安全対策を怠った船舶運航事業者は、改正後に懲役刑まで科される可能性があります。
令和4年(2022年)4月23日、北海道・知床半島沖で観光遊覧船「KAZU I」が沈没し、乗員・乗客26名のうち20名以上が犠牲となりました。この事故は日本の海事行政に大きな衝撃を与え、国は「二度と繰り返さない」という強い決意のもと、大規模な法改正を断行することになりました。
これが令和5年(2023年)5月12日に公布された「海上運送法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第24号)です。
事故前の制度設計には、実は大きな"穴"がありました。小型の遊覧船や海上タクシーなど、旅客定員12名以下の船舶を使う一般不定期航路事業は「届出制」で済んでいたのです。届出制とは、事業者が「こういう内容でやります」と報告すれば原則として認められる仕組みで、事前の審査が事実上なきに等しい状態でした。国がどんな事業者が何隻の船を運航しているか把握しきれていない、という状況が長く続いていたわけです。
意外ですね。
知床事故の運航会社「有限会社知床遊覧船」は、まさにこの届出制の下で事業を行っていました。国交省の調査では、事故前から多数の安全基準違反が指摘されていたにもかかわらず、行政の監視が十分に届いていなかったことが明らかになりました。今回の改正は、このような状況を根本から改めるための制度的な転換点です。結論は「仕組みそのものの見直し」です。
施行のスケジュールは段階的に設定されています。改正法の一部(安全情報の公表義務、特定操縦免許の見直し、旅客名簿の整備など)は令和6年4月1日より施行、さらに登録制度の導入などの中核部分は令和7年4月1日に施行、そして安全統括管理者・運航管理者の選任義務に関する一部規定は令和8年(2026年)4月1日が施行予定とされています。
国土交通省|旅客船の総合的な安全・安心対策(改正の背景と各種施策の一覧)
今回の改正で最も実務的なインパクトが大きいのが、「届出制から登録制への移行」です。ここを正確に理解することが、海運・物流に関わる関税実務にも直結します。
改正前、旅客定員12名以下の小規模旅客運送(海上タクシー・遊覧船・観光船など)は「一般不定期航路事業」として届出制でした。しかし令和7年4月1日の施行以降は、法第20条第1項に基づく「登録制」へと格上げされています。
登録制とは、国が定める一定の基準をクリアしなければ事業を開始できない仕組みです。具体的な登録要件としては、次のものが求められます。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 欠格事由の非該当 | 過去5年以内に許可取消・登録抹消がないこと |
| 使用船舶の詳細 | 船舶番号・定員・航行区域などの提出 |
| 安全管理体制 | 安全管理規程の整備・運用状況 |
| 保険加入状況 | 船客傷害賠償責任保険の締結 |
| 経理的基礎 | 事業を継続できる財務状況 |
これが条件です。
一方、旅客定員13名以上の「旅客不定期航路事業」(屋形船・レストラン船・大型貸切クルーズなど)は、従来通り「許可制(法第21条第1項)」を維持しています。許可制は登録制よりもさらに審査が厳格で、事業計画の妥当性・安全管理体制の高度な構築が細かくチェックされます。
重要な設計上の違いとして、運送形態にも規制の差があります。旅客定員12名以下(20条事業)は、1名からでも受け入れる「乗合」が可能です。これに対し、13名以上(21条事業)は原則「貸切」限定となり、乗合を行うには別途フェリー事業(一般旅客定期航路事業)の免許が必要になります。ただし、発着港が同一の周遊航路(花見クルーズや工場夜景ツアーなど)に限っては例外的に乗合が認められています。この「乗合」と「貸切」の区分は、集客・収益モデルに直結するため、海上輸送を利用する荷主・輸入業者も頭に入れておく価値がある知識です。
不定期航路事業の制度設計と改正のポイント(2026年2月更新)
改正のもう一つの大きな柱は、安全管理体制の制度化です。これは「管理の責任者を名ばかりでなく、実際に機能させる」という方向性を持っています。
改正法では、人の運送をする船舶運航事業者に対して、「安全統括管理者」と「運航管理者」の2種類の管理職を選任することを義務付けました。さらに重要なのは、2025年4月1日の施行時点から「資格者証を有する者から選任しなければならない」とされたことです。つまり、単に社内から担当者を指名するだけでは不十分で、国が実施する試験に合格して資格者証を取得した人材でなければならないのです。
資格者証制度の仕組みは以下の通りです。
さらに令和8年(2026年)4月1日の施行分では、この選任義務が一段と強化されます。安全統括管理者・運航管理者の選任・解任は、発生から15日以内に地方運輸局長へ届け出ることが義務付けられます。これは問題ありません、という状況を維持し続けることが求められるルールです。
また、安全管理規程(波高・風速などの数値基準を定めたマニュアル)の整備・運用も義務化されています。2026年現在の監査では、書類の有無だけでなく「実際に機能しているか」という運用実績の記録が厳しくチェックされています。特に監査の焦点として重視されているのは「運航判断の記録の保管」で、「なぜその日の運航をGO/NOGOにしたか」という判断プロセスの文書化が求められるのです。
国土交通省|安全統括管理者試験・運航管理者試験について(試験情報・Q&A)
今回の改正で、関税・輸入実務に携わる方が特に注目すべきは「罰則の強化」です。改正前は行政指導・勧告が中心でしたが、改正後はひと回りもふた回りも重い制裁が設けられました。
主な罰則強化のポイントを整理します。
痛いですね。
知床事故を受けた産経ニュースの報道によれば、「安全確保命令に違反した事業者への罰金を最高1億円に引き上げるなど厳罰化」された旨が明確に伝えられています。これは、法人格を持つ海運事業者がコンプライアンスを怠ると、会社の存続に関わる規模の制裁を受ける可能性があることを示しています。
保険面でも大きな変化がありました。旅客1名あたりの船客傷害賠償責任保険の加入義務が引き上げられました。
| 事業区分 | 改正前(上限) | 改正後(最低ライン) |
|---|---|---|
| 許可事業者(13名以上) | 3,000万円 | 1億円 |
| 届出・登録事業者(12名以下) | 3,000万円 | 5,000万円 |
この保険加入義務化は令和6年10月1日より施行されており、保険契約の内容(保険金額)を運送約款に明記して旅客へ公表することも義務付けられています。つまり、「旅客1人あたり最低5,000万円の保険に入っています」という情報を契約書レベルで示すことが、事業継続の前提条件になったということです。更新漏れは即、事業停止リスクに直結します。
ここは検索上位記事にはあまり書かれていない、独自の視点です。
海上運送法改正の主眼は「旅客船の安全」ですが、輸入業務・関税実務に携わる方にも間接的に影響が及ぶ側面があります。見落とされがちなポイントを整理します。
まず、「+ONEマーク(プラスワンマーク)制度」の創設があります。これは事業者の自主的な安全向上努力を第三者機関が審査し、優良事業者に認証マークを付与する制度です。旅客船向けの制度ですが、荷主・輸入業者の立場から見ると「取引先の海運会社・航路をどう選ぶか」という判断基準の一つになり得ます。これは使えそうです。
次に、「安全情報の公表義務」があります。改正法では、人の運送をする船舶運航事業者は毎事業年度終了後100日以内に安全情報(事故件数、安全への取り組み内容など)をホームページ等で公表することが義務化されました。さらにその内容を1週間以内に地方運輸局に報告しなければなりません。
この公表義務は、関税実務に携わる皆さんが「どの船会社・港湾を通じて輸入するか」を判断する際の情報源として活用できます。船会社の安全管理水準が公開情報として整備されていくことで、輸送リスクの評価精度が上がるからです。つまり、法令対応情報の確認が条件です。
さらに見逃せない点として、「地域旅客船安全協議会の設置」があります。これは地方公共団体・事業者・関係団体が連携して地域ごとに安全水準の向上を図る仕組みで、特に離島・半島航路のインフラ維持に直結します。離島産地からの農水産物輸入・地域物産の海上輸送を扱う輸入業者にとっては、航路の安定性そのものに影響する制度改正です。
国土交通省の中部運輸局による説明資料では、「特定の者の需要に応じ、特定の範囲の人の運送をする事業」についても登録制の対象外となるケースが示されており、実務上の適用範囲をきちんと確認することが大切です。
国土交通省中部運輸局|海上運送法等の一部を改正する法律 改正内容等説明会資料(PDF)
改正法の施行は段階的であり、2026年現在も一部の義務化スケジュールが進行中です。関係する事業者・輸入業者が今すぐ確認すべきポイントを整理します。
施行スケジュールの全体像は次の通りです。
| 施行時期 | 主な改正内容 |
|---|---|
| 令和5年6月11日 | 安全確保命令違反罰金の引き上げ(1億円)、欠格期間の延長 |
| 令和6年4月1日 | 旅客名簿の備置き義務、特定操縦免許の改正、安全管理規程の義務化、資格者証制度の施行 |
| 令和6年10月1日 | 船客傷害賠償責任保険の限度額引き上げ・公表義務 |
| 令和7年4月1日 | 一般不定期航路事業の登録制移行(届出制廃止)、+ONEマーク制度の運用開始 |
| 令和8年4月1日(予定) | 安全統括管理者・運航管理者の有資格者選任義務の完全施行 |
2026年現在、もっとも重要な実務対応は「令和8年4月1日」に向けた有資格者の選任準備です。資格者証を取得するには試験合格が必要で、試験は国が指定する機関が実施します。受験を検討している方は、国土交通省のウェブサイトで最新の試験日程を確認することを強くお勧めします。
実務チェックの観点から、以下の項目を必ずご確認ください。
令和8年4月1日が迫っています。
なお、行政処分の基準についても新たな枠組みが整備されています。国土交通省が令和7年3月12日付けで公表した「人の運送をする船舶運航事業者に対する行政処分等の基準」は、違反点数制度の創設を踏まえた新しい基準で、どのような違反がどの程度の処分につながるかを体系化したものです。事業者であれば一度は目を通すべき資料です。
国土交通省|旅客船の総合的な安全・安心対策(省令・告示・ガイドライン等の一覧)
楠原海事神戸支店|海上運送法改正 重要ポイント(施行スケジュールまとめ)