サプライチェーン調査を完璧に終わらせても、電池カテゴリの分類ミス1つでEU向け通関が全件差し止めになります。
EU電池規則(Regulation (EU) 2023/1542)は、2023年8月に発効した電池のライフサイクル全体を規制する包括的な法律です。この規則の中でも、通関業従事者が特に注意すべき柱の一つが「デューデリジェンス(due diligence)義務」です。
デューデリジェンスとは、サプライチェーンにおける環境・人権・紛争鉱物リスクを事業者が自ら調査・評価・開示する義務のことを指します。つまり「問題がないことを自分で証明しなければならない」という仕組みです。
具体的には、コバルト・天然黒鉛・リチウム・ニッケルという4種類の原材料について、採掘から電池製造に至るまでの全工程で、人権侵害・児童労働・環境破壊・武装勢力への資金供与が発生していないかを確認・文書化する必要があります。この4原材料はいずれも電動車両用バッテリーや産業用蓄電池に不可欠な素材であり、コンゴ民主共和国やインドネシアなど地政学的リスクの高い地域での産出が多い点が問題の背景にあります。
OECDの「責任あるサプライチェーンのためのデューデリジェンス・ガイダンス」が義務の基礎的枠組みとして採用されており、段階的なリスク評価プロセスが求められます。重要なのは、この義務が輸入者・製造者・販売者だけでなく、電池を「市場に投入する経済事業者」全般に幅広く適用される点です。
義務が段階的に発動する点も整理が必要です。
2026年8月という期限は目前に迫っています。通関書類の確認プロセスを今から見直さないと間に合わない可能性があります。
参考リンク:EU電池規則の全条文・発効日程・各義務の適用範囲について確認できる欧州委員会公式ページ
Regulation (EU) 2023/1542 – EUR-Lex(欧州委員会公式)
多くの通関担当者が「電池は8507に分類しておけば問題ない」と考えているケースがあります。これが盲点です。
EU電池規則はHS(調和システム)分類の枠組みとは独立した規制であるため、HSコードが正しくても規則上の「電池カテゴリ」の判定が誤っていれば、適合宣言書(EU Declaration of Conformity)の記載と実物が一致しないという矛盾が生じます。
EU電池規則は電池を以下の5カテゴリに分類しています。
カテゴリによってデューデリジェンスの義務発生タイミングや要求文書が異なります。たとえばポータブル電池はデューデリジェンスの第三者監査義務が当面適用されませんが、産業用電池(容量2kWh超)は2026年8月から義務化されます。
実務上で特に注意が必要なのは「LMT電池」です。電動キックボードや電動自転車は近年輸入急増品目ですが、本体に内蔵されたバッテリーを「電池単体」として扱うか「電気機械製品の部品」として扱うかで申告内容が変わります。内蔵型バッテリーであっても、EU電池規則上は「電池」として規制対象になるため、製品レベルで規則適用の有無を確認する必要があります。
これは難しいところですね。
HS分類担当者と規制適合担当者が社内で別チームになっている場合、情報の断絶が起きやすいのが現状です。EU向け輸出案件については両者が同じ情報を共有する仕組みを作ることが、現実的なリスク回避策になります。
参考リンク:経済産業省によるEU電池規則の概要・カテゴリ分類・義務内容をまとめた資料
経済産業省:EU電池規則への対応について
デューデリジェンス義務を果たすために事業者が整備しなければならない書類は多岐にわたります。通関業従事者が依頼主から受け取る書類セットに何が加わるかを把握しておくことは必須です。
主要な要求文書を以下に整理します。
これらの書類が欠けた状態でEU向け輸出申告を行うと、EU側税関でのリリース保留や差し止めのリスクが生じます。EU各国税関はCEマーキング規制と同様の市場監視体制を電池規則にも適用していく方針であり、ポストクリアランス監査(事後調査)の対象にもなります。
書類が揃っているだけでは不十分です。
DoC(適合宣言書)の内容が実際の製品スペック・製造者情報・適用規格と整合していることを、通関業者の立場でも一次確認できる体制を荷主に求めることが重要です。電池規則違反の場合、EU市場内での製品回収命令・販売禁止・罰金(加盟国により最大製品年間売上高の最大4%相当を課す国もある)のペナルティが課される可能性があります。荷主側のリスクが大きい分、通関書類の正確性への要求水準も高まります。
参考リンク:JETROによるEU電池規則の解説と日本企業への影響、デューデリジェンス要求事項の詳細
JETRO:EU電池規則(バッテリー規制)の概要
デューデリジェンスの「第三者監査」という言葉は広く知られるようになりましたが、実際に何をどの機関が監査するのか、通関業従事者がどこまで確認責任を持つのかは曖昧なままになっているケースが多いです。
第三者監査の実施機関については、EU電池規則の委任規則(Delegated Regulation)でまだ最終確定していない部分がありますが、現時点での方向性としては以下が示されています。
通関業者の立場から現実的に確認すべきポイントは2つに絞られます。
1点目は「第三者監査報告書の発行日と有効期限」です。監査が3年周期で想定されているため、古い報告書がそのまま使い回されているケースに注意が必要です。発行日が2年以上前の場合は荷主に最新版の確認を促すべきです。
2点目は「監査対象のサプライチェーン範囲」です。監査報告書が自社工場のみをカバーしており、原材料調達段階(Tier2・Tier3以降)の調査が含まれていない場合、規則の要求を満たしていない可能性があります。EU電池規則のデューデリジェンス義務は採掘段階まで遡ることを求めているため、「工場での品質管理は問題ない」というレベルの監査書では不十分です。
これが原則です。
日本国内ではRBA(Responsible Business Alliance)やEICCC(Responsible Minerals Initiative)を活用したサプライチェーン監査ツールが普及しています。荷主がこれらのフレームワークに基づく監査を実施しているかを確認するのが、通関業者として荷主をサポートする上での実用的な切り口になります。
規則の全体像を理解した上で、では通関業従事者として今何をすべきかを具体的に整理します。
まず最優先で取り組むべきは「顧客(荷主)の取り扱い品目の棚卸し」です。EU向け輸出案件を持つ荷主について、電池を含む製品・電池を内蔵した製品・電池単体のすべてをリストアップします。「電気製品だが電池は関係ない」と思われがちな製品でも、充電池が内蔵されていれば規制対象になる可能性があります。確認が基本です。
次に「荷主への情報提供と書類要求リストの作成」を行います。特に2026年8月の義務化を前に、産業用電池(2kWh超)やEV電池・LMT電池を取り扱う荷主に対しては、デューデリジェンスポリシーと第三者監査報告書の準備状況を確認する必要があります。この確認は、単なるサービスではなく通関申告の正確性を担保するためのプロセスとして位置付けることが重要です。
さらに「社内でのEU電池規則対応チェックリストの作成」が効果的です。HSコード・電池カテゴリ分類・必要書類の種類・書類の有効期限確認という4点をチェックする簡易フローを整備するだけで、申告前の確認漏れを大幅に減らすことができます。
通関業務のデジタルツールとして、NACCS(輸出入・港湾関連情報処理センター)の申告書類管理と連動する形で、EU電池規則関連書類の管理フォルダを荷主ごとに設けておくと実務効率が上がります。これは使えそうです。
最後に「業界団体・公的機関の最新情報のフォロー体制構築」が欠かせません。EU電池規則は委任規則・実施規則の整備が現在進行中であり、2026年の完全施行に向けて細部の要件が今後も追加・修正されます。日本通関業連合会や経済産業省・JETROのメールマガジン・公式サイトを定期的にチェックする習慣を持つことが、現場での対応遅れを防ぐ最も低コストな手段です。
EU電池規則のデューデリジェンス対応は、荷主任せにできない時代になっています。通関業者が書類の中身を理解して確認できるかどうかが、荷主との信頼関係と通関の円滑化を左右します。2026年8月の期限を前に、今から動き出すことが最大のリスクヘッジになります。
参考リンク:日本貿易振興機構(JETRO)によるEU電池規則の最新動向・企業対応事例・デューデリジェンス要求の解説
JETRO:EU電池規則(2023/1542)対応ガイド(PDF)