関税が突然25%上がっても、不可抗力条項では支払いを止められません。
不可抗力条項とは、契約当事者がどうにもならない外部事情(天災・戦争・感染症など)によって契約上の義務を果たせなくなった場合に、その責任を免除する規定のことです。英文契約では「Force Majeure(フォース・マジュール)」という名称で、国際取引の契約書にほぼ必ず登場する一般条項(General Provisions)のひとつです。
日本の民法でも同様の考え方は存在します。民法415条1項のただし書きには、「債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、損害賠償責任を負わない」と定められており、これが不可抗力免責の法律上の根拠となっています。
つまり、不可抗力条項が契約書になくても、法律上は一定の免責が認められる余地があります。それでもあえて不可抗力条項を定めるのは、「何が不可抗力に当たるか」「通知はどうするか」「どうなったら解除できるか」といったルールを、当事者間で事前に明確化しておくためです。
定めることで予測可能性が上がります。
特に関税に関わる国際取引では、サプライチェーンが複数国にまたがるため、想定外のリスクが日常的に発生します。コロナ禍・ロシア制裁・米国の追加関税(いわゆるトランプ関税)など、近年の事例を見るだけでも、不可抗力条項を正しく設計しておくことの重要性は明らかです。
なお、英米法では日本と異なり「契約は状況にかかわらず守らなければならない」という無過失責任の考え方が基本原則です。英文契約でForce Majeure条項が設けられているのは、この厳格な原則に対する例外を明示的に作るためであり、契約書にない事由は原則として免責されません。これが、日本法の契約と英文契約で不可抗力条項の「重み」が異なる大きな理由です。
不可抗力事由として例示されることが多い主な項目を以下にまとめます。
| カテゴリー | 具体的な事由例 |
|---|---|
| 🌊 天災地変 | 地震・台風・津波・洪水・落雷・噴火・干ばつ |
| ⚔️ 社会的事変 | 戦争・内乱・テロ・暴動・封鎖 |
| 🏭 争議行為 | ストライキ・ロックアウト・ピケッティング |
| 🏛️ 公権力の行為 | 法令の制定・改廃、輸出入制限、行政命令 |
| 🦠 感染症 | パンデミック(COVID-19・SARSなど) |
| 🔌 インフラ障害 | 通信回線断絶・電力停止・港湾閉鎖 |
参考:不可抗力条項の構成要素と法的根拠を弁護士が詳説しています。
契約書の不可抗力条項とは?自然災害・感染症リスクをわかりやすく解説|直法律事務所
実際に契約書に盛り込む日本語の不可抗力条項は、どのように記述するのが標準的なのでしょうか。以下が実務でよく使われる基本的な例文です。
【例文①:基本型(日本語)】
第○条(不可抗力)
1.甲および乙は、地震、台風、津波、暴風雨、洪水、疫病、感染症、落雷、雪崩、噴火その他の天変地異、戦争、内乱、暴動、テロその他の社会的事変、同盟罷業、怠業、ピケッティングその他の争議行為、法令の制定または改廃、公権力による命令または処分、自らの責めによらない火災、その他の不可抗力により、本契約に基づく義務の履行を遅滞し、または当該義務が履行不能となったときは、相手方に対してその責任を負わないものとする。
2.甲および乙は、前項に定める事由が生じた場合は、直ちに相手方に通知をするとともに、当該事由による影響の軽減または回復に最大限努めなければならない。
3.第1項に定める事由が発生し、本契約の目的が達成困難となった場合、甲および乙は、相互に協議を行ったうえで、本契約を解除することができる。
この例文の構造を読み解くと、3つの層になっていることがわかります。第1項が「免責の本体」、第2項が「通知と軽減努力」、第3項が「解除権の付与」です。この三層構造が実務上の基本形です。
注目すべきは第2項の通知義務です。「直ちに相手方に通知する」という文言があります。不可抗力が発生したときに、この通知を怠ると免責が認められないリスクがあります。大災害や感染症発生の最中に通知を出す余裕がないことも十分想定されるため、実務では「可能な限り速やかに通知するよう努める(努力義務)」という緩い表現に交渉で修正することも多いです。
また、第3項の解除権は「協議を経た上で」という条件付きになっています。実務では、協議なしに即時解除できる条件として「30日以上継続した場合」などの期間要件を設けることが一般的です。どの程度の期間で解除を認めるかは、取引の性質(短期か長期か)によって変わります。
期間設定が核心的な交渉ポイントです。
自社が非金銭債務者(物やサービスを提供する側)であれば、免責の対象事由をできるだけ広く書き、包括条項(「その他の不可抗力」)を末尾に添えておくことが有利に働きます。反対に、金銭を支払う側(買い手)であれば、相手方が安易に免責を主張しないよう、不可抗力事由を限定列挙にするよう交渉すべきです。
参考:日本語の不可抗力条項の例文と注意点を弁護士が詳解しています。
【例文つき】不可抗力条項とは|該当事由や注意点|ベリーベスト法律事務所
国際取引を行う場合、英文契約書でForce Majeure条項をどう書くかは非常に重要です。以下に実務でよく使われる英文例文を複数のパターンで紹介します。
【例文②:英文・基本型】
Neither party shall be liable to the other party for any delay or failure in the performance of its obligations under this Agreement in the event that such delay or failure arises from any cause beyond the reasonable control of the party affected (hereinafter called the "Force Majeure").
(訳)本契約上の義務の履行の遅滞または不履行が、当該当事者の合理的な制御を超える事由(以下「不可抗力」という。)により引き起こされた場合、当該当事者は、当該遅滞または不履行について相手方に対し責任を負わないものとする。
この最もシンプルな英文例文は、読んでみると「合理的な制御を超える事由(beyond the reasonable control)」という包括的な表現を用いているだけで、具体的な事由が列挙されていません。これは実務上は不完全な書き方です。何が不可抗力に入るのかが曖昧なため、将来のトラブルの火種になります。
事由の列挙が必須です。
【例文③:英文・詳細型(金銭債務除外・解除権付き)】
In the event that either party is prevented from performing or is unable to perform any of its obligations under this Agreement (other than a payment obligation) due to any act of God, acts or decrees of governmental or military bodies, fire, casualty, flood, earthquake, war, strike, lockout, epidemic, destruction of production facilities, riot, insurrection, Materials unavailability, or any other cause beyond the reasonable control of the party invoking this section (collectively, a "Force Majeure"), and if such party shall have used its commercially reasonable efforts to mitigate its effects, such party shall give prompt written notice to the other party, its performance shall be excused, and the time for the performance shall be extended for the period of delay or inability to perform due to such occurrences. Regardless of the excuse of Force Majeure, if such party is not able to perform within ninety (90) days after such event, the other party may terminate the Agreement.
この例文のポイントは3つです。まず「(other than a payment obligation)」という文言で、金銭支払い義務は明示的に除外されています。次に「used its commercially reasonable efforts to mitigate(影響を軽減するための商業上合理的な努力)」という努力義務が免責の前提条件になっています。そして「90日以内に履行できない場合は解除可能」という期間解除権が明記されています。
英米法は無過失責任が原則ですから、「(other than a payment obligation)」の括弧がない場合、裁判所が「金銭の支払いは常に可能なはず」と判断し、金銭債務について免責が否定される可能性があります。意外ですね。
国際取引の場合、Force Majeure条項は「事由の具体的列挙」+「通知義務の規定」+「金銭債務除外」+「解除権の期間設定」という4要素をセットで設計することが実務上の基本です。
【英文例文の主要フレーズ早見表】
| 英語フレーズ | 意味 |
|---|---|
| beyond the reasonable control | 合理的な支配が及ばない |
| including but not limited to | 〜を含むがこれらに限定されない |
| use commercially reasonable efforts to mitigate | 影響軽減のための商業上合理的な努力をする |
| give prompt written notice | 速やかに書面で通知する |
| other than a payment obligation | 金銭支払い義務を除く |
| terminate the Agreement | 契約を解除する |
参考:英文Force Majeure条項の例文と各フレーズの解説が詳しく掲載されています。
Force Majeure(不可抗力条項)の解説と例文|契約書専門事務所
関税に興味を持つ方が最も誤解しやすい点が、「関税が突然引き上げられた場合、不可抗力条項で対処できる」という思い込みです。これは実務上、ほぼ機能しません。
まず法的な問題があります。不可抗力条項が適用されるためには、「履行が不可能になった」ことが原則です。関税が25%上がって採算が合わなくなったとしても、物理的に商品を輸入することは依然として可能です。裁判所は「単なる経済的困難(hardship)」と「履行不能(impossibility)」を明確に区別しており、「コストが高くなったから払えない」という理由では、原則として免責が認められません。
経済的困難と履行不能は別物です。
実際に、トランプ政権による米国向け輸出品への追加関税(Section 301関税)を受けて「不可抗力条項で価格を見直せないか」と相談する企業が続出しました。しかし専門家の回答は一致しており、「Force Majeure条項は関税引き上げによる価格調整には使えない。別途、価格調整条項(Price Adjustment Clause)または関税変動条項(Tariff Adjustment Clause)を設けるべき」というものでした。
次に、金銭債務の問題があります。民法419条3項は「金銭の給付を目的とする債務の不履行については、債務者は不可抗力をもって抗弁とすることができない」と明記しています。つまり、代金の支払いが遅れた場合、「関税が上がって資金繰りが厳しくなった」という事情は一切考慮されません。これは国際契約でも同様の考え方が採られており、英文例文③のように「(other than a payment obligation)」と金銭債務を除外するのはこのためです。
では、関税リスクに実際に対処するには何が必要かという点では、「関税変動条項(Tariff Adjustment Clause)」の設置が有効です。これは、「契約後に関税が一定水準以上変動した場合、価格を再協議する」というルールを契約に明記するものです。不可抗力条項が「履行の免責」を目的とするのに対し、関税変動条項は「コスト変動のリスク分担」を目的としています。
以下がその簡易例文です。
【関税変動条項の例文(簡易版)】
本契約締結日以降、対象製品の輸入に適用される関税・輸入税その他公租公課(以下「関税等」という)の税率が【○%】以上増加した場合、当事者は誠実に価格改定について協議を行うものとする。協議開始から【△日】以内に合意が成立しない場合、不利益を受ける当事者は書面による通知をもって本契約を解除することができる。
この条項と不可抗力条項をセットで契約書に組み込むことが、現在の国際取引の実務上のベストプラクティスとされています。
参考:トランプ関税と不可抗力条項の関係、価格調整条項の実務について弁護士が解説しています。
不可抗力条項と関税変動条項を組み合わせて設計するというアプローチは、検索上位記事ではほとんど扱われていません。しかし、関税リスクが常態化した現代の国際取引において、これは実務上の必須知識です。
不可抗力条項が「履行不能という緊急事態の免責装置」だとすれば、関税変動条項は「コスト変動というじわじわとしたリスクへの調整装置」と言えます。この2つは機能が異なるため、どちらかひとつでは対処できない場面が生じます。
具体的な組み合わせ設計として、以下の3段階のリスク対応フレームが実務上有効です。
🔷 第1段階:予防(関税変動条項)
契約締結時に、関税が一定水準(例:現行比5〜10%超)変動した場合に価格協議を行う旨を明記します。これにより、コストが採算ラインを超える前に交渉テーブルに着くことができます。
🔷 第2段階:免責(不可抗力条項)
関税引き上げが単なるコスト増ではなく、「政府による輸入禁止令」や「港湾封鎖」など物理的な履行不能を引き起こした場合(例:経済制裁による特定国からの輸入全面禁止)には、不可抗力条項が機能します。こうした極端な事態を想定した事由を例示に加えておきます。
🔷 第3段階:解除(長期継続時の出口条項)
不可抗力または関税変動によるコスト超過が一定期間(例:30〜90日)継続し、双方の協議でも合意が得られない場合、契約を解除できる出口条項を設けます。この「解除トリガー」となる期間を明確に数値で定めることが重要です。
この三層構造を設計する際にもっとも議論になるのは「トリガー数値」の設定です。関税変動のトリガーを「5%以上」にするか「10%以上」にするかで、どちらの当事者が有利になるかが変わります。売り手(非金銭債務者)は低めのトリガーを望み、買い手(金銭債務者)は高めのトリガーを望む傾向があります。
数値は交渉の核心になります。
また、インコタームズ(貿易条件)との整合性も確認が必要です。DDP条件(関税込持込渡し)では売り手が関税を負担するため、関税変動条項がなければ突然の税率引き上げ分を売り手が全額被ることになります。FOBやCIF条件では買い手が関税を負担するため、リスクの所在が変わります。現在の取引が何条件で行われているか、そしてその条件下でどちらが関税変動リスクを負っているかを把握した上で、契約条項を設計することが不可欠です。
最後に確認しておきたいのは、こうした条項設計は契約締結「前」に行うものであって、リスクが顕在化してから慌てて持ち出しても相手方に受け入れてもらえないという点です。既存の契約に関税変動条項がない場合は、契約更新タイミングや中間レビューの機会に覚書(Amendment)として追加交渉することが現実的な対処法です。
参考:関税変動条項の3パターンと実務ステップが詳しく解説されています。
国際取引の新常識:「関税変動条項」導入の実務ガイド|global-scm.com