格付けAAA国でもCRPは毎年5%以上変動します
参考)Country Risk Premium (CRP)
Aswath Damodaran教授が提唱するカントリーリスクプレミアム(CRP)モデルは、新興国や途上国への投資における株主資本コストを算定する際に実務で最も広く使われる手法です。通関業務従事者がクロスボーダー取引の企業評価や海外拠点の事業計画を検討する場合、このモデルを理解することで適切な投資判断基準を設定できます。
参考)【バリュエーション】カントリーリスクプレミアムのダモダランモ…
基本的な計算式は以下の通りです。
参考)クロスボーダー取引で必須の NYU教授Damodaran の…
新興国Xの株主資本コスト = 米国の株主資本コスト + 新興国Xのカントリーリスクプレミアム
さらにCRPは次のように分解されます。
CRP = 新興国Xのクレジットスプレッド × (新興国Xの株式市場ボラティリティ ÷ 新興国Xの社債市場ボラティリティ)
つまり基本です。
クレジットスプレッドは、対象国の米ドル建て国債利回りと米国債利回りの差(デフォルトスプレッド)で測定します。Moody'sやS&Pの格付けがある国はその格付けに対応するスプレッドを使い、格付けがない国はInternational Country Risk Guide(ICRG)スコアを代替手段として利用します。
参考)https://pages.stern.nyu.edu/~adamodar/New_Home_Page/datafile/ctryprem.html
ボラティリティ比率(通常1.39~1.5程度)を乗じる理由は、株式市場のリスクが債券市場より大きいことを反映するためです。この係数は国や時期によって調整が必要な場合もあります。
Damodaran教授のCRPデータは年2回、1月と7月にNYU Stern Schoolの公式ウェブサイトで更新されます。2026年2月現在、最新データは2026年1月に公開されたものです。データは無料でアクセス可能で、190カ国以上のCRP、デフォルトスプレッド、格付け情報がExcel形式で提供されています。
参考)https://pages.stern.nyu.edu/~adamodar/pc/datasets/ctryprem.xls
半年ごとの更新ということですね。
日本国内では、プルータス・コンサルティングが四半期ごと(1月、4月、7月、10月)にエクイティリスクプレミアムやサイズリスクプレミアムのデータを配信しています。ただしヒストリカル・リスクプレミアムは年1回(1月)のみの更新です。Krollも独自のエクイティリスクプレミアムを提供していますが、更新頻度や計算方法の詳細は公開されていません。
実務では評価基準日から最も近い時点のデータを使うのが原則です。例えば2026年3月の評価なら2026年1月データを、2026年9月の評価なら2026年7月データを使用します。ただし評価期間中に大きな地政学的イベント(政変、戦争、金融危機など)が発生した場合は、データ更新を待たずにスプレッドの臨時確認が必要です。
参考)Musings on Markets: Country Ri…
NYU Stern公式データページ
上記リンクから最新のカントリーリスクプレミアム、デフォルトスプレッド、格付け情報をダウンロードできます。
クロスボーダーM&Aや海外拠点評価において、CRPの適用方法は対象企業の事業構造によって異なります。Damodaran教授は企業のカントリーリスク・エクスポージャーを「本社所在地」ではなく「事業収益の源泉」で判断すべきだと主張しています。
参考)https://pages.stern.nyu.edu/~adamodar/podcasts/valspr22/session5slides.pdf
具体的な適用パターンは以下の3つです。
アプローチ1:全面的CRP適用
E(リターン) = リスクフリーレート + β × (成熟国ERP + CRP)
対象企業の全事業が新興国で行われており、カントリーリスクへのエクスポージャーが市場リスクと同等と仮定する場合に使います。
アプローチ2:操業ベースCRP(定数エクスポージャー)
E(リターン) = リスクフリーレート + β × 成熟国ERP + CRP
カントリーリスクを市場リスクとは独立した追加要因として扱います。
アプローチ3:操業ベースCRP(加重平均)
E(リターン) = リスクフリーレート + β × 成熟国ERP + λ × CRP
λは対象企業の売上高または営業利益のうち新興国で生み出される割合です。例えば新興国Aでの売上比率が3%、米国が97%なら、λ=0.03となり、CRPは0.03倍に調整されます。
参考)Country Risk Premia (Damodaran…
加重平均が実務的ですね。
通関業務従事者が海外子会社の評価を行う場合、その子会社が製造拠点なのか販売拠点なのかで判断が変わります。製造拠点で生産した製品を全量親会社に輸出するなら、カントリーリスクのエクスポージャーは限定的です。一方、現地市場向けに販売する拠点なら、現地の政治・経済リスクを全面的に受けるためCRPの全額適用が妥当です。
参考)302 Found
Damodaranモデルは実務で広く使われる一方、理論的批判や適用上の注意点が多数指摘されています。
特に以下の3点に注意が必要です。
参考)http://www.ssrn.com/abstract=1651466
1. 業種による適用可否の判断
CRPは政府の政策変更や国有化リスクなど、予測困難なカントリー固有事象による損失を反映します。しかし小規模な消費財販売業(例:パキスタンで歯磨き粉を販売する小売店)のように、カントリーリスクの影響が限定的な業種では、CRPを一律適用すると過大評価になる可能性があります。通関業務従事者が評価する場合、対象企業の事業モデルを精査し、政府介入リスクの大きさを個別判断する必要があります。
2. ボラティリティ調整係数の選択
標準的には1.39倍または1.5倍が使われますが、新興国によっては株式市場と債券市場の成熟度が大きく異なるため、係数を実態に合わせて調整すべきです。チェコ共和国の研究では、1.5より高い係数が適切な場合もあることが示されています。
参考)https://www.shs-conferences.org/10.1051/shsconf/20219101045
それで大丈夫でしょうか?
3. デフォルトスプレッドの測定方法
格付けベースのスプレッドとCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)ベースのスプレッドでは数値が異なります。格付けは数ヶ月遅れで変更されるのに対し、CDSは市場で日々取引されるため、リアルタイムのリスク変化を反映します。評価の目的や基準日の状況に応じて適切な情報源を選択する必要があります。
| 国名 | Moody's格付け | デフォルトスプレッド | CRP | 株式市場ボラティリティ比率 |
|---|---|---|---|---|
| アメリカ | Aaa | 0.00% | 0.00% | - |
| 日本 | A1 | 0.75% | 1.07% | 約1.4倍 |
| 中国 | A1 | 0.75% | 1.07% | 約1.4倍 |
| インド | Baa3 | 1.71% | 2.43% | 約1.4倍 |
| ブラジル | Ba2 | 3.22% | 4.57% | 約1.4倍 |
| アルゼンチン | Caa3 | 12.84% | 18.21% | 約1.4倍 |
※数値は例示であり、実際の評価では最新データを使用してください
上記の表から、格付けが低い国ほどCRPが指数関数的に増加することがわかります。格付けが低い国ほど、市場の負の期待が増幅されて借入コストへの影響が大きくなるためです。
参考)Redirecting...
通関業務従事者がCRPを活用する典型的なシーンとして、以下の3つが挙げられます。
シーン1:海外拠点の移転価格税制対応
海外子会社との取引価格を設定する際、独立企業間価格を算定するために事業評価が必要になる場合があります。この際、対象子会社の所在国のCRPを株主資本コストに反映させることで、税務当局から合理的と認められる評価結果を得られます。
参考)https://files.core.ac.uk/download/343946302.pdf
シーン2:海外サプライヤーの信用評価
輸入業務で新規サプライヤーと長期契約を結ぶ際、そのサプライヤーの財務安定性を評価する必要があります。サプライヤー所在国のCRPが高い場合、その国の政治・経済不安定性がサプライヤーの事業継続リスクに影響することを示唆します。CRPの推移をモニタリングすることで、契約条件の見直し時期を判断できます。
参考)https://www.mdpi.com/1911-8074/12/1/29/pdf?version=1550629272
シーン3:クロスボーダーM&Aのデューデリジェンス
海外企業の買収検討時、対象企業の企業価値評価(DCF法)において適切な割引率を設定するためにCRPが必要です。買収候補企業が複数国で事業展開している場合、各国の売上比率でCRPを加重平均し、事業全体のリスクを反映した割引率を算出します。
これは使えそうです。
実務では、評価時点のCRPだけでなく、過去3~5年のトレンドを確認することも重要です。CRPが急上昇している国は政治・経済環境が悪化している可能性があり、将来のキャッシュフロー予測にもその影響を織り込む必要があります。
参考)https://aswathdamodaran.substack.com/p/country-risk-2025-the-story-behind
CRPを実務で使う際は、以下の項目を確認しましょう。
参考)Country Risk: My 2024 Data Upd…
Damodaranモデルは実務で広く使われる一方、Kruschwitz、Löffler、Mandlらによる理論的批判があります。
主な批判点は以下の通りです。
批判1:二重計上の可能性
企業のベータ(β)が既にカントリーリスクを部分的に反映している場合、CRPを追加することでリスクを二重に計上する可能性があります。特に現地証券取引所に上場している企業の場合、その株価変動は既に国固有リスクを織り込んでいるため、追加のCRPは過剰評価につながります。
批判2:分散可能リスクの扱い
理論的には、国際分散投資が可能な投資家にとって、カントリーリスクの一部は分散可能リスク(非体系的リスク)であり、リスクプレミアムとして要求すべきではありません。しかし実際には市場の分断(segmentation)により完全な国際分散が困難なため、カントリーリスクが価格に影響を及ぼします。
参考)https://thesis.eur.nl/pub/16762/Schipperus-O.T.-321589-.pdf
つまり分断が前提です。
代替手法1:グローバルCAPMとローカルCAPMの併用
グローバルCAPMではMSCI世界株価指数などグローバル市場ポートフォリオに対するベータを使い、ローカルCAPMでは現地市場指数に対するベータを使います。両者でソブリンスプレッドを適切に調整すれば整合的な結果が得られることが日本の研究で確認されています。
参考)KAKEN — 研究課題をさがす
代替手法2:シナリオ分析とキャッシュフロー調整
割引率にCRPを加えるのではなく、カントリーリスクが顕在化した場合のキャッシュフロー減少シナリオを複数設定し、確率加重平均で企業価値を算出する方法です。この方法では、リスクの発生確率と影響度を明示的にモデル化できます。
参考)302 Found
通関業務従事者がこれらの代替手法を検討する場合、評価の目的と利用者(社内報告、税務当局、外部投資家など)に応じて選択する必要があります。一般的にDamodaranモデルは説明が容易で広く受け入れられているため、第一選択となることが多いです。ただし重要な意思決定(大型M&Aなど)では、複数の手法で感度分析を行い、結果の妥当性を確認することが推奨されます。