中国産の黒鉛電極を輸入すると、通常の関税に加えて95.2%もの不当廉売関税が上乗せされ、仕入れコストが約2倍に跳ね上がります。
不当廉売関税(アンチダンピング関税、AD関税とも呼ばれます)とは、輸出国内で販売されている価格(正常価格)よりも不当に低い価格で輸出された貨物、いわゆる「ダンピング価格」の輸入品に対して、国内産業を保護するために割増で課される特殊関税のことです。
正常価格とダンピング価格の差額を「ダンピング・マージン」と呼びます。不当廉売関税は、このダンピング・マージンの範囲内で、通常の実行関税率に上乗せして課されます。つまり、通常の関税とは別に追加で徴収されるものです。
この制度はWTO(世界貿易機関)のアンチダンピング協定(AD協定)で一定の規律のもとに認められており、日本では関税定率法第8条に規定されています。単に「安い輸入品があれば課税できる」という制度ではなく、以下の4つの要件をすべて満たさなければ課税できません。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ① ダンピング事実 | 正常価格を下回るダンピング価格での輸出の事実があること |
| ② 国内産業の損害 | 国内の同種製品生産者が実質的な損害を受けていること |
| ③ 因果関係 | 損害がダンピング輸入によって引き起こされたこと |
| ④ 保護の必要性 | 国内産業を保護する必要性があること |
これらの要件を証明するための調査は、財務省と経済産業省が共同で実施します。調査には通常、申請から課税決定まで1年以上を要します。早い話、課税はそう簡単に発動されるものではないということです。
なお、不当廉売関税の納税方式は「賦課課税方式」です。通常の関税が輸入者自身で税額を計算する「申告納税方式」であるのとは異なり、税関長の処分によって税額が確定します。この違いは実務上、非常に重要です。賦課課税方式では修正申告や更正の請求ができないため、異議がある場合は不服申立制度を利用するしか手段がありません。
税関ホームページ:不当廉売関税(ダンピング防止税)制度について(制度概要・課税要件・手続の全体像が整理されています)
現時点(2025〜2026年)で日本が課税中の不当廉売関税品目は、税関ホームページの「課税中の貨物・税率」ページで公式に確認できます。以下に主要品目をまとめます。
| 品目 | 原産国 | 税率 | 課税期間 |
|---|---|---|---|
| 電解二酸化マンガン | 中国産 | 34.3〜46.5% | 2008年9月〜2029年2月 |
| 水酸化カリウム | 韓国産・中国産 | 韓国:49.5%/中国:73.7% | 2016年8月〜2026年8月 |
| 高重合度ポリエチレンテレフタレート(PET) | 中国産 | 39.8〜53.0%(生産者別) | 2017年12月〜2028年2月 |
| 炭酸二カリウム | 韓国産 | 30.8% | 2021年6月〜2026年6月 |
| 溶融亜鉛めっき鉄線 | 韓国産・中国産 | 韓国:9.8〜24.5%/中国:26.5〜41.7% | 2022年12月〜2027年12月 |
| 黒鉛電極 | 中国産 | 95.2% | 2025年7月〜2030年7月 |
特に注目すべきは黒鉛電極への95.2%という税率です。通常、不当廉売関税の税率は30〜50%程度の範囲が多いなか、95.2%というのは突出した水準です。これは中国が国内価格の半分以下の価格で輸出していたという調査結果が根拠となっています。
電解二酸化マンガンについては、2008年からという長期にわたる課税であるため特に注意が必要です。20年近くにわたり課税が続いており、同品目を扱う輸入者はコスト計算に必ず織り込まなければなりません。長い課税期間です。
また、税率が原産国だけでなく「生産者ごと」に細かく設定されている品目がある点も重要です。高重合度PETがその典型例で、同じ中国産でも生産者によって39.8%〜53.0%まで差があります。輸入する際には生産者の確認が不可欠ということです。
税関ホームページ:課税中の貨物・税率(現在課税中の全品目と税率・課税期間が一覧で確認できます)
現在課税中の品目だけでなく、日本における不当廉売関税の歴史的な経緯を知ることも実務的に重要です。課税が満了した品目でも、再申請によって再び課税対象となることがあるためです。
税関ホームページには、1982年の申請事案から現在に至るまでのすべての調査・課税状況が掲載されています。過去に課税または調査が行われた主な品目を以下に整理します。
特に注目すべき点が2つあります。第一に、申請があっても必ずしも課税にならないことです。インドネシア産カットシート紙のように調査の結果「課税しない」という決定も実際に起きています。これはつまり、申請者側も証拠を十分に準備しなければ課税されないということです。
第二に、課税が満了した品目でも再び課税申請が行われるケースが多い点です。電解二酸化マンガンのように複数回の課税期間延長が行われている品目では、事実上20年以上継続して課税されているケースもあります。つまり「満了した=もう終わり」ではありません。
過去に課税された経緯がある品目を扱う輸入者は、課税期間の満了後も定期的に財務省・税関の発表をチェックする習慣をつけておくことが大切です。
税関ホームページ:不当廉売関税の課税状況等(1982年以降の全案件の申請・調査・課税経緯が詳細に掲載されています)
不当廉売関税の課税は、原則として国内産業からの「課税の求め(申請)」によってスタートします。政府が独自に課税を決定するのではなく、被害を受けた国内産業の申し出が出発点になるのです。手続き全体の流れを把握しておくと、輸入実務でのリスク管理に役立ちます。
申請から課税決定まで、おおよそ以下の段階を経ます。
この流れで見落とされがちな重要ポイントが「暫定課税」の存在です。調査が完了する前の段階でも、証拠が十分と判断されれば最長4か月間の暫定的な不当廉売関税が課されます。2025年の黒鉛電極の事例がまさにこれで、3月29日から暫定的に95.2%の課税が始まり、7月3日に正式課税へ移行しました。
暫定課税の開始は突然公告される場合があります。つまり、対象品目を輸入している場合は、調査開始の告示が出た段階からリスクとして織り込んでおく必要があるのです。財務省・経済産業省の報道発表や税関ホームページを定期的にチェックするのが基本です。
経済産業省:貿易救済措置に関するよくある質問(申請要件・調査手続きの具体的な流れがQ&A形式でまとめられています)
2025年は日本の不当廉売関税において、複数の重要な動きがありました。輸入ビジネスに関わる方には特に見逃せない内容です。
① 中国産黒鉛電極への95.2%課税(2025年7月〜2030年)
2025年7月3日から5年間、中国産の黒鉛電極(電炉製鉄などに使われる消耗品)に対して95.2%という高税率の不当廉売関税が正式に課されました。鉄鋼メーカーなどユーザー側からはコスト増加への懸念の声も上がっています。この品目を扱う商社・メーカーにとっては、仕入れ先の見直しが急務となっています。
② 韓国・中国産溶融亜鉛めっき鋼帯・鋼板の調査開始(2025年8月〜)
ガードレールや住宅建材として広く使われる溶融亜鉛めっき鋼帯・鋼板について、2025年8月13日に経産省・財務省が不当廉売調査の開始を発表しました。日本における普通鋼製品の本格的なAD調査としては異例の案件とされています。調査は原則1年以内に終了します。
③ 迂回輸出防止制度の創設に向けた議論(2025年〜進行中)
従来の不当廉売関税制度では、ダンピング輸出国の貨物が第三国を経由して日本に持ち込まれた場合、課税を免れてしまうという「抜け穴」がありました。たとえば中国産の製品を一度東南アジアの国で加工・転送すると、原産地が変わって課税対象外となるケースがあります。
政府は2025年に「迂回輸出防止制度」の創設に向けた検討を本格化させました。2025年10月の日経新聞報道では、輸出品の価値の「6割以上」を迂回先の国が占める場合を基準に検討する案が浮上していることが伝えられています。これはEUの制度を参考にしたものです。
迂回輸出対策の強化は、輸入者にとっては原産地証明書の取扱いが今後より厳格になることを意味します。東南アジア経由で仕入れている場合、原産地がどこと判断されるかを慎重に確認することが求められます。
経済産業省プレスリリース:溶融亜鉛めっき鋼帯・鋼板への不当廉売関税調査開始(2025年8月13日付けの正式発表内容が確認できます)
財務省:不当廉売関税制度のページ(制度の概要および最新の報道発表・審議会資料へのリンクが集約されています)