税額確定前でも財産を差し押さえられると知らずに申告期限を迎えると、差押えを受けても反論できません。
国税の保全制度は、税額が確定する前であっても財産を差し押さえることができる例外的な制度です。通常の差押えは「督促状を発した日から10日経過後」に行われますが、保全差押と繰上保全差押はいずれも督促を経ずに「直ちに」差し押さえることができます。これが原則と大きく異なる点です。
両者の最大の違いは、差押えが可能な時間軸(タイミング)にあります。国税の一生涯を「成立→法定申告期限→確定→納期限」という4段階で捉えると、整理しやすくなります。
| 区分 | 適用時期 | 根拠法令 |
|------|----------|----------|
| 繰上保全差押 | 納税義務成立後〜法定申告期限前 | 国税通則法第38条第3項 |
| 保全差押 | 法定申告期限後〜税額確定前 | 国税徴収法第159条 |
| 繰上請求 | 税額確定後〜納期限前 | 国税通則法第38条第1項 |
たとえば所得税の場合、納税義務は「各年の12月31日」に成立し、法定申告期限は翌年3月15日です。この12月31日〜3月15日の間に行われる差押えが繰上保全差押、3月15日以降で確定申告が未提出の間(犯則調査が入った場合)に行われるのが保全差押です。
つまり原則です。繰上保全差押と保全差押は時系列で「隣り合った」制度であり、適用期間が重なることはないというのが現在の法解釈です(国税通則法基本通達38条関係4項)。
国税庁|国税通則法基本通達(第38条関係)繰上請求・繰上保全差押えの終期について
保全差押が実際に行われるには、以下の2つの要件をすべて満たす必要があります。繰上保全差押よりも要件が絞られている点が特徴です。
【要件①】犯則調査対象要件
納税義務があると認められる者が「不正に国税を免れ、または不正に国税の還付を受けたことの嫌疑」に基づき、以下のいずれかの処分を受けたこと。
- 国税通則法第11章(犯則事件の調査)による差押え・記録命令付差押え・領置
- 刑事訴訟法による押収・領置・逮捕
【要件②】徴収困難要件
上記①の処分に係る国税の税額確定後においては、その国税の徴収を確保することができないと認められること。
「犯則調査対象要件」が重要です。保全差押は、通常の課税調査(実地調査)だけが行われている場合には適用されません。脱税の嫌疑に基づく犯則調査・刑事手続きが開始されていることが大前提です。つまり、課税調査のみの事案では保全差押を行えない場面が生じることになります。
この制約は昭和34年(1959年)の国税徴収法全文改正時に導入されたもので、当初の議論では「特調事案も対象に」という意見もありましたが、要件を広げすぎると恣意的な運用につながるという慎重論が勝り、犯則調査という厳格な要件に落ち着いた経緯があります。厳しいところですね。
国税庁|国税徴収法基本通達 第159条関係 保全差押えの要件・手続き詳細
繰上保全差押の適用には、まず「繰上請求の事由(国税通則法第38条第1項各号)」が発生していることが前提となります。繰上請求の事由は以下の6つです。
- ① 納税者の財産について強制換価手続が開始されたとき
- ② 納税者が死亡し、相続人が限定承認をしたとき
- ③ 法人である納税者が解散したとき
- ④ 信託財産責任負担債務に係る信託が終了したとき
- ⑤ 納税管理人を定めずに国内に住所・居所を有しないこととなるとき
- ⑥ 偽りその他不正の行為により国税を免れ、または滞納処分の執行を免れようとしたと認められるとき
繰上保全差押はこれらのいずれかが発生した上で、さらに「確定後においては徴収を確保できないと認められる国税」があるときに行われます。対象となる国税は「納税義務の成立した国税(課税資産の譲渡等に係る消費税を除く)」などに限られており、加算税や源泉所得税・所得税の予定納税などは対象になりません。加算税は法定申告期限経過時に成立するため法定申告期限前には存在しないからです。
ここが保全差押と繰上保全差押の客観的要件の大きな違いです。保全差押は犯則調査が入った脱税嫌疑事案に限定されますが、繰上保全差押は破産・解散・出国・不正行為など、より幅広い事由が要件となっています。
また、繰上保全差押の手続は保全差押の手続規定(国税徴収法第159条第2項〜第11項)を準用しており、両制度は実質的に近い仕組みで動いています。これが原則です。
税務研究会|国税徴収法 第159条 保全差押え(全文・解説)
両制度とも、差押えの前に税務署長が「保全差押金額(または繰上保全差押金額)」を決定し、その金額を書面で納税者に通知します。税務署長は国税局長の承認を受けてから決定手続を進める必要があります。
差押えを回避できる方法があります。通知を受けた納税者が、保全差押金額に相当する担保を提供して「差押えをしないことを求めた」場合、徴収職員は差押えを行うことができません(国税徴収法第159条第4項準用)。
担保として認められるものは国税通則法第50条各号に列挙されており、主なものは以下の通りです。
- 金銭
- 国債・地方債など一定の有価証券
- 税務署長が確実と認める社債等
- 土地
- 建物、工場財団、鉱業財団など
- 鉄道財団・軌道財団・運河財団など
- 船舶・航空機・自動車・建設機械など
- 保険に付した動産
- 税務署長が確実と認める保証人の保証
これは使えそうです。ただし、担保の価値が保全差押金額に不足する場合には、不足額分については差押えが行われます。差押えを完全に回避したい場合は、保全差押金額全額をカバーできる担保の準備が条件です。
国税庁|G-34 保全差押えをしないことを求める手続(担保提供による差押回避)
両制度は解除に関する規定も細かく定めており、解除期限の長さが保全差押と繰上保全差押で異なります。これは見落とされがちな重要な差異です。
| 区分 | 確定がない場合の解除期限 |
|------|--------------------------|
| 保全差押(国税徴収法159条) | 通知をした日から6か月を経過した日まで |
| 繰上保全差押(通則法38条4項準用) | 通知をした日から10か月を経過した日まで |
保全差押の解除期限は通知日から6か月ですが、繰上保全差押は10か月と4か月長くなっています。なお、令和6年度税制改正(2024年改正)により、保全差押の解除期限は従来の「6か月」から「1年」に延長されました。査察調査の長期化に対応するための改正で、これにより保全措置を維持できる期間が大幅に拡大しています。
また、両制度には「国の無過失賠償責任」という特別な規定があります(国税徴収法第159条第11項)。確定した税額が保全差押金額に満たない場合、つまり見込み差押金額が大きすぎた場合、差押えを受けた者に損害が生じたとき、国は自らに過失がなくても損害を賠償しなければなりません。
民事の仮差押えでは原則として担保提供による保証が必要ですが、国税の保全差押えでは事前の裁判所への申請も担保提供も不要です。その代わり、事後的に税額が低く確定した場合の損害は国が全額責任を負う仕組みになっています。痛いですね。関税の徴収に関わる実務では、この無過失賠償責任の存在を把握しておくことがリスク管理の観点から重要です。
国税庁 税務大学校|租税債権の保全制度に関する歴史的及び比較法的考察(研究論叢第116号)
差押えを受けた財産は、通常の滞納処分では原則として換価(競売・公売等で金銭に換える)されます。しかし保全差押と繰上保全差押では、換価に厳しい制限が設けられています。これが独自の重要ポイントです。
換価できるのは「税額確定かつ納期限経過後」のみ
保全差押・繰上保全差押によって差し押さえた財産は、その差押えに係る国税の「納付すべき税額の確定があった後」でなければ換価できません(国税徴収法第159条第8項)。さらに、確定だけでは不十分で、納期限も経過していることが必要です。
これは理にかなった設計です。そもそもこれらの差押えは「まだ確定していない税額」を見込みで行うものですから、確定前に財産を売却してしまえば、納税者の権利が著しく侵害されます。財産をひとまず保全しておき、正式な税額が確定して初めて換価手続に移行する、という2段階構造になっているわけです。
また、金銭や有価証券・債権等の差押えによって得た金銭がある場合、税額が確定していない間は税務署長がこれを供託しなければなりません(国税徴収法第159条第10項)。供託とは、法務局など公的機関に金銭を預ける手続きで、税額確定後に改めて充当されます。
差押えから換価・充当までのプロセスをまとめると次の通りです。
1. 税務署長が保全差押金額を決定・通知(国税局長の承認が必要)
2. 徴収職員が財産を差押え(督促不要・直ちに可能)
3. 差押えに係る国税の税額が確定するまでは換価禁止・金銭は供託
4. 税額確定+納期限経過後に換価・充当を実施
5. 確定税額が保全差押金額より低ければ差額分を解除し、損害があれば国が賠償
つまり確定まで換価不可が原則です。この制限を知らずに「差押え=すぐに財産が売られる」と思い込んでいると、実際の手続きとのギャップで混乱することになります。
あすな会計事務所|国税の緊急保全措置(繰上請求・繰上保全差押・保全差押・繰上差押の比較解説)