関税リスクを気にしている人ほど、NEXIの海外投資保険を使っていないと数千万円単位の損失を取り戻せない可能性があります。
NEXIとは「日本貿易保険(Nippon Export and Investment Insurance)」の略称で、経済産業省が監督する政府100%出資の特殊会社です。1950年の制度発足以来、約75年の実績を持つ日本唯一の公的貿易保険機関です。
つまり、民間の損害保険や海上保険ではカバーできないリスクを引き受ける国家バックアップ機関です。
NEXIが取り扱う保険商品は複数ありますが、「海外投資保険」はその中でも海外に出資・資産を持つ企業向けに特化した保険です。通常の輸出保険が「代金が回収できないリスク」をカバーするのに対し、海外投資保険は「現地に持っている資産そのものが消える・使えなくなるリスク」を補償するという点で根本的に異なります。
関税に興味を持つ読者にとって特に重要なのは、貿易保険の非常危険(カントリーリスク)のカバー範囲に「制裁的な高関税」が明示されていることです。これはNEXI公式パンフレットにも記載されており、2025年4月の米国ベースライン関税・相互関税措置のような政府主導の関税引き上げが「仕向国における輸入制限または禁止」に相当すると判断された場合、対象となる貿易保険契約の損失補償が適用されます。
| 比較項目 | 海上保険 | NEXIの貿易保険 |
|---|---|---|
| カバーするリスク | 輸送中の貨物の破損・滅失 | 代金回収不能・カントリーリスク |
| リスクの原因 | 天気・事故など物理的要因 | 政治・経済・戦争など社会的要因 |
| 運営主体 | 民間損害保険会社 | 政府100%出資のNEXI |
| 関税リスク対応 | 対象外 | 制裁的高関税は非常危険として対象 |
海外投資保険に関するNEXI公式情報はこちらで確認できます。
海外投資保険がてん補(補償)するリスクは大きく3つに分類されます。これを正確に理解することが、保険を正しく活用するための第一歩です。
① 収用・権利侵害リスク
外国政府等が、日本企業の出資持ち分(株式)や不動産等を接収・侵害した場合の損失を補償します。たとえば進出先の政府が突然、合弁企業の工場を「国有化」してしまうケースがこれにあたります。権利侵害においては「事業継続不能・破産・銀行取引停止・1ヶ月以上の事業休止」のいずれかが生じれば補償の対象です。
これは深刻ですね。
② 戦争等・天災等リスク
戦争・革命・テロ・内乱・暴動といった社会的混乱、または天災・国連制裁・ゼネラルストライキ・原子力事故により投資先企業が事業不能となった場合を補償します。地政学的リスクが高まる現代において、特にアフリカ・中東・東南アジアへの進出企業には欠かせない補償です。
③ 送金不能リスク
現地で発生した配当金や株式譲渡代金などが、投資先国の為替制限・禁止・戦争等により「2ヶ月以上」日本に送金できない場合の損失を補償します。手元に現金が来ないだけで損失として認定されるのが特徴です。
これら3つは「選択可能」です。全て付保するいわゆる「フルカバー型」から、2事由のみを選ぶ組み合わせまで、企業のニーズに応じて自由に設定できます。
また、特約を付加することでカバーをさらに拡張できます。
- プレミアム特約:投資額と簿価純資産の差額(プレミアム相当額)も補償対象に追加
- 重要資産等特約:投資先国外の第三国に存在する重要資産についても権利侵害リスクをカバー
- 部分損失特約:複数の再投資先企業のうち一社だけが事業不能になったケースにも対応
- 事業拠点等特約:複数拠点のうち一拠点だけが損害を受けた場合にも対応
それぞれ状況に応じて使い分けが必要です。
NEXI「貿易保険総合パンフレット(2025年4月版)」- 海外投資保険の補償概要が掲載
保険の仕組みを理解したら、次は「いくらかかるのか?」という現実的な部分です。
保険期間は2年〜30年の範囲で自由設定
海外投資は短期間で終わるものではありません。NEXIの海外投資保険は最短2年・最長30年という長期スパンで設定できます。更新時は1年単位での延長も可能です。
ただし、原則として保険期間中の中途解約は不可です。契約前に撤退シナリオまで見据えた期間設定が必要となります。
保険料は年払い・期間中固定
毎年1回、年間分の保険料を支払う仕組みで、保険料率は保険期間中に固定されます。カントリーリスクが途中で上昇しても保険料は変わりません。
モデルケースとして、投資額1億円・付保率95%・Cカテゴリー国(東南アジアの多くの国が該当)・収用と戦争の2事由カバーの場合、年間保険料はおよそ171,950円(投資額の約0.172%)です。1億円の資産に対して年約17万円、これは月1.5万円以下のコストで数千万円規模の損失をヘッジできる計算になります。
コスパは高いですね。
付保率(補償割合)の選択
付保率は「欠け目あり」の場合で最大95%、「欠け目なし(100%)」を選択することも可能です。欠け目なしオプションを選べば損失の全額を保険でカバーできます。
なお、保険の対象は「元本のみ」「元本+配当金」「配当金のみ」の3タイプから選択でき、保険期間中に毎年1回保険価額(投資額)の見直しが可能です。為替レートが5%以上変動した場合にも調整できる仕組みになっています。
カントリーカテゴリー(A〜H)と保険料の関係
NEXIは投資先国・地域をA〜Hの8段階でカントリー格付けしており、Aが最もリスク低く保険料も安く、Hが最もリスク高く保険料も高くなります。現在、NEXIが格付けする225の国・地域のうち73カ国・地域が最もリスクの高いH評価を受けています(2022年時点)。投資先国の格付けは随時更新されるため、定期的に確認することが重要です。
NEXI「国カテゴリー表」- 投資先国の最新リスク格付け一覧
「関税は貿易保険と関係ない」と思っている企業ほど、実は大きな補償機会を見逃しています。
NEXIの非常危険(カントリーリスク)のカバー範囲には「制裁的な高関税」が明示されています。これは一般的にはあまり知られていない事実です。
2025年4月、トランプ政権による「ベースライン関税」および「相互関税(いわゆる相互関税)」が発動されたことを受け、NEXIは同年4月28日に保険契約上の取扱いを公式に発表しました。この措置は「仕向国において実施される輸入の制限又は禁止」のてん補事由に該当すると判断されたため、2025年4月2日の措置公表日以前に保険責任が開始していた契約については、それに起因して輸出契約がキャンセル等された場合に損失補償が受けられることになりました。
対象となる損失は以下の通りです。
- 🚢 船積不能(貿易一般保険・限度額設定型・簡易通知型包括保険)
- 💰 代金回収不能(上記に加え中小企業・農林水産業輸出代金保険も対象)
- 📦 輸送費用の増加(増加費用保険のてん補がある場合)
重要なのは「措置公表日以前に保険責任が開始している契約が対象」である点です。関税リスクに備えるなら、リスクが顕在化する前に保険に加入しておくことが絶対条件です。
さらに最新の動きとして、2026年3月現在、政府は日米関税交渉で合意した5,500億ドル(約86兆円)の対米投融資を促進するため、NEXIに対して1,000億円の出資を実施し、保険引き受けの専用枠を設ける法改正案を通常国会に提出する方針です。これはNEXIが対米投融資支援という新たなフェーズに入ったことを意味しており、米国向け投資を検討している企業にとっては追い風となります。
NEXI公式「米国政府による関税措置に関する保険契約上の取扱いについて」(2025年4月28日)
「大企業向けの保険では?」と思っていると、中小企業向けの有利な特例制度を見逃します。
NEXIの海外投資保険の申込手続きは以下の流れになります。
1. 利用相談・内諾申請(必要に応じて)- NEXIまたは提携の損害保険会社、銀行でも相談可能
2. 申込書類の提出(Webサービスの電子申請メニューから提出)
3. 保険証券・保険料請求書の発行
4. 保険料の振込(払込期間内にNEXI指定口座へ)
申込のタイミングについては、出資金の送金前・送金後を問わず申込可能です。また、既に保有済みの海外資産であっても保険加入ができます。これは意外と知られていない重要な点です。
日本からの送金は要件ではありません。
中小企業向けには「先払い制度(みなし財務諸表等)」という特例制度があります。通常、保険金の算定には投資先企業の財務諸表(帳簿純資産額)が必要ですが、中小企業の場合は財務諸表の取得が困難なケースもあります。この制度を使えば、みなし財務諸表等を用いて損失額を算定するため、迅速な保険金の先払いが受けられます。
さらに、NEXIは全国の地方銀行とも提携しており、取引銀行を通じた保険加入の相談もできます。地元に海外展開を支援する窓口がある場合はそちらの活用も検討してみてください。
申込にあたって確認すべきポイントを整理すると、以下の通りです。
- ✅ 投資先国がNEXIの引受対象国かどうか(NEXI公式サイトの「国・地域ごとの引受方針」で確認可能)
- ✅ 保険期間は投資計画の全期間をカバーできているか
- ✅ 第三国への再投資が含まれる場合、てん補対象企業として申告しているか
- ✅ 重要な事業資産が投資先国以外にある場合は重要資産等特約の付加を検討しているか
NEXI公式「保険申込み(新規/更新)・保険契約締結|海外投資保険」- 手続きフローの詳細
関税リスクが高まるほど、海外投資保険の価値は相対的に上がります。これを戦略的に理解している企業はまだ少数派です。
近年の地政学的変化に伴い、カントリーリスクの内容自体が変質しています。かつてのカントリーリスクといえば「途上国における政変や内乱」が主なイメージでした。ところが2025年以降の米国関税措置、対ロシア経済制裁、中東情勢など、先進国・大国間の政策対立がビジネスリスクとして直接企業を直撃する時代になっています。
NEXIが格付けする225カ国・地域のうち、73カ国・地域が最もリスクの高いH評価を受けているという事実は重いですね。つまり現在、世界の約3分の1の国・地域が「最高リスク」に分類されているわけです。これは東京ドーム約2,500個分の面積を持つアフリカ大陸の大部分がH評価という状況であり、進出先の選定から見直しが必要な企業も少なくありません。
海外投資保険を単なる「損失補填」ツールとして見るのではなく、「投資意思決定のリスク評価ツール」として活用する視点が重要です。具体的には以下のような使い方が実践的です。
- 📊 投資検討段階でNEXIのカントリー格付けを確認し、保険が適用されるか・保険料率はどの程度かを投資判断材料として活用する
- 🔄 保険料を投資コストに織り込むことで、リスク調整後の収益性評価をより精緻にする
- ⚡ 保険期間中も毎年保険価額を見直す仕組みを活用して、為替変動や事業成長に合わせた補償額の最適化を行う
また、東京海上日動火災保険など一部の民間損害保険会社も、NEXIが再保険を引き受けるスキームで海外投資保険を提供しています。この場合、日頃から取引のある保険代理店を通じてアクセスできるため、NEXIに直接申し込むよりも相談ハードルが下がります。
関税リスクが高まる局面で海外事業を守るためのリスクヘッジ手段として、NEXIの海外投資保険と民間保険会社経由の商品を比較検討することをおすすめします。
JETRO「GCC諸国などで貿易投資は活発も、不確実性へのリスク管理にNEXIを活用」(2024年11月)