2025年4月2日、トランプ大統領は全世界の輸入品に対する新たな関税政策を発表しました。この政策の中心となるのが「相互関税」という考え方です。相互関税とは、貿易相手国が米国に課している(とトランプ政権が認識する)関税と同等の水準を、逆に相手国に課すという仕組みです。
トランプ大統領は「日本はアメリカの輸出品に46%相当の関税をかけている」と主張し、その報復として日本に対して24%の関税を課すことを表明しました。この関税は2025年4月9日から施行される予定です。
この46%という数字の算出根拠は明確にされていませんが、関税だけでなく非関税障壁なども含めた複合的な判断によるものと考えられています。専門家からは「想定以上に厳しい」「予想外で驚いた」という反応が出ており、日本経済への影響が懸念されています。
各国への相互関税率を見ると、日本の24%に対し、中国は34%、EU諸国は20%、韓国は25%となっています。特に高いのはカンボジア(49%)とベトナム(46%)で、これは中国企業が関税回避のためにこれらの国を経由して米国に輸出しているという認識に基づいています。
トランプ大統領の相互関税政策発表後、円相場は対ドルで強含みの展開となっています。2025年4月初旬には1ドル=146円前後で推移していましたが、円高傾向が強まっています。この円高の背景には複数の要因が絡み合っています。
第一に、関税による米国経済への悪影響が懸念され、米国の景気後退リスクが高まっていることが挙げられます。米国経済の減速懸念は米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測を強め、ドル安・円高の要因となっています。
第二に、世界的な貿易摩擦の激化によって市場のリスク回避姿勢が強まり、安全資産としての円の需要が高まっています。アブソリュート・ストラテジー・リサーチの金利戦略責任者であるエブラヒム・ラバリ氏は「日本円は貿易紛争や米国の景気後退から身を守るための強力な候補となる可能性が高い」と指摘しています。
第三に、日本と米国の金利差縮小も円高要因となっています。米国の利下げ観測が強まる一方、日本銀行は金融政策の正常化を進めており、日米の金利差が縮小する方向に動いています。
ただし、円高傾向の持続性については不透明な部分もあります。日銀の金融政策の方向性や、今後の米中貿易交渉の進展次第では、為替相場が再び変動する可能性があります。
トランプ政権による相互関税政策は、日本経済と貿易構造に多面的な影響をもたらす可能性があります。
まず、日本からアメリカへの輸出に大きな打撃となることが予想されます。特に自動車産業は深刻な影響を受ける恐れがあります。トランプ大統領は自動車と自動車部品に対して25%の関税を課すことを別途表明しており、これが日本の自動車メーカーの収益を圧迫する可能性があります。
一方で、円高の進行によって輸入コストが下がる可能性もあります。特に日本が輸入に依存している小麦などの食料品や石油・ガスなどのエネルギー関連の価格が下がれば、国内の物価抑制につながる可能性があります。
また、アメリカ市場への輸出が困難になることで、日本企業は他の市場への輸出拡大や国内市場の強化を図る可能性があります。これにより、日本の貿易構造が中長期的に変化する可能性も考えられます。
さらに、相互関税の影響はサプライチェーン全体に波及する可能性があります。日本企業がアメリカ向け輸出を維持するために、生産拠点をアメリカ国内に移転するなどの対応を迫られる可能性もあります。
りそな総合研究所の荒木秀之主席研究員は「今後、輸入制限の緩和や、日本側は譲歩などして交渉する余地はある」としつつも、「交渉のスタートラインに立てるかどうかも不透明」と指摘しています。
トランプ政権の相互関税政策と、それに伴う円高傾向は、私たち日本人の日常生活にも様々な影響を及ぼす可能性があります。
まず、円高の進行により、輸入品の価格が下がる可能性があります。特に原油や天然ガスなどのエネルギー資源、小麦などの食料品の輸入価格が下がれば、ガソリン価格や食品価格の安定化につながる可能性があります。
また、円高は海外旅行がしやすくなるというメリットをもたらします。特にアメリカへの旅行が割安になる可能性があります。一方で、円高によって日本を訪れる外国人観光客(インバウンド)が減少する可能性もあり、観光業への悪影響が懸念されます。
消費者にとっては、アメリカからの輸入品が値上がりする可能性があります。例えば、アメリカ企業のスーパー「コストコ」の商品や、アメリカ製の医薬品などが影響を受ける可能性があります。ただし、円高の進行度合いによっては、関税の影響が相殺される可能性もあります。
さらに、相互関税の影響で世界経済が減速すれば、日本企業の業績悪化や雇用情勢の悪化につながる可能性もあります。特に輸出依存度の高い製造業が影響を受ける可能性があります。
一方で、アメリカ以外の国々が米国向け輸出を減らし、日本を含む他国への輸出を増やす可能性もあります。これにより、一部の輸入品が供給過剰となり価格が下がる可能性もあります。
トランプ政権の相互関税政策に対して、日本政府や企業はどのように対応すべきでしょうか。また、円高が進行した場合の対策はどのようなものが考えられるでしょうか。
まず、日本政府としては、米国との二国間交渉を通じて関税の引き下げや除外を求める外交努力が重要です。2019年に締結された日米貿易協定の際には、日本側が牛肉・豚肉の関税引き下げなどで譲歩した経緯があります。今回も同様の交渉が行われる可能性がありますが、トランプ政権の姿勢は従来よりも強硬になっている点に注意が必要です。
また、日本企業としては、米国市場への依存度を下げるためのリスク分散が重要になります。具体的には、アジアやヨーロッパなど他の市場への輸出拡大や、米国内での現地生産強化などの対応が考えられます。
円高対策としては、日本銀行による為替介入の可能性も考えられますが、効果は限定的である可能性があります。むしろ、円高メリットを活かした海外企業の買収や、原材料の輸入コスト低減などの戦略的対応が重要になるでしょう。
長期的には、日本経済の構造改革を進め、内需主導の成長モデルを構築することが重要です。輸出依存型の経済構造では、このような貿易摩擦や為替変動の影響を受けやすいためです。
さらに、企業としては為替リスクヘッジの強化も重要です。為替予約や通貨オプションなどのデリバティブを活用して、為替変動リスクを軽減する取り組みが求められます。
日本銀行の為替介入に関する研究論文では、円高対策としての為替介入の効果と限界について詳細な分析が行われています
トランプ政権の相互関税政策は、日本だけでなく世界経済全体に大きな影響を与える可能性があります。また、その中での円の国際的な位置づけにも変化が生じる可能性があります。
まず、相互関税の導入により、世界的な貿易の縮小が懸念されます。国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミストであるモーリス・オブストフェルド氏は「彼(トランプ氏)は今まさに国際貿易システムに核爆弾を落とした」と警告しています。世界貿易の縮小は、グローバルなサプライチェーンの混乱や世界経済の成長率低下につながる恐れがあります。
また、相互関税の導入は、世界的なインフレ圧力を高める可能性があります。特に米国では、輸入品の価格上昇が消費者物価の上昇につながる可能性があります。これにより、FRBの金融政策運営が難しくなる可能性もあります。
一方、このような不確実性の高まりの中で、円は「安全資産」としての地位を強化する可能性があります。レイモンド・ジェームズ・インベストメント・マネジメントのマット・オートン氏は「日本円とスイスフランは関税に対する市場の激しい反応を緩和するのに役立つ通貨だ」と指摘しています。
また、米国の一方的な関税政策は、ドルの基軸通貨としての信頼性を低下させる可能性もあります。これにより、国際通貨システムにおける円やユーロなどの役割が相対的に高まる可能性も考えられます。
さらに、米中対立の激化により、世界経済の二極化が進む可能性もあります。日本はその中で、どちらの陣営にも属さない「第三の極」としての役割を模索する可能性もあります。
長期的には、このような貿易摩擦の激化は、グローバル化の後退や地域経済圏の強化につながる可能性があります。日本としては、アジア太平洋地域における経済連携の強化が重要になるでしょう。