RCEP(地域的な包括的経済連携)協定は、日本を含むアジア太平洋地域の15カ国が参加する大規模な経済連携協定です。この協定の重要な側面の一つが関税率表、すなわち「譲許表」です。譲許表とは、RCEP適用時の関税率を示した表で、国ごとに設定されています。
輸出入業務に携わる方々にとって、この譲許表を正確に理解し活用することは、ビジネスコストの削減と競争力強化につながります。本記事では、RCEP関税率表の基本から実務での活用方法まで詳しく解説します。
RCEP関税率表、すなわち譲許表は、RCEP協定適用時の関税率を示した公式文書です。この譲許表は各締約国ごとに作成されており、日本への輸入時と日本からの輸出時で参照すべき譲許表が異なります。
譲許表の基本構成は以下の通りです:
譲許表を読む際の重要なポイントは、すべての品目が即時に関税撤廃されるわけではないということです。品目によっては段階的に関税が引き下げられるものや、一部の国に対してのみ関税が引き下げられるものもあります。
例えば、プラスチック製の箱(HSコード:3923.10-000)の場合、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランドを原産地とする製品は即時に無税となりますが、中国、韓国を原産地とする製品は1年目に3.5%、その後段階的に引き下げられていく設定となっています。
RCEP協定の特徴的な点として「税率差ルール」があります。これは、同一の原産品であっても、原産国によって適用される関税率が異なる場合があるというルールです。
税率差とは、RCEP協定第2.6条1の注において、「輸入締約国が同一の原産品について適用する異なる関税上の待遇」と定義されています。日本への輸入の場合、相手国に応じて以下の3種類の税率が設定されています:
これにより、税率差が発生している品目数は約2,700にのぼります。
税率差ルールを理解することは、最適な調達先の選定や生産拠点の戦略的配置など、ビジネス戦略に大きな影響を与えます。例えば、同じ製品を複数の国から調達可能な場合、税率差を考慮することで、より有利な条件で輸入することが可能になります。
RCEP協定における関税削減は、品目によって異なるスケジュールで実施されます。譲許表では、この段階的な関税削減スケジュールが明確に示されています。
主な関税削減カテゴリーは以下の通りです:
例えば、中国の譲許表を見ると、HSコード「2204.10.00」(スパークリングワイン)は基本税率(BASE RATE)が14.0%で、そこから数年かけて段階的に関税が引き下げられ、最終的には関税が撤廃されます。
一方、HSコード「2202.90.00」は基本税率が35%で、Year1以降に「U」の表示があり、これは除外品目を意味し、35%のまま関税が下がらない品目となっています。
このような段階的関税削減スケジュールを理解することで、中長期的な事業計画や価格戦略の立案に役立てることができます。
RCEP協定では、原産国の決定が関税率適用において重要な役割を果たします。特に、税率差がある場合、どの国の税率が適用されるかを決定する「RCEP原産国」の概念が重要です。
RCEP原産国の決定には、以下のルールが適用されます:
輸出締約国がRCEP原産国となり、その国に対する税率が適用されます。
輸出締約国において「軽微な工程を超える生産工程」が行われている場合に限り、その輸出締約国がRCEP原産国となります。
「当該原産品の価額の総額20パーセント以上が当該原産品の生産において付加される締約国」がRCEP原産国となります。
特に注目すべきは、付加価値基準です。例えば、中国で生産された部品をベトナムで組み立てた製品の場合、ベトナムでの付加価値が製品価額の20%以上であれば、ベトナムがRCEP原産国となり、ベトナムに対する税率が適用されます。
この原産国ルールと付加価値基準を理解することで、サプライチェーンの最適化や生産工程の戦略的配置が可能になります。
RCEP関税率表を実務で活用するためのポイントと、効率的な譲許表の検索方法について解説します。
譲許表の検索方法:
実務上の注意点:
RCEPのHSコードは2012年のHSコードを基準としています。現行のHSコードと異なる場合があるため、対応表を確認する必要があります。
同じ製品でも原産国によって税率が異なる場合があるため、複数の調達先がある場合は比較検討が重要です。
即時撤廃ではなく段階的に関税が引き下げられる品目については、年度ごとの税率変化を把握し、中長期的な調達計画に反映させましょう。
譲許表において「U」と表示されている品目は、RCEP譲許品目の対象外となるため、他の貿易協定の活用も検討する必要があります。
RCEP税率を適用するためには、適切な原産地証明書が必要です。自己申告制度も利用可能ですが、必要書類の準備と保管が重要です。
実務では、これらのポイントを踏まえた上で、自社の輸出入品目について定期的に譲許表を確認し、最適な貿易戦略を立案することが重要です。
RCEP協定は、既存の経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)と並行して存在しています。そのため、最も有利な協定を選択することが、輸出入コストの最適化につながります。
RCEPと他協定の比較ポイント:
同じ品目でも、協定によって関税率や削減スケジュールが異なります。例えば、日本とASEAN諸国間では、日ASEAN協定とRCEP協定の両方が適用可能ですが、品目によって有利な協定が異なる場合があります。
協定ごとに原産地規則が異なるため、ある協定では原産品と認められても、別の協定では認められない場合があります。RCEPでは、累積規定が広範囲に適用されるため、複雑なサプライチェーンを持つ製品に有利な場合があります。
RCEPでは自己申告制度が採用されており、原産地証明手続きが簡素化されています。これにより、他の協定と比較して手続きコストが削減できる場合があります。
実践的な活用術:
同じ取引先との間でも、品目ごとに最も有利な協定を選択することが可能です。例えば、ある品目はRCEPを、別の品目は二国間EPAを利用するといった戦略が考えられます。
RCEPの広域累積規定を活用することで、域内15カ国からの調達・生産体制を柔軟に構築できます。これにより、コスト削減と原産地規則への対応が同時に実現できます。
RCEPと他協定の関税削減スケジュールを比較し、年度ごとに最適な協定を選択する計画を立てることで、中長期的な関税コスト削減が可能になります。
具体例として、日本から中国への自動車部品輸出では、日中二国間協定が存在しないため、RCEPの活用により新たな関税削減メリットが生まれています。一方、日本からタイへの輸出では、日タイEPAとRCEPを品目ごとに比較検討することで、最適な協定選択が可能です。
このように、RCEP関税率表を他協定と比較しながら戦略的に活用することで、グローバルサプライチェーンの最適化と競争力強化につなげることができます。
税関のRCEP協定税率差マニュアル - 税率差ルールの詳細な解説と具体例が掲載されています
RCEP協定の特徴的な要素として、「特定の原産品」に対する税率差ルールがあります。これは、関税に係る約束の表(附属書Ⅰ)の付録に掲げられた約100品目に適用される特別なルールです。
特定原産品の税率差ルール:
特定原産品に該当する場合、RCEP原産国の決定には以下のルールが適用されます:
「当該原産品の価額の総額20パーセント以上が当該原産品の生産において付加される締約国」がRCEP原産国となります。
付加価値の算定には、第3.5条(域内原産割合の算定)の規定に必要な変更を加えた計算式が用いられます。一般的には、以下の要素が考慮されます:
実務応用例:
例えば、中国で生産された部品(価値80%)をベトナムで組み立て(付加価値20%)、日本に輸入する場合を考えてみましょう。
この製品が特定原産品に該当し、ベトナムでの付加価値が20%以上であれば、ベトナムがRCEP原産国となり、ベトナムに対する税率が適用されます。一方、ベトナムでの付加価値が20%未満であれば、最大の価値が付加された国(この場合は中国)がRCEP原産国となります。
このルールを実務に応用する際のポイントは以下の通りです:
付加価値を正確に計算し、20%基準を満たすかどうかを判断することが重要です。この計算には、材料費、労務費、間接費などの詳細な記録が必要です。
税率差を考慮して、生産工程を戦略的に配置することで、より有利な関税率を適用することが可能です。例えば、関税率の低い国で20%以上の付加価値を生み出すよう生産工程を設計することが考えられます。
付加価値の計算根拠となる証拠書類(材料費の明細、労務費の記録など)を適切に保管することが重要です。税関当局による事後確認の際に必要となります。
材料費や労務費の変動により、付加価値の割合も変動する可能性があります。そのため、定期的に計算を見直し、RCEP原産国の判断に影響