「EUの話だから、うちの通関業務には関係ない」とあなたは思っていませんか?
「タクソノミー(taxonomy)」は英語で「分類」または「分類体系」を意味する言葉です。つまりEUタクソノミーとは、「どの経済活動が環境的に持続可能か」をEUが定めたルールに基づいて分類する、統一的な基準の枠組みのことです。
正式名称は「EU Taxonomy for Sustainable Activities(サステナブル活動に関するEUタクソノミー)」であり、2020年に基本となる規則が採択されました。この規制の背景にあるのが、EUが2019年に打ち出した「欧州グリーンディール」です。欧州グリーンディールとは、EUが2050年までにカーボンニュートラルを実現するための包括的なロードマップで、そこでは2030年までに1990年比でGHG排出量を55%削減するという野心的な目標が掲げられています。
目標達成には2,600億ユーロ超の資金が必要とされており、公的資金だけでは到底まかないきれません。つまりEUタクソノミーは、「民間の投資マネーを、本当に環境に良い活動へ集める」ための「共通の物差し」として設計されたものです。これが基本です。
通関業に携わる方は「投資ルールの話なら現場には関係ない」と感じるかもしれません。ところが後述するように、EUタクソノミーは輸出企業のサプライチェーン全体に影響を波及させます。意外ですね。
EUタクソノミーにはもうひとつ重要な目的があります。それが「グリーンウォッシュの防止」です。EUの2020年の調査では、Web上の環境保護に関する主張の約半数に根拠がないことが明らかになっており、EUタクソノミーによって明確な基準を設けることで、見せかけだけの「エコ」を排除しようとしています。
環境省:EUにおけるサステナビリティ開示関連規則の策定の動き(EUタクソノミーの詳細な判定基準と開示対象の解説)
EUタクソノミーの核心は、「6つの環境目標」と「4つの判定基準」の組み合わせです。企業の経済活動がこの基準を満たすとき、初めて「タクソノミーに適合した持続可能な活動」と認定されます。
6つの環境目標は以下の通りです。
| 環境目標 | 主な内容 | 適用開始時期 |
|---|---|---|
| ① 気候変動の緩和 | 再生可能エネルギー活用・温室効果ガス削減 | 2022年1月〜 |
| ② 気候変動への適応 | 気候変動による悪影響の低減 | 2022年1月〜 |
| ③ 水・海洋資源の保全 | 水資源・海洋の良好な状態の維持 | 2024年〜 |
| ④ 循環経済への移行 | 廃棄物削減・リサイクル促進 | 2024年〜 |
| ⑤ 汚染の防止と管理 | 大気・水・土壌汚染の抑制 | 2024年〜 |
| ⑥ 生物多様性の保全 | 生態系サービスの保全・回復 | 2024年〜 |
これら6つの目標に対して企業の活動が「適合している」と判定されるには、以下の4つの判定基準をすべて満たす必要があります。
4条件すべてが条件です。1つでも欠けていれば「タクソノミー適合」とは認められません。
特に注目したいのはDNSH原則です。「1つの環境目標に良いことをしていても、他の目標を著しく損なう活動は認めない」という厳しいルールで、例えば太陽光パネルの製造であっても、製造工程で水資源を過度に汚染すれば基準を満たせません。厳しいところですね。
また、気候変動関連の目標①②は2022年1月から既に適用されており、残りの4目標は2024年から順次適用が始まっています。つまりEUタクソノミーは、現在進行形で動いている規制です。
野村総合研究所:EUタクソノミーが日本企業に及ぼす影響(6つの環境目標と判定基準の詳細解説)
EUタクソノミーは単独で機能する規制ではなく、複数の関連制度と密接に連動しています。通関業従事者にとって特に重要な3つの関連規制を整理します。
① CSRD(企業サステナビリティ報告指令)との関係
CSRDは企業に対してサステナビリティ情報の開示を義務付ける指令です。その開示基準となるESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の中に、EUタクソノミーへの適合割合(売上・資本支出・運営費用のそれぞれで何%がタクソノミー適合か)の開示が求められる項目があります。つまりCSRD対応には、EUタクソノミー対応が前提になるということです。
重要なのは、CSRDの適用対象に日本企業が約800社以上含まれる可能性があるという点です。ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、CSRDの対象となりうるEU域外企業10,400社のうち約8%、すなわち800社程度が日本企業とされています。EU域内に子会社を持つ日本企業は早ければ2025年度から適用対象になる可能性があり、2028年以降はEU域外の親会社にも開示義務が課される可能性があります。
② SFDR(金融機関サステナビリティ情報開示規則)との関係
SFDRは金融機関を対象とした情報開示規則で、「環境に貢献する金融商品」への投資の透明性を確保します。EUタクソノミーと一部重複する開示要件があり、欧州の銀行や機関投資家からの資金調達を行う日本企業にとっては、間接的に影響を受ける場面が生じます。
③ CBAM(炭素国境調整メカニズム)との関係
CBAMはEUに輸入される鉄鋼・アルミニウム・セメント・肥料・電力・水素の6品目について、炭素コストを輸入業者に課す仕組みです。EUタクソノミーとは制度設計が異なりますが、いずれも「EU市場における脱炭素化の強制力」という同じ政策の傘の下にあります。これは使えそうです。
通関業従事者の実務との接点は、まずはCBAMの申告対象品目の確認と炭素排出量証明書の取り扱いですが、今後はタクソノミー適合性に関する取引先への情報提供要求が、EU向け輸出貨物の書類確認にも関わってくる可能性があります。
| 規制名 | 主な対象 | EUタクソノミーとの関係 | 通関業との接点 |
|---|---|---|---|
| CSRD | 大企業(EU域内外) | タクソノミー適合割合の開示義務 | 輸出先企業がサプライチェーン情報を要求する場合あり |
| SFDR | 金融機関 | 投資商品のタクソノミー整合性開示 | 欧州金融機関との取引に間接的に影響 |
| CBAM | EU輸入業者・輸出企業 | 直接の連動はないが同系統の脱炭素規制 | 対象6品目の輸出では炭素申告が必要 |
JETRO:欧州議会、天然ガスと原子力を持続可能な活動とするEUタクソノミー補完委任規則採択(連動制度の背景と経緯の解説)
「EUタクソノミーは金融・大企業の話であって、通関現場には関係ない」——この認識は、今後大きなリスクを抱えることになります。結論はサプライチェーン全体が影響を受けるということです。
なぜなら、CSRDが対象企業に求める開示の中には「バリューチェーン(供給網)全体のスコープ3排出量」が含まれるからです。EU向けに製品を輸出している日本企業が、取引先のEU企業のサプライチェーンに組み込まれている場合、そのEU企業のCSRD開示のために、日本の取引先にも環境データの提供が求められる場面が増えています。
具体的には、以下のような場面が現場で発生し始めています。
また、日本国内でも対応が加速しています。環境省はグリーンボンドガイドラインを整備しており、2021年には国内グリーンボンド発行額が1.8兆円を突破しています。2022年6月からは東証プライム上場企業に対してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に沿った情報開示が開始され、2023年1月からは有価証券報告書へのサステナビリティ情報の記載も始まりました。
さらに金融庁は、時価総額3兆円以上の企業に対して2027年3月期から、1兆円以上3兆円未満の企業には2028年3月期からCO₂排出量開示の義務化を進める方針を打ち出しています。これは海外規制の「国内版」として、通関業が関与する輸出企業にも確実に影響します。
通関業従事者の立場からは、「EU向け輸出貨物に関連する書類として、サステナビリティ証明書や環境適合書類が追加される可能性」を今のうちから把握しておくことが重要です。現時点では通関書類としての直接の義務化はまだ限定的ですが、先行して知識を備えておくことは、顧客企業へのアドバイスとして大きな付加価値になります。これは使えそうです。
BaumConsult:EUのCS3D&CSRDの影響を受ける日本企業は800社を超えるか(日本企業への具体的な影響試算の解説)
EUタクソノミーに関して、多くの人が「再生可能エネルギーだけがグリーンに分類されるはず」と思い込んでいます。ところが実際には、原子力発電と天然ガスも「一定の条件下でタクソノミー適合」と認定されているのです。
2022年2月、欧州委員会は補完的気候委任規則の最終案を公表し、原子力と天然ガスを条件付きで持続可能な活動に含める方針を表明しました。2022年7月には欧州議会がこれに反対する動議を否決し、事実上この方針が確定しています。さらに2025年9月には欧州連合司法裁判所が、この合法性を認める判決を下しました。
なぜ「条件付き」なのかといえば、以下の条件を満たすことが求められているからです。
この決定はEU内でも大きな賛否を巻き起こしました。フランスは原子力推進の立場から支持、ドイツは原子力廃止政策の観点から反対し、オーストリアとルクセンブルクは提訴するという展開になりました。
通関業従事者がこの論点から学べることは何でしょうか。EUタクソノミーは「科学的に絶対的に正しい基準」ではなく、「政治的・外交的な妥協も含む、現実的な移行のための基準」だということです。そのため今後も内容は改訂され続けます。EUタクソノミーの内容は毎年見直しが行われる点は、実務上の最重要事項として押さえておく必要があります。
また、この論点は日本のエネルギー産業にも直結します。日本から原子力関連機器や天然ガス関連設備をEUに輸出する業者にとって、タクソノミー適合条件を満たしているかどうかが取引条件に影響する可能性があるからです。注意が必要です。
ESGジャーナル:EUタクソノミー、原子力・化石ガスのグリーン投資分類を容認(2025年の欧州司法裁判所判決の詳細レポート)
EUタクソノミーへの対応は、「大企業が対応すべきこと」だとだけ捉えていると、気づいたときには取り残されるリスクがあります。通関業従事者が今から具体的に取り組める準備を整理します。
ステップ1:取引先のEU向け輸出品目の確認
まず自社が関わる輸出貨物の中に、EUタクソノミーやCBAMの影響を受けやすい品目が含まれているかを確認します。鉄鋼・アルミニウム・セメント・化学品・電気機器・自動車部品などが代表的な品目です。EU輸出比率が高い荷主企業がクライアントにいる場合は、今後の書類要件の変化を共に把握しておく必要があります。
ステップ2:CSRD適用スケジュールの把握
CSRDの適用スケジュールを知っておくことは、荷主企業への的確なアドバイスの基礎になります。
| 対象企業 | 適用開始会計年度 | 最初の報告時期 |
|---|---|---|
| NFRD対象の既存大企業(EU域内) | 2024年度〜 | 2025年に報告 |
| CSRD新規対象の大企業(EU域内) | 2025年度〜 | 2026年に報告 |
| EU上場SME等 | 2026年度〜(任意適用も) | 2027年に報告 |
| EU域外大企業(日本の親会社含む可能性) | 2028年度〜 | 2029年に報告 |
ただし、EUのオムニバス法案(2025年以降審議中)によって、適用範囲の縮小や適用延期が検討されている点にも留意が必要です。最新情報への注視が必要です。
ステップ3:EUコンパス(EU Taxonomy Compass)の活用
欧州委員会は、各経済活動がタクソノミー基準に適合するかを確認できるオンラインツール「EUコンパス」を無料で公開しています。取引先から「この製品はタクソノミー適合か」と聞かれた場合に、まず確認するための入り口として活用できます。EUコンパスは無料です。
ステップ4:社内の情報収集体制の整備
EUタクソノミーは毎年見直され、関連規制も継続的に変化します。通関業従事者として信頼性の高い情報源を定期的にチェックする習慣を持つことが、最大の実務的な対策です。ジェトロ(日本貿易振興機構)や環境省の公式サイト、グリーンファイナンスポータルは、最新情報を定期的に更新しており、情報収集の基本として押さえておくのに最適です。
「EUの規制だから様子見でいい」ではなく、「EU市場に輸出する荷主企業を支える立場として、一歩先に情報を持っておく」という姿勢が、これからの通関業のプロに求められるスタンスです。
JETRO:日EU経済連携協定(EPA)・EUに関する最新情報ポータル(EUへの輸出実務と関連規制情報の総合窓口)
環境省 グリーンファイナンスポータル:EUタクソノミーを含むサステナブルファイナンスの最新動向(日本国内での制度整備と最新情報の更新)