規制撤廃後も「適合証明書なし」で輸入通関を進めると、税関で差し止められ損害賠償リスクが残ります。
自動車排ガス規制の「撤廃」という言葉は、一見すると規制がすべてなくなるように聞こえます。しかし実際には、規制の「廃止」と「緩和」「移行」が複雑に絡み合っているのが現状です。通関業務の現場では、この違いを正確に理解していないと、書類準備の段階で大きなミスが生じます。
日本国内では、道路運送車両法に基づく排出ガス規制が車種ごとに設定されており、新型車には「令和2年度燃費基準」や「ポスト新長期規制」と呼ばれる基準への適合が義務付けられています。一方で、一定の年式や排気量を持つ旧型車については、規制の一部が免除・緩和されるケースがあります。これは「規制の撤廃」ではなく、適用除外や経過措置の話です。
つまり「規制がなくなった」は誤解です。
国際的な文脈では、欧州連合(EU)が2023年に合成燃料(e-fuel)を使用する内燃機関車について、2035年以降も販売を認める方針を示したことが大きな注目を集めました。これはEUが掲げていた「2035年にICE(内燃機関)車の新車販売禁止」という方針の事実上の修正であり、日本の通関現場でも「排ガス規制の流れが変わった」という受け止め方が広がっています。
ただし、EUのこの決定は欧州域内の話であり、日本の輸入通関手続きに直接影響を与えるものではありません。日本へ輸入する車両については、引き続き国内の排ガス基準への適合確認が必要です。規制緩和のニュースに引きずられて「証明書が不要になった」と判断すると、税関での差し止めにつながります。注意が必要なところです。
通関業務において「排ガス規制の変化」が最も直接的に影響するのは、輸入申告時に必要となる書類の種類と内容です。ここを間違えると、申告後に訂正申告や差し止め対応が発生し、物流コスト・時間の両面で大きなロスになります。
日本に自動車を輸入する場合、原則として以下の書類が必要になります。
このうち「排出ガス等適合証明書」は、並行輸入自動車の場合に特に重要な書類です。国土交通省が定める「並行輸入自動車審査要領」に基づき、輸入する車両が国内基準に適合していることを証明する書類の取得が求められます。この書類が取得できない場合、そもそも国内で登録・使用ができないため、通関を通過しても実際には使用不可能な車両を輸入したことになります。
書類不備は後工程すべてに影響します。
2024年以降、電気自動車(EV)や水素燃料電池車(FCV)の輸入が増加する中、これらの車両に適用される「排ガス規制」の扱いは従来の内燃機関車とは異なります。EVには直接的な排ガス基準が適用されないため、「排ガス規制撤廃=EVのほうが通関しやすい」という認識も広がっています。しかし、EVにはバッテリーの安全基準(UN38.3試験など)や電磁適合性(EMC)の適合証明が別途必要であり、書類の種類が変わるだけで、書類の量や手間が減るわけではありません。
規制の種類が変わるだけ、が原則です。
排ガス規制の撤廃・緩和というニュースが広がると、依頼主(荷主)側から「書類が減るのでは?」「もう適合証明は不要では?」という問い合わせが通関業者に入るケースが増えます。しかし、実際に規制の変化を精査せずにその認識のまま申告を進めると、重大なリスクが生じます。
まず税関での差し止めリスクがあります。
日本の関税法では、輸入禁止・制限品を申告なく輸入しようとした場合、貨物の没収・廃棄、または送還措置が取られる可能性があります。排ガス基準に不適合な車両を輸入しようとした場合、税関で差し止められ、返送コストが発生します。国際輸送費を含めると、1台あたり数十万円規模の損失になることもあります。損失は依頼主と通関業者の両方に及ぶリスクがあります。
次に通関業者の信頼失墜リスクです。
通関業者は「通関士」という国家資格者が申告業務を行います。通関士が適法でない申告を行った場合、通関業法に基づいて業務改善命令や通関業許可の取り消しにまで発展する可能性があります。「荷主から言われたから」という理由は、業法上の免責事由にはなりません。プロとして自ら規制の変化を確認することが求められます。
これは厳しいところですね。
また、依頼主への誤情報提供リスクも見逃せません。排ガス規制の変化を正確に把握せず、「大丈夫です」と回答してしまうと、依頼主が誤った判断をした場合の損害賠償リスクが生じます。このリスクをカバーするために、通関業者賠償責任保険(通称「通関業者PL保険」)への加入状況を確認しておくことが一つの対策になります。
排ガス規制の撤廃・緩和が議論される局面で、特に通関業務に影響が大きいのが「並行輸入車」の取り扱いです。正規ディーラー経由ではなく、個人や輸入業者が独自に海外から車両を調達して輸入するケースで、書類要件の複雑さが際立ちます。
並行輸入の場合、車両が日本の型式指定を受けていないことがほとんどです。
そのため「排出ガス及び騒音規制の適合性の証明」を独自に取得する必要があります。この手続きは、国土交通省の指定を受けた「自動車技術総合機構(NALTEC)」が審査を行います。審査には車両を持ち込む必要があり、書類の準備から審査完了まで、通常2〜4週間程度かかります。
時間がかかる点は要注意です。
また、並行輸入車の場合、現地(輸出国)での排ガス証明書が日本の基準と一致しているかどうかを確認する作業が必要になります。たとえば米国向けに製造された車両は「EPA基準(米国環境保護庁基準)」に適合していても、日本の「ポスト新長期規制」とは異なる場合があります。排ガス規制の基準値は国によって違います。
欧州車の場合はEURO基準が適用されており、「EURO6」以降の基準を満たす車両は、日本の規制をクリアできるケースが多いですが、書類上でその確認が取れていないと申告時に問題が生じます。「基準的には問題ない」と「書類で証明できる」は別の話です。これが原則です。
2023年以降、中国製EV(主にBYDやNIOなど)の並行輸入も増加傾向にあります。これらは内燃機関を持たないため排ガス証明は不要ですが、代わりに前述のUN38.3(リチウムイオンバッテリー安全性試験)の証明書や、日本の電波法に基づく認証書類が必要になります。排ガス規制撤廃の恩恵を受けつつ、別書類の準備が必要という点を事前に依頼主に説明しておくことが重要です。
排ガス規制に限らず、通関業務は「法規制の変化に常に追いつく」ことが求められる業務です。規制が撤廃・緩和された場合も、その変化を正確かつ迅速に把握し、実務に反映することが通関業者の価値につながります。ここでは、実務担当者が活用できる情報収集の方法をまとめます。
まず、最も信頼性が高い情報源は省庁の公式発表です。
国土交通省の「自動車局」が発出する通達・告示は、排ガス規制の変更が生じた際に最初に公示される情報です。国土交通省の公式サイトでは「自動車の排出ガス規制」に関するページが設けられており、規制値の改定や適用除外車両のリストが随時更新されています。環境省の「大気汚染防止法」関連ページも合わせて確認する習慣をつけると、法改正の早期把握に役立ちます。
次に、日本通関業連合会(日通連)や日本関税協会が発行するニュースレター・通達情報です。これらは通関業者向けに専門的な解説が加えられており、省庁の告示をそのまま読むよりも実務への影響が把握しやすいのが特徴です。特に規制変更が生じた際には速報的な情報提供が行われることがあります。これは使えそうです。
また、貿易実務専門の情報誌やデータベースの活用も有効です。たとえば「貿易と関税」(日本関税協会発行)などの専門誌は、規制変更に関する解説記事が掲載されることがあり、実務担当者のインプットに適しています。
社内での情報共有の仕組みを整えることも重要です。
規制変更の情報を担当者一人が把握しているだけでは、チームとしての対応に遅れが生じます。定期的な勉強会の開催や、省庁ニュースのメール転送・共有フォルダへの保存など、情報が自動的に関係者へ届く仕組みを作ることが、ミスの防止につながります。排ガス規制の変化は今後も続くことが予測されるため、「その都度調べる」ではなく「仕組みとして追いかける」体制が理想的です。
変化が続く分野だからこそ、仕組みが大事です。
最後に、AIツールや関税分類データベース(HSコード検索システムなど)の活用も選択肢の一つです。ただし、AIが出力する情報は必ず公式情報との照合を行うことが前提です。AIはあくまで情報の「入口」であり、通関申告の最終判断は通関士が行うという原則を忘れないようにしてください。
日本貿易関係手続簡易化協会(JASTPRO):貿易手続関連の情報