収縮不全の心不全患者でも、EF値が50%を超える測定誤差が臨床現場で約15%発生しているという報告があります。
HFrEFとは「Heart Failure with reduced Ejection Fraction」の略称で、日本語では「左室駆出率の低下した心不全」と訳されます。ICD-10コードでは主にI50.x系統に分類され、電子カルテ上では「収縮不全型心不全」と記載されることが多いです。
病名としての正確な表記は施設間でばらつきがある点に注意が必要です。「うっ血性心不全」「慢性心不全」といった旧来の表記との混在が、診療録や処方箋で起きやすいです。これは診断の一貫性に影響します。
EFの閾値は「40%未満」が国際的な定義です。40〜49%はHFmrEF(mid-range)、50%以上はHFpEFと区別されます。つまり3つのカテゴリに明確に分けられているということですね。
臨床上、この分類が重要な理由は薬剤適応と直結するからです。β遮断薬やACE阻害薬による予後改善エビデンスはHFrEFに特異的なものが多く、HFpEFには同等のエビデンスが存在しません。病名の正確な把握が治療選択を左右します。
日本循環器学会の「急性・慢性心不全診療ガイドライン2023年改訂版」でも同様の分類が採用されています。ガイドライン改訂のたびにEF閾値の定義が議論されてきた経緯があり、最新版の確認は必須です。
日本循環器学会「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2023年改訂版)」- HFrEFの定義・分類の詳細確認に
HFrEFの診断に欠かせないのが心エコー検査です。特にバイプレーン法(Simpson法)によるLVEF測定が国際標準とされており、単断面での目測EFとは誤差が生じやすいです。誤差は最大で10〜15ポイントに及ぶこともあります。
これは実臨床では見逃しやすい落とし穴です。
たとえば「目測でEF45%」と判定した患者が、バイプレーン法では「EF38%」となりHFrEFに該当するケースがあります。この違いで使用できる薬剤・保険適用が変わります。正確な測定が条件です。
診断のフローとしては以下が標準的です。
BNPは心臓への負荷を反映するバイオマーカーです。ただし腎機能低下例ではNT-proBNPが偽高値になりやすく、解釈に注意が必要です。腎機能との組み合わせで判断します。
心エコー以外にも、MRI(心臓MRI)がEF測定のゴールドスタンダードとされています。被曝なく心筋の線維化(LGE)も評価でき、予後予測にも有用です。ただし施設要件やコストから日常臨床ではエコーが主流です。
HFrEFの薬物療法において、現在のガイドラインが推奨する基本4剤があります。これらは「ファンタスティック4(Fantastic Four)」とも呼ばれ、死亡率改善のエビデンスが揃っています。
| 薬剤クラス | 代表薬 | 主な効果 |
|---|---|---|
| ACE阻害薬/ARB/ARNI | エナラプリル、サクビトリル/バルサルタン | 心臓リモデリング抑制・死亡率低下 |
| β遮断薬 | カルベジロール、ビソプロロール | 心拍数低下・心保護作用 |
| MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬) | スピロノラクトン、エプレレノン | 体液管理・抗線維化 |
| SGLT2阻害薬 | ダパグリフロジン、エンパグリフロジン | 心血管死・心不全入院の低下 |
SGLT2阻害薬は2型糖尿病薬として登場しましたが、心不全への適応が拡大された経緯があります。これは意外ですね。糖尿病の有無にかかわらずHFrEF患者に適応があります。
ARNIであるサクビトリル/バルサルタン(エンレスト®)は、従来のACE阻害薬・ARBよりも心血管死亡・心不全入院を約20%低下させることがPARADIGM-HF試験で示されました。ただし薬価が高く、スタート時は既存ARBなどからの切り替えが必要です。
これらを同時開始するか段階的に導入するかは患者の腎機能・血圧・電解質によって変わります。一度に全薬剤を開始するのは低血圧・高カリウム血症のリスクがあるため原則ではありません。段階的な導入が基本です。
利尿薬(フロセミドなど)は症状緩和には必須ですが、予後改善エビデンスはファンタスティック4と異なります。あくまで症状管理の補助薬と位置づけることが重要です。
HFrEFの治療を最適化するには、原因疾患の特定が不可欠です。原因によって追加治療や予後が大きく変わるからです。
主な原因疾患は以下の通りです。
虚血性か非虚血性かの鑑別は、冠動脈CT・心臓カテーテル検査が有効です。非虚血性DCMでは遺伝子検査が注目されています。
家族性拡張型心筋症はDCM全体の約20〜35%とも言われており、LMNA遺伝子変異例では不整脈リスクが高くICD植え込みを早期に検討すべきケースがあります。遺伝性が疑われる場合は遺伝カウンセリングの紹介も考慮が必要です。
また、アルコール性心筋症は禁酒によって左室機能が改善する可逆的な病態です。EFが20%台でも禁酒後に40%以上に回復した事例が報告されており、原因検索が治療のカギになるということですね。
薬物療法だけがHFrEFの治療ではありません。一定の条件下ではデバイス治療が予後を劇的に改善します。
ICD(植え込み型除細動器) は、EF ≤ 35%かつ最適薬物療法3ヶ月以上実施後も改善しない症例で適応が検討されます。HFrEFでは心室性不整脈による突然死リスクが高く、ICDによる一次予防が有効です。
CRT(心臓再同期療法) は、QRS幅 ≥ 150msのLBBBパターンがある症例で特に効果が高いとされています。CRT-Dでは除細動機能も兼ねます。CRTの恩恵を受けられる患者の見落としが、臨床現場では課題となっています。
独自視点として見落とされがちなのが、塩分・水分管理の患者指導における数値の具体化です。「塩分6g/日未満」という指導は理解されにくいです。これは使えそうです。「醤油なら大さじ1杯(約2.6g)で塩分は1.5g相当」「カップラーメン1杯で塩分約5g」などの具体的な換算表を活用した指導が、再入院率低下に有効という報告があります。
体重管理も重要な自己管理指標です。「2日間で2kg以上の体重増加があれば受診」という基準を患者に伝えておくことで、急性増悪の早期発見につながります。これはシンプルですが強力なツールです。
心臓リハビリテーション(心リハ)もHFrEFでは有酸素運動によりQOLと運動耐容能の改善が期待できます。「心不全だから安静に」という考え方は古く、適切な運動療法は推奨されています。
日本循環器学会「心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン(2021年改訂版)」- HFrEFの運動療法の適応と実施方法の確認に