配船計画の最適化を「自分とは遠い世界の話」と思っていると、年間で数億円規模の輸入コストの損失を見過ごすことになります。
配船計画とは、船舶をどのルートで、どのタイミングで、どの港に配備するかを総合的に組み立てる業務のことです。海外から原材料を運ぶ「外航船」と、国内の港間で貨物を輸送する「内航船」の両方が対象になります。
関税に関心がある方にとって、この計画が重要なのは明快な理由があります。世界の貿易量の約90%は船舶によって輸送されており、関税コストが変動したとき、その影響を直接受けるのが配船スケジュールそのものだからです。関税率が上がれば輸入品のコストが膨らみますが、配船計画を最適化することで寄港数の削減・燃料費の圧縮・滞船料の回避といった輸送コストを絞り込み、関税負担を部分的に相殺することが現実的に可能です。
配船計画の策定は、大きく三つのステップで構成されています。まず、船舶の動静・港湾の空き状況・貨物の在庫量・天候予測・契約条件などの膨大なデータを収集する「情報収集フェーズ」があります。次に、それらの情報をもとに実際の配船表・バース表(船の着岸スケジュール)・在庫表を連動させながら計画を立案する「策定フェーズ」があります。そして最後に、複数の計画案をコスト・リスク・効率の観点で比較検討し、最終的な意思決定を行う「評価・決定フェーズ」です。
一つの段階でも情報の誤りや遅延が生じると、工場の生産停止や莫大な追加コストの発生に直結します。これが基本です。
関税が変わっても、輸送ルートを最適化できれば手取りのコストは守れる。この視点が重要です。
配船計画の全体構造・課題・AI最適化の最新事例をまとめた解説記事(ALGO ARTIS)
多くの企業でいまだに配船計画の中核を担っているのは、複雑に積み上げられたExcelファイルです。しかしこの管理手法が、関税コストの最適化を妨げる最大の障壁になっています。
配船計画に絡む制約条件は非常に多岐にわたります。港湾側だけを見ても、船舶のサイズ制限・バースの空き状況・水深・潮汐のタイミングと、要素は尽きません。加えて貨物側には在庫量の上限・下限・積み地の契約条件があり、船舶側には航行速度・燃料消費量・チャーター費用・乗組員の労働時間が絡んできます。これらが同時に動く状況を、手作業で整合性を保ちながら管理するのは構造的に限界があります。
太平洋セメントの事例が象徴的です。同社では、工場から全国の物流拠点にセメントを輸送する配船計画の組み合わせが「10の1,400乗通り」にも及ぶとされています。宇宙に存在する原子の総数(推計で10の80乗程度)をはるかに超える選択肢を、熟練担当者が経験と勘だけで絞り込んでいたということです。厳しいところですね。
属人化が進むと、担当者の休暇中にトラブルが発生した場合に対応が遅れ、滞船料(船が港で待機し続けることで発生するペナルティコスト)が膨らみます。関税コストが上昇している局面では、こうした「管理の綻び」が重なって損失が二重三重に積み上がるリスクがあります。栗林商船の事例では、複雑化したExcelによる情報集約の遅れが判断スピードを低下させ、結果として配船効率に影響が出ていたことが導入検討の背景として挙げられています。
属人化の解消が急務です。
栗林商船がALGO ARTISのDXソリューションを導入した背景と効果(PR TIMES)
配船計画の最適化においてAIが注目される理由は、「人間が同時に処理できる情報量の限界を超えた問題」を扱えるからです。しかしここで一つ誤解されやすい点があります。
配船計画に使われるAIは、画像認識や翻訳で使われる「機械学習型AI」ではありません。過去のデータからパターンを学習するのではなく、業務上の制約条件と目的(コスト最小化、稼働率最大化など)を全て数式として定義し、その条件下で最も優れた解を探索する「数理最適化」という手法が核心にあります。グリッドの開発担当者は「われわれのやっているAIは、統計的AIとは根本的に違う」と明言しています。
最適化の手法には大きく二つの方向性があります。一つは「厳密解法」と呼ばれるアプローチで、全ての可能性を探索して唯一の正解を求めます。もう一つが「ヒューリスティック最適化」で、時間と計算資源が限られている現実的な状況下で、十分に質の高い解を素早く見つけることを目的としています。
配船計画のような問題では、制約条件が毎日変わり、突発的な天候変化や港湾の混雑にも即座に対応しなければなりません。ヒューリスティック最適化が選ばれる理由はここにあります。現実に使える解を短時間で出す、それが条件です。
クラウド環境の一般化とCPU・GPUの計算性能向上も普及を後押ししています。10年前なら何時間もかかっていた複雑な組み合わせ問題が、今では現実的な時間内に解けるようになりました。日本郵船では、自動車専用船100隻超を対象に「数カ月先までの最大数百万通りの配船計画」をわずか10分程度で試算できるシステムを2025年7月から本格運用しています。これは使えそうです。
関税の不確実性が高まる現代において、企業が輸送コスト削減に取り組んだ実際の事例は非常に参考になります。ここでは、数字を含む具体的な成果をご紹介します。
コスモ石油(内航船・年間約4,000航海)
コスモ石油は国内の石油輸送において年間約4,000航海もの内航船配船計画にAIを導入しました。業務効率が約20%改善し、燃料消費量が約5%削減される見込みです。燃料費の削減はそのままCO₂排出量の低減にも直結しており、GX(グリーントランスフォーメーション)への貢献も同時に達成できています。年間4,000航海という規模は、単純計算で1日平均10本以上の配船をこなすペースです。
日本製紙(外航船・配船作業時間を約1/3に短縮)
日本製紙では、木材チップ船の輸送計画にAIを導入した結果、年間約660時間かかっていた配船作業時間が約220時間にまで短縮されました。削減された440時間は、担当者が戦略的な業務や改善活動に充てられる時間として還元されています。さらにCO₂排出量も2.8%削減されました。つまり時間とコストと環境の三つを同時に改善できたということです。
出光興産(外航タンカー・作業時間40%削減・年間数億円のコスト削減見込み)
出光興産は2025年4月から外航タンカーの配船計画に最適化システムを段階的に導入しました。実証試験では計画立案の作業時間を最大40%削減。さらに寄港数の削減などにより、年間で最大数億円規模の運航コスト削減が見込まれています。関税上昇によって輸入コストが増加している局面でも、輸送コストを数億円単位で圧縮できれば、経営への影響を大幅に緩和できます。
太平洋セメント(計画策定時間を50%以上削減・燃料約10%削減)
国内セメント業界初のAI配船計画最適化システムを導入した太平洋セメントでは、計画策定時間を50%以上削減するとともに、計画段階で燃料使用量等を約10%削減できています。「10の1,400乗通り」という天文学的な選択肢の中から最適解を瞬時に導き出す力は、人間の手では到底追いつけません。
これらの事例に共通するのは、「属人化の解消」と「コスト削減」と「環境対応」の三つを同時に実現している点です。関税負担が重くなっている今こそ、輸送コストの最適化が企業の競争力を左右します。
太平洋セメントとグリッドによる国内セメント業界初のAI配船計画最適化システム導入プレスリリース
出光興産への外航船配船計画最適化システム提供・運用開始についてのエクサウィザーズ公式発表
関税に関心がある方に特に伝えたい視点があります。それは「配船計画の最適化は、関税コストの管理戦略と組み合わせてこそ真価を発揮する」という点です。これは検索上位の記事ではあまり取り上げられていない独自の切り口です。
米国の高関税政策が続く中、海運大手各社は「航路再編や船舶配船計画の変更を通じたコスト削減策」を進めていることが複数の企業資料から確認できます。川崎汽船は「関税影響に対する自動車船事業での必要に応じた船隊規模の適正化・運航配船効率の向上」を公表しており、商船三井も関税・円高を織り込んだ配船戦略の見直しを発表しています。つまり大手海運会社はすでに「関税 × 配船計画」をセットで動かしているということです。
では、荷主側(輸入事業者・製造業者)が取るべき行動は何でしょうか。第一に、輸入品にかかる関税率の変動シナリオを複数想定し、それに応じた配船ルート・スケジュールを事前にシミュレーションしておくことです。例えば「関税率が10%上昇した場合に、寄港数を2港から1港に絞ることで燃料費を何%削減できるか」を数値で把握していれば、意思決定スピードが格段に上がります。
第二に、AIによる配船計画の最適化システムを導入することで、関税変動が起きた際にリアルタイムでシナリオ比較ができる体制を整えることです。グリッドのシステム「ReNom VESSEL」では、天候リスクまで加味した複数シナリオをAIが擬似生成し、各シナリオに対応する最適計画を比較できる仕組みが実装されています。トクヤマが2025年10月から本格運用を開始したこのシステムでは、年間5%の費用低減が見込まれており、船舶維持コストのシミュレーション機能によって保有隻数の最適化まで行えます。
関税コストの「上昇」に対して取れる手段は関税率交渉だけではありません。輸送コストを削る、寄港数を絞る、燃料消費を最小化する、これらを最適化AIで束ねることが現実的な次の一手です。
トクヤマとグリッドによるAI配船計画最適化システム「ReNom VESSEL」本格運用開始プレスリリース
日本郵船・MTI・グリッドによる自動車専用船AI配船システム開発・本格導入のプレスリリース(日本郵船公式)