責任ある調達とマテリアリティの通関業への重要な影響

責任ある調達はマテリアリティ(重要課題)として多くの企業が設定しているが、通関業従事者が知らないと通関差し止めや取引停止リスクに直結することをご存じですか?

責任ある調達とマテリアリティが通関業に与えるリスクと対策

貨物を問題なく申告していても、サプライヤーの一社が強制労働リストに載るだけで、あなたの扱う荷物は37億ドル規模の差し止め対象になります。


この記事の3つのポイント
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マテリアリティとは何か

企業が「責任ある調達」を重要課題(マテリアリティ)と位置づける背景と、GRI・ISO26000に基づく特定プロセスを理解することが、通関業従事者にとって今や必須知識です。

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通関業に直結する国際規制

米国UFLPA(ウイグル強制労働防止法)では2025年8月時点で16,700件超・37億ドル相当の貨物が差し止められており、日本の通関業者も対応を求められています。

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通関業者として今すぐできる実務対応

サプライヤーへのCSRアンケート・サプライチェーンマッピング・輸入者との情報共有体制の整備まで、リスク回避のための具体的な実践ステップを解説します。


責任ある調達とマテリアリティの基礎知識

「マテリアリティ」という言葉は、サステナビリティの文脈では「企業が優先的に取り組むべき重要課題」を意味します。もともとは財務会計の世界で使われていた概念ですが、現在はGRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)スタンダードやISO26000(社会的責任の国際規格)が示す非財務情報開示の文脈でも広く使われています。


「責任ある調達」はその代表的なマテリアリティの一つです。具体的には、製品やサービスを調達する際に、環境への配慮・人権尊重・法令遵守・腐敗防止といった観点をサプライチェーン全体に組み込む取り組みを指します。日軽金ホールディングスや商船三井、ライオンなど国内大手企業のほぼすべてが、「責任ある調達・生産・供給」をマテリアリティとして対外的に設定・開示しています。


つまり重要なのです。マテリアリティは「企業の努力目標」ではなく、投資家・取引先・規制当局が注目する「経営の重点指針」として機能しています。企業価値評価やESG格付けに直接影響するため、各社は本気で取り組まざるを得ません。


マテリアリティを特定するプロセスは、一般にSTEP1(社会課題の洗い出し)→STEP2(ステークホルダーとの対話)→STEP3(自社への影響評価)→STEP4(優先順位付けと経営への反映)という4段階で進められます。GRIスタンダード、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)、SDGsなど複数の国際フレームワークを参照しながら、企業独自のマテリアリティ・マトリックスが作られます。


通関業従事者がこの流れを理解しておくべき理由は明確です。荷主企業がマテリアリティとして「責任ある調達」を設定した瞬間から、そのサプライチェーン上に位置するすべての関係者が、情報提供・証拠書類の準備という形で巻き込まれるからです。


GRIスタンダード「マテリアルな項目 2021」(GRI):マテリアリティの特定ステップと開示要件が体系的にまとめられており、企業がどのような基準でマテリアリティを決定するかを理解できます。


責任ある調達のマテリアリティが通関業と直結する理由

多くの通関業従事者は、「責任ある調達はメーカーや商社の問題で、うちには関係ない」と考えがちです。これは大きな誤解です。


通関手続きの本質は「物品の国境通過を法令に準拠した形で実現すること」です。ところが今、その法令の中身が急速に変わっています。「強制労働によって製造された可能性がある製品の輸入禁止」という規制が、米国・EUで次々と法制化されているからです。


米国のUFLPA(ウイグル強制労働防止法)は、2022年6月の施行以降、2025年8月時点で累計16,700件超・総額約37億ドル相当の貨物を差し止め対象としています。差し止め対象の貨物数は年々増加しており、2025会計年度(2024年10月〜2025年9月)の差し止め件数は前年比で約2,000件増加しました。件数で言えば、毎週おおよそ40件近くの貨物が止まっている計算です。


この規制で重要なのは、「推定の原則(rebuttable presumption)」が採用されている点です。中国・新疆ウイグル自治区の関与が疑われる製品は、輸入業者側が強制労働非関与の証拠を提示しない限り、自動的に輸入禁止とみなされます。証明責任が輸入者側にあるのです。


さらに、2025年8月に公表された2025年戦略では、優先執行分野が従来の7分野(アルミニウム・衣料・綿・ポリ塩化ビニール・水産品・ポリシリコン・トマト)に加えて、新たに苛性ソーダ・銅・ナツメ・リチウム・鉄鋼の5分野が追加されました。リチウムや鉄鋼は、電池部品・自動車部品として日本の製造業サプライチェーンと深く関わる素材です。これは無視できません。


EUでも2024年11月に「強制労働製品禁止規則」が採択され、2027年12月からの適用が予定されています。EU向け輸出を扱う通関業者にとっても、対岸の火事ではなくなっています。


通関業者が直接の当事者となる場面は、輸入申告時にCBP(米国税関・国境警備局)や税関当局から追加書類の提出を求められるケースです。差し止めを解除するためには、サプライチェーン全体のマッピング情報・取引先との契約書類・製造過程の記録・支払い証憑など多岐にわたる資料が必要になります。


ジェトロ「トランプ米政権、ウイグル強制労働防止法の優先執行対象に5分野追加」(2025年8月):2025年戦略の概要と優先執行分野の詳細が確認できます。通関実務への影響を把握するうえで必読の資料です。


責任ある調達のマテリアリティ特定と通関業者が求められる書類対応

荷主企業が「責任ある調達」をマテリアリティとして設定すると、実務レベルで何が起きるのか。通関業者の立場から整理しましょう。


まず、荷主企業はサプライヤーへの調達方針の周知と遵守確認を行います。具体的には、CSRアンケート(自己評価シート)の送付・回収、現地監査の実施、第三者認証(SA8000、RBA行動規範など)の取得要請などです。


次に、その情報を通関書類と突き合わせる作業が生じます。原産地証明書(C/O)の記載内容がサプライチェーン情報と矛盾していないか、禁止産品リストに掲載された事業体からの仕入れが含まれていないか、という確認です。これが基本です。


実務上、通関業者に求められる主な書類対応は以下のとおりです。
























対応内容 具体的な書類・手続き
原産地の証明 原産地証明書(C/O)・メーカーズサーティフィケート・FOB価格明細
サプライチェーン開示 サプライチェーンマッピング資料・一次〜三次サプライヤーリスト
強制労働非関与の証明 製造工程の記録・労働者の雇用契約書・第三者監査報告書
UFLPA Entity List照合 輸入者から提供されたサプライヤーリストとEntity Listの照合記録


通関業者が「書類を揃えて申告するだけ」という時代は終わりつつあります。荷主が責任ある調達のマテリアリティを実践しているかどうかが、通関手続きそのものの成否に直結するケースが増えています。


特に注意が必要なのが「第三国経由の迂回輸出(原産地ロンダリング)」への疑いです。2025年会計年度のCBP統計では、中国以外の第三国経由の貨物が件数ベースで差し止め全体の約半数以上を占めています。ベトナム・マレーシア・メキシコ経由の製品であっても、素材・部品段階で新疆ウイグル自治区の関与があれば対象になります。これは見落としがちな落とし穴です。


荷主との連携を強化し、サプライチェーン上の原産地情報を事前に整理しておくことが、差し止めリスクを大幅に減らす鍵になります。


PwC「EU強制労働製品禁止規則の発効と米国ウイグル強制労働防止法の最新動向」(2025年1月):EU・米国両規制の最新状況と企業の実務対応が整理されており、通関業者が荷主に説明する際の参考資料として活用できます。


責任ある調達のマテリアリティを通関業者が自社で活かす独自視点

ここまで、荷主側の話を中心に説明してきました。実は、通関業者・フォワーダー自身が「責任ある調達」をマテリアリティとして自社サービスに組み込むことで、新たな競争優位を生み出せるという視点があります。意外ですね。


SGホールディングス(佐川急便グループ)はロジスティクス企業として、「マテリアリティとKPI」の中に「透明性の高い企業運営」「サプライチェーンへの配慮」を明示的に組み込んでいます。日本通運グループも統合報告書の中で「グローバル市場で存在感を持つロジスティクスカンパニーになるための6つの重要課題(マテリアリティ)」を設定しています。


これが示すのは、物流・通関業者もステークホルダー(荷主・投資家・規制当局)から「あなた自身の調達行動と取引先管理はどうなっていますか?」と問われる時代になったということです。条件が揃いつつあります。


具体的に通関業者が取り組める実践例は3つあります。


第一に、サプライヤー(外注先・代理店)への行動規範の整備です。自社が利用する輸送会社・倉庫業者・現地エージェントにCSR基準を設けることで、自社もマテリアリティへの対応企業として評価されます。


第二に、荷主への「ESGコンプライアンス付加サービス」の提供です。単なる申告代行ではなく、UFLPA対応の事前チェックや原産地情報の整備支援をサービスメニューに加えることで、高付加価値化が図れます。実際、大手フォワーダーの一部はすでにこの方向でサービス展開を始めています。


第三に、自社の人権・環境への取り組み情報の開示です。ESG評価機関や荷主の調達審査では、物流パートナーの行動規範遵守状況も確認対象になっています。自社サイトに「責任ある調達方針」や「環境への取り組み」を掲載するだけでも、新規荷主の獲得において差別化になります。


中小の通関業者でも、CSRアンケートへの対応実績を積み上げておくことが、大手荷主との取引継続条件になりつつあるという現実があります。これは条件です。今から準備すれば間に合います。


SGホールディングス「マテリアリティとKPI」:物流企業がマテリアリティとして何を設定しているかを確認できます。通関業者が自社のマテリアリティを検討する際の参考になります。


責任ある調達のマテリアリティへの実務対応ステップ

では、通関業従事者として今日から何をすれば良いのか。具体的なアクションに落とし込みます。


ステップ1:UFLPA Entity Listの定期確認(無料・週1回推奨)


米国DHSの公式サイトで公開されているUFLPA事業体リスト(Entity List)を確認します。2025年8月時点で144事業体が掲載されており、今後も拡大予定です。荷主から渡されたインボイス・B/LのShipper名やManufacturer名と照合するだけで、一次スクリーニングができます。確認するだけでOKです。


ステップ2:荷主への情報収集依頼フォーマットの整備


差し止めリスクが高い産品(アルミニウム・綿・ポリシリコン・リチウム・鉄鋼など)を扱う荷主に対して、事前に「製造国・製造者情報・一次サプライヤーリスト」を収集するための標準フォーマットを用意しておくと、いざというときの対応が格段に速くなります。書式は社内で作成可能なレベルで十分です。


ステップ3:原産地証明書の記載内容の精査強化


単に「MADE IN VIETNAM」と書かれていても、使用されている素材・部品の原産地が問われます。原産地証明書に記載されたHS番号と実際の構成素材の整合性を確認し、不明な点は荷主または製造者に確認する習慣を付けましょう。


ステップ4:荷主企業のサステナビリティレポートの把握


取引先の大手荷主がどんなマテリアリティを設定しているかを把握しておくと、相手のニーズに先回りした提案ができます。多くの上場企業はウェブサイトにサステナビリティレポートを公開しています。「責任ある調達」のKPIに何を設定しているかを確認し、自社の書類対応がそれを支援できているかを評価します。これは使えそうです。


ステップ5:自社のCSR方針の文書化


荷主のESG調達審査や大手フォワーダーのパートナー審査では、通関業者自身のCSR対応が確認されるケースが増えています。まずは「当社の行動規範」「人権への配慮に関する基本方針」を1ページ程度の文書にまとめ、社内外に示せる状態にしましょう。コストゼロで対応できる準備です。


以下に、優先対応すべき産品カテゴリと対応のポイントをまとめます。


































産品カテゴリ 規制根拠 通関業者として優先確認すべき点
アルミニウム・鉄鋼 UFLPA(米国) 製錬・精製段階の原産地・製造者情報
綿・衣料品 UFLPA(米国) 紡績・織布工場のEntity List照合
リチウム・電池部品 UFLPA(米国・2025年追加) 鉱山段階〜電池セルの製造者情報
木材・カカオ・コーヒー・パーム油 EUDR(EU森林破壊防止規則) 生産地のGPS座標情報・デュー・ディリジェンス申告
全般 EU強制労働製品禁止規則(2027年〜) 製品の生産国・製造者の労働環境記録


一度に全部を揃える必要はありません。取扱い産品のリスクが高いカテゴリから順に、一つずつ対応を進めていくことが現実的な方法です。


経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月):日本政府が企業に求める人権デューデリジェンスの考え方と実務プロセスが詳細に解説されており、通関業者が荷主支援を行う際の基礎知識として活用できます。