非関税障壁(Non-tariff barriers)とは、関税以外の方法によって貿易を制限する障壁や制約のことを指します。これらは輸入や輸出の自由な流れを妨げ、貿易の平等性や競争力に影響を与える場合があります。
非関税障壁は多岐にわたり、主に以下のような形態があります。
これらの非関税障壁は、表向きは消費者保護や環境保護などの目的を掲げていることが多いですが、実質的には自国産業を保護するための手段として機能することがあります。
非関税障壁は長い間、国際貿易摩擦の原因となってきました。関税が国際協定によって徐々に引き下げられてきた一方で、非関税障壁は増加傾向にあります。
国際通商の自由を担保するために、非関税障壁の一つとなりうる規格を国際的に統一する動きが高まっています。これはWTO/TBT協定(世界貿易機関の貿易の技術的障害に関する協定)の一環として進められており、国際標準化機構(ISO)が工業分野の規格を策定しています。
歴史的に見ると、1980年代から90年代にかけての日米貿易摩擦においても、日本の流通制度や商慣行が非関税障壁として批判されました。当時は、日本の複雑な流通システムや系列取引が外国企業の市場参入を妨げているという主張がありました。
現在のトランプ政権による批判は、こうした歴史的な貿易摩擦の延長線上にあると言えます。しかし、今回は「相互関税」という新たな手法を用いて、非関税障壁を関税として数値化するという点が特徴的です。
非関税障壁は世界各国で様々な形で存在していますが、国によってその特徴は異なります。以下に主要国の非関税障壁の具体例を挙げます。
日本の非関税障壁の例:
EU(欧州連合)の非関税障壁の例:
中国の非関税障壁の例:
これらの非関税障壁は、表面上は消費者保護や国家安全保障などの正当な目的を持っていることが多いですが、結果として外国企業の市場参入を困難にしています。
国際比較の観点から見ると、日本の非関税障壁は特に自動車分野で顕著であり、これがトランプ政権の批判の的となっています。しかし、実際には多くの国が様々な形で非関税障壁を設けており、完全に自由な貿易を実現している国はほとんどありません。
トランプ政権が特に問題視しているのが、日本の自動車産業における非関税障壁です。米国通商代表部(USTR)の2025年の報告書では、日本の自動車分野における非関税障壁として以下の点が指摘されています。
トランプ大統領は第1次政権時にも、「米国の自動車メーカーは最高の環境性能、安全性を備えていたのに、日本での車両検査の後、拒否された」と語り、日本の安全・環境基準を「致命的な関税のようなものだ」と批判していました。
実際、米国車が日本市場で占めるシェアは非常に小さく、かつてビッグ3と呼ばれた米国メーカーのうち、日本で正規代理店を展開するのはゼネラル・モーターズ(GM)だけとなっています。フォードは日本から撤退して久しく、旧クライスラー(現ステランティス)も日本で展開するブランドはジープだけになっています。
しかし、日本側の見解では、米国車が日本で売れない理由は非関税障壁ではなく、日本市場の特性(狭い道路、右ハンドル、燃費重視など)に合った車を米国メーカーが提供していないことが主な原因だとされています。
非関税障壁の撤廃は、短期的には混乱をもたらす可能性がありますが、長期的には経済にポジティブな影響をもたらす可能性があります。
短期的な影響:
長期的な経済効果:
野村證券の市場戦略リサーチ部の分析によれば、非関税障壁を緩和させることは競争促進政策でもあり、長い目で見れば日本の経済成長に資する可能性があるとされています。また、日本の大企業はすでに米国内に生産拠点を設けるなど、関税の影響を受けない直接投資を他国に比べると進めており、相対的に関税の影響を受けにくい面もあります。
一方で、非関税障壁の撤廃によって、食品の安全基準や環境規制などが緩和されれば、消費者保護の観点からは懸念が生じる可能性もあります。例えば、食品の製造年月日の表示義務は輸入食品にとって不利な非関税障壁であるとして消費期限のみの表記へと制度変更された事例もあり、消費者がデメリットを被る可能性もあります。
トランプ政権が2025年4月に発表した「相互関税」政策の最大の特徴は、非関税障壁を関税として数値化した点にあります。これは従来の貿易政策とは一線を画す新たなアプローチです。
相互関税政策の基本的な考え方は、米国製品に対して相手国が課している関税率と同等の関税を、その国からの輸入品に課すというものです。しかし、トランプ政権はここに新たな要素として、相手国の非関税障壁も関税率に換算して加算するという手法を導入しました。
具体的には、米国通商代表部(USTR)が2025年3月31日に公表した「2025年国家通商報告書」に基づき、各国の非関税障壁を数値化しています。この結果、日本に対しては24%の相互関税が設定されました。これは、日本が米国製品に課している実際の関税率よりもはるかに高い数値です。
相互関税の国別税率は以下の通りです。
さらに、これらの国別の相互関税に加えて、全ての輸入品に対して10%の「基礎的関税」が導入されます。つまり、日本からの輸入品に対しては、合計で34%(24%+10%)の関税が課される計算になります。
ただし、税率の算出方法の詳細は明らかにされておらず、どのような基準で非関税障壁を数値化したのかは不透明な部分が残っています。
トランプ政権が日本の非関税障壁として特に批判しているのは、以下の点です。
ベセント米財務長官は「日本の非関税障壁は高い」と公言しており、トランプ政権は日本に対して非関税障壁の撤廃を強く求めています。特に自動車分野は、米国の対日貿易赤字の大きな要因となっているため、重点的に取り上げられています。
トランプ政権の相互関税政策が日本経済に与える影響は、短期的にも長期的にも大きいと予測されています。
短期的な影響:
長期的な影響と対応策:
フジテレビの智田裕一解説副委員長は「発表内容次第では景気悪化が一段と意識され、経済全体への影響がすぐに強まってくる可能性がある」と指摘しています。
一方で、野村證券の分析では「日本企業全体の中長期的な成長がこれでストップすると悲観視する必要はない」との見方も示されています。日本の大企業はすでに米国内に生産拠点を設けるなど、関税の影響を受けない直接投資を他国に比べると進めており、相対的に関税の影響を受けにくい面もあるためです。
トランプ政権の相互関税政策を受けて、日米間では今後、非関税障壁をめぐる交渉が本格化すると予想されます。
交渉の焦点となる可能性が高い分野: