⚠️ HAICのレスポンス評価でmRECISTを使わないと、奏効率が実際の約2倍過小評価される可能性があります。
肝動注化学療法(Hepatic Arterial Infusion Chemotherapy:HAIC)は、肝癌に対する局所療法の中でも特殊な位置を占めます。カテーテルを肝動脈に留置して高濃度の抗癌剤を直接注入する手技であり、全身化学療法と比較して肝内腫瘍への薬剤曝露量が格段に高くなります。
日本肝臓学会が発行する「肝癌診療ガイドライン」は数年ごとに改訂されており、2021年版では特に進行肝癌に対するHAICの位置づけが大きく見直されました。従来は「その他の治療」に分類されがちでしたが、門脈本幹浸潤(Vp4)を有する症例や、多発腫瘍で他の局所療法が困難な症例に対して推奨グレードBとして明確に記載されています。
つまり、ガイドライン上の「推奨」が明文化されたということです。
以前は施設ごとの経験則で適応を判断するケースが多かった背景があります。2021年改訂以前は、HAICを実施している施設と実施していない施設の間で適応基準が大きく異なっており、同じ病期の患者でも受ける治療が施設によって変わるという問題がありました。エビデンスの蓄積が適応の標準化を後押しした形です。
適応を検討する際に重要なのが、Child-Pugh分類による肝予備能の評価です。Child-Pugh AまたはBの症例が適応の中心となりますが、Child-Pugh Cの症例に対しては副作用リスクが高く、ガイドラインでも慎重な判断が求められています。肝予備能が原則です。
また、HAICの適応を決定する前に、TACEやソラフェニブなど他の治療法との比較検討が必要です。BCLC(Barcelona Clinic Liver Cancer)ステージCに相当する症例では、国際的なガイドラインと日本のガイドラインで推奨が異なる点があり、現場での判断をより複雑にしています。日本独自のHAICエビデンスがある分、この乖離は意識しておく必要があります。
HAICに用いられる主要なレジメンには、Low-dose FP(フルオロウラシル+シスプラチン)法とCISF法(シスプラチン動注+全身5-FU)などがあります。それぞれ奏効率・副作用プロファイル・投与スケジュールが異なります。
Low-dose FP法はリザーバーを用いた外来対応が可能で、奏効率は報告によって20〜40%程度のレンジにあります。シスプラチンの全身毒性を抑えるために低用量化したレジメンであり、外来通院が可能な患者の治療継続率向上に寄与しています。これは使えそうです。
一方、門脈浸潤陽性例を対象とした複数のランダム化比較試験では、CISF療法の全生存期間中央値(OS)がおよそ10〜14ヶ月というデータが蓄積されています。ソラフェニブ単独(OS中央値約7ヶ月)と比較したデータも存在しており、一定の優位性を示す報告があります。ただし試験デザインの違いに注意が必要です。
結論は「レジメン選択は腫瘍因子と肝予備能の両方で決める」です。
奏効判定に使用する評価基準も重要です。通常のRECISTv1.1は固形腫瘍の壊死・縮小を正確に反映しないため、HAICをはじめとした肝癌局所療法ではmRECISTの使用がガイドラインでも推奨されています。mRECISTでは腫瘍の壊死部を除いた「造影される生存腫瘍」の径を測定するため、HAICで壊死が誘導された症例を「奏効」として正確にカウントできます。
参考:日本肝臓学会「肝癌診療ガイドライン2021年版」では奏効判定基準としてmRECISTを推奨しています。
日本肝臓学会 肝癌診療ガイドライン2021年版(公式ページ)
2020年以降、アテゾリズマブ+ベバシズマブ(アテベバ)療法がChild-Pugh A・BCLC B〜C進行肝癌の一次治療として国際標準となりました。しかしこの流れの中でも、HAICの役割が消えたわけではありません。
アテベバ療法が奏効しない症例、あるいは初期から門脈Vp3〜4浸潤を有するような局所進行例では、HAICを組み合わせる戦略が複数の施設から報告されています。特に中国・韓国・日本からの後ろ向き研究では、アテベバ+HAICの併用でOS中央値が20ヶ月超という結果も出ており、注目を集めています。意外ですね。
ただし現時点では、HAICと免疫チェックポイント阻害薬の併用を推奨するエビデンスレベルの高い前向き試験はまだ限られています。現場で併用を検討する場合は、施設内の倫理委員会承認や患者への十分なインフォームドコンセントが前提となります。承認プロセスは必須です。
この領域は臨床試験が急速に進んでいます。HAIC+レンバチニブ、HAIC+ニボルマブといったレジメンの第II/III相試験が複数進行中であり、今後2〜3年以内に新たなエビデンスが出てくる可能性が高いです。ガイドライン改訂のサイクル(通常3〜5年)を待たずに、現場判断が求められる局面も増えるでしょう。
上記リンクは、HAIC+免疫チェックポイント阻害薬の組み合わせによる進行肝癌の治療成績を報告した研究で、奏効率・OSデータの参考になります。
HAICの実施にはリザーバーシステムの留置が伴うことが多く、その管理が治療継続率と安全性に直結します。リザーバーとは、腹部皮下に埋め込む薬液注入ポートのことで、これを通じてカテーテルから肝動脈に抗癌剤を注入します。
リザーバー留置後の主な合併症として報告されているのは、カテーテル閉塞(発生率:5〜15%程度)、胃・十二指腸潰瘍(動脈迷入による:約3〜8%)、リザーバーポート感染(約1〜3%)などです。合併症の発生頻度は施設経験値と術者技量に依存する部分が大きく、年間実施件数が少ない施設では相対的にリスクが上がります。
厳しいところですね。
合併症予防の観点から、胃・十二指腸への側副血行路の処理(コイル塞栓術)が術中に行われます。これを省略すると抗癌剤が胃粘膜に流入し、難治性潰瘍を来す可能性があります。処置の丁寧さが長期治療継続を左右するということです。
また、治療中は定期的な造影CT・血管造影によるカテーテル位置確認が必要です。位置ずれやカテーテル先端の血栓形成が見落とされると、治療効果の低下だけでなく非標的部位への薬剤流入リスクが生じます。定期確認が原則です。
看護師・診療放射線技師・薬剤師を含む多職種チームでの管理体制を整えることで、合併症の早期発見と対応が可能になります。特に外来HAIC施行施設では、患者への自己管理指導(ポート周囲の発赤・疼痛の観察など)も重要な安全管理の一環です。
ガイドラインは「標準的な推奨」を示すものですが、実臨床ではHAICに奏効しない症例への対応こそが腫瘍内科医・消化器内科医の力量が問われる場面です。この視点はガイドラインには明示されにくいため、施設ごとの知見が重要になります。
2クール施行後にmRECISTでPD(進行)と判定された場合、速やかな治療変更の検討が必要です。そのまま同レジメンを継続することで肝予備能が悪化し、その後の治療選択肢が著しく狭まるリスクがあります。「もう1クール様子を見る」という判断が患者の治療機会を奪うことがある、という点は現場で見落とされやすいです。
これは知らないと大きな損失です。
奏効不十分例に対する選択肢としては、①レジメン変更(FP→CDDP単剤、あるいは逆)、②TAE/TACEへの切り替え、③分子標的薬への移行、④臨床試験への登録、が考えられます。移行タイミングの判断には腫瘍因子だけでなく肝予備能の推移を含めた総合的な評価が求められます。
また、長期奏効例(6クール以上継続)では、リザーバーの定期交換や薬剤累積毒性(特にシスプラチンの腎毒性・末梢神経障害)のモニタリングが必要です。累積シスプラチン量が300mg/m²を超える症例では腎機能低下のリスクが顕著に上がることが知られており、クレアチニン・eGFRの定期チェックが欠かせません。数字だけ覚えておけばOKです。
奏効例においても「いつ終了するか」の判断基準がガイドラインに明確でない点は現場の課題です。完全奏効(CR)後の維持療法継続か終了かは、現時点では施設判断に委ねられており、今後のエビデンス集積が待たれます。
Minds医療情報サービス:肝細胞癌の治療ガイドライン解説(日本語・患者・医療者向け)
上記リンクでは、日本医療機能評価機構が管理するMindsのデータベースから肝細胞癌診療ガイドラインの要約と推奨グレードの根拠を確認できます。HAICの推奨根拠を患者説明に使う際の参考になります。