中国の水産物の輸入停止証明書を事前に取得していても、品目コードのわずかな誤記1件で輸入申告が全件差し戻しになることがあります。
2023年8月24日、東京電力福島第一原子力発電所の処理水(ALPS処理水)の海洋放出が開始されました。これを受け、中国政府は同日付で日本産水産物の輸入を全面停止する措置を発動しました。対象は水産物全般にわたり、ホタテ、タラバガニ、サンマ、ウニ、アワビなど日本の主要輸出品がすべて含まれています。
停止前の2022年時点で、日本から中国への水産物輸出額は約871億円規模に達していました。これが事実上ゼロになったわけですから、業界への打撃は計り知れません。
その後、外交交渉が続き、2024年9月に日中両政府は「科学的・客観的な検討」に基づき段階的な規制緩和を検討する合意に至りました。2025年3月現在、一部産地・品目については輸入再開の協議が進んでいますが、全面解除には至っておらず、通関実務の現場では依然として慎重な対応が求められています。
重要なのは、「全面停止」という言葉のイメージとは裏腹に、規制の運用は品目・産地・荷姿によって細かく異なる点です。つまり一律に「全部ダメ」ではなく、個別の確認が条件です。
農林水産省:中国による日本産水産物等の輸入停止に関する情報(農林水産省公式PDF)
中国の規制対象となる「水産物」の定義は、日本の関税法上の分類と必ずしも一致しません。これは見落とされがちな重要ポイントです。
中国税関総署(GACC)が公表する輸入禁止品目リストでは、HS第3類(魚・甲殻類・軟体動物等)に加え、調製品であるHS第16類の一部(魚加工品、甲殻類調製品など)も対象に含まれています。たとえばホタテの貝柱冷凍品(HS0307)はもちろん対象ですが、調製されたホタテのフライ(HS1605相当)も規制対象となる場合があります。
この分類の境界線を誤ると、申告後に中国側税関での差し戻し・廃棄処分・罰則という三重のリスクが生じます。厳しいところですね。
実務では以下の点を必ず確認する習慣をつけてください。
規制対象10都県という枠組みは2011年の東日本大震災以降に設けられたものがベースで、処理水放出後の措置とは別の層で存在しています。つまり規制の"根拠法令"が複数重なっている点を、通関業者として理解しておくことが原則です。
財務省税関:中国による日本産水産物等の輸入規制に関する情報(税関公式ページ)
中国側が要求する放射性物質検査証明書(以下「放射線証明書」)については、その要否・フォーマット・発行機関が品目と産地によって異なります。これが実務上、最も混乱が生じやすいポイントです。
規制緩和交渉の進捗に応じて、中国GACCは輸入再開を認める品目ごとに「どの検査機関が発行した証明書を有効とするか」を指定してきます。日本側では都道府県の水産試験場や厚生労働省検疫所が発行する検査証明書が主流ですが、中国側が認める発行機関のリストと完全に一致しているかどうかを個別に確認する必要があります。
証明書の有効期限にも要注意です。一部の品目では証明書の発行日から30日以内に船積みが行われていなければ無効とされるケースがあります。輸送リードタイムと証明書の有効期限がずれると、書類を取り直すコストと時間が丸ごと発生します。痛いですね。
また、証明書のフォーマットは日中両政府の協議内容によって変更されることがあります。古いフォーマットで発行された証明書が、船積み後に中国側で「無効」と判定されたケースも報告されています。証明書の最新フォーマットの確認は必須です。
フォーマット確認に役立つ情報源として、日本冷凍食品協会や水産庁が定期的にアップデートを公開しています。荷主への事前説明の際には、これらの情報源を共有することで、書類不備によるクレームリスクを大幅に低減できます。
日本冷凍食品協会:輸出入規制・証明書に関する最新情報(業界団体公式サイト)
規制対応による通関コストの増加は、多くの事業者が見落としがちな現実の問題です。
まず、通関申告前の事前確認作業が増えています。従来は荷主から書類を受け取り、品目分類を確認して申告すれば済んでいたフローが、「規制対象品目かどうかの確認」「証明書フォーマットの適合確認」「GACCの最新リストとの照合」という3段階のチェックが加わっています。この追加作業は1件あたり平均で30分〜1時間程度の工数増加につながっているとされています。
次に、差し戻し・保税倉庫での長期保管リスクです。中国側税関で「書類不備」と判定された場合、貨物は保税倉庫に留め置かれます。中国の保税倉庫の保管料は、品目・港によって異なりますが、冷凍水産物の場合1トンあたり1日で数千円規模になることも珍しくありません。解決に1週間かかれば、保管料だけで数十万円規模になるケースもあります。
さらに、荷主との契約関係でのリスクも見過ごせません。輸入停止が継続している品目については、買い付け済みの貨物が現地で滞留するリスクがあります。このリスクを荷主と事前にどう分担するかを明文化しておかないと、通関業者が損害賠償請求を受ける可能性があります。これは法的リスクです。
コスト面でのポイントをまとめると、以下の3点が特に重要です。
ここでは、検索上位の記事ではあまり触れられていない、現場の通関業従事者が実際に混乱しやすいポイントを深掘りします。
「第三国経由なら規制を回避できる」という誤解について
香港・韓国・台湾などを経由して中国に水産物を輸出しようとするケースがあります。しかし中国GACCは「原産地主義」を厳格に適用しており、たとえ第三国で再パッケージ・一次加工を行っても、原産地が日本である水産物は規制対象になります。この判断を誤ると、荷主が意図せず規制違反状態に陥り、通関業者も共犯的な立場に置かれるリスクがあります。第三国経由は例外になりません。
「水産物エキス・魚粉は別扱い」という誤解について
フィッシュソース(魚醤)や魚粉(HS2301)については、規制の枠組みが通常の生鮮・冷凍水産物とは異なります。ただし、これを「規制対象外だから問題ない」と即断するのは危険です。産地や配合原料によっては規制対象に準ずる扱いとなる場合があり、個別にGACCへの事前照会が推奨されます。
「輸入再開の報道=即日通関可能」という誤解について
2024年以降、一部品目の輸入再開に関する報道が増えました。しかし報道と実際の運用開始には、GACC内部の通達発出・インポーターへの個別通知というタイムラグがあります。報道翌日に申告しても「まだシステム上で規制が解除されていない」として差し戻されるケースが実際に発生しています。報道から実務上の適用開始まで、最低でも1〜2週間の確認期間を設けることが条件です。
産地証明書の"都道府県の粒度"に関する注意点
中国GACCが規制対象とする「10都県」の産地判定は、収穫・水揚げ地が基準になります。たとえば福島県沖で漁獲された魚が千葉県の漁港に水揚げされた場合、「産地:千葉県」として処理されるのか「産地:福島県沖」として扱われるのか、証明書の記載内容次第で中国側の判定が分かれることがあります。ここは細心の注意が必要なポイントです。
水産庁:中国向け水産物輸出に関する最新情報と対応状況(水産庁公式ページ)
規制対応を属人化せず、チーム全体で同じ水準の対応ができるようにするには、チェックリストの整備が最も効果的です。
以下は、中国向け水産物案件を受け付けた際に確認すべき実務チェックリストの例です。実際の業務フローに合わせてカスタマイズして活用してください。
このチェックリストを1件ごとにファイルに添付して保管しておくと、後から問題が発生した際の証跡にもなります。チームでの標準化が目標です。
規制の変化をリアルタイムで把握するためには、水産庁・農林水産省・財務省税関の公式ページを週1回程度の頻度でチェックする習慣を取り入れてください。また、日本通関業連合会(JFCBA)が発行する通達も実務情報源として有効です。情報収集の習慣化が、対応力の差になります。
日本通関業連合会(JFCBA):通関実務に関する最新通達・情報(業界団体公式サイト)