SCM協定の条文を「輸出国の問題」と思っていると、相殺関税調査で自社が対応を求められても気づけません。
SCM協定(補助金及び相殺措置に関する協定)は、WTOを設立するマラケシュ協定の附属書1Aに収録された多国間貿易協定です。正式名称は "Agreement on Subsidies and Countervailing Measures" で、1995年1月1日のWTO発足と同時に発効しました。
この協定が定める内容は、大きく2つに分かれます。1つは「補助金規律」、もう1つは「相殺措置(相殺関税)ルール」です。前者は加盟国政府が自国産業に与える補助金を規律するものであり、後者は補助を受けた輸入品に対して輸入国が取ることのできる対抗措置の手続きを規定します。
条文は全32条+7つの附属書で構成されています。本文は以下の部(Part)に分かれており、それぞれに対応する条文番号があります。
| 部(Part) | 主な内容 | 主要条文 |
|---|---|---|
| 第I部 | 補助金の定義・特定性 | 第1条・第2条 |
| 第II部 | 禁止補助金 | 第3条〜第4条 |
| 第III部 | 訴訟可能補助金(深刻な損害) | 第5条〜第7条 |
| 第IV部 | (不訴訟可能補助金)※失効 | 第8条〜第9条 |
| 第V部 | 相殺措置 | 第10条〜第23条 |
| 第VI部 | 機関 | 第24条〜第25条 |
| 第VII部 | 通告・監視 | 第25条〜第26条 |
| 第VIII〜XI部 | 途上国特別規定・最終規定等 | 第27条〜第32条 |
通関業従事者にとって特に重要なのは第I部(補助金の定義)と第V部(相殺措置手続き)です。条文全体の骨格を把握しておくことが基本です。
なお、第IV部(不訴訟可能補助金)はもともと5年間の暫定措置として設けられましたが、2000年に期限切れとなり、以降は事実上失効しています。つまり現在の実務上は「禁止補助金」か「訴訟可能補助金」かの2類型で判断するということです。
SCM協定の中で最も重要な条文が第1条です。補助金として規律の対象になるためには、①政府または公的機関による財政的貢献が存在すること、②利益(benefit)が付与されること、この2要件を同時に満たす必要があります。
第1条第1項が定める「財政的貢献(financial contribution)」には、資金の直接移転(贈与・融資・出資)、債務保証、歳入の放棄(税の免除など)、政府による物品・サービスの提供といった複数の形態が列挙されています。これが意外に広範であることは重要な点です。「補助金=現金を配ること」という理解だけでは、条文の射程を見誤ります。
第1条第2項は「利益」についての定義を補助機関報告に委ねており、DSB(紛争解決機関)のパネル・上級委員会報告書が実質的な解釈基準となっています。利益の有無は「市場との比較」で判断するのが基本です。
続く第2条は「特定性(specificity)」の規定です。補助金が特定の企業・産業・地域だけを対象とする場合にのみ、SCM協定上の規律が適用されます。補助金の存在だけでは不十分で、特定性の立証もセットで必要です。これが条件です。
特定性には4種類あります。
- 企業特定性:特定の企業のみを対象とする場合
- 産業特定性:特定の産業または業種グループを対象とする場合
- 地域特定性:国内の特定地域内の生産者を対象とする場合
- 禁止補助金:輸出実績または国産品使用を条件とする場合(第3条と重複)
通関実務の観点からは、相手国政府の支援措置が「特定性あり」と認定されるかどうかが、相殺関税の発動可能性を左右します。条文の定義を正確に読んでおくことが重要です。
第3条は「禁止補助金(prohibited subsidies)」を規定する条文です。禁止補助金は2種類あります。輸出補助金(export subsidies)と国産品優遇補助金(import substitution subsidies)です。いずれも、加盟国が供与・維持してはならないと明示されています。
輸出補助金は「輸出実績を条件として付与される補助金」と定義されます(第3条第1項(a))。附属書Iには「禁止される輸出補助金の例示リスト(イラストリストまたはネガティブリスト)」が示されており、12項目が列挙されています。直接輸出補助金・輸出信用保証の割引制度・輸出用原材料の関税免除の過剰還付など多様な形態が含まれます。
国産品優遇補助金は「輸入品よりも国産品の使用を条件として付与される補助金」(第3条第1項(b))です。ローカルコンテント要件と結びついた優遇措置がこれに該当します。
これらの禁止補助金については、DSBへの提訴が可能であり、パネルが禁止補助金の存在を認定した場合、問題国は「直ちに(immediately)」当該補助金を撤廃しなければなりません(第4条第7項)。通常の紛争解決手続きより迅速な処理が義務付けられているのが特徴です。意外ですね。
通関実務では、輸入申告する貨物の生産国が輸出補助金を供与していることが疑われる場合、相殺関税調査の対象になり得ます。輸入者への事前確認と申告書類の精査が重要な対応策になります。
財務省関税局が公表している相殺関税調査の事例や、WTOの紛争案件データベースを定期的にチェックしておくことで、対象国・対象品目の動向をいち早く把握できます。
第5条は「訴訟可能補助金(actionable subsidies)」の規定です。禁止補助金ではないものの、他の加盟国の利益を「侵害(nullification or impairment)」したり、「深刻な損害(serious prejudice)」を引き起こす補助金は、DSBを通じた紛争解決の対象になります。
深刻な損害の推定要件は第6条第1項に列挙されていましたが、この規定も2000年に失効しています。つまり現在は深刻な損害を申立国が個別に立証する必要があります。これが原則です。
第6条第3項は深刻な損害の認定基準として、①輸出国市場における申立国製品のシェア喪失、②価格アンダーカット(undercut)または価格抑制(suppression)の発生、③第三国市場での申立国製品のシェア喪失、の3つを挙げています。
通関業従事者の実務上の関心は、相殺関税調査が開始された場合にどう動くかです。第V部(第10条〜第23条)がその手続き条文になります。調査開始の要件、調査期間中の暫定措置、最終決定の方式、コミットメント(価格約束)の受け入れといった手続きが逐条的に規定されています。
特に第11条は調査申請(petition)の要件を細かく定めており、国内産業の代表性(申請時点で国内生産量の25%超を代表する必要)も含まれます。この「25%ルール」は実務上よく問われる数字です。覚えておくと役立ちます。
WTO公式サイト:SCM協定逐条解説(Analytical Index)英文
相殺関税(countervailing duty)は、補助金を受けた輸入品による国内産業への損害を相殺するために輸入国が課す特別の関税です。SCM協定は、この相殺関税を発動するための手続きを第V部(第10条〜第23条)で厳格に規定しています。
手続きの全体像を整理すると、「調査申請→調査開始→暫定措置→最終決定→賦課」という流れです。
| フェーズ | 根拠条文 | 主な内容・期限 |
|---|---|---|
| 調査申請 | 第11条 | 国内産業による文書申請。代表性25%ルール。 |
| 調査開始 | 第11条第9項 | 申請受理後45日以内に開始/却下を決定。 |
| 暫定措置 | 第17条 | 調査開始後60日以降に発動可能。最長4ヶ月。 |
| 価格約束 | 第18条 | 輸出者が価格引き上げを約束した場合、調査停止可能。 |
| 最終決定 | 第19条 | 補助金額・損害を認定し、賦課額を確定。 |
| 相殺関税の存続 | 第21条 | 原則5年。日没条項(sunset review)あり。 |
第21条の「日没条項(sunset clause)」は特に重要な条文です。相殺関税は賦課から5年で自動的に失効しますが、この期間内に「引き続き賦課の必要がある」旨のレビュー(sunset review)が開始された場合は、審査終了まで継続適用されます。
通関実務では、輸入する品目に既存の相殺関税が課されていないかの確認が不可欠です。財務省税関や経産省の公報で常時確認する習慣を持っておくことが重要です。
また第22条は「公告および説明(public notice)」の義務を規定しています。調査開始・暫定措置・最終決定のいずれも、加盟国政府は公式な通知を行う義務があります。つまり情報は必ず公開されます。これを追うことが実務上の早期察知につながります。
SCM協定には、途上国加盟国(developing country members)に対する特別かつ異なる待遇(S&D treatment)を規定した第27条があります。この条文は通関実務の中で見落とされがちですが、実務判断に直接影響する重要な規定です。
第27条第2項は、途上国に対して禁止補助金(輸出補助金)の撤廃猶予を認めています。ただし、「競争力ある輸出者(export-competitive)」と認定された産業については、この猶予は適用されません。連続8年間にわたり当該品目の世界輸出シェアが3.25%以上を占めている場合は、輸出補助金の維持が禁止されるのです。
この「3.25%ルール」は、アジア諸国の繊維・衣類産業などに深く関わってきた規定です。通関業従事者が扱う輸入案件でも、途上国原産の製品について相殺関税調査が開始された際に、この規定が被調査国の主張の根拠になるケースがあります。
さらに、最後発途上国(LDC)については第27条第2項(a)が輸出補助金の撤廃義務を免除しています。LDCからの輸入品に対して相殺関税調査を行うことは、協定上の制約があるということです。これは覚えておくべき点です。
第27条第10項・第11項は、途上国に対する相殺関税調査の発動基準を引き上げています。具体的には、補助金額が当該製品の価値の1%未満(先進国は0.1%未満でde minimis)、または輸入量のシェアが3%未満(複数の途上国で合計7%未満)の場合、調査は終了されなければなりません。
通関業務で扱う輸入申告に途上国原産品が含まれる場合、これらのde minimis基準が適用されるかどうかの判断が必要になることがあります。原産地証明書の確認と合わせて、相手国のWTO加盟ステータス(途上国か最後発途上国か)も確認するルーティンを持っておくことが、実務リスクの低減に直結します。
なお、WTO協定の公式和文テキストはWTO公式サイトおよび外務省・経済産業省のウェブサイトで参照できます。条文の原文確認は必ず公式ソースを使ってください。
WTO公式サイト:SCM協定英語原文PDF(全条文・附属書収録)
SCM協定の条文は、補助金の定義(第1条)から始まり、禁止補助金(第3条)、訴訟可能補助金(第5条〜)、相殺措置手続き(第10条〜第23条)、途上国特別規定(第27条)まで、それぞれが連動した構成になっています。
通関業従事者として最低限押さえるべきは、「相殺関税がどの条文に基づいて発動されるか」「手続き上の期限と通知義務」「途上国原産品に適用される特例」の3点です。これだけ覚えておけばOKです。
実務上の判断に迷う局面では、財務省税関の通達・告示や経産省の調査報告書、WTO紛争解決データベースを参照することで、条文の適用実態を把握することができます。条文テキストの読み込みと最新動向のウォッチを並行して進めることが、通関実務における専門性向上の近道です。