人権デューデリジェンスの意味と通関業で必要な知識

人権デューデリジェンスの意味を、通関業従事者向けにわかりやすく解説。サプライチェーンへの影響・実施プロセス・輸入差し止めリスクまで、知らないと損する情報とは?

人権デューデリジェンスの意味と通関業で押さえるべき全知識

人権DDの確認は「輸入者だけの話」ではなく、通関業者も貨物差し止めリスクを直接受けます。


この記事の3つのポイント
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人権DDの意味を正確に理解する

企業が自社・サプライチェーン全体の人権リスクを特定し、予防・是正・開示する継続的プロセスのこと。通関業者も無関係ではありません。

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海外規制は日本の貨物にも直撃する

米国UFLPAでは2024年7月時点で35億ドル・9,475件超の貨物が差し止め。EU強制労働製品禁止規則も2024年12月に施行済みです。

4つのプロセスを知れば実務に使える

方針策定→リスク特定→是正→情報開示の流れを押さえることで、顧客企業への適切なアドバイスと自社リスク管理が可能になります。


人権デューデリジェンスの意味をわかりやすく解説

「人権デューデリジェンス(Human Rights Due Diligence)」を略して「人権DD」と呼びます。一言で表すと、企業が自社の事業活動やサプライチェーン全体における人権侵害リスクを特定・評価し、予防・是正し、その内容を開示する継続的な取り組みのことです。


「デューデリジェンス(Due Diligence)」は、もともと投資や M&A の場面で用いられる言葉で、「適切な注意義務を果たすこと」を意味します。これが人権の文脈に応用されたのが「人権デューデリジェンス」です。


重要なのは、すでに起きている人権侵害への対処だけでなく、「起こり得るリスク」に対しても予防的に向き合うことが求められる点です。これが単なる法令順守(コンプライアンス)とは大きく異なります。つまり事後対応ではなく、予防的・継続的な管理プロセス全体を指します。


この考え方の土台となっているのが、国連が2011年に策定した「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」です。同原則は「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」という3本柱を規定しており、世界の主要国における法整備の根拠となっています。


通関業従事者にとって、この「意味」の理解は決して対岸の火事ではありません。輸入貨物が強制労働によって製造されたとみなされれば、税関で差し止めが発生し、顧客企業の事業に直接影響します。貨物の通関手続きを担う立場だからこそ、人権DDの意味と背景をしっかり把握しておく必要があります。


以下のリンクは、国連が公表した指導原則の公式参照資料です。人権DDの国際的な根拠を確認できます。


国連広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則」の概要ページ(国際的な規範の背景を理解するための基礎資料)

https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/social_development/business_and_human_rights/


人権デューデリジェンスのサプライチェーンへの影響と通関リスク

通関業で人権DDを避けられない最大の理由が、輸入貨物の差し止めリスクです。米国では「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」が2022年6月に施行されました。この法律は、中国・新疆ウイグル自治区で製造された製品を「強制労働によるもの」と原則みなし、輸入を禁止するものです。


差し止め件数は急増しており、2024年7月までにUFLPAに基づいて差し止められた貨物は約9,475件、金額にして35億ドル(約5,000億円超)に達しました。東京ドーム200個分のコンテナ貨物が止まるイメージです。これだけの規模で実際の輸入差し止めが発生しています。


対象となる製品カテゴリはアパレル・電子機器・太陽光パネル部品など幅広く、日本企業のサプライチェーンとも無縁ではありません。差し止め後の反証期間はわずか30日間です。輸入者はその間に「強制労働に依存していない」という証拠を提出しなければならず、通関業者も対応を求められます。


さらに2024年12月、EUでも「強制労働製品禁止規則(FLR)」が施行されました。UFLPAが特定地域を対象にしているのに対し、FLRは世界全体の強制労働を対象とします。EU域内での流通や輸出を禁止するもので、適用範囲が広い点が特徴です。


2026年3月現在、米国通商代表部(USTR)は日本を含む60カ国・地域を対象に、強制労働に関する通商法301条に基づく不公正な貿易慣行の調査を開始したことが報じられています。今後、日本企業がサプライチェーンの人権管理を怠った場合、米国市場での貿易上の制裁につながる可能性があります。サプライチェーンの人権リスクは今や通関実務と直結しています。


ジェトロが公開している「サプライチェーンと人権」に関する法制化動向レポートは、米国・EU・日本の最新規制を横断的に把握できる貴重な資料です。


JETRO「サプライチェーンと人権に関する法制化動向(全世界編)」(輸入規制の最新動向を把握するための参照資料)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/aea11c7aa332ac1f/20240021.pdf


人権デューデリジェンスの4つのプロセスと実施手順

人権DDは「一度やれば終わり」ではありません。継続的に回し続けるPDCAサイクルです。経済産業省が2022年9月に公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」では、以下の4つのプロセスが示されています。





























ステップ 内容 通関業での関連場面
① 人権方針の策定 企業として人権尊重の基本姿勢を明文化し、社内外に公表する 顧客企業の方針確認・サプライヤー選定基準の参照
② リスクの特定・評価 サプライチェーン全体で人権リスクを洗い出し、重大性を評価する 輸入貨物の原産地・製造工程に関する情報収集
③ 是正・予防措置 特定されたリスクに対して改善策を実行・サプライヤーへ働きかける 問題が発覚した取引先貨物の対応手順の整備
④ 情報開示 取り組み内容をCSRレポートや統合報告書などで公開する 顧客企業の開示対応をサポートする書類の整備支援


まず方針策定が原則です。経営トップが署名した人権方針がなければ、後続のリスク評価も形式的なものになりがちです。


リスクの特定・評価では、自社だけでなく取引先(サプライヤー)への調査が必須です。現地訪問、アンケート、第三者監査など複数の手法を組み合わせます。通関業者の視点では、輸入申告書や原産地証明書だけでなく、製造サイトの労働慣行に関する書類まで確認範囲が広がっています。


是正措置の段階では、問題が発覚したサプライヤーとの改善協議が求められます。「取引先の問題だから」と切り離すのではなく、自社として是正プロセスに関与することが国際的な基準として求められます。これが条件です。


情報開示では、投資家・NGO・消費者など外部のステークホルダーへの説明責任が求められます。開示の具体的な手段としては、CSRレポート、統合報告書、自社ウェブサイト上の専用ページなどが一般的です。


経済産業省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」は、日本語で読める最も権威性の高い実務資料のひとつです。


経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(4つのプロセス詳細と日本企業向け実務指針が掲載)

https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf


人権デューデリジェンスで想定される人権リスクの種類と対象範囲

「人権リスク」と聞くと遠い国の話に聞こえるかもしれませんが、対象は驚くほど幅広いです。人権DDが扱うリスクには、以下のようなものが含まれます。



  • 💼 強制労働・債務労働:賃金未払い・パスポートの没収・移動の制限など。特にアジア・アフリカの生産拠点で多発しています。

  • 👧 児童労働:コーヒー・ カカオ・コットン産業などで依然として問題が報告されています。国際基準では15歳未満(有害業務は18歳未満)を就労させることが禁止されています。

  • 🏭 劣悪な労働環境・長時間労働:安全設備の欠如や違法な残業。製造委託先の下請け工場でも、発注元企業の責任が問われます。

  • 🌍 先住民の土地収奪:大規模農業・鉱山開発に伴う強制移住。サステナブル原材料調達の文脈で特に注目されています。

  • 🔒 プライバシー・監視:特定国での情報収集・監視システムの提供に伴う人権リスク。テクノロジー企業で顕在化しています。

  • ⚖️ 差別・ハラスメント:性別・民族・信条に基づく雇用差別。グローバルな取引先にもこの基準が求められます。


これらのリスクは「直接的な行為」だけでなく、「間接的な関与」も対象になります。たとえば、人権侵害を行うサプライヤーから原材料を調達している場合、実際に侵害を行っていない発注側の企業にも社会的責任が生じます。


重要なのは地理的な範囲です。海外の二次・三次サプライヤーまで対象となるため、原材料の産地が中国・インド・バングラデシュ・ミャンマーなどに及ぶ場合は特に注意が必要です。通関業者としては、顧客企業が申告する原産地とサプライチェーンの実態に乖離がないかを意識することが、実務上のリスク管理につながります。


また、リスクの「重大性」と「発生可能性」を掛け合わせて優先順位をつけることが、効率的な人権DD実施のポイントです。すべてのリスクを同等に扱う必要はなく、最も影響が大きい領域から重点的に対応することが推奨されています。


通関業従事者が知っておくべき人権デューデリジェンスの義務化動向

「日本では義務化されていないから大丈夫」と考えているなら、今すぐ認識を改める必要があります。実際に輸入貨物が止まるリスクはすでに現実化しています。


日本国内では、2022年9月に経済産業省・外務省が共同で「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表しました。法的拘束力はないものの、規模・業種にかかわらず日本国内で事業を行う企業が対象とされています。2023年4月には実務参照資料も追加公表され、具体的な実施手順が示されました。



  • 🇩🇪 ドイツ:サプライチェーン法(LkSG) — 2023年1月施行。従業員3,000人以上の企業(2024年からは1,000人以上)にサプライチェーン上の人権・環境リスク管理と開示を義務付け。違反企業には最大年間売上高2%の制裁金が課されます。

  • 🇪🇺 EU:企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD) — 2024年7月25日発効。大企業を対象に人権・環境DDの実施を義務化。2027年7月から段階的適用開始の予定です。

  • 🇪🇺 EU:強制労働製品禁止規則(FLR) — 2024年12月13日施行。強制労働で製造されたすべての製品のEU域内流通と輸出を禁止。産地・企業を問わず世界全体が対象です。

  • 🇺🇸 米国:ウイグル強制労働防止法(UFLPA) — 2022年6月施行。新疆ウイグル自治区産品の輸入を原則禁止。反証期間は30日以内と短期です。


EU市場に輸出している日本企業は、欧州法制の対象になることが実質的に確定しています。EU向けのサプライヤーや取引先がある場合、そのバリューチェーンの一部を担う日本企業にも人権DDの実施が間接的に要求されます。厳しいところですね。


通関業の立場でできる実践として、まず顧客企業に「UFLPAのEntity Listに関連するサプライヤーがないか」を確認するよう促すことが第一歩になります。JETRO(日本貿易振興機構)では最新の規制動向を日本語で随時更新しており、実務情報の収集に活用できます。


JETRO「EUで人権デューデリジェンス義務化(1)日本企業の対応は?」(CSDDDの詳細と日本企業への影響を解説)

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2025/49401891df8059e1.html


通関業従事者が今すぐできる人権デューデリジェンスへの実務対応

人権DDは法務担当やCSR部門だけの仕事ではありません。通関業従事者だからこそ、貨物の最前線で実践できることがあります。


まず取り組むべきは、輸入貨物の原産国・製造拠点の確認精度を上げることです。原産地証明書だけでなく、製造地の情報を顧客から入手し、新疆ウイグル自治区・ミャンマー・特定リスク地域の産品でないか確認することが基本です。これだけで差し止めリスクを大幅に低減できます。


次に、顧客企業へのヒアリング体制を整備することが効果的です。特にアパレル・電子機器・農産物・素材産業(コットン・太陽光パネル・アルミ・鉄鋼等)の輸入案件では、製造段階でのサプライチェーン情報を事前収集しておくと、差し止め発生時の対応が格段に早くなります。


差し止め発生時の対応フローも事前に整備しておく必要があります。UFLPAでは差し止めから30日以内の反証提出が求められます。「証拠書類の収集ルート」「顧客への通知タイミング」「弁護士・専門家への連絡先」をあらかじめ整理しておくことが重要です。書類が出せなければ輸入禁止になります。


また、通関申告書類の整備という観点でも人権DDは役立ちます。製品のトレーサビリティ(原材料がどこから来たか追跡できる仕組み)を証明する書類を顧客企業が整備できるようサポートすることで、差し止めリスクの大幅な低減につながります。



  • ステップ1:輸入案件ごとに原産地・製造拠点情報を確認する習慣をつける

  • ステップ2:リスク産業(アパレル・電子機器・農産物など)のサプライチェーン情報を顧客から事前収集する

  • ステップ3:UFLPA Entity Listを定期的に確認し、取引先が含まれていないか確認する

  • ステップ4:差し止め発生時の対応フロー(30日以内の反証体制)を整備しておく

  • ステップ5:JETROや経済産業省の最新情報を定期チェックし、規制動向をアップデートする


人権DDへの取り組みは、通関業者にとって「コスト」ではなく「顧客への付加価値提供」と捉え直すことができます。規制の知識を持つ通関業者は、顧客企業にとって単なる申告代理人以上の存在になります。結論は「知識が差別化につながる」です。


経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(各産業の具体的なリスク特定・対応事例が収録されており、通関実務への応用が可能)

https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230404002/20230404002-1.pdf