EU域内での取引実績がゼロでも、あなたの荷主が欧州競争法違反で制裁金を課される場合があります。
欧州競争法の根拠法は「EU機能条約(TFEU)」で、競争法に直接関わる主要条文として第101条と第102条が置かれています。日本で言えば「独占禁止法」に相当する法律です。
TFEU101条は、加盟国間の取引に影響を与え、かつEU域内市場の競争を妨害・制限・歪曲する目的・効果を持つ事業者間の協定・協調的行為を禁止しています。これが禁止する具体的な行為として、①価格協定、②生産・販売の制限や統制、③市場や供給源の割当て、④競争上不利にする差別的取扱い、⑤抱き合わせ契約、の5類型が明示されています。これらは水平的協定(競合企業間)だけでなく、垂直的協定(メーカーと販売店の間など、サプライチェーン上下の企業間)にも適用されます。
TFEU102条は、域内市場で支配的地位を持つ事業者がその地位を濫用することを禁じる規定です。不公正な価格設定、生産制限、差別的取扱い、抱き合わせ販売などが代表例として挙げられます。2024年に改正ガイダンスが更新され、2025年中には正式ガイドライン策定が目指されていました。
EU競争法の執行機関は欧州委員会(European Commission)の「競争総局(DG COMP)」で、2023年末時点で871名の職員が在籍しています。欧州委員会は、調査・勧告・制裁金賦課まで一元的に権限を持ちます。
通関業従事者にとって重要なのは、EU競争法にはいくつかのガイドラインが存在し、違反行為に対する制裁金の算定もガイドラインに基づいて行われる点です。代表的なものとして「制裁金の設定に関するガイドライン」(1998年策定・2006年改訂)があり、これにより制裁金額は客観的な基準で算定されます。つまり恣意的ではなく、計算式で導き出される金額です。
ガイドライン体系を把握しておく必要がありますね。主なものをまとめると、①流通(垂直的制限)、②自動車の流通とサービス、③技術移転、④専門化、⑤研究開発の各分野に対応した一括適用免除規則と関連ガイドラインが整備されています。
参考:EU競争法の根拠条文、機関構成、制裁金の仕組みを網羅した公正取引委員会の公式ページ
EU(European Union) — 競争法の概要 | 公正取引委員会
「EU域内に拠点がなければ関係ない」と思っている方は多いです。これは大きな誤解です。
EU競争法には「域外適用」のルールがあり、EU域外で行われた行為であってもEU市場に影響が及ぶ場合は適用対象になります。欧州委員会は2004年のガイドラインで「域内で実施されるか、または域内に影響をもたらす場合には、事業者の設立場所や契約の締結場所にかかわらず適用される」と明記しています。
域外適用の法的根拠は主に3つの理論から成ります。
- 経済的一体性の理論:EU域外の親会社がEU域内に子会社を持つ場合、子会社の行為をもって親会社の行為として扱い、親会社にEU競争法を適用するものです(1972年のDyestuff事件で確立)。
- 実行理論:EU域外でなされた行為がEU域内で「実行」された場合に適用されます(1993年のWood Pulp事件)。
- 効果理論:EU域外の行為でも、EU域内に即時・実質的な反競争効果が予見可能な場合に適用されます(2017年のIntel事件でEU司法裁判所が採用)。
実際に日本企業が摘発された事例は少なくありません。2025年4月には、廃車リサイクルに関するカルテルに関与したとして日本の自動車メーカー6社(トヨタ・ホンダ・日産・三菱自動車・スズキ・マツダ)を含む15社と欧州自動車工業会に、総額約4億5800万ユーロ(約740億円)の制裁金が賦課されました。
制裁金の算定は「制裁金ガイドライン」に従い、違反に関連する直近の売上高を基礎に算定されます。制裁金の上限は「直前事業年度の総売上高の10%」と定められています。ハードコアカルテルの場合、「直近関連売上高×30%×継続年数+直近関連売上高の15〜25%(entry fee)」が基礎額となるため、長期間のカルテルほど制裁金は膨らみます。
つまり基礎額が原則です。さらに再犯・審査妨害・主導的役割があれば加算され、リニエンシー申請で減額も可能です。
通関業従事者として押さえておきたいのは、荷主企業がEU向け取引においてカルテルや並行輸入制限のような行為に関与していないかという視点です。通関手続きの中で貨物に関連するビジネス慣行の情報が把握できる立場にあるため、リスクの早期発見に貢献できる可能性があります。
参考:EU競争法の域外適用の3つの理論と制裁金の算定方法を詳解した専門記事
EUのカルテル規制の域外適用 | BUSINESS LAWYERS
通関業従事者が最も実務で関わりやすい領域が「垂直的制限」です。
垂直的制限とは、サプライチェーンの異なるレベル(上流と下流)に位置する事業者間の契約で、競争を制限するような条件を設けることです。典型的な例は、メーカーと販売店・代理店の間の契約です。再販売価格の拘束、特定地域への販売制限、並行輸入の禁止などがこれに当たります。
2022年6月1日、垂直的制限に関する一括適用免除規則(VBER:Regulation EU 2022/720)と、その関連ガイドラインが新たに施行されました。この改正の背景には、デジタル化・Eコマースの急速な普及があります。旧規則(2010年版)は10年以上改定されておらず、オンライン販売に関する明確な基準がなかったため、多くの企業が適法・違法の判断に苦慮していました。
2022年改正の主な変更点は以下のとおりです。
| 変更項目 | 変更前(旧VBER) | 変更後(新VBER) |
|---|---|---|
| 対象となる供給者の範囲 | 主にメーカー | メーカー+卸売業者・輸入業者も含む |
| 独占的流通システム | 販売店1社への独占はハードコア制限 | 最大5社までならハードコア制限に非該当 |
| オンライン・オフライン価格差 | ハードコア制限(禁止) | 原則として適用除外(許容) |
| ワイドMFN条項(複数プラットフォーム横断) | 適用除外の対象 | 適用除外から除外(規制強化) |
| オンライン販売制限 | 明文規定なし | 「キャッチオール」ハードコア制限として新設 |
特に注目すべき点として、輸入業者が明示的に対象に追加されたことです。改正VBERでは、上流の輸入業者と下流の卸売業者・小売業者の間の「二重流通」契約においても、一定の条件を満たせば適用免除が受けられるようになりました。これは、EU向け輸出を担う輸入業者を持つ日本の荷主企業に直接関係します。
一方でハードコア制限(いかなる理由があっても免除されない制限)として明確化されたものには、①再販売価格の固定・最低価格の拘束、②販売地域・顧客の積極的販売制限、③インターネット販売の全面禁止、④並行輸入の遮断が含まれます。
これが条件です。ハードコア制限に該当すると判定された場合は、市場シェアが小さくても制裁金の対象になります。この点は通関業従事者として荷主企業へアドバイスできる実務知識です。
参考:2022年VBER改正の詳細と日本企業への影響をまとめた弁護士解説
垂直的協定に関するEU競争法の改正 | TMI総合法律事務所
参考:新VBERの施行内容とEコマースへの対応をまとめたJETROの解説記事
欧州委、垂直的制限に関する一括適用免除規則を採択 | JETRO
垂直的制限と並んで重要なのが「水平的合意」の規制です。水平的合意とは、競合している企業同士の間の協定や協調的行為を指します。垂直的制限よりも競争制限効果が直接的に現れるため、規制も厳しい傾向があります。
代表的なハードコアカルテルとして、価格カルテル・市場分割協定・入札談合・生産量制限があります。これらは「目的による競争制限」として、市場への実際の影響を証明しなくても違反が認定される可能性があります。
2023年6月には、水平的協力協定に関するガイドライン(水平ガイドライン)も改訂されました。改訂の目的はデジタル経済・グリーン転換(ESGやサステナビリティ協定)への対応です。特にサステナビリティの分野では、環境負荷低減を目的とした競合企業間の協業が一定の条件のもとで競争法上の適用除外を受けられるよう、新しい指針が盛り込まれています。これは意外ですね。
通関業従事者として実務上注目すべきなのが企業結合規制(合併規制)との関係です。EU競争法の企業結合規制(理事会規則139/2004号)は、一定規模以上の合併・買収に対して事前届出義務を課します。届出基準の一例は次のとおりです。
- 当事者全員の全世界売上高の合計が50億ユーロ超
- 少なくとも2社の共同体内売上高がそれぞれ2億5000万ユーロ超
- いずれの当事者も共同体内売上高の3分の2超を同一加盟国内で得ていない
この基準を超えるM&A取引が行われる場合、欧州委員会への届出が義務となります。手数料はかかりません。通関業者として、荷主企業がM&Aを行っているケースでは、EU競争法上の届出義務が発生していないかを把握しておくことが、付加価値の高い顧客サービスにつながります。
また2025年時点では、合併ガイドラインの見直しに向けた公開諮問が欧州委員会によって開始されています。策定から20年以上が経過し、現在の市場構造(デジタル市場・プラットフォーム経済)に対応するための見直しが行われています。今後もガイドラインの動向は変化します。
参考:水平的ガイドライン改訂の概要と日本企業への影響を解説した専門記事
欧州委員会の水平的協力協定ガイドライン・水平一括適用免除規則の改正 | 長島・大野・常松法律事務所
欧州競争法の話題になると、「法務部門や顧問弁護士の問題」と思われがちです。しかし通関業従事者には、荷主企業が気づいていないリスクをいち早く発見できる独自のポジションがあります。
通関申告の過程では、取引価格・取引条件・取引先の情報を構造的に把握する機会があります。例えば、EU向け輸出の申告書類の中に「特定地域への並行輸出を禁止する」旨の記載がある場合、それは垂直的制限のハードコア制限に該当する可能性があります。また、複数の競合メーカーから同じ品目を全く同一の価格・条件で輸出依頼が来るような場合、水平的価格協定を疑う余地があります。これが実務の現場で使えるポイントです。
リニエンシー(制裁金の免除・減額)制度も重要な知識です。EU競争法においては、カルテルへの関与を欧州委員会に最初に自主申告した事業者は、制裁金が全額免除される場合があります。2番目の申告者は30〜50%減額、3番目以降は20%まで減額が認められます。また、和解手続(2008年導入)を利用した場合は一律10%の制裁金減額が認められます。
荷主企業がカルテルの疑いに気づいた場合、早期にリニエンシーを申請することが損失最小化の唯一の手段です。通関業従事者がその選択肢を知っていれば、荷主に適切な対応を促せます。
実務上のチェックポイントをまとめると、以下の点を日常業務の中で意識することが望ましいです。
| チェック項目 | 確認ポイント | リスク |
|---|---|---|
| 取引価格の一律性 | 複数の競合荷主から同一品目・同一価格での依頼 | 水平的価格カルテルの疑い |
| 地域制限条項 | 「EU特定加盟国以外への販売禁止」条件付き輸出 | ハードコア制限(垂直的制限違反)の疑い |
| 並行輸入禁止 | 同一品目を他のルートで輸入・販売することを禁じる条件 | EU競争法101条違反の疑い |
| 市場シェア確認 | 荷主のEU域内市場シェアが30%超かどうか | 市場支配的地位の濫用(102条)リスク |
| M&A情報 | 荷主が欧州企業を買収・合併する計画があるか | 合併規制・事前届出義務の発生 |
リスクを発見できる立場です。ただし、通関業従事者自身が法的判断を行う必要はなく、「この取引条件に競争法上の懸念がある可能性がある」と荷主の担当者や法務部門に情報共有することが重要です。
EU向け輸出が増えている荷主企業に対しては、JETROやWTOリサーチセンターが発行する最新のEU競争法アップデート情報を共有するのも付加価値のあるサービスになります。欧州委員会のガイドライン改定情報は定期的に更新されるため、継続的な情報収集が不可欠です。
参考:EU競争法の最新動向を定期的に発信しているJETROのEUビジネス情報
欧州のビジネス情報・規制動向 | JETRO