差押物件が「公売」に回されると、あなたの貨物は裁判確定前に売り飛ばされることがある。
「換価処分」という言葉は、国税徴収法や刑事訴訟法など複数の法律に登場し、文脈によって意味が少し異なります。基本的には、差し押さえた物件や財産を金銭に換える手続きのことを指します。
刑事訴訟法の文脈では、押収された物件に裁判所が換価の裁判を下した場合、押収物主任官が「国の財産の売却の例に準じて売却し、換価代金を歳入歳出外現金出納官吏に送付する」と定められています(裁判所の押収物等取扱規程第20条第2項)。売却が完了したら、換価処分書を作成します。これが原則です。
関税の文脈でも同じです。
関税法の犯則調査で差押えられた「差押物件」「領置物件」については、関税法第133条および第134条が、廃棄・公売・還付・国庫帰属の手続きをそれぞれ規定しています。そして同法は、差押物件の運搬・保管などについて「刑事訴訟に関する法律の規定を準用する」と明記しています(関税法第128条等参照)。つまり、関税犯則の現場では刑訴法の手続規定が広範に生きているわけです。
国税徴収法における「換価」も混同されがちですが、こちらは滞納処分の文脈で差し押さえた財産を公売などにより金銭化する手続きです。刑事手続の換価処分とは法的性格が異なります。つまり「換価処分」は法律によって主体・要件・目的が異なるということですね。
関税に興味がある方にとって特に重要なのは、犯則調査に端を発した差押物件が、裁判確定を待たずに換価・処分されるケースがある点です。具体的には、差押物件が腐敗・変質したとき、または急速に価値が落ちるおそれがあるときは、税関長が公売に付し、または売却できると定められています(関税法第133条第2項)。生鮮食品や価格変動の激しい商品等が対象になり得ます。腐敗変質リスクのある貨物を扱う方は特に注意が必要です。
参考リンク(換価処分書の作成に関する裁判所規程の条文)。
押収物等取扱規程(裁判所・PDF)
関税法の犯則調査手続は、刑事訴訟法の手続きとは独立した体系として設計されています。これが原則です。
通常の刑事事件では、警察・検察が捜査し、検察官が差押・押収を行います。これに対して関税犯則事件では、税関職員が独自の権限で質問・検査・領置・差押えを行い、税関長が通告処分または告発を判断する、という独自の体系が関税法第11章に規定されています。
しかし、多くの手続き部分では「刑事訴訟に関する法律の規定を準用する」とされており(関税法第128条)、実質的には刑訴法の手続保障が取り込まれています。令状主義の適用もその典型例で、臨検・捜索・差押えを強制的に行う場合には裁判官が発する許可状が必要です(関税法第121条)。
差押物件の処置について詳しく見ると、関税法第133条に基づいて次の手順が取られます。
| 状況 | 税関長の対応 |
|---|---|
| 腐敗・変質した、またはそのおそれがある | 公売に付すか、売却できる |
| 公売による適正価格での売却が困難 | 収容貨物の公売・売却等に関する関税法第84条第3項を準用した方法で売却 |
| 還付すべき相手の住所・居所が不明 | その旨を公告し、6ヵ月経過後に国庫帰属(関税法第134条) |
| 関税が未納 | 換価代金から関税等を直ちに徴収(関税法第134条第5項) |
特筆すべきは、検察官に引き継がれた換価代金または刑事訴訟法の規定により売却された外国貨物の代金が還付されるケースでも、関税が未納なら税関長は当該関税を徴収できることです(関税法第134条第6項)。刑事と行政の手続が交差する部分です。
輸出入ビジネスに携わる方なら、差押えの段階から貨物の行方がどうなるかを把握しておくことが重要です。
参考リンク(関税法第134条の条文)。
関税法第134条(領置物件等の還付等)|Lawzilla
混乱しやすいのが、「換価処分」「没収」「追徴」の違いです。これらはまったく別の法的性格を持っています。
まず、没収は刑罰の一種(附加刑)で、裁判所が有罪判決の中で言い渡すものです。没収の判決が確定した時点から対象物件は国の所有となります(刑法第38条の3第1項)。判決が確定するまで没収はできません。これが基本です。
追徴は、没収すべき物が存在しない場合や没収不能な場合に、その価額相当を金銭で納付させる制度です(刑法第19条の2)。没収の代替手段と理解してください。
換価処分は、これらとは異なります。換価処分は、差押えた物件を財産として売却し金銭に換える手続きで、必ずしも有罪確定を前提としません。腐敗や価値の急落を防ぐための緊急措置として認められるケースもあります。
関税法において特に重要なのが、第118条による必要的没収です。
関税法第118条第1項では、関税法上の一定の犯罪に関係する船舶・貨物等については、被告人の所有物かどうかを問わず、必要的(義務的)に没収すると定めています。これが「必要的没収」と呼ばれる制度で、刑法第19条の「任意的没収」よりも強力です。令和5年の関税法違反事件では不正薬物の摘発が1,020件(前年比24%増)に達しており(財務省税関研修所資料)、没収対象物は後を絶ちません。深刻ですね。
ただし、関税法118条による必要的没収については、昭和37年に最高裁大法廷が歴史的な違憲判決を下しています。第三者の所有物を本人への告知・聴聞の機会なしに没収するのは、憲法第31条(適正手続の保障)および第29条(財産権の保障)に違反するという内容です。この判決を受け、「刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法」が制定されています。
参考リンク(第三者所有物没収違憲判決の判旨)。
第三者所有物没収違憲判決(最大判昭和37年11月28日)の全文
関税犯則調査は独立した行政手続ですが、令和2年の千葉地裁判決が示した通り、憲法第35条の令状主義の精神は関税検査にも及びます。これは見落とされがちな重要ポイントです。
千葉地裁令和2年6月19日判決では、成田空港で入国者のスーツケースを約1時間かけて部分的・段階的に解体した検査について、「令状主義の精神を没却するような重大な違法がある」として証拠能力が否定されました(明治大学法科大学院論集25号掲載の清水真論文より)。税関職員が有効な同意を得ないまま強度に財産権を侵害する検査を行った事案です。
この判決は、以下の点で関税実務に影響を与えています。
- 🔍 開披検査(フタを開ける程度)と解体検査では、違法性の判断基準が異なる
- 🔍 令状なしで許容される無令状検査の範囲は、刑事訴訟法理論を参照しながら判断される
- 🔍 税関検査は行政調査だが、「刑事手続との密接な関連性」が認められれば憲法35条の保護が及ぶ
- 🔍 口頭同意には録音など客観的な証拠の記録が強く推奨される
一方で、平成28年最高裁判決(最判平成28年12月9日)では、国際郵便物の無令状開披検査が適法とされています。郵便物については発送者・受取人ともにプライバシーへの期待が低いという論理です。旅具(手荷物)検査とは取り扱いが異なります。
刑事訴訟法理論との交錯という観点では、GPS端末装着型捜査に関する最高裁大法廷判決(最大決平成29年3月15日)も関税犯則調査への影響が議論されています。意外なところで刑訴法の議論が波及してくるわけですね。
参考リンク(刑事訴訟法理論と税関検査の学術論文)。
清水真「刑事訴訟法理論と税関検査・関税犯則調査の交錯・再論」明治大学法科大学院論集25号(PDF)
犯則調査の対象となった際に「換価処分された」「差押え物が売却された」という事態はあり得ます。そのとき、当事者はどう対応すべきでしょうか。
まず確認しておくべき重要な流れがあります。
税関による犯則調査の最終的な帰結は、通告処分と告発の2パターンです。通告処分は行政処分であり、犯則者が罰金相当額などを納付すれば刑事事件にはなりません。告発に至ると、検察官が起訴するかどうかを判断します。換価処分が問題になるのは主に告発後の刑事手続の段階ですが、腐敗等の事由がある場合は手続の途中でも発生し得ます。
差押物件の換価代金と関税の関係も重要です。換価によって得られた代金については、関税未納がある場合、税関長がその分を優先的に徴収することになっています(関税法第134条第5項・第6項)。つまり、換価代金がそのまま返ってくるとは限りません。
実務上、犯則調査の対象となった場合の主な確認事項は以下の通りです。
- 📋 差押えられた物件の目録(差押目録)の内容と数量を正確に把握する
- 📋 物件が腐敗・変質しやすい性質かどうかを確認し、早期に異議・意見を伝える
- 📋 通告処分か告発かの判断が出るまでの間、弁護士に相談して適切な対応をとる
- 📋 換価代金の還付を受ける際は関税等の未納分がないかを事前に確認する
- 📋 物件の所有者が第三者(輸出入に関係した荷主・仕入先等)の場合は応急措置法の手続を確認する
特に貿易実務で複数の関係者が絡む取引をしている場合、差押えられた貨物の所有権が問題になるケースがあります。関税法118条の必要的没収は第三者所有物にも形式的には及び得るため、「自分は直接の犯則者ではない」という立場であっても油断は禁物です。
犯則調査に対応する際には、虚偽の事実を述べることは絶対に避け、弁護士への相談を早い段階で行うことが最大のリスク回避になります。特に刑事手続の経験を持つ弁護士や、税関対応に実績のある法律事務所への相談が有効です。
参考リンク(犯則調査の弁護士対応に関する解説)。
犯則調査による処分(有森FA法律事務所)
関税犯則調査をめぐる手続きは、近年大きな転換点を迎えています。見落とせない動向です。
財務省は令和6年(2024年)11月の関税・外国為替等審議会関税分科会において、関税の犯則調査・処分に係る手続のデジタル化を検討する資料を公表しました。その内容は次の3つが柱です。
① 電磁的記録提供命令の創設(USB等を介さずオンラインで電子データを取得する手続)
② 捜索・差押え許可状等の請求・交付・提示の電子化、および告発の電子化
③ 差押目録等・調書の電子化
これらは、刑事訴訟法のデジタル化対応(令和5年法律第28号による改正)に合わせて関税法も整備するという方向性です。関税法と刑事訴訟法は常に連動しながら改正が進むということですね。
この改正の背景には、不正薬物の密輸が令和5年に1,020件(前年比24%増)、押収量が2,579kg(約2.6トン)という深刻な状況があります。金地金の密輸入も摘発件数が493件(前年比約2.3倍)、押収量が約1,218kg(前年比4倍)という急増ぶりです(財務省税関研修所・令和7年度関税法テキストより)。
また、令和5年の刑訴法改正(令和5年法律第28号)では、没収に関するルールも整備されています。具体的には没収物が没収裁判確定時点で国庫帰属することが明文化されました(刑法第38条の3第1項・第3項、刑事訴訟法第133条第6項)。換価処分との関係でも、手続の明確化が図られています。
関税実務に携わる方が取るべき行動はシンプルです。最新の関税法条文(e-Govで確認可能)と、税関が公表している犯則調査・処分の案内をこまめにチェックすることが、リスク回避の第一歩になります。
参考リンク(関税の犯則調査・処分のデジタル化に関する財務省資料)。
関税の犯則調査・処分に係る手続のデジタル化(財務省・令和6年11月・PDF)
参考リンク(関税法の現行条文)。
関税法(e-Gov 法令検索)