報復関税とは、ある国が課した関税に対して、相手国が対抗措置として実施する関税のことを指します。現在、トランプ政権が実施した「相互関税」政策に対して、世界各国が報復措置を検討・実施している状況です。
トランプ政権は2025年に入り、鉄鋼・アルミニウムに対する関税を強化し、さらに自動車・同部品に対しても25%の関税を課しました。これらの措置は「安全保障上の重要産業」を保護するという名目で実施されていますが、実質的には米国の貿易赤字削減を目的としています。
米国の実効関税率は、これらの措置によって2024年の2.4%から21.1%へと大幅に上昇する見込みです。特に注目すべきは、トランプ政権が「鉄鋼・アルミ、自動車、半導体、医薬品、木材、銅」などを重要産業と位置づけており、今後さらに関税対象が拡大する可能性がある点です。
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は、トランプ政権による鉄鋼・アルミニウムへの関税に対抗するため、一連の米国製品に25%の対抗関税を課すことを提案しました。この提案は2025年4月7日に発表され、ロイターが入手した文書によると、ダイヤモンドやペンタフロオロエタン、鶉など多岐にわたる商品が対象となっています。
特筆すべきは、これらの報復関税の実施時期が段階的に設定されている点です。一部品目に対する関税は5月16日から発効し、アーモンドや大豆など他の品目については12月1日から施行される予定です。
通商担当のドムブロフスキス欧州委員は、これらの報復関税の影響額が、以前に発表された20億ユーロ(約84億4000万ドル)よりも小さくなると予測しています。また、当初検討されていたバーボンやワイン、乳製品などは最終的なリストから除外されました。これは、EUが米国との全面的な貿易戦争を回避しつつ、一定の対抗措置を示す戦略的な判断と見られています。
米中間の貿易摩擦は、報復関税の応酬によってさらに激化しています。トランプ大統領は2025年4月7日、中国が「相互関税」に対する34%の報復関税を撤回しなければ、新たに50%の追加関税を課すと表明しました。この期限は4月8日と設定され、米中関係は一触即発の状況となっています。
中国経済への影響は深刻です。輸入の価格弾力性を1と仮定すると、中国の実質GDP水準は直接的に約0.7%押し下げられると試算されています。中国は米国向け輸出依存度が高いため、関税による打撃は避けられません。
さらに懸念されるのは、この貿易摩擦がサプライチェーンの再編を促進し、中長期的には世界的な製造コスト上昇につながる可能性があることです。中国企業は生産拠点の分散や、東南アジアなど第三国経由での輸出増加など、様々な対応策を模索していますが、短期的な対応には限界があります。
日本はトランプ政権の関税政策に対して、報復措置を控えながら交渉を進める方針を示しています。しかし、米国の輸入減少による影響は避けられず、日本の実質GDP水準は直接的に約0.5%押し下げられると試算されています。
特に自動車産業への影響は大きく、25%の関税が課されることで、日本の自動車メーカーは米国市場での競争力低下を余儀なくされます。トヨタ自動車やホンダなど主要メーカーは、米国内での生産比率を高めることで関税の影響を最小限に抑える戦略を強化しています。
日本企業にとっての対策としては、以下の点が重要となります。
日本政府は米国との二国間交渉を通じて、自動車や鉄鋼製品の関税除外を求めていますが、交渉の行方は不透明です。企業としては、最悪のシナリオを想定した事業計画の策定が求められています。
報復関税の連鎖は、単なる二国間の問題を超えて、世界経済全体に深刻な影響をもたらす可能性があります。FRBの用いるマクロ計量モデル(FRB/US)に基づくと、米国の相互関税と他国の報復措置が実施された場合、米国の実質GDP水準は約0.5%押し下げられ、失業率は0.3%ポイント上昇すると試算されています。
さらに懸念されるのはインフレへの影響です。輸入物価の上昇が消費者物価に波及することで、米国のPCEインフレ率は1.1%ポイント程度押し上げられると見込まれています。これは金融政策の正常化を遅らせる要因となり、長期的な経済成長に悪影響を及ぼす可能性があります。
世界全体で見ると、貿易の停滞は各国の消費や設備投資マインドの悪化につながり、経済的な悪影響が連鎖的に拡大するリスクがあります。特に対米貿易黒字が相対的に大きい東アジア諸国(日本:-0.5%、中国:-0.7%、韓国:-0.9%)への影響が懸念されています。
長期的には、経済合理性に基づくサプライチェーン構築の見直しが進み、世界的な製造コストの上昇につながる可能性があります。これは「スローバリゼーション」あるいは「フレンドショアリング」と呼ばれる現象を加速させ、地政学的な同盟関係に基づく経済ブロック化を促進する可能性があります。
このような状況下では、企業は地政学リスクを考慮した経営戦略の構築が不可欠となります。特に、複数の生産拠点を持つグローバル企業は、リスク分散と柔軟な生産体制の構築が求められています。
また、投資家にとっては、貿易摩擦の影響を受けにくいセクターや、国内市場志向の企業への投資シフトが検討課題となるでしょう。特に、インフラ、ヘルスケア、再生可能エネルギーなどの分野は、貿易摩擦の直接的な影響を受けにくい特性があります。
報復関税の連鎖は、短期的には経済成長の減速とインフレ圧力の高まりをもたらしますが、中長期的には世界経済の構造変化を促す転換点となる可能性があります。各国政府は、保護主義的な措置の応酬を避け、多国間協議を通じた解決策を模索することが重要です。
世界貿易機関(WTO)の機能強化や、地域経済連携協定の拡充など、多国間の枠組みを通じた貿易ルールの再構築が求められています。しかし、現状ではトランプ政権の一方的な措置と各国の報復の応酬が続く可能性が高く、世界経済の不確実性は当面続くと予想されます。
企業や個人は、この不確実性を前提とした経済活動の再設計が求められており、リスク分散と柔軟な対応力の強化が今後の生き残り戦略の鍵となるでしょう。特に、サプライチェーンの多様化、デジタル化の推進、人材育成への投資など、長期的な競争力強化につながる取り組みが重要となります。
報復関税の連鎖は、グローバル経済の脆弱性を露呈させる一方で、より強靭で持続可能な経済システムへの移行を促す契機ともなり得ます。各国政府、企業、個人がこの変化に適応し、新たな経済秩序の構築に向けた取り組みを進めることが、今後の世界経済の安定と成長につながるでしょう。