関税が上がっても、コールドチェーン企業のコストはさらに膨らんでいます。
コールドチェーン(Cold Chain)とは、生鮮食品・冷凍食品・医薬品など温度管理が必要な製品を、生産から消費者の手元に届くまで一貫して所定の低温状態に保ちながら流通させる仕組みです。日本語では「低温物流」や「低温ロジスティクス」とも呼ばれます。「コールド(低温)」と「チェーン(鎖のようにつなげる)」という言葉が示すとおり、製造・保管・輸送・販売という各工程の温度管理を途切れさせないことが本質です。
コールドチェーン企業は、この仕組みを物流サービスとして担う事業者全般を指します。冷蔵倉庫の運営、冷凍トラックや保冷コンテナでの輸送、保税冷凍倉庫での通関前保管、さらにはIoTセンサーによるリアルタイム温度監視まで、多岐にわたる機能を提供します。これが基本です。
主な温度帯は3種類に分かれており、それぞれ対象商品が異なります。
- 冷凍帯(-18℃以下):冷凍食品・アイスクリーム・水産加工品など
- 冷蔵帯(0〜10℃前後):生鮮食品・乳製品・チルド惣菜など
- 定温帯(15℃前後):チョコレート・一部の医薬品・ワインなど
関税に興味がある方にとって重要なのは、輸入品がこのコールドチェーンとどう絡むかです。たとえば輸入冷凍食品は、通関手続きが完了するまで保税倉庫での保管が義務付けられます。その間の温度管理の質が、最終的な商品品質を左右するため、通関の速さと設備の充実度は直接コストに影響します。コールドチェーン企業が保税冷凍倉庫を保有しているかどうかは、輸入業者にとって死活問題といえます。
市場規模という観点から見ると、日本のコールドチェーン物流市場は2025年時点で約217億米ドル(約3.2兆円相当)と評価されており、2034年には321億米ドルへ拡大すると予測されています(IMARCグループ調べ)。世界市場では2025年に4,169億米ドルを超え、2033年には1兆2,400億米ドル規模になると見込まれています。市場は急成長中です。
国土交通省「コールドチェーン物流サービスの海外展開・普及に向けて」:両国企業によるコールドチェーンの具体的な取組内容や関税局・民間企業の連携実態が記載されています。
日本のコールドチェーン市場は、大手から中小まで多数の企業が乱立する分散型の構造が特徴です。意外なことに、業界最大手のニチレイロジグループでさえ、国内の低温倉庫設備能力全体に占めるシェアは8.4%にすぎません(三井物産戦略研究所、2024年11月調査)。上位10社を合算してもシェアは32.5%、上位20社でも43.0%にとどまります。つまり市場の約6割は、地方の中小規模事業者が担っているのです。
主要なコールドチェーン企業を整理すると、以下のとおりです。
| 企業名 | 特徴 |
|---|---|
| ニチレイロジグループ | 業界首位。冷凍食品物流に特化した高品質温度管理技術が強み |
| 日本通運(NX) | 国際物流と国内低温物流を組み合わせたサービスを展開 |
| ヤマトホールディングス | 宅配ネットワークと低温物流の融合を推進 |
| SGホールディングス(佐川急便系) | 2024年にC&Fロジホールディングスを1,200億円で買収し、国内屈指のコールドチェーン構築を宣言 |
| 横浜冷凍 | 設備能力第2位。水産系の強みを持つ |
| マルハニチロ物流 | 水産メーカー系。産地直結の冷凍物流を展開 |
注目すべきはSGホールディングスの動向です。同社は2024年、1,200億円を投じてC&Fロジホールディングスを子会社化しました。さらに2025年2月には名糖運輸にC&Fロジを吸収合併させ、低温物流部門を一体的に再編しています。「国内屈指のコールドチェーン」を作り出すという目標を掲げており、大手による業界再編がいよいよ本格化しています。
中小規模の事業者が多いということは、業界の品質水準にばらつきが生じやすいということでもあります。関税に関わる輸出入業務では、信頼できる保税冷凍倉庫を持つ企業を選ぶことが重要です。保税機能がない倉庫に預けると、通関前に別の保税倉庫へ移送する手間とコストが発生します。
また、主要12都市では収容可能な低温倉庫スペースの9割超がすでに使用されており、需給は逼迫しています。繁忙期を前にスペースを確保しようとすると、割増料金が発生したり、倉庫の空きがなく別の都市で保管せざるを得ないケースも現実に起きています。この事実が条件です。
三井物産戦略研究所「コールドチェーンの現状と展望」:国内低温倉庫の企業別シェア、需給逼迫の実態、省人化技術の動向など詳細なデータが掲載されています。
関税が上がると、単純にコストが増えると思われがちです。ところが実際には、コールドチェーン企業にとって関税は「コスト」だけでなく「時間」と「品質」の問題でもあります。
特に深刻なのが、通関の遅延が品質劣化に直結する問題です。たとえば水産物の場合、通関手続きで1週間以上の留め置きが発生した事例があります(日本水産物・水産加工品輸出拡大協議会の調査事例より)。冷凍状態であっても、保税倉庫の品質・設備によっては徐々に品質が落ちます。これは痛いですね。
関税率が高くなると、輸入業者は通関を急ごうとして書類の不備に気づかないまま申告するリスクが増します。不備が発覚すると差し戻しとなり、保税倉庫での保管期間が延びる悪循環に陥ります。その間も倉庫料が発生し、温度管理コストがかさみます。
輸送ルートの変更も品質に影響します。これまで航空貨物で運んでいたものを、関税コストを下げるために海上輸送に切り替えると、輸送日数が数週間延びます。その分だけ温度変動リスクにさらされる時間が長くなり、消費期限が短くなります。結果として、消費者の手元に届いたときの残存期限が短くなり、返品・廃棄ロスが増えます。つまり関税が高くなるほど、コールドチェーン全体のリスクも連鎖的に増すのです。
対策の一つとして、保税冷凍倉庫を保有する国際物流会社を利用することが挙げられます。通関前保管から通関後の国内配送まで一貫して管理できる会社を選ぶと、温度管理の断絶リスクと無駄なコストを抑えられます。フライングフィッシュのように、マイナス20℃の保税冷凍倉庫を現地に持ち、通関書類の手続きも一括対応できる企業が選択肢になります。
GII「食品冷蔵・冷凍チェーン物流市場レポート(2026-2032年)」:2025年米国関税調整がコールドチェーンの輸送ルート・調達戦略・契約条件を再構築した具体的な分析が記載されています。
現在、コールドチェーン企業には「2030年問題」という大きなリスクが迫っています。これは冷凍・冷蔵倉庫の供給不足が現実になる可能性を指す言葉で、2つの構造問題が重なっています。
1つ目は、倉庫の老朽化です。冷凍倉庫の法定耐用年数は財務省令によって12〜24年と定められています。しかし現実には、減価償却が終わった後も使い続けている倉庫が多数存在し、築30年以上の低温倉庫が全体の約6割を占めているとされています(三井物産戦略研究所調べ)。老朽化した倉庫はエネルギー効率が低く、温度の安定性にも問題が生じやすくなります。
2つ目が、フロン規制です。モントリオール議定書により、オゾン層を破壊する「特定フロン(CFC・HCFC)」は2030年に生産全廃が決定しています。従来の特定フロンを使用する冷凍設備は、2030年までに代替フロン(HFC)または自然冷媒(CO2・NH3など)への転換が義務付けられます。この設備更新には多額の費用がかかり、企業体力が弱い中小事業者には大きな負担となります。
投資対効果の観点から倉庫の更新を断念するケースも出てくると予測されており、2030年には冷凍・冷蔵倉庫の供給が大幅に減少するリスクがあります。現在でも主要都市の低温倉庫は9割超が埋まっている状況ですから、供給がさらに絞られると料金が高騰し、スペース確保そのものが困難になります。これは大きなデメリットです。
関税に関わる輸入業者の視点では、コールドチェーンの保管コストが2030年前後にかけて上昇する可能性があります。冷凍食品の輸入量が増えるほど保管スペースの争奪が激化するため、早い段階で信頼できる倉庫パートナーと長期契約を結ぶことが、コスト管理の重要な選択肢の一つになります。
一方で、この状況は前向きに捉えれば新規参入のチャンスでもあります。大手不動産デベロッパー(大和ハウス工業・三井不動産・日本GLPなど)が低温倉庫の新設に相次いで乗り出しており、常温・冷蔵・冷凍の三温度帯に対応する「マルチ温度帯倉庫」が各地で竣工しています。これらの新しい倉庫は設備が新しく、省エネルギー・フロン規制対応済みというメリットがあります。
船井総研ロジ「冷凍倉庫・冷蔵設備のフロン規制とは:供給不足のカウントダウン」:2030年問題の構造的背景と設備更新コスト、供給不足リスクの詳細が記載されています。
コールドチェーン企業の競争力は、今後ますます「デジタル化の度合い」によって左右されます。これが原則です。従来は人が定期的に温度計を確認し、手書きで記録するアナログ管理が中心でしたが、現在はIoTセンサーとクラウドシステムによるリアルタイム監視が急速に普及しています。
代表的な取り組みとして、ニチレイロジグループ・センコー・Telexistenceの3社が2022年から実施している「低温倉庫向けロボット実証実験」があります。マイナス環境の倉庫内での重作業をロボットが担い、人間は事務所から遠隔操作するという仕組みで、低温倉庫の労働環境の過酷さとドライバー・倉庫作業員不足という課題を同時に解決しようとしています。
IoT活用の中で特に注目されているのが、輸送中の温度データのリアルタイム記録です。IoTセンサーを積荷に取り付けることで、出発から到着までの温度変化を1分ごとに記録できます。関税・輸出入の現場では、この温度記録が品質証明書や輸出申告書類として使える場合があり、バイヤーや輸入先税関との信頼構築にも役立ちます。これは使えそうです。
AIの活用も進んでいます。過去の温度データ・気候データ・輸送ルート情報をAIに学習させることで、異常発生を事前に予測する「予知保全」が可能になりつつあります。温度が規定を外れる前に冷凍機の異常を検知してアラートを出すシステムが実用段階に入っており、食品廃棄ロスと保険コストの削減につながっています。
コールドチェーン物流市場全体のデジタル化が加速する中、IoT対応の温度監視・AI駆動のルート最適化・ブロックチェーンによるトレーサビリティ確保が、次世代サービスの標準機能になりつつあります。日本のコールドチェーン物流市場が2034年に向けて年平均4.47%の成長を続けると予測されている背景には、このデジタル化による付加価値向上が大きく寄与しています。
実際に輸入業務でコールドチェーン企業を選ぶ際は、IoT温度管理に対応しているかどうかを確認することを勧めます。温度記録データをCSVやPDFでダウンロードできる仕組みがあると、品質トラブル発生時の原因特定と取引先への説明が格段にスムーズになります。
SGホールディングス「国内屈指のコールドチェーン創出に向けたグループ組織再編」:2025年4月から始まる新中期経営計画における低温物流ソリューション拡大の戦略が記載されています。
コールドチェーン企業が海外に進出するにあたって、関税以外にも大きな壁が存在します。各国・地域で異なる食品衛生規制・コールドチェーン認証・通関ルールへの対応が必要であり、これを知らないまま輸出入を始めると思わぬロスが発生します。
日本のコールドチェーン物流の水準は世界的に高いことが知られていますが、その「高さ」が海外では逆に障壁になることがあります。たとえばASEAN諸国では、日本の基準を満たす冷蔵・冷凍設備がまだ普及していない地域が多く、生産から消費までの全工程で品質を守ることが難しい状況があります。農林水産省の調査によると、コールドチェーン不足による食品の廃棄ロスは日本の農林水産物輸出において深刻な問題となっており、その損失額は約7,300億円にのぼると試算されています。
こうした状況に対応するため、日本では「日本式コールドチェーン物流サービス規格(JSA-S1004)」の国際普及を国家戦略として推進しています。2026年1月には、タイにおいてISO規格とタイのコールドチェーン認証の違い・日本技術の優位性についてのセミナーが開催されており、輸出先での規格整合性の確保が進められています。
関税を含む貿易コスト全体を見渡すと、輸入国でのコールドチェーン整備度が低い場合は現地での品質劣化・廃棄ロスが追加コストとして上乗せされます。つまり関税率だけを見て調達先を判断するのは不十分であり、現地のコールドチェーンインフラ水準を合わせて評価することが、トータルコストの正確な把握につながります。
たとえばベトナムへの食品輸出では、通関時の課題に加え、物流・コールドチェーン・倉庫にかかる課題が輸出障壁として農林水産省の現地調査でも指摘されています。現地に保税冷凍倉庫を持つパートナー企業を選ぶか、マイナス20℃対応の保税倉庫と通関代行を一括で提供できる国際物流会社を活用することで、こうしたリスクを大幅に軽減できます。
海外展開を検討している場合、現地のコールドチェーン状況を事前にJETROの調査レポートで確認することをお勧めします。国別の規制・インフラ整備状況・輸出手続きの実例がまとめられており、コスト試算の精度を高めるのに役立ちます。
JETRO「タイ輸出支援プラットフォーム:ISO規格とコールドチェーン認証」:タイにおける日本式コールドチェーン認証とISO規格の違い、日本技術の優位性に関する最新情報が記載されています。
農林水産省「ベトナムの食品市場における課題調査レポート」:通関・物流・コールドチェーン・倉庫にかかる具体的な障壁と対策の事例が記載されています。