心不全症状がなくても、CRTが適応になる場合があります。
心臓再同期療法(CRT:Cardiac Resynchronization Therapy)は、重症心不全に対する非薬物治療の一つです。左脚ブロックなどによって左右の心室収縮に時間的なずれが生じると、心臓のポンプ機能が著しく低下します。CRTはこの「心室間非同期」を両心室ペーシングによって解消し、収縮の効率を回復させる治療です。
つまり、薬物で補いきれない心機能低下を「電気的に整える」治療法です。
デバイスには大きく2種類あります。除細動機能を持たない「CRT-P(ペーシング型)」と、突然死予防のためのICD機能を内蔵した「CRT-D(除細動器内蔵型)」です。日本では致死性不整脈リスクがある症例にはCRT-Dが優先的に選択される傾向にあります。
心不全に対する薬物療法(β遮断薬・ACE阻害薬/ARB・ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)が最適化されたうえで、なお症状が残る場合にCRTの適応を検討するのが基本の流れです。薬物療法の最適化が前提条件であることを最初に押さえておく必要があります。
参考:CRTの基本概念と適応の流れを整理したガイドライン解説
EBM LIBRARY:第3回 心臓再同期療法(CRT)の適応評価解説
適応評価は5項目のチェックが原則です。
日本循環器学会「不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版)」では、CRT適応を以下の5つの軸で判断するよう定めています 。 ebm-library(https://www.ebm-library.jp/circ/topics/spMN_review_03.html)
注意すべき点が一つあります。QRS幅のカットオフについて、日本と欧州・カナダのガイドラインで見解が分かれています 。欧州やカナダのガイドラインでは、QRS幅120〜129msかつLBBBの症例に対するCRTはClass III(推奨しない)とされています。しかし日本のガイドラインでは、日本人の体格や小さな左室容量の女性への有効性を示すデータを参照し、120ms以上をClass IIbとして適応の余地を残しています。 ebm-library(https://www.ebm-library.jp/circ/topics/spMN_review_03.html)
この差異は実臨床で混乱を生みやすい点です。欧州の文献を参照しているだけでは、適応と判断できる日本人患者を見落とす可能性があります。
| 項目 | 適応あり | 適応なし・要注意 |
|---|---|---|
| NYHA分類 | Ⅱ〜Ⅳ度 | Ⅰ度(一部例外あり) |
| LVEF | 35%以下 | 35%超 |
| QRS幅(日本) | 120ms以上(Class IIb) | 120ms未満 |
| QRS幅(欧州) | 130ms以上 | 120〜129ms(Class III) |
| QRS波形 | LBBB(推奨クラス高) | 非LBBB(クラス低下) |
結論は「5項目すべての確認」が条件です。
参考:QRS幅の基準と国際ガイドラインの相違点について
日本循環器学会:不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版)
心不全症状がまったくないNYHAⅠ度でも、CRTが適応になるケースがあります。これは多くの医療従事者が見落としやすいポイントです。
対象となるのは、「ペースメーカまたはICDの植込み適応があり、これから植込みを予定している症例」です 。右室単独ペーシングを行うと心房細動や心不全が増加することが知られており、将来的な心機能悪化を予防する目的でCRTが推奨されます。 ebm-library(https://www.ebm-library.jp/circ/topics/spMN_review_03.html)
意外ですね。
また、「すでにペースメーカ/ICDが植え込まれており、右室ペーシングへの依存が高い症例で心不全を呈している患者」へのCRTアップグレードも、Class IIaとして認められています 。つまり、既存デバイス患者のフォローアップ中にCRTアップグレードの必要性を判断する機会が実臨床で発生します。 ebm-library(https://www.ebm-library.jp/circ/topics/spMN_review_03.html)
この別表(ガイドライン P.47 表35)の存在を知らずに通常の心不全フローだけで評価すると、適応患者を取りこぼすリスクがあります。外来でペースメーカ患者をフォローしている医師・心臓リハビリに関わるコメディカルも、この視点を持っておくことが重要です。
日本のCRT導入率は米国の約4分の1にとどまっています。
米国での心不全患者に対するCRT導入率は1.00%/年であるのに対し、日本は0.26%/年と大幅に低く、近年さらに減少傾向にあるというデータがあります 。海外でもガイドライン適応症例のうち実際にCRTが植え込まれているのは約30%程度とされていますが、日本ではその水準よりさらに低い状況が続いています 。 toranomon.kkr.or(https://toranomon.kkr.or.jp/cms/departments/files/379dd0981cbba310b3a5bbd01916baec.pdf)
これはunderuse(過少使用)の問題です。
背景としては、①適応評価の複雑さ・ガイドラインの普及不足、②非専門医がデバイス治療に不慣れである、③紹介のタイミングが遅い、といった要因が挙げられます。特に非循環器専門医がCRTを考慮せずに内科的管理のみを継続している症例は相当数あると見られます。
2018年のガイドライン改訂で明確な適応基準(5項目チェック表)が設けられたのは、まさにこのunderuse問題を解消するためです。非専門医でも評価しやすい形になっているため、循環器以外の診療科も含めてガイドラインを参照する習慣が重要です。
| 国・地域 | CRT導入率(心不全患者あたり/年) |
|---|---|
| 米国 | 1.00% |
| 日本 | 0.26%(米国の約1/4) |
| 海外平均(適応症例中の実施率) | 約30% |
参考:日本のCRT導入率の現状と課題について
虎ノ門病院:心臓再同期療法の適応について(患者・医療者向け解説)
ガイドラインはQRS幅を重視していますが、QRS幅が120ms未満でも心室非同期が存在する「ナローQRS心不全」の存在は無視できません。
心室内の機械的非同期(mechanical dyssynchrony)を評価する手法として、心エコーによる指標が研究されてきました 。例えば心室中隔と左室側壁の基部における駆出期最高速度の時相差が60ms以上であれば心室内同期不全と判断する基準が提唱されており、QRS幅だけでは拾えない症例の存在が示されています。 jsum.or(https://www.jsum.or.jp/uploads_files/guideline/shindankijun/crt_41-1.pdf)
これが原則ではありません。
現行ガイドラインでは、心エコーによる機械的非同期の評価はCRT適応の主要基準には含まれておらず、あくまで補助的な位置づけです。理由としては、PROSPECT試験などで心エコー指標の再現性・予測能が不十分とされたことが挙げられます。ただし、実臨床ではQRS幅ギリギリの症例(120〜130ms)や非LBBBの症例で治療効果を見込む際、機械的非同期の確認が臨床判断の補助になることがあります。
専門施設での精査を検討する際は、このエコー評価の知識があると紹介時の情報提供がより正確になります。心不全専門チームや不整脈専門医への連携を図る際には、「QRS幅とともに機械的非同期の有無」を念頭に置いた情報を添えることで、意思決定がスムーズになります。
参考:心室同期不全の評価指標と診断基準について
日本心臓ペーシング・電気生理学会:心臓再同期療法の適応(同期不全評価基準含む)