サプリメントを飲んでいる患者の肺炎も、あなたが疑うべき薬剤性肺障害です。
2025年4月に日本呼吸器学会から『薬剤性肺障害の診断・治療の手引き第3版2025』が刊行されました。前版の2018年改訂から7年ぶりとなる本手引きは、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬(ICI)、抗体薬物複合体(ADC)といった新規薬剤の登場を受けて、抜本的な内容更新が行われています。
まず確認しておきたいのが、「薬剤性肺障害」の定義です。第3版では「薬剤を投与中に起きた呼吸器系の障害のなかで、薬剤と関連があるもの」と定義されています。ここで重要なのは「薬剤」の範囲です。医師が処方した医療用医薬品だけでなく、市販薬・漢方薬・健康食品・サプリメント・さらには非合法薬までをも含むと明記されています。
つまり、処方薬以外の物質も厳密に問診することが求められます。
実際、ウコン(クルクマ)のサプリメントが原因となった薬剤性肺障害の症例報告も存在します。患者側が「薬ではなく健康食品」として認識しているため申告しないケースが少なくなく、臨床医が積極的に問診しなければ見落とすリスクが高い領域です。また、「呼吸器系の障害」も間質性肺疾患に限らず、気道病変・血管病変・胸膜病変など多様な形態を含む点を再認識しておく必要があります。
国内における原因薬剤の内訳をみると、抗がん薬(分子標的薬・ICIを含む)が25%と最多であり、抗菌薬13%、漢方薬10%、関節リウマチ治療薬6%の順で続きます。抗悪性腫瘍薬の比率が高まっている背景には、近年の腫瘍内科領域における薬剤の多様化があります。すべての臨床医にとって鑑別として念頭に置くべき疾患です。
参考:日本呼吸器学会による薬剤性肺障害手引き第3版の概要
薬剤性肺障害の診断・治療の手引き第3版2025 – 日本呼吸器学会
第3版で新たに追加された「図II-1 薬剤性肺障害の診断手順」は、実臨床への応用を強く意識した内容です。診断の流れは大きく5ステップで構成されています。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ① | 問診で原因となる薬剤の使用歴を詳細に確認 |
| ② | 諸検査で他の原因疾患(感染症・心不全・原病悪化)を否定 |
| ③ | 原因として疑う薬剤の既報を文献・添付文書で調査 |
| ④ | 被疑薬の中止による改善を確認 |
| ⑤ | 再投与試験による再発確認(必要に応じて) |
診断において特に注意が必要なのが「DLST(薬剤リンパ球刺激試験)の限界」です。DLSTは薬剤性肺障害の診断補助に用いられることがありますが、偽陽性・偽陰性の頻度が低くなく、検査方法の基準も不明確という問題があります。つまり「DLSTが陰性だから原因薬を否定できる」とは言えません。
DLSTが陰性でも、薬剤性肺障害の可能性を排除してはいけません。
この点はガイドラインでも「DLSTを重視した確定診断は控える必要がある」と明記されており、あくまで参考情報として扱うことが推奨されています。診断の核心はやはり、被疑薬の特定と中止後の経過観察による改善確認にあります。
胸部CTでは5つの主要な画像パターンが分類されています。DAD(びまん性肺胞傷害)パターン・OP(器質化肺炎)パターン・HP(過敏性肺炎)パターン・NSIP(非特異性間質性肺炎)パターン・AEP(急性好酸球性肺炎)パターンの5種類です。第3版ではALK阻害薬やADCによる肺障害の画像パターンも新たに追加されており、最新の臨床像に対応した内容となっています。
血液検査においては、KL-6・SP-A・SP-DといったKL-6などの肺胞上皮特異的マーカーが経過観察や重症度把握に有用です。新バイオマーカー候補分子としてstratifin・LPC(lysophosphatidylcholine)・HMGB1の国内報告も概説されており、今後の臨床応用が期待されています。
参考:ケアネットによる第3版改訂ポイントの解説記事
全医師が遭遇しうる薬剤性肺障害、診断・治療の手引き改訂 – CareNet
薬剤性肺障害の治療における第一原則は、被疑薬の特定と速やかな中止です。これが基本です。
第3版では「図III-2 薬剤性肺障害の薬物療法の例」として重症度別のフローチャートが新たに追加され、臨床判断の道標が明確化されました。治療戦略の概要は以下のとおりです。
ステロイドパルスでも改善しない難治例では、シクロホスファミド静注療法(IVCY)やタクロリムスなどの免疫抑制薬の追加が考慮されます。厳しいところですね。ただし、これらはいずれも薬剤性肺障害に対する保険適用外であることを忘れてはなりません。
また、ステロイド抵抗性の重症例を除いて、免疫抑制薬の追加は保険適用外という点は患者説明にも関係します。重症化リスクの高い症例では早期からステロイドを導入し、レスポンスを丁寧に追うことが求められます。
予後に関しては、DADパターンを呈する症例が特に不良とされています。その他の予後不良因子として、高齢・喫煙歴・既存の間質性肺疾患・低酸素血症・低PS・KL-6やSP-Dの高値・BALF中の反応性II型肺胞上皮細胞の存在などが挙げられています。これらの因子が重なる症例では、早急な入院管理と専門医へのコンサルトが必要です。
参考:HOKUTOによる第3版の改訂要点まとめ
薬剤性肺障害の診断・治療の手引き第3版 改訂の要点 – HOKUTO
薬剤性肺障害には明確な「人種差」が存在します。意外ですね。第3版でも明示されているとおり、国際比較により日本人で発症率が高い薬剤が存在することが確認されています。
最もよく知られる例がゲフィチニブ(イレッサ)による間質性肺炎です。欧米の試験では発症率がほぼ0〜0.6%であったのに対して、日本人では3.98〜5.81%という極めて高い発症率が報告されています。欧米と日本での差は約5〜10倍にも上ります。
さらにオシメルチニブ(第3世代EGFR-TKI)でも、FLAURA試験の日本人サブセットでILD発症率が12.3%、AURA3試験では7.3%と報告されており、どちらも日本人での高発症が裏付けられています。
この人種差が生じる理由については、遺伝的背景・既存の間質性肺疾患合併率の差・環境因子などが複合的に関与していると考えられています。まだ完全に解明されたわけではありませんが、臨床的にはアジア人・とりわけ日本人においてはEGFR-TKIやICI使用時のモニタリングを特に厳重に行う必要があります。
また、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による免疫関連有害事象(irAE)としての肺障害も増加しています。抗PD-1抗体であるニボルマブによる肺障害のうち、腫瘍周囲に浸潤影を呈した症例では優れた奏効率が得られたという報告もあり、「肺障害の出現が一部の癌種では抗腫瘍効果と相関する可能性がある」という新たな知見が注目されています。
日本人患者に分子標的薬やICIを使用する際は、投与開始から特に最初の数週間は呼吸器症状の出現に細心の注意を払う必要があります。リスクが高いと認識することが肝要です。
薬剤性肺障害が疑われた場合、患者への制度案内が重要です。医薬品副作用被害救済制度(PMDA運営)は、医薬品を適正に使用したにもかかわらず副作用で健康被害が生じた場合に、医療費・医療手当・障害年金などを給付する公的な制度です。
ただし、この制度には重大な注意点があります。
抗悪性腫瘍薬や免疫抑制薬の多くは、同制度の給付対象外とされています。 薬剤性肺障害の原因薬剤として最多を占める抗がん剤が、制度の保護を受けられないということです。この事実を患者に伝えていない医療従事者は少なくないと思われますが、第3版ガイドラインでも「抗悪性腫瘍薬の多くは対象外である点を患者に周知すべき」と明記されています。
対象外となる主な薬剤カテゴリとしては、抗悪性腫瘍薬・免疫抑制薬などが含まれます。給付の対象外となる場合も明確に説明することが、インフォームドコンセントの一環として求められます。
一方で、漢方薬・抗菌薬・抗不整脈薬(アミオダロンなど)・NSAIDsなど、処方医薬品の多くは制度の対象となりえます。薬剤性肺障害が発症した場合は、原因薬剤の種類によって患者が受けられる支援の有無が異なるため、早期に情報提供することが重要です。
制度の申請はPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に対して行います。申請に必要な書類として、医師の診断書・投薬証明書・受診証明書などが必要となります。日常診療の中で「こういう制度がある、ただしこの薬は対象外」という一言を添えるだけで、患者の信頼と安心に大きくつながります。
参考:PMDA 医薬品副作用被害救済制度の対象・除外医薬品について
対象除外医薬品等とされている医薬品とはどのようなものですか – PMDA
第3版で新たに追加された「第VI章 医療連携」は、非呼吸器専門医・かかりつけ医向けに特化した内容です。薬剤性肺障害は呼吸器内科だけが対応する疾患ではなく、腫瘍内科・リウマチ科・循環器内科・一般内科・薬剤師など、複数の職種が関与する疾患です。チーム医療が原則です。
実臨床で見落とされやすいポイントを以下に整理します。
患者指導として、投与開始前に「咳・息切れ・発熱が出たらすぐ受診」と具体的に伝えることが重要です。これは使えそうです。抽象的な説明では患者が「ただの風邪かも」と判断して受診を遅らせてしまうリスクがあるからです。
薬剤師は処方内容を横断的に把握できる立場にあり、重複薬剤の確認や副作用リスクの評価においてきわめて重要な役割を担います。外来において病院薬剤師や保険薬局薬剤師と連携した薬学的管理を強化することが、薬剤性肺障害の早期発見・早期対応につながります。
専門医への紹介タイミングとしては、①被疑薬中止後も改善がみられない、②重症の低酸素血症(SpO₂低下)を呈する、③胸部CTでDADパターンが疑われる、④診断が困難な場合、の4点が目安となります。これらの場合は速やかに呼吸器専門医に紹介することが求められます。
参考:日本呼吸器学会市民向け薬剤性肺炎の解説ページ
C-05 薬剤性肺炎 – 日本呼吸器学会(市民のみなさんへ)