審査請求を3年以内にしないと、出願費用14,000円が丸ごと消えて権利も二度と復活しません。
特許出願をすれば自動的に審査が始まると思っている方は少なくありません。これは原則ではありません。日本の特許制度では、出願と審査請求は完全に別々の手続きです。
特許出願は「発明の内容を特許庁に届け出て、先願の地位を確保する手続き」にすぎず、それだけでは審査が始まりません。特許権を実際に取得するためには、別途「出願審査請求」を行い、特許庁の審査官に審査を依頼する必要があります。
では、なぜこのような二段階の仕組みになっているのでしょうか。
昭和46年より前の日本では、出願すれば全件が審査されていました。しかし、「とりあえず出願した」「競合に特許を取られたくないから出願しただけ」という防衛的出願が増え、審査官の業務が膨大になったことが背景にあります。そこで、出願人に3年間の猶予を与え、「本当に権利化が必要か」を判断したうえで審査請求させる制度が設けられました。これが審査請求制度の核心です。
つまり審査請求が原則です。出願しただけでは特許権は発生しない点を、まず確実に押さえておきましょう。
| 手続き | 目的 | 特許庁手数料(目安) | タイミング |
|---|---|---|---|
| 特許出願 | 先願の地位・出願公開の確保 | 14,000円 | 発明が完成したらすぐ |
| 出願審査請求 | 審査を開始させる | 138,000円〜(請求項数により変動) | 出願日から3年以内 |
| 特許料(設定登録) | 権利の発生・維持 | 13,800円〜(年数・請求項数により変動) | 特許査定後 |
審査請求は、特許出願日から3年以内に行わなければなりません(特許法第48条の3)。期限が原則です。
かつてこの審査請求期間は7年でした。平成13年(2001年)10月1日以降の出願から、諸外国法制との調和などを理由に3年へと大幅に短縮されています。現在の出願人には、この3年という期限が絶対的な制約として課せられています。
もし3年以内に審査請求を行わなかった場合、その特許出願は「取り下げたものとみなされる(みなし取下げ)」扱いになります。これは取り返しのつかない状況です。
ただし、出願が公開されてしまった事実は消えません。つまり発明内容は世に出続け、権利だけを失うという最悪の状態になります。出願費用の14,000円もそのまま消えます。
一点だけ例外があります。分割出願・実用新案登録に基づく特許出願など、日付が遡及する特殊な出願では、基礎となる出願日からすでに3年が経過していても、新たな出願日から30日以内であれば審査請求が可能です(特許法第48条の3第2項)。3年が過ぎても30日以内なら大丈夫です。
この例外規定は、関税業務で特許管理に携わる実務担当者が特に見落としやすいポイントです。権利化を検討している案件が分割出願に該当するかどうかを確認することで、権利化のチャンスを拾える場合があります。
権威ある情報源として、特許庁が公式に公開している出願審査請求の手続き要領を確認することをおすすめします。分割出願などの例外規定の詳細が明記されています。
特許庁「第十二節 出願審査の請求」ガイドライン(分割出願の審査請求期間の例外規定を含む手続き詳細)。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/document/syutugan_tetuzuki/02_12.pdf
審査請求は3年以内であればいつでも行えます。では、「いつ行うのがベストか」という問いに答えが一つあるわけではありません。
実際の統計データを見ると興味深い傾向があります。2020年の特許出願では、出願年内に審査請求したのが23.5%、1年目が11.7%、2年目が16.0%、3年目(期限ぎりぎり)が23.6%でした。約4人に1人が最終年に審査請求しており、慎重に判断するケースが多いことがわかります。
早期に審査請求すべきケース
他社が自社の発明と類似する製品を製造・販売している場面では、差止請求や損害賠償請求は特許権を取得した後でなければ行使できません。早急な権利化が不可欠です。また、ライセンス交渉や取引先との契約交渉において「特許取得済み」の状態は交渉力を大きく高めます。関税業務で輸入差止を検討する場合も、税関への申立てには特許権の成立が前提となります。
あえて遅らせた方がいいケース
出願後に発明の改良点が見つかり、国内優先権を主張して新たな出願を検討している場合には、早期に審査請求して「審査が確定してしまう」と、国内優先権主張の基礎として使えなくなります。国内優先権主張は出願日から1年以内という制限があるため、審査請求のタイミングと絡めた慎重な判断が必要です。
厳しいところですね。早く権利化したい気持ちと、改良発明を追加する可能性を天秤にかける判断は、専門家と相談しながら進めるのが現実的です。
さらに、審査請求後に権利化が不要になった場合、出願を取り下げることで審査請求料の半額が返還される制度があります。「出願取下書」を提出してから6ヶ月以内に返還請求書を提出することが条件です。審査請求料の返還には期限があります。
特許庁「審査請求料返還制度について」(半額返還の要件・手続きを確認できる公式ページ)。
https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/henkan/henkan.html
審査請求料は、単純な固定金額ではありません。費用は請求項の数によって変わります。
基本の計算式は以下の通りです。
審査請求料 = 138,000円 + (請求項の数 × 4,000円)
例:請求項が10項ある場合 → 138,000円 + (10 × 4,000円)= 178,000円
これは特許庁への納付料金のみです。実際には弁理士への代理費用が別途かかるため、総合的な出費はさらに大きくなります。
意外ですね。「特許出願は14,000円で安い」と感じていても、権利化まで進めるとトータルで相当な金額になることを見落としている方が多いです。
そこで注目したいのが、中小企業向けの減免制度です。特許庁は、一定の要件を満たす中小企業・小規模企業・個人事業主を対象に、審査請求料と特許料を軽減する制度を用意しています。
例えば請求項10項の審査請求料178,000円が、中小企業の減免を使えば89,000円になります。小規模企業であれば約59,000円まで下がります。これは使えそうです。
減免の申請は、審査請求書に必要事項を記載することで手続きが完結します。別途の申請書提出が不要になった(2019年4月以降の制度改正後)ため、手続き的なハードルも下がっています。
特許庁「中小企業(会社)を対象とした減免措置について」(要件・申請方法の詳細)。
https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/genmen/genmen20190401/02_01.html
通常、審査請求から最終結果(特許査定または拒絶査定)が出るまでの平均期間は約14.3ヶ月です。関税業務を担う実務者の立場では、「輸入差止申立てのために今すぐ権利化したい」という場面も出てきます。そのような状況に対応するのが、早期審査制度とスーパー早期審査制度です。
通常の早期審査は、申請からファーストアクション(一次審査通知)までの平均期間を約2.5ヶ月に短縮します。利用要件は、「現在実施しているまたは実施の準備をしている」「外国に対応する出願がある」「中小企業・個人の出願」などのいずれかに該当することです。申請料は無料です。
スーパー早期審査はさらに強力です。申請から一次審査通知までを原則1ヶ月以内とし、最終処分までの平均期間は約2.7ヶ月(2022年の実績)です。つまり出願から3ヶ月程度で権利化できる可能性があります。無料で使えます。
| 審査区分 | ファーストアクションまでの平均期間 | 最終処分までの平均期間 | 申請料 |
|---|---|---|---|
| 通常審査 | 約9.1ヶ月 | 約13.0ヶ月 | なし |
| 早期審査 | 約2.5ヶ月 | 約6〜8ヶ月 | 無料 |
| スーパー早期審査 | 1ヶ月以内 | 約2.7ヶ月 | 無料 |
スーパー早期審査は「現に実施しているか、実施の準備が相当程度進んでいる」ことが主な要件となります。また、出願人自ら先行技術調査を行い、その結果を申請時に提出することが求められます。手間はかかりますが、無料でこれだけの時間短縮が実現できるのは大きなメリットです。
関税・輸入差止の文脈でいえば、税関への輸入差止申立てには特許権の成立(設定登録済み)が必要条件の一つです。競合他社の模倣品の輸入が確認された段階で「まだ審査中」では差止ができません。早期に権利化しておくことが、水際対策の実効性を高める前提条件になります。
特許庁「スーパー早期審査についてのQ&A」(要件・手続き・実績数値の確認に最適)。
https://www.jpo.go.jp/faq/yokuaru/patent/super_souki_qa.html
審査請求は出願人だけが行えると思っている方も多いのですが、実は誰でも(第三者でも)審査請求を行えます。これは特許法が明確に認めている制度です。
この事実が関税・輸入ビジネスの実務において意味を持つのは、次のような場面です。
輸入品が日本国内で特許権侵害に当たる可能性がある場合、輸入者の立場から見ると、相手方の出願がいつ権利化するかが非常に重要な問題です。相手がわざと審査請求を遅らせている(権利化されていないグレーゾーン期間を意図的に延ばしている)ケースでは、第三者である輸入事業者自身が審査請求を行い、早期に結果を確定させるという戦略が取れます。
権利化されると輸入差止や損害賠償のリスクが生じますが、逆に「拒絶査定」が確定すれば、その発明は特許権のない状態が確定し、事業継続の見通しが立ちます。状況を明確にするための審査請求です。
また、補償金請求権という制度もあります。特許出願が公開されると、出願人は「出願公開後に発明を実施した者」に対して警告を発し、特許権取得後に補償金を請求できる権利を持ちます。つまり、審査請求がされていない出願であっても、出願公開後の実施行為は後から金銭請求の対象になり得ます。「審査請求されていないから安全」は誤りです。
このような攻守両面の知識は、輸入ビジネスや関税実務に携わる担当者にとって、コスト削減と法的リスク管理の両方に直結します。知っているだけで判断の質が変わる領域です。
特許庁「税関に対し輸入差止めを申立てる」(特許権を活用した輸入差止制度の概要と手続き)。
https://www.jpo.go.jp/support/ipr/kyusai/zeikan.html