電子船荷証券の「原本」は、実は1通しか存在しないのに複数の当事者が「正本」として扱えます。
船荷証券(B/L)は、貨物の引渡請求権を表章する有価証券です。紙のB/Lであれば「原本を持っている者が権利者」という論理が成立しますが、電子化するとこの「占有」の概念が根本から揺らぎます。
これが核心です。
電子船荷証券に関する主要な論文、たとえば日本海法学会誌に掲載された研究や法律時報の特集論文では、「電子的有価証券の占有概念をどう再構築するか」が一貫した主題として繰り返し論じられています。紙のB/Lでは、証券を物理的に「持っている」という事実が権利の移転を証明しますが、デジタルデータには物理的な占有という概念が存在しません。この問題を解決するために、電子船荷証券の各プラットフォームは「登録簿(Registry)方式」や「トークン方式」を採用しています。
登録簿方式とは、特定の第三者機関がB/Lデータを管理し、誰が「保有者(Holder)」であるかを記録・更新することで権利の帰属を確定させる仕組みです。BOLEROやessDOCSが採用しているのが主にこの方式です。
一方、トークン方式はブロックチェーン上でNFT(非代替性トークン)に近い概念を用い、デジタルトークンを持っている者が権利者とみなされます。EBL(Electronic Bill of Lading)の新興プラットフォームであるWaveBLやTradeLensの一部機能がこのアプローチに近い設計を持っていました。
通関業従事者にとって重要な点は、どちらの方式であれ「誰が正規の保有者か」を瞬時に確認できる仕組みがあるかどうかです。輸入申告時に電子B/Lを受け取った場合、そのプラットフォームの登録簿を参照しなければ権利者の確認ができません。紙のB/Lのように「原本を持ってきた人が正規の買主」という簡便な確認方法は通用しないということです。
つまり確認手順が増えます。
論文が指摘するもう一つの重要な論点は「流通性(Negotiability)」です。紙のB/Lには「指図式」「記名式」「無記名式」の3種類があり、指図式は裏書によって第三者に権利を転々移転できます。電子B/Lでもこの流通性を再現しようとする試みが行われており、CMI(国際海法委員会)の「電子船荷証券に関する規則」(1990年)は、電子的な裏書に相当する「転送(Transfer)」手続きを定義しています。しかしこの規則は任意適用であるため、条約としての法的拘束力を持たず、各当事者が契約で採用を合意しない限り効力を持ちません。この「任意性」が論文で繰り返し批判される点でもあります。
電子船荷証券を語るうえで、国際条約の動向を避けることはできません。通関実務では「証券が有効か」の判断が輸入申告の根拠書類の扱いに直結するため、条約知識は実用的な武器になります。
まず押さえるべきは1990年のCMI電子船荷証券規則です。これは国際海法委員会が策定した自主規制ルールで、電子的なB/Lのやり取りに関する最初の国際的なフレームワークとして高く評価されています。ただし、前述のとおり条約ではなく任意ルールであるため、実効性の面では限界があります。この点は日本の海法学者・小塚荘一郎氏ら複数の研究者が論文で繰り返し指摘しているところです。
次に重要なのが2008年に採択された「ロッテルダム・ルールズ(Rotterdam Rules)」です。正式名称は「国連国際物品全部又は一部海上運送契約に関する条約」といいます。このルールの第1条第21号では「電子的運送記録(Electronic Transport Record)」を明確に定義し、第8条・第9条において電子的運送記録が紙の運送書類と同等の法的効力を持つことを認める枠組みを整備しました。
意欲的な内容ですね。
しかし問題があります。ロッテルダム・ルールズは2025年3月時点で発効要件(20カ国の批准)を満たしておらず、主要海運国である日本・米国・中国・英国がいずれも批准していません。つまり現時点では国際法としての効力を持たない状態が続いています。この批准の遅れの原因については、荷送人保護の強化や航空・陸上輸送との複合輸送ルールの複雑さへの懸念が論文でも指摘されています。
通関業従事者が実務で参照すべき現行の法的枠組みは、日本国内であれば「商法(第四編 海商)」と、個別の取引に適用される「運送契約の準拠法」になります。2018年に商法海商編が約120年ぶりに大幅改正された際、電子船荷証券に関する明示的な規定は盛り込まれませんでした。電子B/Lの発行・流通に関する法的根拠が商法上に存在しないまま、実務だけが先行しているのが現状です。
これが実務リスクに直結します。
日本の論文では、この「立法の空白」問題が特に強調されています。たとえば神戸大学や早稲田大学の海法・国際取引法分野の研究では、「電子船荷証券の国内法的根拠が存在しないため、紛争が生じた場合は一般民事法理や契約解釈に依存せざるを得ない」という警告が繰り返されています。
国土交通省 海事局 – 海事関連の法令・国際条約に関する公式情報
電子船荷証券の実務導入においては、どのプラットフォームを使うかによって法的リスクの所在が大きく変わります。これは論文で繰り返し強調される実務的論点です。
主要プラットフォームを整理すると以下のとおりです。
通関業従事者が特に注意すべき点は、これらのプラットフォームで発行された電子B/Lを輸入書類として税関に提出する際の扱いです。
日本の税関では、現行の関税法施行令上、輸入申告に添付する「仕入書・船荷証券等」の形式について、電子的な書類を紙のものと同等に扱うための明示的な規定が整備されていない部分があります。
厳しいところですね。
実務上は、税関に対して事前照会(事前教示制度)を活用し、使用するプラットフォームと書類形式を事前に確認しておくことが現時点での最善策とされています。日本通関業連合会や日本貿易関係手続簡易化協会(JASTPRO)も、電子B/Lの実務取り扱いに関するガイドライン整備を進めています。
JASTPRO(日本貿易関係手続簡易化協会)– 電子B/Lを含む貿易書類の電子化に関する調査・ガイドライン情報
電子船荷証券の最大のリスクの一つが「二重譲渡(Double Pledge / Double Financing)」問題です。これは複数の論文が繰り返し取り上げる実務上の重大リスクです。
紙のB/Lでは、原本を手元に持っていることが権利者の証明になります。しかし電子データは原理的にコピーが可能であるため、悪意ある荷送人が同一の貨物を複数の銀行や買主に対して担保提供・譲渡する不正行為が懸念されます。
これは深刻なリスクです。
実際に2000年代以降、電子系の貿易金融詐欺の被害は増加傾向にあります。英国の輸送・貿易保険の調査(2019年)によれば、貿易金融詐欺の被害額は年間で推定80億ドル(約1兆2,000億円)規模に達するとされており、その一因として書類の複製・改ざんの容易さが挙げられています。これはA4用紙に換算すると、東京都内の全オフィスビルの書類をすべて偽造するほどの規模感です。
これを防ぐために電子船荷証券の各プラットフォームは以下の技術を採用しています。
通関業従事者の観点から見ると、輸入時にこのような電子B/Lを受け取った場合は「そのプラットフォームの保有者登録が現在も有効か」を確認することが書類審査の一環として求められます。
保有者確認が基本です。
特に信用状(L/C)取引を伴う案件では、銀行が電子B/Lを審査する際の基準(UCP600やeUCPとの整合性)も論文で詳しく議論されています。国際商業会議所(ICC)が2019年に改訂した「eUCP Version 2.0」では、電子書類の定義・提示方法・審査基準が整備されており、L/C付き電子B/L取引に関わる場合は必読の基準書となっています。
ICC – eUCP Version 2.0(英語)電子信用状統一規則の最新版
電子船荷証券の実務普及は、論文の予測を上回るスピードで進んでいます。英国のMARCO POLO NetworkやDIGITAL CONTAINERを活用した電子貿易書類の取り扱いは、2023年に英国で「電子貿易書類法(Electronic Trade Documents Act 2023)」が施行されたことで大きく加速しました。
この法律は重要です。
英国のElectronic Trade Documents Act(ETDA)2023は、コモンロー上で長年問題とされてきた「電子的書類への占有概念の適用不可」という壁を立法によって取り除いた画期的な法律です。同法は電子B/Lを含む電子的貿易書類に対して「占有(Possession)」「裏書(Indorsement)」「引渡(Delivery)」という紙の書類と同等の法的機能を認めることを明示しています。英国法を準拠法とする多くの国際海上運送契約にとって、これは実務を根本から変える意味を持ちます。
日本でも経済産業省・国土交通省・法務省が連携し、電子船荷証券の国内法的位置づけに関する研究会を2022年以降に設置しています。この研究会の議論は学術論文にも反映されており、数年以内に立法措置が講じられる可能性が高い状況です。
通関業従事者として今から準備しておくべき事項は、大きく3点に整理できます。
電子化は止まりません。
紙のB/Lを前提とした業務手順を今すぐすべて変える必要はありませんが、「電子B/Lが来たときにどう対応するか」のマニュアルを今のうちに整備しておくことが、近い将来の業務混乱を防ぐ最も効果的な手段です。
論文知識を実務の判断基準として活用することで、電子化の波を「リスク」ではなく「競争優位性」に転換できます。これが電子船荷証券論文を読む最大のメリットです。