航海傭船契約で発生した滞船料は、関税の課税価格に含まれません。
傭船契約(ようせんけいやく)とは、他人の船舶を所定の料金を支払い、運用上の責任のもとで借用する契約のことです。英語では「Charter Party(C/P)」と呼ばれ、チャーター契約とも表現されます。関税や輸入実務に携わる方にとっては、どの傭船契約が使われているかによって、運賃の課税価格への算入範囲が変わるため、無視できない知識です。
傭船契約は大きく3つに分類されます。それぞれの特徴は以下の通りです。
| 契約種別 | 英語略称 | 契約の性質 | 船員の手配 |
|---|---|---|---|
| 航海傭船契約 | V/C(Voyage Charter) | 運送契約 | 船主 |
| 定期傭船契約 | T/C(Time Charter) | 運送契約(サービス) | 船主 |
| 裸傭船契約 | B/C(Bareboat Charter) | 賃貸借契約 | 傭船者 |
3種類のうち最もシンプルな構造を持つのが航海傭船契約です。特定の港から特定の港へ、1航海分の貨物を運ぶ契約で、運賃は「1トンあたり何ドル」という単位で決まります。商社が行う原油・穀物・鉱石などのバルクトレードでは、この航海傭船契約がセットで手配されるのが一般的です。
定期傭船契約は一定の期間を単位として船を借りる契約です。期間は短くて5〜6か月、長ければ10年以上にわたることもあり、LNG(液化天然ガス)船の場合は30年を超える長期契約が結ばれることさえあります。傭船料は1日あたりのレンタル料として計算されます。
裸傭船契約は、船員を乗せない「裸」の状態で船体だけを借りる契約です。法律上は賃貸借契約(民法第601条)に該当し、傭船者が自ら船員を手配・配乗させて船を運航します。つまり原則が違います。
参考:一般社団法人 日本船主協会による「定期傭船契約とは」(各契約の法的性質と費用負担の違いを詳細に解説)
https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/20190627_21.pdf
傭船契約の種類によって、船主と傭船者のどちらがどの費用を負担するかが大きく異なります。ここが関税実務や輸入コスト計算で特に重要な部分です。
航海傭船契約では、船主が燃料費・港費・運河通過料・船員費などの運航費用をほぼすべて負担します。傭船者(荷主)は貨物量に応じた運賃を支払うだけです。わかりやすい構造ですね。ただし注意点が一つあります。荷役に関して「レイタイム」と呼ばれる許容停泊期間が設定されており、この期間を超えると傭船者が「滞船料(デマレージ)」を支払わなければなりません。
定期傭船契約の費用負担はやや複雑です。船主が負担するのは、船舶の取得費用・維持管理費・修繕費・船員費・保険料などです。一方、傭船者(オペレーター)は、燃料費・水先料・入港料・ターミナル使用料・積揚費などの運航費用を負担します。商法第706条にもこの費用分担が明文化されています。
費用負担の比較をまとめると以下のようになります。
| 費用の種類 | 航海傭船(V/C) | 定期傭船(T/C) | 裸傭船(B/C) |
|---|---|---|---|
| 船員費 | 船主 | 傭船者 | |
| 燃料費 | 船主 | 傭船者 | |
| 修繕・維持管理 | 船主 | 傭船者 | |
| 港費・水先料 | 船主 | 傭船者 | |
| 保険料 | 船主 | 傭船者 |
裸傭船契約では、傭船者がほぼすべての費用を負担する代わりに、傭船料そのものは安くなります。これが原則です。裸傭船の場合、船舶が何らかの理由で使えない状態になっても、維持管理責任は傭船者にあるため、傭船料の支払い義務は継続します。定期傭船では逆に、船主側の原因で船が使えなければ傭船料の支払い義務は消えます。この違いは重大なリスクの差を生みます。
参考:JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)による「定期用船契約」解説(費用負担の定義を詳細に記載)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/termlist/1001289/1001298.html
関税に興味がある方がぜひ押さえておきたいのが、傭船契約の種類と課税価格の関係です。輸入貨物の課税価格(=関税の計算ベース)には、「輸入港に到着するまでの運賃」を加算することが関税定率法第4条第1項第1号で定められています。
航海傭船契約で輸入を行う場合、船会社に支払う用船料は原則として課税価格に加算されます。しかしここに重要な例外があります。それが「滞船料(デマレージ)」の取り扱いです。
税関の公式回答(質疑応答事例)によると、輸入港で発生した滞船料については、その発生タイミング(輸入許可前・後を問わず)に関わらず、課税価格には算入しないと明記されています。これは関税定率法基本通達4−8(3)ニ・ヘに基づく扱いです。
具体的な状況をイメージしてみましょう。FOB条件で化学品を輸入する際に航海傭船契約を使っていたとします。輸入許可後に本船がバース待ちとなり、許容停泊期間を超えて滞船料が発生しました。この滞船料を課税価格に加算する必要があるか、という照会に対し、税関は「加算不要」と回答しています。課税価格が変われば関税額が変わるため、これを知っているかどうかで損得が変わります。
同様に、輸入港で発生した「早出料(デスパッチ)」についても、課税価格からの控除は認められないとされています。早出料も考慮しなくてOKということですね。
参考:税関による航海用船契約の滞船料に関する関税評価の公式回答事例
https://www.customs.go.jp/zeikan/seido/kanzeihyouka/hyokajirei/hyokajirei4111020.pdf
また、傭船契約に基づき発行される「C/P B/L(チャーターパーティー船荷証券)」には注意が必要です。信用状統一規則(UCP600)では、船荷証券が傭船契約に従う旨の表示を含まないよう求めています。信用状(L/C)取引でC/P B/Lを使う場合、信用状に「C/P B/L acceptable」の文言がなければ銀行の買い取りを受けられないケースがあります。知らないと代金回収ができなくなる可能性がある、重大なリスクです。
実は傭船契約には、前述の3種類に加えて「トリップ定期傭船(TCT:Trip Charter Party)」と呼ばれる形態が存在します。これが第4の選択肢です。
トリップ定期傭船は、定期傭船と航海傭船の中間に位置する契約形態です。A地点からB地点まで荷物を運ぶ「1航海分」の期間を単位として、1日あたりの傭船料で船を借りる方法です。航海傭船とは異なり、傭船者が燃料費などの運航費用を負担します。定期傭船に近い費用構造ですが、期間が1航海限定という点が違います。
ドライバルク(穀物・鉄鉱石・石炭などを積む乾貨物船)の業界では、この形態が非常に多く使われています。実際、大手オペレーターでは7〜8割がトリップ定期傭船で船を貸し出すケースという現場の証言もあります(マリタイムライブラリー)。成約数では航海傭船を圧倒的に上回るとも言われています。これは意外ですね。
トリップ定期傭船の傭船料相場は、バルティック海運集会所(Baltic Exchange)が発表するBDI(バルチック・ドライ・インデックス)などの指数が主要なベンチマークになります。例えば北米ミシシッピ川から日本の名古屋港へトウモロコシを輸送する航路は、バルティック海運集会所の「S1C」ルートに該当します。輸入担当者がこの指数を日常的に参照しておくと、運賃交渉の場面でも役立ちます。
4種類の傭船形態を整理すると以下のようになります。
参考:マリタイムライブラリーによる「航海傭船・トリップ定期傭船の違いを解説」(実務者の視点から4形態の違いをわかりやすく解説)
https://blog.nmb.co.jp/blog/vessel/737/
傭船契約の話題で見落とされやすいのが、IFRS(国際財務報告基準)とリース会計の関係です。これは関税実務とは少し離れた話ですが、輸入や貿易に関わる企業の財務担当者にとっては重大なリスクになりえます。
従来の海運会計実務では、定期用船契約はリース会計の対象外として扱われてきました。船主がサービスとして船を提供しているサービス契約だ、という理解が一般的だったからです。ところが、IFRS第16号(リース)では「法的形式にかかわらず、契約により資産の使用権が移転しているか」という実質基準で判断することとされています。
この基準に基づくと、定期用船契約は「リースを含む」と解釈される可能性があり、オンバランス化(資産・負債として貸借対照表に計上)が求められるケースが生じます。オンバランス化されると何が問題なのか。傭船者企業の負債比率が上がり、自己資本比率が下がります。財務指標の悪化は金融機関からの評価にも影響するため、企業経営に直接的な痛みが生じます。
一方、裸傭船契約については、国際的にも「使用料(賃貸借取引)」として分類されています。日本・シンガポール間の租税条約第12条でも、「船舶の裸用船契約に基づいて受領する料金」を使用料と定義しています。定期傭船は「国際運輸(サービス取引)」として区別されており、ここで課税の性格が変わります。これが条件です。
新リース会計基準(日本基準でも2027年3月期から強制適用予定)に対応するため、海運各社や傭船者企業は契約内容の見直しを迫られています。傭船契約の選択が財務戦略に直結する時代に入っているということですね。輸入コスト管理の観点だけでなく、財務報告の視点からも傭船契約の種類を理解しておく必要があります。
参考:EY Japanによる「海運業における新リース会計基準の影響」(定期傭船のオンバランス化が企業財務に与えるインパクトを詳解)
https://www.ey.com/ja_jp/insights/assurance/info-sensor-2025-06-04-industries
参考:用船契約 - Wikipedia(裸用船・定期用船・航海用船の法的性質と国際会計基準上の位置づけ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%A8%E8%88%B9%E5%A5%91%E7%B4%84