路線価で評価した土地でも、取得後3年以内なら評価額が跳ね上がり相続税が数百万円増えることがあります。
財産評価基本通達185は、取引相場のない株式(いわゆる非上場株式・自社株)を純資産価額方式で評価するときの計算方法を定めた通達です。相続や贈与が発生した際に、非上場会社のオーナー一族が保有する株式の価値をどう算定するかを規定しており、事業承継実務の根幹をなします。
基本原則です。純資産価額方式の計算式はシンプルに表すと次のとおりです。
$$\text{1株当たりの純資産価額} = \frac{\text{(相続税評価額による総資産) - (負債の合計) - (評価差額に対する法人税額等相当額)}}{\text{課税時期における発行済株式数}}$$
ここで「相続税評価額による総資産」とは、評価会社の全資産を相続税の評価ルール(路線価、固定資産税評価額など)で洗い替えた価額のことです。帳簿上の簿価ではありません。そして、この評価替えによって生じた「含み益(評価差額)」に対して37%の法人税額等相当額を控除できるのが大きなポイントです。
なぜ37%を控除するのでしょうか?これは、個人が直接資産を持っている場合と、法人経由で間接的に保有している場合の課税の二重性を調整するための措置です。会社が将来解散した場合には法人税等が課されるため、その分を株価から差し引くという考え方になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通達番号 | 財産評価基本通達185 |
| 評価対象 | 取引相場のない株式(非上場株式) |
| 評価方法 | 純資産価額方式 |
| 資産評価の基準 | 相続税評価額(路線価・固定資産税評価額等) |
| 法人税額等相当額の控除率 | 37%(平成28年4月1日以後の相続等から適用) |
| 発行済株式数の基準 | 直前期末ではなく、課税時期における株式数 |
注意点が一つあります。計算に使う「発行済株式数」は、直前期末のものではなく課税時期(相続開始日・贈与日)時点の株式数です。期末後に株式移転や自己株式取得があった場合、見落としが起きやすい箇所です。
また、37%という控除率は改正によって変わることがあります。平成28年度税制改正以前は38%でしたが、法人税率の引き下げに伴い現行の37%に変更されました。古い情報のまま申告すると誤りになります。
参考:国税庁の通達原文(財産評価基本通達185ほか第8章)は以下で確認できます。
国税庁|財産評価基本通達 第8章 株式及び出資(通達185・186-2・186-3等の原文)
評価通達185の最大の落とし穴が、課税時期前3年以内に取得した土地・建物の評価方法です。これは非常に重要です。
通常、純資産価額方式では土地を路線価(時価の約80%水準)、建物を固定資産税評価額(時価の約60〜70%水準)で評価します。しかし課税時期前3年以内に取得した土地等・建物等については、路線価・固定資産税評価額ではなく「通常の取引価額」、つまり実際の市場時価で評価しなければなりません。
どういうことでしょうか?具体的にイメージしてみましょう。
たとえばオーナー社長が亡くなった直前(2年前)に会社が1億円で土地を購入したとします。この土地の路線価評価額が8,000万円だったとしても、3年以内取得ルールが発動するため「1億円(時価)」で計算しなければなりません。差額2,000万円がそのまま純資産価額に上乗せされ、結果として自社株の評価額が跳ね上がります。
これが条件です。3年の起算点は直前期末ではなく課税時期(相続開始日・贈与日)から遡って3年間です。一見期末基準と混同しやすい点なので注意が必要です。
| 条件 | 評価方法 |
|---|---|
| 課税時期前3年超に取得した土地・建物 | 相続税評価額(路線価・固定資産税評価額等) |
| 課税時期前3年以内に取得した土地・建物 | 通常の取引価額(市場時価) |
| 帳簿価額が時価相当と認められる場合 | 帳簿価額(取得価額)でも可 |
では、3年以内取得の土地を賃貸に供している場合はどうなるでしょうか?この場合でも3年以内ルールは適用されます。ただし「賃貸の実態を反映した時価」で評価してよいため、貸家建付地としての評価減(自用地評価の約80%程度に下がる)を加味した上で通常の取引価額を算出することができます。
このルールは租税回避への対策として設けられたものです。相続直前に法人で不動産を購入し、路線価評価の低さを利用して株価を下げる手法を封じるために設定されています。知らずに株価の引き下げ対策として不動産購入を行うと、かえって評価額が上がって裏目に出るリスクがあります。
参考:3年以内取得資産の評価方法と実務上の取扱い(税務研究会)
税務研究会|財産評価基本通達185 純資産価額(法令集・原文テキスト)
純資産価額方式の目玉ともいえる「評価差額37%控除」ですが、適用できない例外があります。これを知らないと過少申告につながります。
控除できないケース①は、評価会社が他の非上場会社の株式を保有している場合です。通達186-3の規定により、評価会社が保有する子会社株式(取引相場のない株式)を純資産価額方式で評価する際には、その子会社の含み益に対して37%控除が使えません。
つまり、親会社→子会社というように間接保有が連なる場合、37%控除は1段階にしか適用されないということです。二重に控除させることで株価を不当に圧縮することを防ぐためのルールです。
控除できないケース②は、所得税法・法人税法上の時価評価(売買目的等)の場合です。個人→法人、法人→法人、法人→個人といった取引では、所得税法基本通達59-6や法人税法基本通達9-1-14が適用され、37%控除は認められません。このケースでは株価が高めに算出される点に注意が必要です。
控除できないケース③は、現物出資等で著しく低い価格で資産を受け入れた場合(通達186-2②の特例)です。合併・株式交換・株式移転時に低廉な価格で受け入れた資産については、その受け入れ時点以前の含み益に対しては37%控除が使えません。
37%控除が使えないケースは少なくありません。グループ会社間で株式が行き来するような組織構造を持つ中小企業の場合、評価の誤りが大きな追徴課税につながる可能性があります。
参考:法人税額等相当額の控除割合(37%)の改正経緯については以下の資料が参考になります。
TM税理士法人|法人税相当額の控除【実践!事業承継・自社株対策 第65号】(37%の考え方・計算方法の解説)
評価通達185にはもう一つ、非常に実務に影響する特例があります。「同族株主グループの議決権割合が50%以下の場合、純資産価額に80%を乗じる」というルールです。
通常の純資産価額方式で計算した金額を100とすると、株式の取得者とその同族関係者の議決権合計が評価会社の議決権総数の50%以下であれば、評価額は80(20%減額)になります。これは意外ですね。
なぜ20%減額なのでしょうか?少数株主は会社経営に対して強い影響力を持てないため、株式の支配価値が相対的に低いという考え方に基づいています。同族会社の株式であっても、取得者グループが少数にとどまる場合は評価を引き下げるわけです。
「50%以下」という文言の意味に注意が必要です。50%「未満」ではなく「以下」です。つまり49%でも50%ちょうどでも80%評価になります。この点を「50%超でないと通常評価」と誤解するケースが実務でよく見られます。
| 取得者グループの議決権割合 | 純資産価額の評価 |
|---|---|
| 50%超 | 通常の純資産価額(100%) |
| 50%以下(50%ちょうども含む) | 純資産価額 × 80% |
80%評価が適用されるのは「純資産価額方式のみで評価する場合の計算」に限られます。併用方式(類似業種比準価額との加重平均)の計算式の中で使う純資産価額部分にも80%をかけて計算します。
また、この80%ルールは一般の評価会社だけでなく、土地保有特定会社・株式保有特定会社(特例的評価会社)で純資産価額方式が強制適用される場合にも使えます。ただし同族株主以外の少数株主は配当還元方式で評価できる場合があり、80%ルールより有利になることもあります。
事業承継の場面で株式の分散を計画する場合、議決権50%という境界線は非常に重要です。贈与や売買のタイミングで受け取るグループの議決権割合が50%を超えるか以下かによって、評価額が大きく変わることを事前にシミュレーションしておく必要があります。
参考:80%評価の適用判定に関する間違いやすいポイントを解説しているサイトです。
大阪相続税申告専門 税理士法人オーシャン|非上場株式の相続税評価計算で間違いやすいポイント(50%以下の判定含む)
ここからは、検索上位の記事ではあまり触れられていない実務上の視点を紹介します。純資産価額方式の計算は「全資産を相続税評価額に洗い替える」という作業なので、財務諸表上の資産をすべて通達ルールに照らして再評価する必要があります。
生命保険金の扱いは要注意です。 被相続人(オーナー社長など)の死亡により評価会社が生命保険金を受け取った場合、その保険金請求権は純資産価額の計算上で資産として計上しなければなりません。同時に、既に計上していた保険積立金は資産から除外し、二重計上を防ぐ処理が必要になります。死亡退職金を支払う場合はその未払退職金を負債計上し、保険差益に対する法人税額等相当額も計上することで、株価の上昇をある程度抑えることができます。
繰延資産と前払費用は財産性で判断します。 帳簿に「繰延資産」「長期前払費用」として計上されていても、財産性がないもの(創立費・開業費・広告宣伝費の繰延分など)は純資産価額の計算上の資産に含めません。評価通達は「財産」として換金価値があるものだけを対象とするためです。逆に、財産性のある保険解約返戻金などは資産として拾い上げます。
営業権の扱いは見落とされがちです。 有償で取得した営業権・のれんは、帳簿上の残高にかかわらず、評価通達165・166に基づき「超過利益金額」の算定をやり直す必要があります。帳簿上は償却によってゼロに近くても、実際に収益力が高い会社なら通達計算上の営業権評価がプラスになることがあります。
評価通達185の計算は単純な算数に見えて、実際には財務諸表の各科目を一つひとつ精査しながら組み立てる作業です。見落とした資産・負債が一つあるだけで、株価に数百万〜数千万円単位の差が生じることがあります。
特に事業承継の相談に関わる方は、評価明細書(国税庁様式 第5表)の記載要領も確認することを強くお勧めします。各科目をどう処理するか、欄ごとに書き方が示されており、実務のよりどころになります。
参考:純資産価額方式の実務ガイド(各特殊ケースの処理方法も詳しく解説)
尼崎 税理士 松本実務会計事務所|純資産価額方式による非上場株式評価|実務完全ガイド(保険・繰延資産・営業権等の実務処理含む)