関税リスクが急増する今、海外への融資損失をそのまま受け止めている企業が少なくありません。
海外事業資金貸付保険(NEXI)は、貿易取引や海外投融資において民間保険では引き受け困難なリスクをカバーすることを目的として、政府が100%出資する株式会社日本貿易保険(NEXI)が運営する公的保険制度です。
この保険がカバーするリスクは大きく2種類に分かれます。ひとつは、契約当事者の責任によらない不可抗力的なリスク=「非常危険」、もうひとつは融資先等の責任に帰するリスク=「信用危険」です。非常危険が原則です。
関税に関心のある方が特に注目すべきポイントがあります。NEXI公式のパンフレット(2025年7月版)によると、非常危険の対象事由の中に「制裁的な高関税」が明記されています。つまり、外国政府による一方的な高関税措置が原因で融資先が返済できなくなった場合でも、この保険の対象になり得るのです。これは意外と知られていない事実です。
実際に2025年4月、NEXIは米国の自動車・自動車部品に対する関税引き上げ措置(25%関税)について、「仕向国において実施される輸入の制限又は禁止のてん補事由に該当する」と公式発表しました。米国関税の直撃を受けた北米事業の日系子会社への運転資金融資に、海外事業資金貸付保険を活用した支援が検討されたという実例も存在します。つまり関税は「貿易の問題」にとどまらず、融資・投資のリスク管理とも密接に結びついているということです。
| てん補リスク | てん補事由の例 | 付保率 |
|---|---|---|
| 非常危険 | 戦争・革命・テロ/外貨送金停止/収用/制裁的な高関税/自然災害 | 100% |
| 信用危険 | 融資先の破産・3ヵ月以上の債務履行遅滞 | 原則90%(最大95%) |
関税リスクと融資損失が交差する場面では、この保険が「最後の盾」になり得ます。
参考リンク(非常危険・信用危険の詳細てん補内容について)。
NEXI公式パンフレット「海外事業資金貸付保険」2025年7月版(PDF)
NEXI公式資料によると、付保率は通常「非常危険100%、信用危険90%」が標準です。ただし案件の内容によって異なるため、細部まで把握しておくことが重要です。
まず「付保率100%」とは何を意味するのでしょうか? 例えば10億円の融資に対して非常危険を付保した場合、事故が発生すれば最大10億円が保険金として支払われます。これは自己負担がゼロであることを意味します。
一方、信用危険では原則90%です。10億円の融資なら最大9億円が保険金で、残りの1億円は自己リスク負担となります。外国政府向けの案件、または外国政府の支払保証(Letter of Guarantee:L/G)がある場合には、信用危険を非常危険扱いとする特約を付すことができ、この場合は100%カバーになります。非常危険のみとの違いは大きいですね。
また、海外子会社や合弁企業への貸付・劣後ローン等については「原則として非常危険のみ」の付保となり、信用危険は原則対象外です。本邦法人(SPC等を除く)向け融資案件では信用危険の付保率上限が80%に制限されます。これが条件です。
保険金額の算出式は以下の通りです。
$$\text{保険金額(非常危険)} = \text{貸付金等の額} \times 100\%$$
$$\text{保険金額(信用危険)} = \text{貸付金等の額} \times 90\%$$
なお「延滞利息」は保険価額の対象外です。対象となるのはあくまで元本および通常の利子のみとなっています。つまり延滞利息は補償されないと覚えておいてください。
| 案件の種類 | 非常危険 | 信用危険 |
|---|---|---|
| 標準案件 | 100% | 90%(最大95%) |
| 外国政府向け・L/G有り | 100% | 100%(特約適用) |
| 本邦法人(SPC除く)向け | 100% | 上限80% |
| 海外子会社・合弁への貸付・劣後ローン | 100% | 原則対象外 |
参考リンク(付保率・保険金額の詳細計算式について)。
NEXI「海外事業資金貸付保険」公式パンフレット(付保率・保険料計算式記載)
この保険を利用するためには、一定の手順を踏む必要があります。初めて利用する場合は「保険利用者・Webユーザー登録」から始めます。
引受フローの全体像は次のとおりです。①事前相談 → ②内諾申請・内諾書発行 → ③最終条件確認書提出 → ④保険申込み・保険契約締結 → ⑤償還確定通知 → ⑥保険証券・請求書発行 → ⑦保険料支払い、という順番で進みます。
重要なのが「内諾制度」です。融資契約締結の前に、NEXIが案件の引受条件を事前に確定する制度で、内諾書の有効期間は発行日から6ヵ月となっています。案件が大型・複雑な場合はデュー・デリジェンスや環境審査に時間を要するため、案件組成の初期段階からできるだけ早く相談することが鉄則です。
保険の申込期限にも厳格なルールがあります。
- 貸付金債権等:貸付金債権等の取得日(初回貸出実行日)の前日まで
- 保証債務:保証債務を負担する日の前日まで
この期限を1日でも過ぎると保険を付保できません。期限に注意すれば大丈夫です。
また、「重大な内容変更等」が発生した場合、変更日から1ヵ月以内にNEXIへの通知・承認取得が必要です。これを怠ると保険契約が失効するリスクがあります。具体的には①貸付相手方の変更、②所在国の変更、③貸付金額の増額、④償還期日・利払期日の延長などが該当します。
申込先はNEXI本店のみです。東京都千代田区西神田3-8-1 千代田ファーストビル東館3階、融資保険部(代表):03-3512-7670 となっています。
参考リンク(事前相談・内諾申請の手続き詳細について)。
NEXI公式「海外事業資金貸付保険 事前相談・内諾申請」ページ
2020年以前の海外事業資金貸付保険は、「日本企業が一定以上出資参画している場合」や「重要資源を日本へ引き取る場合」に原則限られていました。これが大きな壁でした。
2020年12月10日、NEXIは「LEADイニシアティブ」を創設し、この制約を大きく取り除きました。LEADイニシアティブとは、カーボンニュートラル・デジタル・SDGs・国際連携などの「先導性要素(LEADエレメント)」が認められた案件については、従来の要件がなくても積極的に海外事業資金貸付保険を適用するという制度です。NEXIは2025年度までに1兆円規模の案件形成を目標に掲げて推進しています。これは使えそうです。
LEADエレメントの4分類を整理すると以下のとおりです。
関税問題に揺れる現代の国際情勢を踏まえると、たとえば「関税障壁により打撃を受けたサプライチェーン再編プロジェクト」「脱炭素対応のためのグリーンインフラ融資案件」なども、LEADエレメントの観点から適用対象となり得るケースが増えています。
さらに2024年6月、NEXIはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)と連携してスタートアップ支援スキームを公開しました。ミドル・レイターステージのスタートアップが海外展開の際に、日本の民間銀行を通じた融資に対して海外事業資金貸付保険が付保される枠組みです。大企業だけの保険ではもうないのです。
参考リンク(LEADイニシアティブの創設・内容について)。
NEXI「海外事業資金貸付保険の対象案件の拡充について―LEADイニシアティブ」
参考リンク(スタートアップ支援スキームの概要について)。
NEDO「NEXI融資保険を通じたスタートアップ支援」資料(PDF)
NEXIの海外事業資金貸付保険を申請する際、多くの企業が見落としがちな前提条件があります。それが「日本裨益(Japan Interest:JI)」の確認です。
日本裨益とは、その案件が日本の産業・経済・国益にとって有益と認められることを意味します。NEXI公式ページには「事前に案件の日本裨益等を政府に確認した上で内諾を行う」と明記されており、この確認が保険引受の大前提となっています。日本裨益が認められる主な事例は以下の3つです。
ここで見落とされがちな点があります。日本裨益の要件は、LEADイニシアティブの創設によって「先導性要素の認定」という形で柔軟に解釈されるようになっています。つまり従来は「日本企業の出資参画」が必須でしたが、現在は「SDGs貢献」「脱炭素」「デジタル化推進」のような先導性が認められれば、出資参画なしでも対象になる場合があります。この変化が原則です。
もうひとつ重要な点として「環境社会配慮」があります。保険契約締結前に、NEXIが定める「貿易保険における環境社会配慮確認のためのガイドライン」に基づいたスクリーニングフォームの提出が義務付けられています。大規模インフラ案件では環境審査に数ヵ月かかることもあるため、初期段階から環境・社会影響評価(ESIA)の準備を進めることが実務上の鉄則です。期限には注意すれば大丈夫です。
実務的な対策として、まずはNEXI本店の融資保険部(代表:03-3512-7670)または経済産業省の窓口を通じた早期相談が推奨されます。「日本裨益の認定可否」「LEADエレメント該当の見込み」「環境審査の有無」この3点を最初の相談で確認することで、後工程の手戻りリスクを大幅に減らせます。大型案件ではデュー・デリジェンス費用も別途発生するため、コスト計画への早期織り込みも重要です。
参考リンク(日本裨益・環境社会配慮ガイドラインの詳細について)。
NEXI「貿易保険における環境社会配慮確認のためのガイドライン」