相互承認協定と医薬品の関税・品質規制の全知識

相互承認協定(MRA)は医薬品の関税を下げる協定だと思っていませんか?実は関税とGMP品質基準は全く別の制度です。この記事では関税に興味を持つ方向けに、医薬品MRAの仕組みと最新のトランプ関税動向を徹底解説します。

相互承認協定と医薬品の関税・品質規制を正しく理解する

医薬品のGMP相互承認は「品質基準の確認コスト削減」の話であり、関税の引き下げとは全く別の協定です。


この記事の3ポイント要約
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MRAとは何か

医薬品の相互承認協定(MRA)は、GMP(製造品質基準)の査察結果を相手国と共有する仕組みです。輸出先での再検査コストをゼロにできる制度で、日本はEU・英国と締結済みです。

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MRAと関税は別物

MRAは「品質管理の効率化」の話です。関税の軽減・撤廃はWTOの医薬品協定や個別の貿易協定(EPA)で定められ、MRAとは制度が異なります。両方を混同すると損をします。

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2025年以降の最新動向

2025年、トランプ政権が医薬品に最大100%の関税を打ち出し、WTOの「医薬品ゼロ関税」体制が崩れ始めました。日本は15%関税の適用となっており、GMP相互承認だけでは関税リスクを防げません。


相互承認協定(MRA)とは何か:医薬品GMP査察の仕組み

相互承認協定(MRA:Mutual Recognition Agreement)は、二国間で「それぞれの国の品質検査・認証結果をお互いに認め合う」ための政府間協定です。


医薬品の分野では、GMP(Good Manufacturing Practice:優良製造所基準)への適合性確認が中心的な役割を果たします。GMPとは、医薬品の製造工場が守るべき製造管理・品質管理の基準のことです。


通常、A国の工場で製造した医薬品をB国へ輸出する場合、B国の規制当局がその工場をあらためて査察(現地調査)する必要があります。これは製造業者にとって、時間・費用・人員の大きな負担となります。工場1か所への海外査察には、数百万円単位のコストがかかることも珍しくありません。


MRAが締結されると、輸出国でのGMP確認結果を輸入国がそのまま受け入れるため、二重の査察が不要になります。これが核心的なメリットです。


日本とEUの間では「日・欧州共同体相互承認協定(日欧MRA)」が2002年1月1日に発効しました。この協定は医薬品GMP分野のほか、電気製品・電気通信機器・化学品GLPの4分野を対象としています。


2018年7月には日欧MRAの医薬品GMP相互承認の対象が大幅に拡大されました。それまでは化学的医薬品の非無菌製剤(錠剤・カプセル・外用剤など)に限られていましたが、原薬(有効成分)・無菌製剤・ワクチンなどの生物学的医薬品にも広がり、現在ではほとんどの医薬品をカバーしています。


つまりMRAとは「関税」の話ではなく、「製造品質の確認手続きをどう効率化するか」という規制コスト削減の仕組みです。この違いが原則です。


なお、2023年10月からは英国との相互承認(日英MRA議定書)も正式適用が開始されました。英国のEU離脱後、一時的な移行措置が続いていましたが、日英包括的経済連携協定(日英EPA)に含まれる相互承認議定書に基づき、正式な二国間MRAとして新たに運用されています。


厚生労働省:日・欧州共同体相互承認協定によるGMP相互承認がほとんどの医薬品に拡大(2018年7月)


外務省:日・欧州共同体相互承認協定の概要と対象分野


相互承認協定と関税の違い:医薬品の「ゼロ関税」はWTO協定が根拠

「医薬品の相互承認協定があるから関税はかからない」と思っている方は少なくありません。これは違います。


関税に関係するのは、MRAではなくWTO(世界貿易機関)の「医薬品関税撤廃に関する協定」(Pharmaceutical Agreement)です。1994年に締結されたこの取り決めにより、主要先進国は医薬品の関税をほぼゼロに設定してきました。この体制はおよそ30年間続いてきました。


MRAはあくまで「品質管理の確認手続きを相互に認める」協定であり、関税率には直接影響しません。この2つの制度は目的も根拠法令も全く異なります。


わかりやすく整理すると、次のような違いがあります。


| 項目 | MRA(相互承認協定) | WTO医薬品協定・EPA |
|---|---|---|
| 目的 | GMP査察の二重負担解消 | 関税率の削減・撤廃 |
| 効果 | 製造コスト削減・輸出手続き効率化 | 輸入時の関税ゼロ or 低減 |
| 対象 | 製造業者・規制当局間の手続き | 輸出入の価格・コスト |
| 所管 | 厚生労働省・外務省 | 財務省経済産業省・外務省 |


たとえば日本がEUへ医薬品を輸出する場合、「日欧MRA」のおかげでEU側での再検査が不要になりますが、これは関税の話ではありません。関税ゼロが適用されているのはWTO協定のおかげであり、MRAとは別の話です。


この2つを混同すると、2025年以降のトランプ関税問題を正しく理解できなくなります。つまり2つは別物だと覚えておけばOKです。


医薬品のMRAが対象外とする品目と「対象国がない米国」という盲点

「GMP相互承認を締結しているから安心」と考えるのは少し早いです。日欧MRAの医薬品GMP附属書にも、明確な対象外品目が存在します。


2018年の拡大後も、引き続きGMP相互承認の対象外とされているのが「不特定多数のドナーから採取されたヒト血液・細胞・組織などに由来する製品」です。献血由来の血液製剤(血漿分画製剤など)が代表例で、これらは現在もGMP相互承認の枠組みに含まれていません。


血液製剤は日本で年間膨大な量が使用されていますが、EU向け輸出時には依然として二国間の個別確認が必要なケースがあります。同様に、ヒト由来の細胞・組織を使った再生医療等製品の一部も対象外とされています。


さらに見落とされがちな「盲点」が、対米輸出です。


経済産業省が公表している相互承認協定の一覧を確認すると、日米MRAの対象は「電気通信機器」のみです。医薬品はその対象に含まれていません。つまり日本と米国の間には、医薬品分野の政府間GMP相互承認協定は現在も存在しない状態です。


米国FDAとの間でも個別の取り決め(MoU:了解覚書)などは交わされていますが、日欧MRAのような包括的な政府間相互承認とは性質が異なります。対米輸出を行う日本の製薬企業は、FDA査察を自社で受ける必要が依然として残っています。これは厳しいところですね。


EUとのMRAがあるからといって、米国向け輸出でも同様の恩恵が自動的に受けられると考えるのは誤りです。対象国・対象品目を個別に確認することが条件です。


経済産業省:経済産業省所管法令に関係する相互承認協定(日米MRAは電気通信機器のみ)


2025年トランプ関税が崩した「医薬品ゼロ関税」の30年ルール

2025年は医薬品貿易の歴史的な転換点となりました。


製薬業界は1995年のWTO設立以来、30年近くにわたって関税から保護されてきました。「生命維持に不可欠な医薬品へのアクセスを守る」という考えのもと、主要先進国は医薬品関税をほぼゼロに維持していたのです。この体制が2025年に一気に揺らぎました。


トランプ米大統領は2025年9月、米国内に医薬品製造工場を建設していない企業のブランド・特許医薬品に対して、100%の追加関税を課すと発表しました。100%関税とは、1,000円の薬に1,000円の関税が上乗せされ、実質2,000円になるイメージです。これは痛いですね。


ただし、すでに米国と貿易協定を締結している国は別扱いとなりました。日本の場合、2025年8月に発効した日米合意(相互関税15%の上限)が適用され、日本産医薬品の対米関税は合計で最大15%に抑えられる見込みとされています。朝日新聞の報道では、日本から米国への医薬品輸出額は1兆円を超えるとされており、その影響は製薬業界全体に及びます。


EUとの関税協議でも、2025年7月の米欧共同声明で医薬品関税上限を15%と明記。英国との間では2025年12月に、英国産医薬品に対して少なくとも3年間関税ゼロを維持する合意が成立しました。


一方、MRAはこの関税問題と直接連動していません。日欧MRAが存在していても、米国によるブランド医薬品への100%関税提案はMRAとは関係なく進められました。関税問題はあくまで政治的な通商交渉で決まる話であり、GMP相互承認の有無とは別次元です。関税とMRAは別の問題だということですね。


ロイター:新たな医薬品関税、貿易協定締結済みの国には適用されず=米高官(2025年9月)


ジェトロ:英政府、医薬品への追加関税撤廃を含む米国との合意発表(2025年12月)


関税に興味ある人が知っておくべき「MRAと医薬品コスト」の実務的な関係

では、MRAと関税は全く無関係かというと、間接的なつながりはあります。ここは意外と重要な視点です。


MRAがあれば「再試験・再査察のコスト」が削減されます。たとえば日欧MRA成立前は、EU向けに輸出する医薬品について、EU側で再びバッチ試験(出荷前の品質確認試験)を実施する必要がありました。この重複したコストが積み重なると、輸出品の最終価格に上乗せされます。


日欧MRA締結後は、日本国内の「優良」と認められた工場が作成した試験データをEU当局が受け入れることになりました。EU側での再試験は不要になります。これにより、製薬企業の輸出コストが下がり、結果として市場での価格競争力が向上します。


一方で、MRAがあっても関税が別途かかる場合はそのコストが残ります。逆に、関税がゼロでもMRAが存在しない場合は、二重の品質確認コストが発生し続けます。最もコスト効率が高くなるのは「関税ゼロ+GMP相互承認」の両方が揃ったときです。


関税に興味を持っている方にとっては、「医薬品の最終価格は関税だけで決まらない」という視点が重要です。GMP査察コスト、再試験コスト、薬事承認にかかる時間的コストなど、規制上の非関税障壁も輸入医薬品の価格に大きく影響します。これは使えそうです。


日欧EPA(経済連携協定)は2019年2月に発効し、EU側の品目数ベースで約99%の関税撤廃、日本側で約94%の撤廃が実現しています。医薬品は元々ゼロ関税が多かったものの、EPAとMRAが組み合わさることで、日欧間の医薬品貿易の障壁は総合的に低下してきました。このような協定の積み重ねが貿易実務上の大きなメリットにつながります。


また、関税問題で注目すべきは「原産地規則」との絡みです。医薬品の場合、完成品がどこで製剤化されたかだけでなく、有効成分(原薬)がどこで製造されたかによって関税の適用国が変わる可能性があります。グローバルサプライチェーンが複雑な製薬業界では、この点が特に重要な論点になっています。


ジェトロ:日EU経済連携協定(EPA)/ 日英包括的経済連携協定(EPA)について