸出されない場合は、通常の輸入と同様に輸入税が課されることになります。

 

ATA条約に基づく一時輸入可能な物品と免税対象

ATA条約に基づいて一時輸入が可能な物品は主に以下の3つのカテゴリーに分類されます:

  1. 商品見本
    • 取引先に商品の特性や品質を示すための見本品
    • 販売促進のためのサンプル
    • 注文を取るための商品サンプル
  2. 職業用具
    • 報道関係者のカメラ機材、録音機材
    • 映画撮影用の機材
    • 音楽家の楽器
    • 技術者の測定器具や工具
    • 医師の医療機器
    • その他、職業上必要な機材や道具
  3. 展示会・見本市用の物品
    • 国際展示会や見本市に出品する展示物
    • 展示会のブース設営用の資材
    • 展示会で使用するデモンストレーション機材
    • プレゼンテーション用の視聴覚機材

これらに加えて、日本の関税法では以下のような物品も一時輸入の対象となります:

  • 特定の加工を施すための物品(彫刻、コーティングなど)
  • 修理のための物品
  • 科学研究用の物品
  • 試験用の物品
  • 輸出入される商品の性能や品質を検査するための物品
  • 個人使用目的で一時的に持ち込まれる自動車、船舶、航空機など

ただし、すべての物品がATAカルネで通関できるわけではありません。例えば、以下のような物品は対象外です:

  • 消費財(食品、飲料など)
  • 使い捨て物品
  • 加工・修理後に元の状態に戻らない物品
  • 輸出入が禁止されている物品(麻薬、武器、爆発物など)
  • 知的財産権を侵害する物品

また、国によってATAカルネで通関できる物品の範囲が異なる場合があるため、事前に確認が必要です。

 

ATAカルネを利用した通関手続きの流れと申請方法

ATAカルネを利用した通関手続きの流れは、大きく分けて「カルネの取得」「輸出通関」「輸入通関」「再輸出通関」「再輸入通関」の5つのステップに分かれます。

 

1. ATAカルネの取得

日本では、一般社団法人日本商事仲裁協会が財務大臣の認可を受けてATAカルネを発給しています。取得手順は以下の通りです:

  1. 日本商事仲裁協会のウェブサイトから申請書をダウンロード
  2. 必要事項を記入し、一時輸出する物品のリストを作成
  3. 必要書類(会社案内、物品の写真など)を添付
  4. 申請料と担保金を支払い
  5. 審査後、ATAカルネが発給される

申請から発給までは通常3〜5営業日程度かかります。急ぎの場合は特急サービス(追加料金が必要)も利用可能です。

 

2. 輸出通関(日本からの出国時)

  1. ATAカルネと対象物品を税関に提示
  2. 税関職員がカルネの記載内容と物品を照合
  3. 問題がなければ、税関がカルネに必要事項を記入し、輸出許可印を押印
  4. 輸出許可後、物品と共にカルネを持って出国

3. 輸入通関(訪問国での入国時)

  1. 訪問国の税関にATAカルネと物品を提示
  2. 税関職員が内容を確認
  3. 問題がなければ、輸入許可印が押され、輸入許可証(バウチャー)の一部が税関に保管される
  4. 残りのカルネと物品を受け取り、訪問国内で使用可能に

4. 再輸出通関(訪問国からの出国時)

  1. 訪問国を出国する際、税関にATAカルネと物品を提示
  2. 税関職員が内容を確認し、すべての物品が再輸出されることを確認
  3. 再輸出許可印が押され、再輸出許可証(バウチャー)の一部が税関に保管される
  4. これにより、訪問国での一時輸入が正式に終了

5. 再輸入通関(日本への帰国時)

  1. 日本に帰国する際、税関にATAカルネと物品を提示
  2. 税関職員が内容を確認
  3. 問題がなければ、再輸入許可印が押され、手続き完了
  4. 使用済みのATAカルネは日本商事仲裁協会に返却

申請時の注意点

  • 物品リストは詳細かつ正確に作成すること(品名、数量、重量、価格、原産国など)
  • 物品には識別番号や製造番号などを記載し、個別に識別できるようにすること
  • 高額な物品の場合、写真や詳細な説明書を添付することが望ましい
  • カルネの有効期限(最長1年)を考慮して申請すること
  • 訪問予定国がATA条約のどの部分に加盟しているかを事前に確認すること

ATA条約加盟国と各国の適用条件の違い

ATA条約は世界中の多くの国々が加盟していますが、各国によって適用条件や対象となる物品が異なります。2025年3月現在、ATA条約には約80カ国・地域が加盟しています。

 

主要な加盟国・地域

  • アジア・太平洋地域

    日本、オーストラリア、中国(香港・マカオ特別行政区のみ)、インド、韓国、マレーシア、ニュージーランド、シンガポール、タイなど

  • 北米・中南米

    アメリカ合衆国、カナダ、メキシコ、チリなど

  • 欧州

    EU加盟国全て、イギリス、スイス、ノルウェー、トルコなど

  • 中東・アフリカ

    アラブ首長国連邦、イスラエル、南アフリカ、モロッコなど

各国の適用条件の違い

ATA条約は前述の通り、「商品見本条約」「職業用具条約」「展覧会条約」の3つの条約で構成されていますが、すべての加盟国がこれら3つすべてを受け入れているわけではありません。例えば:

  • すべての条約を受け入れている国

    日本、オーストラリア、カナダ、EU加盟国、イギリス、スイスなど

  • 一部の条約のみ受け入れている国
    • 商品見本のみ:一部のアフリカ諸国
    • 商品見本と展示会用物品のみ:一部の中南米諸国
    • 職業用具と展示会用物品のみ:一部の中東諸国

    また、同じ条約を受け入れていても、国によって細かい規定が異なる場合があります:

    • 滞在期間の制限

      ATAカルネの有効期間は最長1年ですが、国によっては物品の滞在期間をより短く制限している場合があります(例:3ヶ月や6ヶ月など)。

       

    • 対象物品の制限

      例えば、一部の国では特定の職業用具(放送機材など)に追加の許可が必要な場合があります。

       

    • 数量制限

      商品見本の場合、国によっては「合理的な数量」という制限を設けている場合があります。

       

    • 追加書類の要求

      一部の国では、ATAカルネに加えて、特定の許可証や証明書(例:放射線機器の安全証明書など)を要求する場合があります。

       

    訪問予定国の具体的な要件については、日本商事仲裁協会や各国の税関当局、または在日大使館・領事館に確認することをお勧めします。また、中国本土やロシアなど、一部の主要国はATA条約に加盟していないか、または特殊な規定を設けている場合があるため、これらの国への一時輸出には別の手続きが必要となる場合があります。

     

    ATA条約に基づく通関手帳使用時のトラブル事例と対処法

    ATAカルネを使用する際には、様々なトラブルが発生する可能性があります。ここでは、実際に起こりうるトラブル事例とその対処法について解説します。

     

    1. 物品リストの不一致によるトラブル

    事例
    ATAカルネに記載された物品リストと実際に持ち込む物品が一致しない場合、税関で止められる可能性があります。例えば、カメラ機材の型番が異なる、数量が合わない、リストにない物品が含まれているなどの場合です。

     

    対処法

    • ATAカルネ申請時には、正確かつ詳細な物品リストを作成する
    • 物品には識別番号や製造番号を明記し、個別に識別できるようにする
    • 出発前に物品とリストの最終確認を行う
    • 急な機材変更がある場合は、出発前にカルネの修正を申請する

    2. 有効期限切れによるトラブル

    事例
    ATAカルネの有効期限(最長1年)を過ぎても物品を再輸出しなかった場合、輸入税や罰金が課される可能性があります。

     

    対処法

    • カルネの有効期限を常に確認し、期限内に再輸出する計画を立てる
    • やむを得ず期限内に再輸出できない場合は、現地の税関に相談し、通常の輸入手続きに切り替える
    • 一部の国では、正当な理由がある場合に限り、短期間の延長が認められることもある(ただし、事前に現地税関の承認が必要)

    3. 物品の紛失・盗難によるトラブル

    事例
    一時輸入した物品が現地で紛失・盗難に遭い、再輸出できなくなった場合、輸入税の支払い義務が発生します。

     

    対処法

    • 紛失・盗難が発生した場合は、直ちに現地の警察に届け出て、盗難証明書を取得する
    • 現地の税関に状況を説明し、必要な手続きを行う
    • 日本商事仲裁協会に連絡し、指示を仰ぐ
    • 高額な物品の場合は、海外旅行保険や動産総合保険などに加入しておくことをお勧めする