CRE感染症は「重症患者にしか起こらない」と思っている医療従事者ほど、市中感染例を見逃して院内アウトブレイクの起点を作るリスクがあります。
カルバペネム耐性腸内細菌(Carbapenem-Resistant Enterobacteriaceae:CRE)とは、大腸菌・クレブシエラ属・エンテロバクター属などの腸内細菌科細菌のうち、カルバペネム系抗菌薬(イミペネム・メロペネムなど)に耐性を示すものの総称です。
耐性の原因は主に「カルバペネマーゼ産生」と「外膜透過性の低下+AmpC/ESBL産生の組み合わせ」の2種類に大別されます。前者のカルバペネマーゼにはKPC型・MBL型(IMP、NDM、VIMなど)・OXA-48型などが存在し、それぞれ分解できるβラクタム薬の範囲や地理的分布が異なります。つまり「CRE」は一種類の菌ではなく、異なる耐性機序を持つ菌群の集合体です。
日本では2014年(平成26年)の感染症法改正により、CRE感染症は5類感染症(全数把握対象疾患)に指定されました。それ以前は「薬剤耐性菌感染症」として包括的に扱われていましたが、世界的な流行拡大と治療困難例の増加を背景に、独立した感染症として届出義務が課されるようになりました。
国立感染症研究所(NIID)のサーベイランスデータによると、CRE感染症の届出数は指定直後の2014年の約2,000件から年々増加傾向にあり、医療現場での認知と対策が急務となっています。これは重要な変化です。
国立感染症研究所:カルバペネム耐性腸内細菌感染症とは(定義・疫学・届出基準)
5類感染症としての届出に際して、医師が把握しておくべき「診断基準」は感染症法施行規則・厚生労働省告示によって定められています。届出の対象となるのは「感染症」であって、保菌(コロニゼーション)は原則として届出対象外です。この区別は現場で混乱しやすい点です。
具体的には、CREが検出された検体において①感染症を示す臨床症状(発熱・白血球増多・炎症反応上昇など)があり、②その症状がCREによるものと診断された場合が届出対象となります。ルーティンスクリーニングで便や直腸スワブからCREが検出されただけの無症候性保菌者は届出義務がありません。ただし、院内の感染制御チーム(ICT)への報告と接触予防策の適用は保菌者にも必要です。
届出の手順は以下の通りです。
届出後、保健所は感染源・感染経路の調査を行う場合があります。院内アウトブレイクが疑われる場合(同一病棟で2件以上など)は、積極的疫学調査への協力が求められることも覚えておくべきです。7日以内が原則です。
厚生労働省:感染症法に基づく届出一覧・届出様式ダウンロードページ
CREの院内感染経路は主に「接触感染」です。患者の皮膚・創部・排泄物に含まれるCREが、医療従事者の手指や医療器具を介して他の患者に伝播します。飛沫感染・空気感染は基本的に想定しなくてよいですが、接触感染の防止徹底が最優先課題です。
国内のアウトブレイク事例を分析すると、感染拡大の起点として多いのは以下のパターンです。
感染制御の基本は「標準予防策+接触予防策の二層構造」です。
標準予防策では、血液・体液・分泌物・排泄物すべてを感染性ありとして扱い、手指衛生と適切なPPEを徹底します。接触予防策では、これに加えて個室管理(または同菌種保菌者のコホーティング)、専用・共用の医療器具の管理強化、環境表面の定期的な消毒を実施します。
手指衛生のタイミングはWHO「手指衛生の5つのタイミング」が基本です。特にCRE患者ケア後・患者環境に触れた後の手指衛生は擦式アルコール製剤が有効ですが、芽胞形成菌(クロストリジオイデス・ディフィシルなど)と同時対応が必要な場合は流水と石けんによる手洗いも必要になります。接触予防策は基本です。
CDC:多剤耐性菌(MDRO)の管理に関するガイドライン(英語・国際標準として参照価値が高い)
CRE感染症の治療は「有効な抗菌薬の選択肢が極めて限られる」という現実と向き合うことから始まります。カルバペネマーゼ産生CRE(CP-CRE)の場合、第一選択となっていた多くのβラクタム系薬が無効になります。これは臨床的に非常に厳しい状況です。
現在、CP-CREに対して検討される主な治療薬は以下の通りです。
| 薬剤名 | 主な適応・特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| セフタジジム・アビバクタム(CAZ-AVI) | KPC型・OXA-48型に有効 | MBL型(NDM・VIM・IMP)には無効 |
| アズトレオナム+アビバクタム(ATM-AVI) | MBL産生CREに有効 | 日本では保険適用に制限あり(要確認) |
| コリスチン | 多剤耐性グラム陰性菌全般 | 腎毒性が高く、TDM(治療薬物モニタリング)が必要 |
| チゲサイクリン | 軟部組織・腹腔内感染に補助的使用 | 血中濃度が低く、菌血症への単独使用は推奨されない |
| ホスホマイシン | 尿路感染に併用薬として使用 | 単独使用では耐性化しやすい |
耐性機序の把握なしに治療薬を選択することは、まさに「当てずっぽう」に等しいリスクがあります。感染症科・臨床微生物部門との連携が不可欠です。
抗菌薬適正使用(Antimicrobial Stewardship:AMS)の観点から、CRE感染症では以下の点が重要になります。
日本感染症学会・日本化学療法学会の「JAID/JSC感染症治療ガイドライン」も参照価値が高いです。
日本感染症学会:感染症治療ガイドライン(JAID/JSC)一覧ページ
一般的に「陽性=治療開始」と直感的に結びつけがちですが、CRE対策においては「感染していない保菌者のスクリーニングと管理」こそが院内拡散防止の要です。これは感染制御の独自視点から特に強調したい点です。
保菌スクリーニングの主な対象は以下の患者群です。
スクリーニングの検体は直腸スワブが最も感度が高く、便検体でも対応可能です。咽頭スワブは必要性の根拠が弱いため、通常は不要です。直腸スワブが基本です。
スクリーニング結果が出るまでの間(検査中期間)にどう対応するかがアウトブレイク防止の実践的な分かれ目になります。具体的には「予防的接触予防策(Empiric Contact Precautions)」として、リスク評価に基づき結果判明前から個室管理を適用するかどうかを施設のICTが方針として持っておく必要があります。
また、スクリーニング陽性者が判明した時点での「コンタクトトレーシング」も重要です。その患者が入院していた病棟の同室患者・隣接病床患者にも遡及的スクリーニングを行い、「見えない保菌者」を早期に把握することが2次拡散の防止に直結します。
感染制御実践看護師(ICPN)や感染管理認定看護師(CNIC)・ICD(インフェクションコントロールドクター)が中心となって、スクリーニングプロトコルの整備と定期的な見直しを行う体制が整っている施設ほど、CREアウトブレイクの早期収束に成功しています。院内体制の整備が長期的な感染制御の基盤です。
国立感染症研究所:CRE感染症の疫学情報・スクリーニング指針に関する情報